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【後編】自然に新たなお金の流れを。ネイチャーポジティブサミットで感じた金融の役割

2026 9/07
リジェネラティブツーリズム
2026-9-10
市川隆志
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前編では、自然の価値をどう測り、企業の会計に組み込むのかという議論を追った。しかし、2026年7月に熊本城ホールで開かれた「グローバル・ネイチャーポジティブ・サミット2026」で語られていたのは、測定の話だけではない。

測れるようになった価値に、実際にどうお金を流すのか。投資、保険、そして地域金融の現場では、その仕組みづくりがすでに始まっていた。

目次

自然を「投資先」にする

自然の価値を測ることができるようになれば、その先には、さらに大きな可能性が広がる。それは、自然を再生する取り組みそのものを、投資の対象にすることだ。

植林から、生態系づくりへ

サミットでは、放棄された農地を森林に戻したり、劣化した森林を再生したりするプロジェクトを、科学的なデータに基づいて評価し、投資対象として組成する動きが紹介されていた。

たとえば、植林においては単一の樹種を一面に植えるのではなく、周辺の原生林とのつながりを考えながら、さまざまな樹木や生きものが暮らせる、多様な森林をつくる。評価するのは「何本の木を植えたか」ではなく、「その結果、森の生態系がどれだけ豊かになったのか」だ。これは、これまでの植林事業とは少し異なる発想だ。

森林から農地へ。広がる投資先

投資の対象は森林にとどまらない。持続可能な航空燃料(SAF)の原料となる油糧作物や、バイオプラスチックの原料、植物由来のプロテインなどを生産する農地への投資、IoTセンサーを活用して農地の灌漑を効率化するアグリテック企業への出資など、さまざまな事例が紹介されていた。

こうした投資は、自然を回復させるだけでなく、投資家にとっても新たな収益機会になり得る。たとえば、インフレへの備えや、株式などとは異なる値動きをする資産を組み合わせることで、投資リスクを分散できる可能性もあるという。

自然を守ることが「投資」になる

「利益を追求しながら、自然にも良い影響を生み出す」

そんな投資のあり方が、少しずつ現実になり始めている。これまで、自然を守ることは「経済活動の外側」にあるものとして捉えられがちだった。

しかし今、その境界線が変わろうとしている。自然を守ることが、単なるコストではなく「投資」になる。自然を回復させることが、新たな事業や企業価値につながる。そのためにはまず、自然にどのような変化が生まれたのかを「測り」、その価値を金融や企業が理解できる言葉へと「翻訳」する必要がある。

今回のサミットで見えてきたのは、ネイチャーポジティブが単なる環境保全の取り組みではなく、「自然とお金の関係をどうつくり直すのか」という、経済そのものの問いになりつつあるということだった。

150兆ドルという数字の重み

こうした地域や企業の実践を束ねるように語っていたのが、Capitals CoalitionのCEO、マーク・ゴフ氏だ。

Capitals Coalitionは、企業活動が自然にどのような影響を与えているのか、そして自然が企業にどのような価値をもたらしているのかを「自然資本」として測定・評価し、それを企業経営や財務の意思決定に組み込むことを目指している。

ゴフ氏が繰り返し紹介していたのが、自然資本を適切に管理することで生まれる可能性のある150兆ドル(約2京4,000兆円、1ドル=160円で換算)という巨大な経済機会だ。自然を守ることは、単なるコストではない。自然が持つ価値を正しく評価し、経済活動のなかに組み込むことで、新たなビジネスや投資の機会が生まれる。そんな発想だ。

世界のGDPの半分以上は自然に依存している

IUCN(国際自然保護連合)のグレテル・アギラール事務局長も、自然を守ることの社会的な意義と、ビジネスにとっての意義は「同じもの」だと強調していた。

世界のGDPの半分以上は、自然や自然がもたらす恵みに依存しているとされる。農業や漁業はもちろん、食品、製造業、観光など、私たちの暮らしを支える多くの産業が、きれいな水や豊かな土壌、森林、生物多様性といった自然の恩恵に支えられている。

だからこそ、自然を失えば、企業の事業も地域社会の暮らしも持続できない。一方で、科学的なデータに基づき、さまざまな主体が協力して行動すれば、この流れを変えることができる。

誰か一人が、この危機を解決することはできない

アギラール氏は、IUCNのような市民社会組織の役割についても語った。19,000人を超える専門家のネットワークを生かし、各国政府や研究機関、企業などをつなぎながら、科学的な根拠に基づく意思決定を後押ししていく。自然の問題は、企業だけでも、政府だけでも解決できない。

