川湯温泉の再生、広い町内を巡る移動手段、立ち寄りを滞在や体験へつなぐ導線、事業者の経営との両立。弟子屈町が現在向き合っているのは、簡単には答えが出ない課題ばかりである。
連載1記事目では持続可能な観光への出発点を、2記事目では行政、観光協会、コーディネーター、住民による協働体制を扱った。
結びとなる本記事では、これまでに築かれた理念と連携をどう現場での課題解決につなぐのか、その先に見据える弟子屈町の未来とはどのようなものかを追う。
川湯温泉の再生は、「負の遺産」と向き合うところから始まる

川湯温泉の再生は、弟子屈町の観光のこれからを考えるうえで避けて通れない。温泉街に再びにぎわいを生み出すには、従来の成功モデルから転換する必要がある。
団体旅行から個人旅行へと旅の形が変わり、大勢の団体客を受け入れることで成り立ってきたかつての経営モデルが、現代の旅行者のニーズに合わなくなっているからだ。
団体旅行の時代から、個人旅行の時代へ

川湯温泉は、1950年代後半から団体旅行の受け入れ地として発展してきた地域だ。大型バスが何十台も並ぶほどのにぎわいを見せ、1991年度には年間56万人もの宿泊客が訪れていた。[1]
しかし、1990年代以降、旅行のスタイルが団体旅行から個人旅行へ変化すると、大勢の旅行者を安価に受け入れる従来の経営モデルでは、安定した経営を続けることが難しくなっていった。
摩周湖観光協会事務局長の河原宏さんは、当時の状況をこう振り返る。
河原さん:個人旅行への移行やコロナ禍によって団体客が激減したとき、高付加価値なサービスへ転換できず、適切な料金設定に変更できなかったことが大きな痛手となりました
さらに川湯温泉には、強い温泉成分の影響で建物の配管や設備が傷みやすいという課題もある。再生には集客策だけでなく、事業者が長く経営を続けられる条件を整える視点が欠かせない。
景観を整える「引き算」が、次の投資の土台になる
2026年9月現在、弟子屈町は「川湯温泉街まちづくりマスタープラン」に基づき、廃屋となった宿泊施設などを撤去し、景観と安全性を整える作業を進めている。
川湯温泉の再生において、最大の壁となっているのは、土地や建物が「民間の資産」であることだ。個人の資産を撤去するために公金を投じる以上、町民の理解が不可欠だ。
さらに、廃墟となった施設やその敷地のなかには、所有者が町外へ移住していたり、相続関係が複雑化していたりするケースもある。そのため新しい施設を建てる前に、複雑な権利関係を紐解き、所有者一人ひとりと解体後の土地利用について交渉を重ねる必要があるのだ。
弟子屈町観光商工課課長の守屋憲一さんは、「民間や市場の原理だけに任せていては、長い時間が経っても温泉街は前に進まないと感じた」と当時の危機感を振り返る。
そこで弟子屈町は、環境省の「国立公園満喫プロジェクト」の枠組みを活用し、町が自ら土地と建物を取得したうえで、撤去・整備を行うという仕組みを組み立てた。[2]
守屋さん:一見何も進んでいないように見える「マイナスの遺産を取り除いて更地にする」という作業こそが、最も重要で、最も泥臭い交渉と合意形成が必要なプロセスなんです
一過性のブームではなく、長く愛される温泉街へ
再生後の川湯温泉で問われるのは、新たな施設へどう旅行者を呼び、地域内の消費へつなぐかである。
河原さんは、現在の温泉街が抱える課題として「季節ごとの大きな波」を指摘する。
旅行者が集中する繁忙期には夕食を取る店が不足してしまう一方で、閑散期には飲食店の売り上げ維持すら難しくなるという問題だ。そのため、現在検討されている広場や横丁の建設も、空間整備だけでなく、通年で人とお金を巡らせる仕組みとして設計する必要がある。
河原さん:一過性のブームとして2〜3年だけ旅行者が増え、その後にまた衰退していくような再生は絶対に避けたいです。長期的に愛される温泉街にしていきたいと考えています
この長期的なビジョンを実現するためには、観光協会がトップダウンで全てを主導する形は適さない。住民や事業者が自ら事業を提案し、必要な支援を求めながら自律的に動ける状態こそが理想だという。
現場の担い手が、環境や景観を守りながら、いかに事業として運営を続けられるか。その「自走力」に大きく左右されるのだ。
摩周湖で終わらせない。「面」で巡る仕組みが地域経済を支える

