「行きたいまちへ、生きたいまちへ。」弟子屈町が観光振興計画に掲げるこの言葉には、旅行者に選ばれる町と、住民が暮らし続けたい町を一つの未来像として考える姿勢が込められている。[1]
前編となる以下の記事では、このスローガンが生まれた背景や、弟子屈町が持続可能な観光地域づくりへと歩み出した「出発点」について紐解いた。まだ読んでいない方は、ぜひそちらも併せてご覧いただきたい。
本記事では、その理念を現場で支える人たちに焦点を当てる。弟子屈町の観光を支えるのは、行政、観光協会、サステナビリティ・コーディネーター、そして地域で暮らす住民や事業者である。
取材を通じて印象的だったのは、特定の組織が前に立つのではなく、それぞれが異なる立場から町を動かしている姿だった。
なぜ弟子屈町では、行政、民間、住民といった多様な主体が、一つの未来へ向けて歩みを進められるのか。そこには、住民を主役に据える姿勢と、「この景色を残したい」という共通の誇りがあった。
「住民」を主役とした三者のアプローチ

弟子屈町では、行政、観光協会、サステナビリティ・コーディネーターが、それぞれ異なる立場から住民や事業者を支えている。行政は活動の土台を整え、観光協会は地域の事業を動かし、コーディネーターは町全体を見渡す。
三者に共通するのは、誰かが主役を独占するのではなく、地域で暮らす人をまちづくりの中心に置く姿勢である。
行政は、「動ける土台」を整える
弟子屈町で行政が担うのは、基盤整備や予算の確保、仕組みづくり、関係者との合意形成である。ただ町の方向を決めて住民や事業者を導くのではなく、地域の人が自ら動ける条件を整え、関係者間の調整を担う役割だ。
弟子屈町観光商工課の課長を務める守屋憲一さんは、行政が仕組みを用意するだけでは、住民主体のまちづくりにはならないと話す。

守屋さん:役場の基本は、基盤整備や予算の獲得、仕組みづくりです。ただ、行政が声をかけて旗を振るだけでは、町民の皆さんに主体的に動いてもらうことはできません。「これは自分たちの計画だからやるんだ」と思える関係をつくることが、一番大切だと思っています
制度や予算を用意するだけでなく、住民が計画を自分ごととして捉えられる過程まで支える。その積み重ねが、地域の人たちが動きやすい土台を形づくってきたのだ。
観光協会は、民間の感覚をまちづくりへつなぐ
摩周湖観光協会は、観光プロモーションやツアー造成に加え、地域の事業者と行政をつなぐ立場にある。
事務局長の河原宏さんは、長年、民間企業で観光に携わってきた。その経験から、持続可能性を長期的に考える必要性と、事業者が日々の利益を確保しなければならない現実の両方を見つめている。

河原さん:民間出身なので、事業者の目線と行政の立場の両方を理解できるのが強みです。持続可能性というものは長期的な視点で取り組まなければいけませんが、事業者は日々の利益も考えなければなりません。その現実を踏まえながら、すぐに利益へ結びつかなくても、続けることが大切だと伝えるのが自分の役割だと思っています
理念だけを求めても、事業が続かなければ地域の未来は支えられない。一方、目先の利益だけを追えば、自然や暮らしに負担を与えるおそれがある。
河原さんはその間に立ち、持続可能性という長期的な課題を、事業者が日々の経営の中で取り組める言葉へ置き換えている。
コーディネーターは、組織の外から全体を見渡す
サステナビリティ・コーディネーターの木名瀬佐奈枝さんは、町役場や観光協会の職員としてではなく、町から委嘱を受けて活動している。
木名瀬さんによると、弟子屈町では役場と観光協会が密に連絡を取り、一緒に取り組みを進めているという。そのうえで、自身の立場について次のように語った。

木名瀬さん:私は役場職員でも、観光協会の職員でもないので、施策を直接動かす力には限りがあります。一方で、特定の組織に属さないからこそ、俯瞰して見られることには大きな意味があると思います
地域の進む方向が、持続可能性の考え方から外れていないか。住民や事業者に届かない言葉になっていないか。木名瀬さんは、現場での経験とサステナビリティ・コーディネーターとしての知識をもとに、町全体を広い視野で見つめる役割を担う。
行政と観光協会に加え、組織の外から問いかける人がいることで、地域は目の前の成果だけにとらわれず、進む方向を確かめられる。
「この景色を残したい」。連携の中心にある共通の誇り

