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「誇れる町」を次の世代へ。弟子屈町が持続可能な観光地域づくりへと踏み出した原点

2026 9/18
取材
2026-9-28
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北海道東部に位置する弟子屈町。世界有数の透明度を誇る摩周湖、日本最大のカルデラ湖である屈斜路湖、今も噴煙を上げるアトサヌプリ(硫黄山)など、火山活動が育んだ自然が人々の暮らしのすぐそばにある。町域の約65%は阿寒摩周国立公園に含まれ、温泉や酪農など、自然の恵みを生かした産業と文化が地域を支えてきた町である。

そんな弟子屈町は2023年、持続可能な観光の優良事例を選ぶ「Green Destinations TOP100 Stories 2023」に選出された。その核となったのが、自然を守りながら新たな体験価値を生み出す、アトサヌプリ(硫黄山)のトレッキングツアーである。

しかし、弟子屈町の持続可能なまちづくりは、このツアーだけで成り立っているわけではない。その背景には、住民が誇れる町の姿をともに考え、地域の自然と暮らしを次の世代へ残そうと積み重ねてきた取り組みがある。

本記事では、弟子屈町観光商工課課長の守屋憲一さん、摩周湖観光協会事務局長の河原宏さん、サステナビリティ・コーディネーターの木名瀬佐奈枝さんへのインタビューを通して、弟子屈町の持続可能なまちづくりの出発点を紐解く。

目次

「行きたいまちへ、生きたいまちへ。」住民が誇れる町を目指す観光振興の出発点

画像出典:弟子屈町公式ホームページ

弟子屈町の観光振興計画に掲げられている「行きたいまちへ、生きたいまちへ。」という言葉。これは、一度きりの旅で終わらず、何度も訪れたくなる町へ、そして「ここで暮らしてみたい」と思える町へつなげていくためのスローガンである。[1]

この言葉が示すのは、観光を旅行者数や消費額だけで捉えず、地域との関係を少しずつ深めていく考え方だ。

旅行者が弟子屈町の自然や暮らしに触れ、何度も訪れたくなり、やがて「ここで生きてみたい」と感じる。弟子屈町は観光を通して、訪れる人と暮らす人の双方に長く選ばれる町を目指しているのだ。

町の未来を描く言葉は、地域との対話から生まれた

「行きたいまちへ、生きたいまちへ。」

このスローガンの背景には、てしかがえこまち推進協議会が掲げる「誰もが自慢し、誰もが誇れる町」というビジョンがある。同協議会には、町民や事業者などさまざまな立場の人が参加し、それぞれの視点から町の未来を考えている。[2]

観光振興計画の策定に携わった守屋憲一さんは、この言葉への思いを次のように語った。

守屋さん:「行きたいまちへ、生きたいまちへ。」という言葉は、行政だけで考えたものではありません。てしかがえこまち推進協議会の皆さんや地元の事業者の皆さんと、「こういう町にしていきたいね」と話し合いながら行き着いたものです

行政が完成した答えを示し、地域へ浸透させたのではない。立場の異なる人たちが対話を重ねる中で、一人ひとりの思いが、町の未来を導く共通の言葉へと育っていった。

だからこそ、このスローガンは旅行者を呼び込むための宣伝文句にとどまらない。地域が判断に迷ったとき、「どのような町を目指すのか」を問い直すための共通の軸となっている。

完璧な制度より「住民が関われる余白」を

「行きたいまちへ、生きたいまちへ。」という未来への指針が生まれても、住民がまちづくりに参加し、声を形にできなければ、理念は計画書の中にとどまってしまう。弟子屈町で、住民の思いや提案を実際の取り組みへつなぐ役割を担ってきたのが「てしかがえこまち推進協議会」である。

「良い意味での緩さ」が、地域の声を受け止める

てしかがえこまち推進協議会は、弟子屈町民であれば、職業や所属を問わず入会できる。協議会の中には複数の専門部会があり、それぞれの関心や得意分野を生かして活動できる仕組みだ。

多様な人が集まれば、意見を一つにまとめる難しさも生まれる。守屋さんは、その特徴を「良い意味での緩さ」と表現した。

守屋さん:緩さゆえに、物事がスピーディーに進まないという課題もあります。一方で、まちづくりにおいてプラスに働く部分もあります。多種多様な背景を持つ人たちが関わるから、視点も変わってくるんです

効率だけを求めれば、関係者を絞り、決定の手続きを固めた方が早いかもしれない。しかし、それでは日々の暮らしの中にある小さな違和感や、まだ形になっていない提案がこぼれ落ちる。弟子屈町の「緩さ」は、地域の声を受け止める入口でもあるのだ。

