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流氷が紡ぐ「命の循環」を旅にする。道東の仲間たちと描く、ローカルシップツーリズムの未来

2026 9/24
リジェネラティブを学ぶ
ローカル 北海道 取材 広域DMO 根室 知床 道東
2026-9-24
佐事 美咲
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画像出展:知床ねむろ観光連盟

北海道東部、根室(ねむろ)市・別海(べっかい)町・中標津(なかしべつ)町・標津(しべつ)町・羅臼(らうす)町の1市4町からなる「知床ねむろ」エリア。

2005年に世界自然遺産として登録された知床は、北半球でもっとも低緯度まで流氷が届く「季節海氷域」であることに加え、海と陸の生態系が連続してつながっている点が評価された。

その懐に抱かれ、根釧台地の酪農地帯とオホーツク・太平洋の豊かな漁場が隣り合う大地には、悠久の時をかけて紡がれてきた「命の循環」がある。

流氷が運ぶプランクトンが豊かな海を育み、そこで育ったサケが川へと戻り、そのサケをヒグマとオオワシが食べる。一つひとつのつながりが、この土地らしい豊かな自然を形づくっている。

自然が絶えず変化に適応しながら、その循環を守り続けてきたように、ここで暮らす人々もまた、この地に伝わる自然観を受け継いできた。

それは、先住民アイヌの人々が培ってきた、自然の微細な変化を敏感に感じ取り、それに応じて自らの生き方をも柔軟に変えていく「適応と共生の知恵」にほかならない。

提供:知床ねむろ観光連盟

だからこそ、知床ねむろエリアに生きる人々は、どのような変化に対しても驚くほどしなやかだ。

かつて漁業の不漁に直面した際、さまざまな産業を模索したように、時代の波に合わせて産業そのものを進化させ、豊かな暮らしをつむぎ直してきた歴史がある。

この独自の歴史と風土を活かし、道東や知床ねむろの広域観光を牽引しているのが知床ねむろ観光連盟である。

事務局長の佐々木 亮介さんは、地域の足跡そのものを「アドベンチャートラベル」の価値として再定義し、地域自らがストーリーを語る情報発信を続けている。

一次産業の担い手たちとの対話、世界基準のアドベンチャートラベラーとの向き合い、そしてローカルシップツーリズムの理念。佐々木さんの言葉を通じて、知床ねむろが描く観光の次のステージを探る。

行政と観光、両方を歩いてきたから見える景色

斜里町役場に入庁し、税務や福祉の窓口で地域行政に向き合ってきた佐々木さんは、人口減少や産業の先細りに危機感を抱くなかで、「持続可能な形で、もっと地域に貢献できないか」と模索を続けていた。

そうした中で辿り着いた答えが「観光」の分野だった。行政と民間の橋渡しとなり、編集的な視点で地域を捉え直すことができれば、まちをより良くしていけるのではないかと考えたのだ。

一般的に、行政は予算や制度の枠組みに縛られやすく、一方で現場に近い民間の観光協会は、意思決定プロセスが見えづらいという課題を抱えている。

そのため、双方の担当者が同じ「観光振興」を目指しながらも、優先順位が噛み合わないまま議論が進んでしまうケースは、全国的にも少なくない。

そうした地域が抱えるすれ違いを肌で感じていた佐々木さんは、2018年、一般社団法人なかしべつ観光協会への転職を決意する。

行政時代に培った知見は、民間の現場で大きく活き、「観光で稼いだ外貨が税収となり、福祉やインフラへ投資されて人々の暮らしを支える」という構造を、身をもって理解したうえで実践へと繋げていった。

知床ねむろ観光連盟 事務局長 佐々木 亮介さん

その後、知床ねむろ観光連盟(旧・根室観光連盟)へと拠点を移し、2024年からは地元の専門学校で観光教育にも関わり始める。自身が関わった人材が、再び地域の現場へと還元される。そんな新たな流れも生まれ始めている。

生まれ育った道東でずっと暮らし、行政と民間の双方を歩んできたからこそ、そのすべての経験が「地域づくりにおける自分らしい立ち位置になっている」と、佐々木さんは実感とともに語ってくれた。

