北海道のほぼ中心部に位置する中富良野町。初夏を迎えると、なだらかな丘陵地帯は鮮やかな紫色のベールに包まれる。多くの人が思い描く「ラベンダーの町」としての美しい景観は、まさにこの地の代名詞である。
人口4,387人のこの小さな町には、年間約110万人もの観光客が訪れる。実に町民の250倍を超える規模だ。しかしながら、宿泊客はわずか3万100人にとどまり、日帰り率が97%に達しているのが実情である。

7月から8月にかけてのわずか2ヶ月間。この極めて短い期間に、町には圧倒的な数の観光客が押し寄せる。
3連休ともなれば道路は大渋滞となり、観光施設周辺の日常は一変する。いわゆる「オーバーツーリズム(観光公害)」の発生である。
一口に「ふらの」と言っても、このエリアは富良野市、上富良野町、中富良野町、南富良野町という複数の自治体から成り立っている。
ところが、中富良野町を代表する大規模な観光施設を目指して訪れる多くの旅行者は、紫色の絶景を堪能し、写真に収めるだけで、ここが「中富良野町」という独立した町であることすら認識しないまま、通り過ぎてしまうことも多い。
後に残されるのは、大渋滞と深刻なマナー違反の爪痕だ。農業を基幹産業とする富良野エリアにとって、観光客による「農地への無断侵入」や「ごみのポイ捨て」は死活問題である。
観光の恩恵が地域全体へ、そして日々土と向き合い、汗を流す地元農家へと循環する仕組みは、これまで決して十分とは言えなかったのである。
このままでは、誇りある景観も、地域の暮らしも守り抜くことはできない。そんな強い危機感から、これまでのあり方を見つめ直す動きが、地域の中で芽生え始めている。

「見る観光」から、土の匂いを分かち合う「産業体験」へ
これまで「背景」として扱われがちだった中富良野の農業。しかし、その農業のありのままの姿を、訪問者と分かち合おうとする挑戦が始まっている。それが、町が企画する「なかふ産業体験プログラム」だ。
筆者は7月、その試みのひとつである「ラベンダーの刈り取り体験」に参加した。ただ花を愛でるだけの従来の観光とは違い、参加者自らが鎌を手に取り、小高い丘の斜面に踏み込んで作業を行うプログラムである。

遠くから「美しい景色」として眺めるのが一般的なラベンダーだが、大地に足を踏み入れ、自らの手で刈り取るという行為は、この地の「営み」に最も近づくことのできる、実に贅沢な時間であった。
斜面での作業は、想像以上に足腰へ負担を強いる重労働である。それでも、参加者と共に汗を流し、ふと手を休めた瞬間に見渡す十勝岳連峰の景色は格別だ。
鎌を入れた瞬間に解き放たれる、フレッシュで濃厚なラベンダーの香りに包まれると、全身で中富良野の大地を感じられる。

このプログラムの特筆すべき点は、農家の収穫を手伝う対象が、ラベンダーだけにとどまらないことである。
8月には「ミニトマトの収穫」、10月には「ワイン用ぶどうの収穫」と、季節の移ろいとともに、町の基幹産業である農業のリアルな現場へと訪問者を誘っていく。
そこにおいて訪問者は、単なる「消費者」から一歩踏み込み、中富良野の営みをともに支える「関係人口」へと変化していく。自ら土に触れ、汗をかくという体験こそが、中富良野の町と五感で接続していくきっかけになる。
規格外にこそ宿る「物語」を、地域へ戻す
中富良野の農業を力強く牽引する、若き担い手のひとりが、遠藤ファーム四代目の遠藤 康仁さんだ。
遠藤さんのこだわりは徹底している。野菜本来の美味しさを引き出すため作物のストレスを極限まで減らし、えぐみのない、環境に優しい安全な農業を追求する。
機械化が進む現代にあっても、「人の口に入るものを育てるのだから」と、毎日広大な畑を歩き回り、丁寧な作物の観察を欠かさない。