「誰か一人が、この危機を解決することはできない」

この言葉は、金融機関、企業、行政、研究者、市民社会など、さまざまな立場の人々が同じテーブルについた今回のサミットの意義を、端的に表していた。

ネイチャーポジティブに向けて必要なのは、誰かが正解を示すことではない。それぞれの立場を超えて知恵と資金を持ち寄り、自然と経済の関係そのものを変えていくことだ。

保険という「もう一つの金融」

金融の役割は、投資や融資だけではない。今回のサミットでは、保険会社が自然や気候変動によるリスクにどう向き合うのかという視点も、大きなテーマになっていた。

広がる「プロテクションギャップ」

日本では、この10年で水に関係する災害の被害額が大きく増えており、直近5年間ではほぼ倍増しているという。これまで最大の脅威とされてきた台風による被害を上回る規模だ。

特に都市部では、短時間に大量の雨が降る「都市型豪雨」のリスクが高まっている。災害が増えれば、保険会社が支払う保険金も増える。その結果、保険料が高くなりすぎて、企業や個人が保険に入れなくなる。あるいは、保険会社自身がリスクを引き受けられなくなる。

そうなると、災害による損害のうち、保険や公的支援ではまかなえない部分が膨らんでいく。この経済的な損失額と補償される額との差は「プロテクションギャップ」と呼ばれ、世界各地で広がっている。

その広がりを象徴する事例として繰り返し紹介されていたのが、アメリカ・カリフォルニア州のケースだ。森林火災の頻発・大規模化に伴い、住宅向け火災保険の引き受けが難しくなっている。

補償から予防へ

では、日本でプロテクションギャップを広げないためには、どうすればいいのか。登壇者たちが共通して訴えていたのは、「災害が起きてから補償する」のではなく、「災害が起きる前にリスクを減らす」方向へ転換する必要があるということだった。自治体、企業、保険会社が連携し、森林や湿地などの自然環境を活用して災害リスクそのものを下げる。保険会社にとっても、これは重要な意味を持つ。

自然を守ることは、保険会社の経営にもつながる

画像出典:東京海上ホールディングス サステナビリティレポート2026

自然に関わるリスクは、すでに保険業界にとって現実の経営課題になっている。自然や生態系が劣化すれば、洪水などの自然災害リスクが高まる。それが保険金の支払い増加や、企業・不動産などの資産価値の低下につながる可能性がある。

だからこそ、保険会社の役割も変わりつつある。従来の保険は、事故や災害が起きた後に、その損失を「補償する」ことが中心だった。しかし今は、それだけではない。

東京海上ホールディングスでは、ロンドンの公園再生や熊本県での森林保全コンソーシアムの運営など、リスクを「移転」するだけでなく、そもそものリスクを「減らす」ための取り組みにも力を入れているという。

自然を再生し、地域の防災力や回復力(レジリエンス)を高める。それによって災害そのものを減らすことができれば、地域にとっても、企業にとっても、そして保険会社にとってもメリットになる。ここにも、「自然を守ること」と「経済を守ること」がつながっている。

地方銀行が支える「熊本ウォーターポジティブ・アクション」

理論だけではない。熊本では、自然を守りながら地域経済を支えるための取り組みも、すでに動き始めている。その一つが、「熊本ウォーターポジティブ・アクション」だ。熊本市は、約73万人分の水道水のほぼすべてを地下水でまかなっている。さらに、半導体産業をはじめとする地域の産業も、地下水に支えられている。この地域にとって、地下水は暮らしと経済の基盤そのものなのだ。

熊本の地下水を守るのは誰か

そんな地下水を守る役割を担っているのが、地域金融機関である肥後銀行だ。頭取の笠原慶久氏は、地方銀行の役割を「コミュニティ全体をより良くすること」と表現し、地下水の保全を経営上の重要なテーマの一つに位置づけているという。

その取り組みの一つが、休耕田を水田に戻し、地下水を増やす活動だ。

熊本の地下水は、阿蘇から流れてきた水が、田畑などを通じて地下へ浸透することで育まれてきた。しかし、農地の減少などによって、地下水を蓄える力が弱まることが懸念されている。そこで、休耕田を再び水田として活用し、雨や農業用水を地下へ浸透させる。いわば、地域の農地を「天然の地下水タンク」として活用する取り組みだ。

地下水を守る価値をクレジットにする

肥後銀行はこうした活動を長年続けてきたが、さらに一歩進めようとしている。2026年5月、熊本県立大学、熊本大学、サントリーホールディングス、MS&ADインシュアランス グループ ホールディングスとともに立ち上げたのが、一般社団法人「熊本ウォーターポジティブ・デザインセンター」だ。