小さな気づきを形にする場が、地域を少しずつ変えていく

サステナビリティ・コーディネーターの木名瀬佐奈枝さんは、協議会を住民がまちづくりに関われる「関わりしろ」と捉えている。部会には活動予算があり、提案に賛同が集まれば、研修やセミナーを開くなど、具体的な活動ができるという。

木名瀬さん:自分たちの町をもっと良くしたい、こう変えていきたいと考えている人は、どの町にもたくさんいると思います。でも、その思いを誰かに伝え、実際の取り組みに変える機会は、なかなかありません。だからこそ、声を出せる場をつくり、小さなことから一つずつ形にしていくことが大切です。地域づくりは、そうした積み重ねでしかないんです

木名瀬さんは、こうした取り組みを「土づくり」に例える。すぐ目に見える成果を求めるのではなく、住民が意見を出し合い、試し、次の人へつなげられる土を耕す。持続可能な観光は、こうした小さな提案を試せる環境から育っていくのだ。

守るだけでも、使うだけでもない。自然を次の世代へ渡すための挑戦

2016年、弟子屈町の「てしかがスタイルのエコツーリズム推進全体構想」は、エコツーリズム推進法※1のもと、国から認定された。北海道では初、全国では8番目の認定である。

また同年、現在の阿寒摩周国立公園(当時の阿寒国立公園)は、環境省の「国立公園満喫プロジェクト」※2で、先行的・集中的に取り組む8公園の一つに選ばれた。

二つの取り組みに共通するのは、自然は人から遠ざけて守るものでも、集客のために使い切るものでもないという考え方だ。地域が主体となって利用の範囲と方法を決め、体験から得られた価値を保全へ還元する。

弟子屈町は「保護か利用か」という二者択一ではなく、両者が支え合う仕組みを探ってきた。

※1 エコツーリズム推進法:地域の自然や文化を守りながら観光に生かすため、地域がまとめた方針やルールを国が認定する法律。[3]

※2 国立公園満喫プロジェクト:国立公園の自然を守りながら、旅行者がその魅力を深く体験できるよう環境づくりを進める、環境省の取り組み。[4]

20年閉ざされた山を、守りながら開く

その象徴が、阿寒摩周国立公園にある硫黄山「アトサヌプリ」を活用したトレッキングツアーである。

アトサヌプリは落石の危険があることから、2000年以降、登山が禁止されていた。[5] そこで地域では、山を単に開放するのではなく、貴重な自然を守りながら、安全にその価値を伝える方法を検討した。

その考えを形にするため、2020年に「てしかがスタイルのエコツーリズム推進全体構想」を改訂。法に基づく立ち入り制限と認定ガイド制度を整えた。[6][7]

こうした準備を経て、2021年春から「アトサヌプリトレッキングツアー」の本格的な販売が始まったのである。

認定ガイドと人数制限が、新たな体験価値を生む

画像提供:木名瀬佐奈枝さん

2026年7月現在、アトサヌプリに入域するには、事前に弟子屈町の承認を受け、協議会の基準を満たす認定ガイドが同行しなければならない。また、入域者数は1日130人までに制限されている。

認定ガイドは、参加者の安全を確保するだけでなく、火山の成り立ちや自然環境、硫黄採掘の歴史などを伝える役割も担う。立ち入りを制限したうえでガイドが案内するからこそ、地域が守ろうとしている価値まで深く理解できるのだ。

守屋さん:自然を守るために、立ち入り禁止のままで終わらせるのではなく、認定ガイドが同行するツアーとして山を開きました。自然環境を守りながら、新しい体験価値も生み出す仕組みです

さらに、アトサヌプリトレッキングツアーの参加費の一部は、自然保護や登山環境の整備に充てられる。旅行者が体験に支払ったお金が、次の保全へと還元される仕組みだ。

自然への負荷を増やすだけの観光ではなく、その価値に触れた人が保全を支える側にもなる。アトサヌプリトレッキングツアーの事例からは、利用と保護を循環させることが、自然と観光をともに未来へつなぐ道筋になることが分かる。

地元の子どもたちにとって「遠い山」にしない

弟子屈町では毎年、地元の小学生をトレッキングツアーへ無償で招待している。さらに、町民向けのモニターツアーも年に2回実施し、住民がアトサヌプリの価値を体感できる機会を設けている。

こうした取り組みには、地元の人にとってアトサヌプリが「お金を払わなければ登れない遠い山にならないように」という思いが込められているそうだ。

河原さん:地元の山であっても、今の小学生は登ったことのない子がほとんどです。ツアーで初めて登り、「自分たちの町にこんなにすごい場所があるんだ」と気づくんです。実際にアトサヌプリを登った子どもたちは「登れてよかった、楽しかった」と喜んでくれています

ガイドとともに歩き、火山の成り立ちや立ち入りのルールを知ることで、アトサヌプリは「町にある観光地」から「自分たちが受け継ぐ場所」へと変わる。自然を守りたいと思う人を地域の中に増やすことも、次の世代へ自然を渡すために欠かせない取り組みである。