遠藤ファームでは、JA出荷用の小麦やてんさいのほか、メロンやカボチャ、ジャガイモ、そして、道内でも収穫が本格化しているサツマイモなどを広く栽培している。
近年の温暖化により、北海道でもサツマイモが作れるようになった。しかし遠藤さんは、「生育期間が長く温暖な本州の産地には、どうしても敵わない」と冷静に分析する。
道産のサツマイモはデンプン価がやや低く、形も不揃いになりがちであり、洗って箱詰めするまでの手作業には、膨大な手間がかかる。
それでも彼がサツマイモを作り続ける理由はシンプルだ。甘くて、美味しいから。そして、その手間の向こう側に、新たな地域の「循環」が見えているからである。

また、遠藤さんは、サイズが大きすぎたり細すぎたりして、一般市場には流通しない「規格外」の作物を、本州へ安価に流すのではなく、地域のカフェやまちづくり会社へと優先的に卸している。
地元で使ってもらえるほうが、食べてくれた人のリアクションが直接返ってきます。
見えない本州の市場に大量に売るよりも、地元に卸して、他の店の人にもそれを「遠藤ファームの野菜」として看板にしてもらい、料理を作ってもらいたいですね。
さらに遠藤さんの挑戦は、畑を飛び出して「体験」の領域へと広がっている。地域のツアーガイド会社や近隣のペンションとタイアップし、冬の中富良野を五感で味わうツアーを企画した。
雪の下で寒さに耐えて甘みを増したキャベツを掘り起こし、畑の片隅に張ったテントの中で味わうという、贅沢なガストロノミーツアーである。


地域のプレイヤー同士が手を取り合い、中富良野の日常に眠る「プライスレスな価値」を唯一無二の観光コンテンツへと昇華させる。そこには、一過性の消費にとどまらず、地域全体が潤う新しい観光の萌芽を感じる。
「物語のある野菜」が結ぶ、地域の憩いの場
中富良野町民の憩いの場として親しまれる、北星山森林公園。そのほど近くに、地元野菜をふんだんに使った絶品カレーを求めて、町の人や観光客が次々と訪れる店がある。
「いらっしゃい」と、柔らかな笑顔で出迎えてくれたのは、オーナーの九栗 貞子さんだ。

かつては、かすみ草やトルコキキョウの切り花農家を営みながら、中富良野における女性初の指導農業士として、農業振興を牽引してきた九栗さん。
今でこそ地域のリーダーとして活躍する彼女だが、社会活動に本格的に身を投じたのは40代の頃だった。それまでは組織活動の経験など一切なく、介護の仕事に専念する日々を送っていたという。
「自分にできるという確信はなかったけれど、やってみようという熱量があったの」と、九栗さんは当時を振り返る。家族の温かな協力も得ながら、自らの経営を少しずつ形にしてきた。

地域への強い想いから、平成13年、仲間たちと共に「北のカレー工房・きららの会」を結成。翌年、北星山森林公園のほど近くに、念願のカレー店をオープンさせた。
レストラン業を営む傍ら、今でも地元の若手育成や町づくり活動に力を尽くし、地域の花壇の管理ボランティアも自ら買って出ているそうだ。
「きらら」の営業期間は、地元の米や野菜などの食材が最も豊かに揃う、6月下旬から8月下旬までのわずか2ヶ月間に限られている。
カレーに使われるのは、毎朝地元の農家仲間を回って直接仕入れる、採れたての野菜だ。定番の「旬の野菜カレー」は、ルーの半分近くを占めるほどの大量のタマネギを、砂糖を一切使わずにじっくりと煮込み、野菜本来の自然な甘みだけで仕上げた逸品である。

かつては通り過ぎるだけだった多くの観光客も、今では「あの九栗さんのカレーをもう一度食べたい」と、中富良野に戻ってくるようになった。
九栗さんが紡ぐ「美味しい物語」は、胃袋を満たすだけでなく、訪問者と地域の人々の心を深く結びつけている。
「創る人」を育む、義務教育学校・なかふらの学園
食や観光の現場で起きている主体的な循環の波は、中富良野の教育の現場にも確実に波及している。その象徴と言えるのが、新たに義務教育学校として開校した「中富良野町立なかふらの学園」だ。
同校では、小学1年生から中学3年生にあたる9学年の子どもたちが、一つの校舎で共に学んでいる。日常的に異学年が混じり合いながら、新しい教育のあり方を実践する場である。