目指しているのは、地下水を守る取り組みに、より多くの企業や市民が参加できる仕組みをつくること。複数の企業や行政、地域の関係者が連携し、地下水を守ることで生まれる環境面の価値を「クレジット」などの形で可視化し、それを企業などの資金と結びつける仕組みを検討している。

自然を守る活動を「善意」だけに頼るのではなく、金融の仕組みを使って、継続的に資金が流れるようにする。ここにも、今回のサミットで繰り返し語られていた「自然と金融をつなぐ」という考え方が表れている。

水を守ることが、企業の価値にもつながる

画像出典:サントリーホールディングス

この取り組みには、サントリーホールディングスも参加している。同社は、国内工場で汲み上げる地下水量の2倍以上に相当する水を、水源涵養によって自然に還元しているという。

同社は、こうした水源涵養への投資が、3つの価値につながっていると説明する。

  1. 水そのものを守ること
  2. 水を大切にする企業としてのブランド価値
  3. 地域との信頼関係

企業が地域の水を使って事業を続けるためには、「この企業には地域にいてほしい」と思ってもらえる関係づくりが欠かせない。これは近年、企業の「社会的な操業許可(ソーシャルライセンス)」とも呼ばれる考え方だ。

つまり、水源を守ることは、単なる環境活動ではない。企業が地域で事業を続けていくための経営戦略でもある。ただし、地下水は一企業の敷地内で完結しない。デザインセンターの母体である「熊本ウォーターポジティブ・アクション」は、大学、金融機関、企業の6者が2025年3月に立ち上げた協働の枠組みで、熊本県や熊本市もオブザーバーとして加わっている。企業を規制するのでも、企業に任せきりにするのでもなく、地域のさまざまな主体がそれぞれの役割を担う。水を守ることを、未来の地域経済を守ることとして設計し直す試みである。

カーボンクレジットの次は「ネイチャークレジット」?

そして、こうした議論の先に見えてきたのが、「ネイチャークレジット」の可能性だ。

カーボンクレジットが、CO2の排出削減・吸収という環境価値を取引可能な形にしたように、自然を再生することで生まれる環境価値も、投資可能な機会に変えていこうという考え方だ。

たとえば、森林の再生や生態系の回復によって、どれだけ自然に良い変化が生まれたのかを測定し、その成果を企業や投資家が支える仕組みにつなげていく。うまく機能すれば、自然を守る活動に継続的な資金を呼び込むことができる。

一方で、ここにも大きな課題がある。カーボンクレジットで「グリーンウォッシュ」が問題になったように、自然への貢献を実態以上にアピールする「ネイチャーウォッシュ」が起きる可能性もある。だからこそ、ネイチャークレジットを広げていくには、本当に自然が回復したのかを科学的に測ること、そしてその成果を透明性のある形で示すことが欠かせない。

自然を守るためのお金を増やす。そのために、自然の価値を測り、金融につなげる。今回のサミットで繰り返し語られていたのは、まさにその新しい仕組みをどうつくるかという問いだった。

規制と市場機会、どちらが先か

会場で行われた聴衆アンケートでは、企業がネイチャーポジティブに取り組む最大のきっかけとして、「規制」が挙げられていた。この結果について、IUCNの登壇者は「驚きはない」とコメントしている。

ただし、規制だけでは十分ではない。一つの国だけが取り組んでも、自然や企業活動は国境を越えてつながっている。だからこそ、国際的に足並みをそろえていくことが重要だという。

自然への取り組みが企業にもたらす価値

一方で、ネイチャーポジティブには「守らなければならない」という側面だけでなく、新たな市場機会としての可能性もある。自然を守ることで、事業に関わるリスクを減らすことができる。企業のブランド価値を高めることもできる。そして、地域社会に利益を還元することにもつながる。

つまり、自然への取り組みは「規制への対応」だけではなく、企業にとって新たな価値を生み出す機会にもなり得る。保険セクターの登壇者からは、企業の行動は一気に変わるのではなく、段階的に進んでいくという見方も示された。

まず先進的な企業が、ネイチャーポジティブをブランドや新たなビジネスの機会として捉える。次に、投資家からの評価や要請が企業を動かす。そして最後に、規制によって、まだ動き出していない企業にも変化が広がっていく。どの順番で企業が動くにしても、重要なのは「どれだけ早く変化を起こせるか」だというコメントが印象に残った。