国際基準を地域の日常へ。橋渡しを担う「翻訳者」の存在

弟子屈町が持続可能なまちづくりに活用しているのが「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」だ。これは、GSTC(持続可能な観光の国際基準)を基に、日本の観光地でも使いやすいよう整えられたガイドラインである。[8][9]

しかし、ガイドラインの言葉をそのまま地域へ持ち込んでも、日々の暮らしや事業との接点が見えなければ、町民や事業者の具体的な行動にはつながらない。重要なのは、その意図を理解し、「弟子屈町では何を意味するのか」「自分たちは今日から何ができるのか」という身近な問いに置き換えることだ。

カヌーガイドの経験が、町全体を見る視点に変わった

弟子屈町でその橋渡しを担う存在が、サステナビリティ・コーディネーターの木名瀬さんだ。

木名瀬さんは1996年に弟子屈町へ移住し、長年にわたりカヌーツアーのガイドと事業経営に携わってきた。その後、弟子屈町のサステナビリティ・コーディネーターとなり、町全体を俯瞰する立場から持続可能な観光を支えるようになる。

木名瀬さん:カヌーツアーの会社をしていたときは、いかにお客様に来てもらうか、ツアーの質を高めるかが主な関心事でした。しかし、地域全体を見る立場になったことで、視点は大きく変わりました

ガイドラインは、地域を外から採点するためだけのものではない。地域ができていることと、まだ足りないことを共通の物差しで確かめ、次の行動を考えるためにも使える。

そこで欠かせないのが、基準と現場の両方を知る「翻訳者」である。木名瀬さんのような存在が間に立つことで、国際基準は地域を縛る評価項目ではなく、町の可能性を見つけ、より良い取り組みを育てるためのツールとなるのだ。

農家のおばちゃんにも伝わる言葉で話す

木名瀬さんが大切にしているのは、難しい言葉を使わないことだ。町全体へメッセージを発信するときも、顔の見える一人を思い浮かべるという。

木名瀬さん:いつもお世話になっている農家のおばちゃんに聞いてもらって、きちんと理解できる言葉で話さないと駄目だと思っています。観光は、そうした人たちにとっても遠いものではないと伝えたいんです

その思いは、観光振興計画の内容にも表れている。計画には、町内の日帰り入浴施設を利用することや、地場産の野菜を食べることなど、町民が日常の中で取り組める行動が盛り込まれた。

こうした身近な例を示すのは、観光に直接携わっていない人にも、持続可能な観光と自分の暮らしとの接点を見つけてもらうための木名瀬さんなりのこだわりだ。

「サステナブル」や「国際基準」と聞くと、自分には関係のない専門的な話に思えるかもしれない。しかし、地域でお金を使う、身近な自然を知る、町について話し合う場に参加するなど、持続可能な観光を支える行動は暮らしの中にある。

専門的な理念を、住民が自分との接点を見つけられる言葉へ翻訳すること。それもまた、計画を「絵に描いた餅」にしないための大切な土台となるのだ。

持続可能な観光は、住民の「自分ごと化」から始まる

画像提供:木名瀬佐奈枝さん

弟子屈町の出発点にあったのは、「Green Destinations TOP100」への選出や国の制度、国際基準そのものではない。住民が誇れる町とは何かを話し合い、関われる場をつくり、自然を守りながら体験するルールを形にしてきた時間である。

また、弟子屈町にとっての観光は、地域の外から人を呼び込むためだけのものではない。住民が自分たちの町の価値に気づき、暮らしと自然を次の世代へ渡すための手段にもなる。地域で暮らす人が「自分にもできることがある」と思えたとき、持続可能性は理念から日常の行動へ移っていく。

その歩みを支えているのは、行政、観光協会、サステナビリティ・コーディネーター、そして住民である。次の記事では、こうした関係者がそれぞれの立場から地域を動かす姿を追う。

参考文献

[1] 弟子屈町「弟子屈町観光振興計画」

[2] てしかがえこまち推進協議会 公式サイト

[3] 環境省「エコツーリズム推進法に基づく全体構想の認定について『てしかがスタイルのエコツーリズム推進全体構想』」

[4] 環境省「『国立公園満喫プロジェクト』の取組を先行的・集中的に実施する8つの国立公園の選定について」

[5] Green Destinations Japan「2023 弟子屈町」

[6] 環境省「エコツーリズム推進法に基づく全体構想の変更認定について~北海道弟子屈町『てしかがスタイルのエコツーリズム推進全体構想』~」

[7] 弟子屈町「てしかがスタイルのエコツーリズム推進全体構想」

[8] GSTC「GSTC Destination Standard」

[9] 観光庁「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」

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