学園が教育理念の柱に掲げるのは、極めてシンプルな「創る人」というコンセプトだ。この言葉は、日々の学びや行動において「それが『創る人』を育てることに繋がっているか」を常に問い直すために機能している。
その理念は、従来の「学校」の常識を覆す、ハードとソフトの両面に現れている。まず目を引くのは、その開放的な空間設計だ。校舎には、ピラミッド型の吹き抜けから自然光がたっぷりと差し込む。

教室の壁は、人数や用途に合わせて広さを変えられる可動式を採用。各教室からは、十勝岳連峰をはじめとする山々が見え、至る所で富良野の自然を感じられる造りになっている。

なかふらの学園は、義務教育段階の校舎として北海道内初のZEBready*学校でもある。町が令和4年に「ゼロカーボンシティなかふらの」を宣言したことを踏まえ、環境教育や省エネルギー化、ランニングコストの提言を大きなテーマに掲げた。
そのため、快適な学習環境を整えるべく、地熱を利用した冷暖房の完備、夏は涼しく冬は暖かい高断熱などを実現している。
*ZEB Ready(Net Zero Energy Building Ready):断熱性の向上や高効率な設備の導入により、快適な室内環境を保ちながら、一般的な建物と比べて基準一次エネルギー消費量を50%以上削減した、環境配慮型の建物のこと。
また、職員室はフリーアドレス化され、クリアデスクの徹底によって業務エラーを防止している。木製のハイテーブルやWi-Fi環境を整備し、教職員が場所にとらわれず、クリエイティブに働けるオフィス環境へとアップデートさせている。

新しい風は、校舎や働き方だけでなく、学校運営や地域との関係性にも吹き込んでいる。その象徴が、驚くほどフラットな保護者との繋がりだ。
同校では、保護者の大きな負担となっていた従来のPTAを解散した。代わりに、会費を集めず、必要な時だけ「運動会の手伝いに10人」といった形で有志が集まる「応援する会」へと移行した。
負担や義務感を削ぎ落とし、関わりたい時に主体的に参加する仕組みを通じて、保護者と学校の新しい共生のあり方を模索している。

校内には、不登校傾向にある子どもたちが安心して過ごせる「教育支援センター」が設置されている。
多くの自治体では校外に置かれる支援施設を、あえて校内に配置し、小上がりや個室、ソファを備えた「学校らしくない安心できる居場所」をつくることで、隣の教室へ向かう心の準備を自分のペースで整えられるようにした。


教室の外で教員や子どもたちがコミュニケーションを取れるよう、工夫されている。
この先進的な取り組みは全国から注目を集めており、実際に大きな変化を生み出している。別の市で不登校に悩んでいたある中学生は、自らネットでこの学園を見つけ、「この学校なら行けるかもしれない」と、家族ごと中富良野へ移住・転入してきたほどだ。
こうした環境のもと、子どもたちは中富良野の未来を「創る人」として、地域に根ざした探究学習に励んでいる。総合学習の一環として取り組んだのは、「中富良野の色」を表現した万年筆インク作りだ。

このインクは、単なる授業の成果物では終わらない。地域のまちづくり会社を通じて実際の店舗で販売され、その売上が自分たちの次の活動資金へと還元されている。教室の中だけに閉じない、リアルな経済循環を生み出しているのだ。
地域に飛び出す活動は、他にも広がっている。4年生は「北星山ラベンダー園」で外国人観光客へ英語でのガイドに挑戦。3年生は自ら刈り取って作ったラベンダーのドライフラワーを、JALと連携して旭川空港で旅行客に手渡す活動を行っている。
観光や農業をただの「大人の仕事」として遠巻きに眺めるのではない。子どもたち自身が当事者となり、中富良野の魅力を自らの手で「創る」実感を重ねているのだ。
地域を潤し、次世代の主役を育てる。
現場で生まれた熱気を、町全体を持続可能な仕組みへと昇華させる。そんな組織的な動きも本格化している。
中核を担うのは、町が100%出資する地域商社「ナカフまちづくり株式会社」だ。行政の枠を超えたスピード感で、ふるさと納税の運営、移住定住の支援、農産物の販路拡大を推し進めている。