三者の役割をつなぐのは、制度上の分担だけではない。弟子屈町で立場の違いを越える軸になっているのが、摩周湖、屈斜路湖、アトサヌプリなど、暮らしのそばにある自然への誇りである。
残したいものが具体的に見えているからこそ、それぞれの仕事は一つの未来へつながっていく。
地域資源は、観光のためである前に「町の誇り」
守屋さんは、摩周湖を「町のシンボル」であり、「観光の一丁目一番地」と表現する。ただし、町民が大切にしている景色は一つではない。
守屋さん:摩周湖は町のシンボルです。ただ、町民の中には「屈斜路湖の景観の方が素晴らしい」「摩周湖から見る美留和方面の景色が良い」と、それぞれのこだわりがあります
どの景色を誇りに思うかが違っても、自分たちの町には次の世代へ渡したいものがあるという思いは重なる。地域への誇りが抽象的なスローガンではなく、日々目にする山や湖、そこで営まれてきた暮らしと結びついているのだ。
だからこそ、自然は観光資源である前に、地域の人が守り、受け継ぎたい存在となる。こうした思いは住民だけでなく、地域づくりを担う人たちにとっても、立場が異なる中で判断を重ねるための共通の軸になっている。
住民の「やってみたい」を受け止める場が、まちを動かす

共通の誇りを行動へ変えるには、意見を伝え、仲間と話し合い、実践へつなげる場が必要である。弟子屈町でその役割を果たすのが、住民、事業者、行政が町の未来を話し合う「てしかがえこまち推進協議会」だ。協議会には分野ごとの専門部会が設けられ、町民は関心に応じて議論や活動に参加できる。
同協議会の注目すべき点は、住民が行政への要望を伝えるだけで終わらず、行政や事業者と同じ場で議論し、自ら地域づくりの活動を生み出せることだ。
行政と住民が同じ目線で語り合う
てしかがえこまち推進協議会では、自営業者、会社員、観光事業者など、多様な背景を持つ町民が活動している。弟子屈町長が会長を務め、商工会や観光協会、行政も加わるが、専門部会の活動を中心的に担うのは住民である。[2]
守屋さん:てしかがえこまち推進協議会には、弟子屈町民であれば誰でも入ることができます。さまざまな職業や背景の人が関わるため、視点もまったく違います。協議会で相談し、みんなに意見を求めることは、行政の合意形成にも欠かせません
行政職員も参加者の一人として住民と話し合い、異なる視点を施策へつなぐ。すぐに答えが出ない課題でも、同じ場で考えてきた過程があるからこそ、決定を「行政が決めたこと」で終わらせず、地域の選択として共有しやすくなる。
「いいね」と言える空気が、小さな声を形にする
住民の発案を形にする仕組みが整っていることが、てしかがえこまち推進協議会の大きな特徴だ。各部会には活動予算が設けられており、提案への賛同が得られれば、実際の活動につなげられる。
木名瀬さん:自分がやりたいと思ったことを部会で話し、みんなが「いいね」と思ってくれれば、実際の活動に移せます。たとえば、研修やセミナーを開いたり、掲示物を作ったりできます。住民の発案を地域づくりの取り組みとして実行できる点が、この協議会の特徴です
提案が具体的な活動へつながった例の一つが、「弟子屈町給水ポイントマップ」である。

このマップは、木名瀬さんが主導し、摩周湖観光協会と協力して作成と掲示を行った。マップには町内の無料給水ポイントがまとめられ、マイボトルの利用と脱プラスチックを呼びかけている。[3]
提案する人と、予算や実務を担う人が同じ場にいるからこそ、小さな声が話し合いだけで終わらず、行動につながる。協議会は、住民の思いを地域の具体的な動きへとつなぐ接点になっているのだ。
試行錯誤を経て生まれた「持続可能な協働体制」