アドベンチャートラベルと向き合う、答えのない旅づくり

知床ねむろエリアにとどまらず、北海道全体では「The Perfect Adventure Travel Destination(アドベンチャートラベルの完璧な目的地)」というビジョンが掲げられている。

行政や観光協会、DMO・DMCが強固に連携して推進に力を注いでおり、道もまたこれを「未来の観光を担う柱」として大きな期待を寄せている。

滞在期間が長く、地域での消費額も大きいアドベンチャートラベラーを呼び込むことが、地方へのお金の流れを増やし、道全体の経済に力強い好循環をもたらすためである。

画像出典:Adventure Travel HOKKAIDO, JAPAN

そうした先進的な取り組みを結集させた国際商談会が、札幌で開催された「ATWS(アドベンチャートラベル・ワールドサミット)」である。世界的な業界団体ATTAが主催し、各国の旅行会社やメディア、観光局、ガイドら観光のプロフェッショナルが一堂に会した。

2023年9月、札幌コンベンションセンターをメイン会場に開催されたこの大会には、日本を含む64の国・地域から約773人が集結した。

会場での本会議に加え、道内での日帰りツアーや、全国各地で展開された3〜6泊のエクスカーション(体験型ツアー)を実施。日本のアドベンチャートラベルの魅力を世界へ強力にアピールする絶好の機会となった。

提供:知床ねむろ観光連盟

事前ツアーの受け入れ地に名乗りを上げた知床ねむろエリアで、ATWS開催時のエクスカーションツアーのルート開発に着手したのが、佐々木さんだった。

しかし、いざ欧米豪からのツアー客と直接向き合ってみると、「画一的な対応の難しさ」という壁に突き当たることになる。

「アドベンチャートラベラー」と一括りにしても、求めるものは一人ひとり全く違います。

単一のアクティビティに特化すべきか、マルチアクティビティにするべきか。
解説は手厚い方がいいのか、あえて少ない方がいいのか。

試行錯誤を繰り返してきましたが、未だに明確な正解は見えていません。

アドベンチャートラベルは本来、「自然」「文化」「アクティビティ」の3つのうち、2要素以上をかけ合わせた旅行スタイルと定義される。

しかし、日本の観光産業にありがちな「定義通りの枠組み」に当てはめるだけでは、アドベンチャートラベルの本質は届きにくい。

画像出典:一般社団法人日本アドベンチャーツーリズム協議会

「この国からの旅行者だから、こういう体験が響くはずだ」という型にはまった見方は、通用しません。

結局のところ、一人ひとりの声に耳を傾け、地域の暮らしに息づく魅力をその都度カスタマイズして届けること。それこそが一番大切だと気づきました。

今求められているのは、豊かな自然や野生動物だけでなく、そこに生きる人々の「営み」そのものを伝えることです。

このツアー開発のプロセス自体が、地域そのものを価値化する試みでもあった。

住民と膝を突き合わせて対話を重ねる中で、「どこまでなら共有でき、どこから先は踏み込むべきではないのか」という双方の境界線が浮かび上がってくる。

簡単な道筋ではなく、毎回頭を悩ませることばかりだったが、そうして地域と一体となり納得いく形を作り上げていく過程にこそ、「何物にも代えがたい価値がある」と佐々木さんは振り返る。

飾らない日常こそが、旅人の心を動かす

知床ねむろエリアでアドベンチャートラベルを描くとき、重きを置くのは単なる史実の解説ではない。

流氷が着岸し、豊かな海が育まれ、そこに良い漁場が生まれる。その変化に寄り添いながら人々が暮らしを紡いできたように、自然・生き物・産業のすべてが切り離せない「ひと続きの物語」として繋がっている実感だ。

その物語を伝えるために、佐々木さんは地域に元々ある資源を「観光」というレンズを通して編集し直す。

たとえば、尾岱沼(おだいとう)の漁師と共に集落を歩き、地域の背景を深く理解してから食事を楽しむ。あるいは、漁師のお母さんたちとかまぼこを作り、その場で一緒に味わう。