たとえば、移住体験住宅の運営も、町が直接行えば条例や予算の整備に膨大な時間を要する。しかし、同社がアウトソーシングの受け皿として一括管理することで、民間水準の意思決定スピードを実現し、移住検討者のニーズに即座に応えている。
さらに彼らは、「生産者の役に立ち、1円でも多くの利益を地域に還元すること」を最大のミッションに掲げる。その想いを形にしたのが、生産現場で発生する「規格外品」のアップサイクルである。
市場規格からはじかれたサツマイモを買い取り、「干し芋」として商品化。温暖化の影響で、中富良野でも質の高いサツマイモが育つようになったという環境の変化を逆手に取り、廃棄資源を地域を潤すコンテンツへと変えてみせた。

そしてもうひとつ、中富良野の新たなシンボルとなっているのが、駅前に誕生した観光交流施設「駅前BASE33」である。
かつて役場の奥に位置し、土日や夜間は閉鎖されていた観光協会を、観光客の拠点となる駅前の一等地へと移転させた。

町が私有地を買い上げて整備したこの場所で、「町民と観光客がどのように交わり、どんな空間にしていくか」。その本質的な問いに向き合い、年月をかけてワークショップを重ね、共に創り上げてきた空間である。
そんな想いが形となった施設には、子育て世代が安心して寛げるキッズスペースや授乳室が備えられた。駅前BASE33は、観光案内所という役割を超え、「町民の憩いの場」へと育まれていくだろう。


また、この場所は子どもたちの実践的な「学びの場」にもなっている。施設の目の前に広がる駅前花壇は、なかふらの学園の3年生が総合学習として、ゼロから企画と手入れを担っている。

駅前BASE33の運営を推進する、中富良野町 企画課商工観光係の対馬靖士さんは、次のように期待を寄せる。
子どもたちがこの街に関わり、「こんなに魅力的な仕事があるんだ」「中富良野で働きたい」と思ってくれたら、家族やおじいちゃん、おばあちゃんも応援してくれます。
それが、中富良野の一番いい循環に繋がっていくと考えています。
地域を担う次の世代が、誇りを持って主役になれる舞台。それが今、駅前の一等地から着実に広がり始めている。

新しい芽が紡ぐ、循環の未来
いま中富良野では、観光のかたちが変わろうとしている。ラベンダー農園という一社の巨大な観光資源、いわば「点」に依存した観光から、地域全体の「面」で旅人を迎え入れる、自立的な観光へのシフトである。
北星山森林公園から見渡した中富良野の町は、どこまでも伸びやかで、開放的だった。
「ラベンダーと言えば、ふらの」と、つい一括りにしてしまいがちだが、富良野エリアには中富良野だけでなく、富良野市や上富良野といった魅力的な町が隣り合っている。

私はまだ、富良野の魅力のほんの一部しか知らないのだろう。目の前に広がる大らかな風景を見ていると、垣根とか、境界線とか、そういうものに果たしてどれだけの意味があるのだろうかと感じた。
「ラベンダーと言えば、ふらの」という言葉のとおり、「ふらの」全体で手を取り合い、観光という文脈で捉え直すのであれば、広域だからこそできることもあるはずだ。
消費額や観光客数は、あくまで結果にすぎない。大切なのは、地域をリスペクトし、地域とともに豊かになろうとしてくれる旅人と出会えるかどうかだ。その入り口としても、「ふらの」という広がりの中で考えることには大きな意味がある。
そうして出会う旅人は、中富良野が誇る豊かな食を分かち合い、そこに生きる人々の情熱に触れ、町の持続可能な未来をともに耕す仲間になっていく。
その輪が中富良野から「ふらの」へと広がったとき、点はほんとうの意味で面になるだろう。