弟子屈町では、行政、観光協会、コーディネーター、住民が支え合っている。こうした関係は、最初から築かれていたわけではない。立場の違いを抱えながら対話と実践を重ね、継続的に協力できる体制へ育ててきたのだ。
対話と実績が「一緒にやる」関係を育てた
守屋さんによると、協議会の立ち上げ当初は、協議会の役割がよく分からないという意見もあったが、その後、さまざまなメンバーが協議会に加わり、同じ場で議論を重ねる中で、互いに担える役割が少しずつ見えるようになった。
守屋さん:一時期は「てしかがえこまち推進協議会は必要ないのではないか」という意見もありました。そうした中で、「この取り組みは必要なんです」と粘り強く対話を重ね、実績を示しながら調整し、現在の形に至っています
大切なのは、意見の違いをなくすことではない。異なる立場の人が対話を続け、相手にしか担えない役割を理解することだ。弟子屈町では、迷いや調整を一つずつ乗り越えながら、関係者が「一緒にやっていける形」へと協働体制を育ててきたのである。
連携を、計画で続けられる仕組みに変える
対話と実績を通じて生まれた協力関係を、継続できる体制へどうつなげるか。守屋さんは、そのためにアクションプランが果たす役割を次のように語った。
守屋さん:明確な方針や役割分担がないと、業務が重複したり、逆にこぼれ落ちたりします。みんなで「誰が何を担うのか」を明確にし、アクションプランを立てることは、自分たちの現状を整理し、進む方向を確かめるうえでとても大切です
弟子屈町では、対話を通じて育んだ信頼を計画に反映し、具体的な行動と担当を共有している。役割を明確にしたうえで、状況に応じて互いに補い合うことが、継続的な協働を支えているのだ。
Green Destinations Gold Award 2026を受賞

こうした協働と計画に基づく地域運営を続けてきた弟子屈町は、2026年8月、国際認証機関Green Destinationsが実施する「Green Destinations Awards」でGold Awardを受賞した。84項目の書類審査と現地審査を経た評価で、国内2地域目、北海道では初の受賞である。さらに、アワード初挑戦でGold Awardに選ばれた国内初の事例となった。[4]
審査では、住民・事業者・行政による協働、観光振興計画に基づく継続的なマネジメント、行政と地域DMOである摩周湖観光協会の連携、自然と地域文化を未来へつなぐ取り組みなどが評価された。2023年の「Green Destinations TOP100 Stories」がアトサヌプリトレッキングツアーという個別事例に焦点を当てたのに対し、今回は地域全体で持続可能な観光を進める仕組みが評価されたのである。
今回の受賞は、弟子屈町が積み重ねてきた協働の仕組みが、国際基準の下でも評価された一つの節目であるといえる。その土台を支えているのが、制度や計画だけでは説明しきれない、町への思いだ。
「地域への愛」が、まちを動かす

弟子屈町での滞在中、筆者は地域のボランティアガイドツアーに参加した。
地元の方が、自分の言葉で町の記憶や魅力を伝える姿から、地域への誇りが弟子屈町の観光を支えていることが伝わってきた。そして、その言葉を敬意をもって大切に受け止める参加者の姿からは、地域への誇りが人から人へと伝わっていく様子が感じられた。
地域への誇りを持つ人が声を上げ、その声を受け止める場と、行動へ移す人がいる。弟子屈町では、そうした関係の積み重ねが観光やまちづくりを支えている。
守屋さん:持続可能なまちづくりや観光というものは、行政だけでも、民間だけでもできません。住民や事業者と対等に向き合い、「この町をどうしていきたいか」を話し合いながら、地道に、泥臭く、一歩ずつ合意形成を重ねていくしか方法はないのだと思っています
弟子屈町が示しているのは、立場の違いをなくすことではなく、共通の目的を持ち、それぞれの強みを生かす地域のあり方である。
次の記事では、こうした支え合いの先で、弟子屈町が今向き合っている課題に迫る。
参考文献
[1] 後期(令和8~11年度)弟子屈町観光振興計画を策定しました
[4] 持続可能な観光でGreen Destinations 「Gold Award」を受賞!/摩周湖 屈斜路湖 川湯温泉のまちてしかが ~ 弟子屈町公式ホームページ