提供:知床ねむろ観光連盟

こうした漁師との交流、生産現場、郷土料理などを織り込んだメニューは、ゲストのニーズを満たす十分な付加価値と満足度を秘めているという手応えがある。

定番の型に押し込めたり、写真映えする場面だけを都合よく切り取ったりする表面的なアプローチでは、地域本来の深みは伝わらない。

だからこそ、産業の変遷の背景にあるストーリーを時間をかけて手繰り寄せ、丁寧に編み直す必要があるのだ。

その理念が形となった象徴的な出来事は、羅臼が行程に含まれる「ATWSのエクスカーションツアー」(PSA:プレサミットアドベンチャー)にあった。

海外からの訪問者を迎えるBBQツアーに、現役の漁師に混ざってもらう企画を立てた際、「何を話せばいいのか」と戸惑う漁師と一緒に、佐々木さんは頭を悩ませた。

誇り高い理念を、無理に語る必要はありません。「毎日楽しみにしているお酒も、漁のためにちゃんと抑えているんだ」といった、普段通りの会話でいいんです。

飾らないやり取りの中にこそ、海への愛着や資源保護への想いが自然とにじみ出るはずですから。

実際にその場で繰り広げられたのは、まさに言葉通り、等身大の会話。しかしそれが、海外ゲストから想像以上の熱い反響を呼ぶことになる。

「地元の人々の飾らない日常こそが、旅人にとっての何よりの価値になる」。それは企画した佐々木さん自身にとっても、大きな手応えと発見を得た瞬間だったという。

提供:知床ねむろ観光連盟

また、知床ねむろの物語を観光コンテンツへと編み直す試みは、いつもスムーズに進んだわけではない。気候変動の波が押し寄せ、一次産業の現場は今まさに激変の渦中にある。

昆布やエビの不漁といった深刻な事態は、生産者たちとの対話を重ねる中で、「生活の根幹を揺るがす、極めて切実な問題」だと、幾度となく突きつけられてきた。

現場が直面している深刻さの真意をまだ汲み取れていなかった頃、佐々木さんは純粋な意図から「この環境の変化そのものを、ツアーのストーリーとして見せましょう」と提案したことがある。

「思い返すと、どこか分かったような顔をして、地域の切実な変化を“消費”してしまっていたのではないか。あのときの強い反省が、今も胸に深く刻まれています」と、佐々木さんは当時の心境を静かに振り返る。

佐々木さん自身、40年のうちの大半を、紋別や斜里など「流氷が訪れる地域」で暮らしを営んできた。かつては視界を埋め尽くすほど分厚かった流氷が、年を追うごとに薄くなっている変化を肌で感じている。

実際、気象庁の観測データを見ても、オホーツク海の最大海氷域面積は長期的な減少傾向にあり、10年あたり海域全体の3.7%に相当するペースで縮小を続けている。

出典:気象庁 | 海洋の健康診断表 海氷域面積の長期変化傾向(オホーツク海)(2026年)

実際に羅臼の現場では、かつて見られなかったマグロやフグが揚がるようになり、フグ加工の資格を取得するなど、死活問題に対処するための必死の模索が始まっている。

だが、それは決して手放しで喜べる変化ではない。その陰では、長年地域を支えてきた漁師たちが思うような水揚げを上げられず、苦しい選択を迫られる日々が、今も続いているからだ。

たとえ新たな魚種へと舵を切ったとしても、それを売るための流通網や市場ルートが整っていないという構造的な難しさが、重くのしかかっている。

それでも佐々木さんは、こうした過酷な変化すらも「この土地の歴史の一部」だと捉えている。サケが獲れなくなれば次の糧を模索してきたように、北海道の歴史とは本来、幾度もの変革を乗り越えてきた軌跡そのものだからだ。

知床ねむろに息づいているのは、時代の波に揉まれながらも、それに合わせて自らを変容させてきた「生き抜くためのしなやかさ」にほかならない。

観光や旅がそうした地域の本質的な力に寄り添うためには、表面的な魅力をなぞるのではなく、現場で生きる人々の声とどこまでも向き合い続けるほかないのだ。

「ガイド」の本質は、言葉の先にある

そうした地域の熱量を旅人に届ける「架け橋」となるのが、現場に立つガイドたちの存在である。佐々木さんは、その役割の重要性をこう強調する。

検索すれば出てくるような知識や一般論をなぞる必要はありません。大事なのは、この土地で暮らしを営んできた人間が、自身の葛藤や喜びを含めた生身の経験を、自分の言葉で語ることです。