川湯温泉の再生効果を町全体の変化へと波及させるには、旅行者が摩周湖などの名所を「一つ見て通り過ぎるだけ」の現状を変えなければならない。
弟子屈町には、摩周湖や屈斜路湖、アトサヌプリ、そして川湯温泉といった多様な魅力が点在している。しかし、これらを結ぶ「周遊」において重要なのは、単に巡る名所の数を増やすことではない。
本当に問われているのは、訪れた先々で食事や買い物、アクティビティなどの体験を選べるようにし、いかに地域での滞在時間と消費を増やせるかだ。点在する魅力をつなぎ、「面」として地域を楽しんでもらう仕組みづくりが求められている。
広大な町と「二次交通」の壁。移動を体験に変える仕組みづくり
弟子屈町の周遊を阻む最大の壁は、圧倒的な「町の広さ」と「二次交通」の不足だ。サステナビリティ・コーディネーターの木名瀬佐奈枝さんは、計画と現場の隔たりについて次のように語る。
木名瀬さん:「二次交通」と、言葉にするのは簡単です。でも現場では、運転手も足りず、レンタサイクルだけではこの広い地域を回れません。仕組みから変えなければならない課題がたくさんあります
こうした「計画通りにはいかない現実」に対し、町も決して立ち止まっているわけではない。課題解決に向けたアプローチとして、夏や冬の期間限定で周遊バスを運行し、「弟子屈えこパスポート」を販売するなどの実証を重ねてきた。2026年冬(1月24日〜3月1日)には、滞在を延ばすための2日券・3日券が用意され、手荷物配送サービスも実施された。[3]

さらに木名瀬さんによれば、バス車内で地域の情報を伝える「ガイド案内」を組み合わせた取り組みも行われてきたという。単に不足している交通手段を補うだけでなく、移動する時間そのものを「地域への理解を深める体験」へと変えるための試みだ。
見るだけの観光から、体験と消費を生む導線づくりへ
交通手段が整っても、降りた先に「過ごしたい理由」がなければ滞在時間を延ばすことは難しい。そこで摩周湖観光協会は、景観を眺めて終わるだけの観光から脱却し、町内での食事や買い物、体験へとつなぐ導線づくりに取り組んでいる。
具体的な施策としては、e-Bikeの貸し出しやデジタルスタンプラリー、摩周湖から硫黄山、川湯温泉へと誘導するルートの発信などが挙げられる。立ち寄り先に食事や買い物ができる場所を意図的に組み込んでいる点が特徴的だ。
河原さん:ただ摩周湖を見て終わりではなく、硫黄山や川湯温泉をつなぎ、温泉街でランチや買い物を楽しんでもらえる「寄り道」の仕組みを強化したいと考えています
さらに河原さんは、宿泊産業に長年携わってきた経験と旅行会社とのネットワークを生かし、町内の複数地点を組み合わせたツアーの提案も行っている。
現在検討されているのは、早朝の散策や飲食、陶芸などを組み合わせた小規模な町歩きツアーだ。地域にすでにある営みをつなぎ、近隣の店舗や案内人が役割を分担する。こうした地道な仕組みづくりが、町に滞在する理由を一つずつ築き上げていく。
町内で滞在をつくり、広域の「面」で旅をつなぐ
周遊の視点は、弟子屈という一つの町内にとどまらない。釧路の湿原、阿寒のアイヌ文化、そして弟子屈の湖や硫黄山。それぞれ異なる強みを持つ地域を一つの「面」として捉え、広域での滞在を促す「水のカムイ観光圏」の取り組みも進められている。[4]
河原さん:世界規模の視点から見ると、この地域はすごく小さいんです。だからこそ、「面」でアピールしていかなければなりません
弟子屈町内で食や買い物、体験をつなぐのは、町での滞在の「密度」を高めるためのアプローチだ。一方、釧路や阿寒と連携するのは、道東エリア全体での旅の日数(スケール)そのものを延ばすための戦略と言える。
弟子屈町だけで、旅行者の全てのニーズを満たす必要はない。近隣の地域同士で誘客を奪い合うのではなく、旅行者の関心に合わせて互いの魅力を掛け合わせる。そうした広域での共存共栄のスタンスが、結果として各地域で滞在時間を増やし、町全体の豊かさへとつながるのだ。
何もしない時間が、新たな旅の価値になる