「最大化」から「最適化」へ

肥後銀行の頭取である笠原慶久氏が語った言葉も忘れがたい。

「マキシマイゼーション(最大化)ではなく、オプティマイゼーション(最適化)」

これまでの経済は、利益や生産量を「最大化」することを目指してきた。しかし、自然には限界がある。限られた自然資源のなかで、企業も地域も、そして社会全体も豊かになっていくためには、何か一つを最大化するのではなく、経済、環境、地域社会のバランスを考えながら、全体としてより良い状態をつくっていく必要がある。

「最大化」から「最適化」へ。

この言葉は、金融が自然と向き合ううえでの、これからの価値観の変化を端的に表しているように感じた。

自然とお金をつなげる、金融市場の役割とは

今回、金融関係者の話を聞いていて、意外に感じたことがある。「森を守ろう」「自然を大切にしよう」といった、情緒的なメッセージがほとんど出てこなかったことだ。

代わりに語られていたのは、150兆ドル規模の経済機会、NPPなどの科学的な指標、自然の価値を会計に組み込むためのプロセス、そしてネイチャークレジットといった金融の仕組みだった。

どこにお金を流すかが社会の未来を決める

金融の話は、自然とは少し遠い世界のことに聞こえる。しかし、これは自然への関心が薄れたということではない。むしろ、その逆だ。自然を「大切にしましょう」という理念だけで終わらせず、企業や投資家が実際に意思決定を変え、そこに継続的にお金が流れる仕組みをつくろうとしている。

それが、今回のサミットで見えてきた大きな変化だった。

そもそも金融には、社会の中にある限られた資金を、将来性のある事業や必要とされる分野へ配分する役割がある。銀行は企業に融資し、投資家は成長が期待される企業やプロジェクトに資金を投じる。保険会社は将来のリスクを評価し、そのリスクに備える。

つまり金融とは、単に「お金を増やす仕組み」ではない。「どこにお金を流すのか」を決めることで、社会の未来そのものに影響を与える仕組みでもある。

自然の損失はやがてコストになる

自然資本を金融の世界に組み込むことには、大きな意味がある。これまでの金融市場では、企業の売上や利益、保有する土地や設備といった「目に見える資産」が評価の中心になってきた。

しかし、自然が失われれば、原材料が調達できなくなったり、水不足や洪水のリスクが高まったり、地域との関係が悪化したりする。つまり、自然の損失は、やがて企業のコストやリスクとして跳ね返ってくる。

逆にいえば、自然を守り、回復させることは、将来のリスクを減らし、新たな事業機会を生み出す「投資」になり得る。

その価値を「測る」。企業経営のなかで「認識する」。そして、投資家や金融機関が「評価する」。さらに、自然を再生する事業に実際に「お金を流す」。

今回のサミットで繰り返し語られていたのは、まさにこの一連の流れをどうつくるかということだった。

自然と金融、二つの世界がつながり始める

もちろん、自然の価値をすべてお金に換算すればいい、という単純な話ではない。自然には、経済的な価値だけでは測れない文化的な価値や、人間には代替できない生命そのものの価値もある。

だからこそ、金融の仕組みだけですべてを解決しようとするのではなく、科学、政策、地域社会、企業、そして市民社会が、それぞれの役割を担う必要がある。

旅先で目にする美しい風景も、決して「自然だけ」でできているわけではない。そこには、地域で自然を守る人たちの営みがあり、それを支える企業や行政の意思決定があり、そして、その活動に資金を届ける金融の仕組みがある。それでも、「お金の流れを変える」という視点は、ネイチャーポジティブを社会に定着させるうえで欠かせない。

自然を守ることと、お金を動かすこと。これまで別々に語られがちだった二つの世界が、いま少しずつ、つながり始めている。

風景の奥にあるお金の流れ

熊本の地下水や阿蘇の草原を旅する人にとって、こうした金融の話は、一見すると遠い世界の出来事に感じるかもしれない。けれど、次に熊本を訪れたとき、地下水を育む田んぼや、企業が守る水源の森を見たら、その風景の背後にも目を向けてみたい。

誰がその自然を守っているのか。その活動を支えるお金は、どこから来ているのか。そして、そのお金が流れ続けることで、10年後、20年後の地域の自然はどう変わっていくのか。

今回のサミットを通じて見えてきたのは、「風景の奥にあるお金の流れ」だった。

自然を守るために、自然の価値をどう伝え、どう測り、どうお金につなげていくのか。そうした視点もまた、これからのリジェネラティブな旅を考えるうえで大切なのだと思う。

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