景色や知識を伝えるだけでなく、旅行者が異文化や日常の外側について、想いを巡らせるきっかけをつくる。

それこそが「インタープリテーション(自然や歴史・文化の魅力や価値を紹介し、地域と来訪者を結びつけること)」の本質だと考えています。

たとえば、羅臼の特産品である「羅臼昆布」の歴史を紐解く際も、江戸幕府との交易といった歴史上の事実だけで終わらせないほうが面白い。

「家では最高級の羅臼昆布で出汁をとった味噌汁をよく飲んでいます」といった等身大の暮らしの記憶こそが、旅人の好奇心を強く揺さぶる。

他にも、道東で一緒に取り組んでいる仲間のガイドの中に、雨の日にあえて「知床らしい、しっとりと潤う素晴らしい空気感ですね」と語りかける人がいる。

状況をネガティブに捉えず、その瞬間だけの美しさに変えて魅せる。安全管理の先にある「地域の情緒」までをも旅行者に届けているのだ。

さらに、深い専門知識と人間味あふれる対話力で、ヒグマの生態を通じて、知床の豊かな自然の輪郭を鮮やかに描き出してみせる。現場で生きる彼らの存在こそが、知床ねむろの旅を特別なものにしているのだ。

提供:知床ねむろ観光連盟

ただし、アドベンチャートラベルが欧米豪を中心に高い注目を集めている以上、言語の壁を避けて通ることはできない。インタープリテーションの本質が単なる語学力にとどまらないとはいえ、英語によるコミュニケーションの難しさは依然、大きな課題として立ちはだかる。

その厳しい現実は、数字にもはっきりと表れている。ATWS2023の会場内で、国外の観光事業者やメディア関係者225名を対象に実施されたアンケートによると、「日本でアドベンチャートラベルを展開する際の難しさ」として「ガイドの英語レベルの低さ」を挙げた人が47.1%に上り、最多の回答となった。

画像出典:JNTO(日本政府観光局)

海外の旅行市場からも、ガイドの質と言語対応力は、日本のアドベンチャートラベルが乗り越えるべき最大の障壁として捉えられている。だからこそ、佐々木さんは英語ガイドに求められる「真の役割」をこう強調する。

英語ガイドの仕事は、単なる通訳ではありません。語学力はもちろんのこと、その土地で何が本当に重要なのかという「本質」を理解したうえで、文脈を補いながら伝え切る、高度なインタープリテーションが問われているのです。

サミット開催当時は、地元で英語対応できるガイドが不足しており、札幌周辺のガイドに助けてもらうことが多い状況でした。けれど今では、この土地に根を張りながら英語で想いを語れる、心強い地元のガイドたちが活躍しつつあります。

ガイドが現場で輝くプレイヤーだとすれば、私の立ち位置は彼らと旅を繋ぐ「コーディネーター」です。地域側(ガイド・事業者)と旅行会社側の双方に寄り添うハブとなり、互いの目的や文化の違いから生まれる小さなズレを丁寧に埋めていく。

そうやって、地元のガイドたちが安心して本来の魅力を発揮できる環境を整えていきたいです。

地域の暮らしと旅人の好奇心が交錯する、道東のツーリズム共創プラットフォーム

知床ねむろ観光連盟がかつて手掛けた「知床ねむろマガジン」は、“丁寧な営みと丁寧な旅が巡り合う”をコンセプトに据えたウェブメディアだ。

北海道最東端に位置する知床ねむろエリアの「旅と暮らしの日常」を丁寧にすくい上げ、この土地ならではの圧倒的な「野生動物の営み」や、一万年もの長きにわたって紡がれてきた「歴史の深み」を伝えるコンテンツを発信している。

メディアを立ち上げた原点には、「知床ねむろエリアの情報は、いつも周辺エリアの影に埋もれてしまう」という課題意識があった。だからこそ、最初の3年間は「知床ねむろ」という地域そのものの認知を高めることに全力を注いできた。

しかし、アドベンチャートラベルを通じて国内外のさまざまなプレイヤーと対話を重ねるなかで、「他エリアに埋もれてしまう」という当初の危機感は、次第に変化していく。

「知床ねむろ」という単一の地域枠にとらわれるよりも、「道東」という広大なスケール感で捉え直したほうが、互いの魅力を引き立て合い、強力な相乗効果を生み出せると考えるようになったからだ。