旅行者が求める滞在価値は、体験プログラムの多さから「過ごし方の自由度」へと広がりを見せつつある。近年、弟子屈町を訪れる人々の中にも、事前に予定を詰め込まず、現地に着いてからその日の過ごし方を選ぶ旅行者が見られるという。
河原さん:ビジターセンター(阿寒摩周国立公園の自然や見どころを紹介する施設)の上にあるカフェで、何をするでもなく、ゆっくり2時間ほど景色を眺めて過ごす方もいらっしゃいます
午前中にカヌーやサイクリングを一つだけ楽しみ、残りの時間はただ景色を眺める。この「何もしない時間」こそが、雄大な自然の中ではかけがえのない価値に変わるのだ。
「歩く旅」で地域へ還元する

弟子屈町が、こうした滞在の「余白」と組み合わせる形で現在注力しているのが、自分の足で地域をゆっくりとたどる「歩く旅」だ。
その歩く旅を楽しむ具体的な舞台として、2024年10月には釧路湿原、阿寒摩周、知床の3つの国立公園をつなぐ、全長約410kmの「北海道東トレイル」が開通した。[5] 河原さんは、前年の2023年に開かれた「アドベンチャートラベル・ワールドサミット北海道・日本」の存在も、こうしたトレイルへの関心を高める大きな追い風になったと見ている。[6]
しかし、どれほど注目を集めて歩く人が増えても、経済効果はまだ限定的だ。河原さんは、利用者の正確な把握が難しく、地域経済を動かすほどの規模にはまだ達していないという現状を指摘する。
歩く旅を確かな地域経済へと結びつけるには、道沿いに歩く人が補給し、休み、泊まり、地域の案内を受けられる拠点を作ることが不可欠だ。トレイルを単なる「移動の線」として整備するにとどめず、そこに地域の「商い」をどう組み込んでいくか。その仕組みづくりこそが、歩く旅を地域へ還元していくための鍵を握っている。
理念を現場へ。事業者の「小さな実践」が未来を形にする

地域が目指すべき方針や計画が整っていても、現場の事業者の動きが伴わなければ、その理念は絵に描いた餅に終わってしまう。旅行者が実際に泊まる宿や食事をする飲食店で「地域の姿勢」に触れて初めて、持続可能性は理念の枠を超え、リアルな体験として完成する。
町全体で描いた大きなビジョンを、目の前のサービスへと落とし込む。その重要な「次なるステップ」の鍵を握っているのが、地域事業者による日々の選択と実践である。
宿泊施設の取り組みは、まだ道半ば
弟子屈町ではこれまで、国際認証や食の多様性に関する研修など、理念を現場へ伝える場を継続的に設けてきた。[7]
木名瀬さん:研修などを通じて、持続可能な運営や観光への理解は事業者の中で少しずつ広まっています。ただ、それが地域全体の形として表れるところまでは来ていません。まだ道半ばだと思います
取り組みが町全体へと一気に広がらない背景には、新しい仕組みや認証の導入にかかる労力やコストに加え、各事業者が抱える切実な経営上のハードルがある。
たとえば川湯温泉周辺の施設では、温泉成分によって設備の劣化が早く、日々の修繕や維持管理に多大なコストがかかる。そのため、環境対応へ新たに資金や人手を回す余裕を持てない施設も多い。また、全国展開するような大型宿泊施設の場合、弟子屈町の拠点だけで独自に方針を変えにくいという組織的な壁も存在する。
地域側が「持続可能性の正しさ」を説くだけでは、現場はなかなか動かない。事業者の行動を後押ししていくためには、それぞれの事業規模や経営状況に合わせた「無理なく始められる入り口」を用意することが求められているのだ。
国際認証の前に、まずは身近なサステナブルから
河原さんも、民間事業者に環境対応のための新たな費用負担を求める難しさを痛感している。そこで重視しているのが、いきなり国際認証の取得を目指すアプローチから視点を変え、まずは身近な行動と「経営上のメリット」を結びつけることだ。
河原さん:私自身、勉強していく中で、「これもサステナブルなんだ」と、身近なところにもサステナビリティにつながる要素がたくさんあることに気づきました。なので、まずは日常の身近なところから意識を広めることが大切だと考えています
その具体的な実践として、摩周湖観光協会でも、会議などでペットボトル飲料を用意するのを控え、マイボトルの持参を呼びかけている。
全事業者に足並みを揃えた対応を求めるアプローチから一歩抜け出し、それぞれの事業者が無理なく続けられる行動から始めて、少しずつ成果を共有していく。持続可能な「理念」と日々の「経営」の接点を見つけることこそが、地域全体へ小さな実践を広げていくための確かな足場となる。
地域の取り組みを、旅行者が実感できる体験へ