こうした流れを受けて、マガジンは「アドベンチャー・ガストロノミー・サステナブル」といった高付加価値な旅を軸にしながら、道東の仲間たちと連携し、道東広域へとエリアを広げる形で「LocalShip DOTO」へと、新たに展開し始めている。

画像出展:LacalShip DOTO|note

「LocalShip DOTO」を通じて佐々木さんが新たに打ち出すのが、「ローカルシップツーリズム」という理念だ。

ローカルシップツーリズムとは、観光を一次元的な消費で終わらせず、地域で生きる人々が主役となり、自らの営みを守り育てるため、観光を主体的に活かす。

そして旅行者を「サービスを消費する客」から、「地域の価値観を共に分かち合う仲間」へと引き上げていく試みである。

この想いをメディア内では「地域の暮らしと旅人の好奇心が交錯する、道東のツーリズム共創プラットフォーム」と表現している。佐々木さんが何より重視するのは、その土地で暮らす人々の息遣いや想いに旅行者がそっと触れるような体験だ。

提供:知床ねむろ観光連盟

たとえば、知床の冬を彩る流氷やオオワシ。それらは旅の始まりとして、旅行者の心を掴む強烈なビジュアルを持っている。だが、その先にある物語を想像できるだろうか。

はるかロシアから南下してきたオオワシが、なぜこの羅臼で冬を越すのか。彼らの命を繋ぐ食べ物はどこから来て、それが地域の漁師たちの営みとどうリンクしているのか。地元の人々にとって、オオワシとはどんな象徴なのか。

こうした問いを深く手繰り寄せることで、旅は単なる観光から「知床の自然観」への探求へと変わる。流氷が生み出す「命の循環」に思いを馳せたとき、旅の解像度はまるで違ったものになるのだ。

以前から知床ねむろエリアに訪れていた野鳥観察やフォトツアーに加え、視覚的な魅力にとどまらず、その背景にある文化や地理的文脈までを丁寧に伝えていくことで、体験の質そのものを劇的に高めていく。

そうしたローカルシップツーリズムを推進していくうえで、旅行会社側のスタンスにも確かな変化が生まれつつある。これまでの観光ビジネスには、地域の自然や文化といった資源を享受しながらも、その価値を未来へ繋ぐ「再生産」のための投資を現場へ十分に還元してこなかった側面があった。

しかし、アドベンチャートラベルの広まりに伴い、ガイド料や飲食費といった直接的なコストにとどまらず、地域への再投資に共感する旅行会社が、少しずつ増えてきているという。

手配や調整にかかるコーディネート料を地域への「再生投資」として還元してもらい、共にツアーをつくり上げていく仕組みが、着実に実を結び始めているのだ。

提供:知床ねむろ観光連盟

こうした試行錯誤と経験を積み重ね、佐々木さんはコーディネーターとしての「大切さ」に行き着いた。それは、各地に心から信頼して任せられる「仲間」のネットワークを築いておくことだ。

たった一人の人間が、広大な道東のあらゆるエリアや事業者と直接繋がり続けることには、自ずと限界がある。だからこそ、オホーツクのことはオホーツクに、十勝のことは十勝に、それぞれ情熱を注ぐ仲間に託す。

そうやって、地域に深く根を張るプレイヤーたちと役割を分かち合うことで、一人が背負い込むよりもはるかに広く、そして深く、この土地の価値を届けることができるのだ。

観光を「投資」に変え、保全と経済を両立させる

世界自然遺産・知床を擁する知床ねむろエリアにとって、観光振興と自然保全の両立は、常に背中合わせの課題だ。知床ねむろ観光連盟は、環境省釧路自然環境事務所とも連携を図りながら、「保全と利活用の好循環」、さらには自然環境にプラスの影響をもたらす「ネイチャーポジティブ」の実現を模索している。

しかしながら、観光連盟や旅行会社といった第三者的な立場で、「自然にとって何が正しいか」の判断を下すことは容易ではない。

また、旅行者への啓発も「自然を守ろう」「サステナビリティに配慮しよう」と口頭で訴えるだけでは、本当の意識改革は起きない。

大切なのは、その地域の自然や文化を「生業」として守り続ける、地元住民の「覚悟」に触れてもらうことだ。誇りを持って生きる人々の想いに共感し、心が揺さぶられるような原体験があってこそ、環境保全は自分ごとになる。

提供:知床ねむろ観光連盟

こうした、自然の「保全と利活用」の調和をより広い視野で捉え直すため、知床ねむろ観光連盟では、組織マネジメントの再構築を進めている。

1市4町にまたがる広域組織ゆえの、各地域における「温度差」や「特性の違い」を前提とし、観光地経営戦略の立案に、国際基準である「GSTC(グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会)*」の視点を反映させることを目指している。

*GSTC:公共政策の立案者やデスティネーション・マネージャー向けの「地域向け基準」と、ホテルやツアーオペレーター向けの「観光産業界向け基準」という二つの国際基準を策定・管理している国際団体。基準は、持続可能なマネジメント、社会経済への影響、文化への影響、環境への影響という4つの柱で構成されている。

ここで言うマネジメントとは、地域の考えや温度差を強引に一つに揃えることではない。互いの違いを受け入れたうえで、「地域がいまどこまで進んでおり、何が本質的な課題なのか」を俯瞰的に把握する解像度を持つことだ。

GSTCのような国際的アセスメント(評価指標)は、官民が共に改善策を探っていくための「コミュニケーションツール」として極めて合理的かつ有効に機能する。

そうした対話の土壌があってこそ、行政予算の捉え方も変わってくる。佐々木さんが強調するのは、公金を単なる消費的な「コスト」ではなく、地域を豊かに育てるための「投資」として位置づける視点だ。

だからこそ事業を担うDMOには、投じられた投資を最適に運用し、成果を最大化させる「アセットマネジャー」としてのプロ意識が問われる。

そこで狙うべき成果は経済効果だけでなく、地域社会を持続的に再生させる「リジェネラティブ」な価値であってもいい。肝心なのは、官民が目線を合わせ、あらかじめ明確な到達点を共有しておくことだ。

担当者の異動が避けられない行政組織において、議論が毎回振り出しに戻る構造は長年の課題でもある。だからこそ、サステナブルツーリズムの標準フレームワークという「ブレない共通言語」を持って対話できる環境を築くことが大切だ。

近年、観光の文脈でも耳にする機会が増えた「リジェネラティブ(再生可能)」という言葉。佐々木さんはこの概念を、非常に身近な視点で捉えている。

言葉自体は難しく感じられますが、本質は「このまちで暮らす人々が、どう生きていきたいか」に寄り添うことです。

人口減少が避けられない中で、地域が健全に立ち続けていくには、住民一人ひとりがコミュニティに関わる割合を、少しずつ増やしていくことが欠かせません。

私たち一人ひとりには、まだ活かしきれていない「余剰リソース」が残っていると考えています。

観光の力を使い、たとえば、健康寿命の延伸や医療費抑制といった地域課題の解決につなげていく。具体的には、観光客向けのトレッキングコースを地元住民の健康づくりにも活用し、観光ガイドがその伴走者を担うような形です。

そうした小さなリソースが積み重なり、産業ツアーやローカルガイドといった「地域づくり」に関わる頻度が上がり、目に見える形になったとき、地域は次のフェーズへと進むことができます。

これこそが、観光が福祉にも貢献し、真の意味で地域を再生させていくポジティブな循環なのだと考えています。”

佐々木さんが思い描くのは、地域に暮らす誰もが自らの役割に誇りを持って関われる未来だ。

たとえ人口が減少しても、人々が地域に貢献し合える仕組みが、しっかりと残っている状態。あるいは、観光への多様な関わり方が増え、それが一人ひとりの収入や生きがいに結びついていく。

観光を「他者のための消費」から「自分たちの暮らしを豊かにする手段」へと転換させる試みが、着実に進んでいる。

「この街で生きる人々」を主役に据えたまなざしの先で、道東、そして知床ねむろエリアは、変化にしなやかに対処しながら、誇り高く、たくましい未来を描き出そうとしている。

取材協力:知床ねむろ観光連盟

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