行政やDMOが主導する研修や計画を、現場の生きたサービスへと落とし込んでいくには、最前線に立つ宿泊施設や飲食店との協働が欠かせない。木名瀬さんは、弟子屈町の次なる課題をこう語る。
木名瀬さん:計画づくりや、行政・DMOの理解促進は、進んでいる方だと思います。次に取り組むべきは、それを旅行者が訪れたときに実感できる形へ具現化することです。今後、事業者の皆さんと一緒に取り組みを進めなければならないと思っています
この「具現化」とは、学びを具体的な顧客体験へと変えるプロセスだ。たとえば食の多様性に関する取り組みも、研修で知識を得たうえで、実際に食べられる料理を厨房で試し、メニューや案内へ反映して初めて、旅行者が選べる「サービス」として機能する。
節水やごみの削減も同様だ。旅行者に協力を呼びかける際、単にルールとして提示するにとどめず、その理由や地域にもたらす効果を丁寧に伝えることで、地域の姿勢に触れてもらうポジティブな接点へと変わる。事業者の小さな実践を、いかに魅力的なサービスやコミュニケーションへと翻訳していくか。それが、これからの弟子屈町の大きな挑戦となる。
足元の課題を越えて「生きたいまち」の未来へ

川湯温泉の再生、周遊交通の整備、滞在価値の創出、そして各事業者の実践。これまでの取り組みは全て、旅行者を呼び込むことの「その先」を見据えている。かけがえのない自然環境を守り継ぎ、地域に自立した経済循環を生み出し、住民が誇りを持って暮らし続けられる町を育む。その成果を測るうえでは、旅行者数や観光消費額といった数字とともに、「住民の幸福感」という視点が欠かせない。
木名瀬さんは、観光が支えるべき「暮らしの条件」を3つに整理して語る。
木名瀬さん:自分自身がここに住んでいたい、住んでいてうれしいと思える「心の豊かさ」。美しい自然とともに、生活をしっかり支える「経済的な豊かさ」。そして、年齢を重ねたり、けがをしたりしても住み続けられる「住みやすさ」。この3つが揃って初めて、住民が幸せに暮らせるのだと思います
もちろん、福祉や医療など、観光以外の専門的なアプローチが必要な領域もある。しかし、観光を起点として町に還元できる領域は決して少なくない。たとえば、自然環境の保全や、地域における新たな雇用と所得の創出。あるいは、誰もが移動しやすい空間づくりや、住民が自らの町の価値を再発見する機会の提供など、その波及効果は多岐にわたる。
弟子屈町観光振興計画が掲げる「行きたいまちへ、生きたいまちへ。」というスローガンは、今や観光の枠を超え、町の総合計画を牽引する全庁的なビジョンへと広がっている。
旅行者の「行きたい」と、住民の「生きたい」を重ね合わせる。弟子屈町が進めるまちづくりは、観光が「住民の暮らしをどう豊かにするのか」を常に問い続けている。地域経済を潤すことと、大切な自然や生活環境を守り抜くこと。その両方を同時にかなえようとする弟子屈町の挑戦は、これからの観光が目指すべき一つの道しるべとなっていくだろう。
参考文献
[1] 弟子屈町「阿寒摩周国立公園弟子屈町川湯温泉街まちづくりマスタープラン」
[2] 弟子屈町「阿寒摩周国立公園川湯温泉利用拠点整備改善計画」

