農業と取り組むドイツのリジェネラティブツーリズム

サステナブルな暮らしが日常的なドイツでは、観光においてもかなり積極的に持続可能な取り組みを行っています。エコ・フレンドリーなホテルは、グリーンキーやエコラベルなどの環境認証を持っており、再生エネルギー、オーガニック素材のタオルやベッドリネン、地産地消の食材を使用するなど、様々な取り組みを行っています。また、交通公共機関の割引サービスを提供し、車から排出される二酸化炭素の削減に尽力しています。
ドイツでは近年、従来のサステナブルツーリズムからさらに超越した「リジェネラティブツーリズム」への取り組みが活発化しています。「リジェネラティブツーリズム」とは、自然環境の保全だけでなく、再生型観光を意味し、観光地の環境や社会・文化を積極的に修復・強化し、持続可能な発展を目指す取り組みのことです。
ドイツ国内では、リジェネラティブ農業が観光と結びつき、訪問者が持続可能な農業実践を体験できるプログラムが展開されています。また、「リジェネラティブ・アグリカルチャー(再生型農業)」や持続可能な地域経済やエネルギーの自立を目指す「トランジションタウン運動」を実践している地域があります。
具体的にはどのような活動内容なのでしょうか?
ブランデンブルク州で再生型農業の先駆者「Gut & Bösel」
ブランデンブルク州のアルト・マドリッツに位置するGut & Bösel(グート・ウント・ベーゼル)は、農業と林業の研究を融合した企業で、約3000ヘクタールの農地を所持しており、気候変動への適応や土壌再生、炭素隔離などを目的に「リジェネラティブ・アグリカルチャー(再生型農業)」を実践しています。
農業と林業を組み合わせた「アグロフォレストリー(Agroforst)」というシステムを導入し、生物多様性の向上と土壌の健康を促進しています。主には、アンガス牛とフランス産サレール牛を「ホリスティック牧草管理」の原則に従って、自然の放牧パターンを模倣した方法で実施しています。これにより、土壌の健康と牧草地の回復を促進しています。
他にも有機廃棄物を堆肥化し、土壌の肥沃度を高める今ポストワークショップを行ったり、持続可能な農業に関心のある個人や企業向けに、農場ツアーやワークショップを提供しています。これらのプログラムを通じて、再生型農業の実践や理念を直接学ぶことができます。今年の4月には、リジェネラティブ・アグリカルチャーによる土地と土壌管理の革新的実践が高く評価され、ヨーロッパで権威ある環境賞として知られる「Land and Soil Management Award」を受賞しました。
創設者のベネディクト・ベーゼルは、ビジネスファイナンスと農業経済学の学位を持ち、金融業界での経験を経て、2016年に家族経営だった農場を引き継ぎました。これまでの伝統的な農業から再生型農業に転換することで、未来の世代にとって生きるに値する世界を残すことを目的としています。
環境に優しく、多様な気候条件に対応できる農業システムを構築し、健全な土壌を作ることで、生態系の回復と気候変動対策が可能になります。また、自然との共生だけでなく、地域経済や地域住民の生活とも調和した持続可能な暮らしが実現するのです。
地域通貨の導入で持続可能な地域経済を目指すトランジションタウン運動
2006年にイギリスのトットネスが発祥地とされる「Transition Town Bewegung(トランジションタウン運動)」が、世界中に広がっており、ドイツ各地でも展開されています。トランジションタウン運動とは、持続可能な地域経済やエネルギーの自立を目指す市民ムーブメントで、気候変動や化石燃料依存、経済のグローバル化に対応し、地域コミュニティを持続可能でレジリエント(回復力のある)なものに転換するための運動です。
地域通貨、エネルギー協同組合、地域食料システムなどを構築し、地域の人々が主体となって「再生可能な暮らし方」を模索、環境再生とコミュニティ再生の両立を目指すことを目的としています。
ドイツ・バイエルン州のキームガウ地域では、キームガウアー(Chiemgauer)と呼ばれる地域通貨が使用されています。2003年に高校教師クリスティアン・ガレマン(Christian Gelleri)と彼の生徒たちによって始まり、地域経済の活性化と持続可能な社会の実現を目指しています。
【キームガウアーの仕組み】
- 1キームガウアー=1ユーロとして交換でき、地域の加盟店で使用することが可能。
- 有効期限は3か月となっており、更新するごとに手数料を支払う必要がある。
- ユーロをキームガウアーに替えると、そのうちの3%が地元の慈善団体や教育機関に寄付される。
- 地域の商店、飲食店、文化施設など約600以上の加盟店で利用することが可能。
- 大型チェーン店で使用できないことにより、地元の中小企業を支援する仕組みになっている。
キームガウアーを導入する主なメリットは、お金が地域内に留まり、地元企業や生産者を支援することができることです。また、地産地消が促進するため、遠方からの輸送コストや二酸化炭素の排出量を削減することにも繋がります。キームガウ地域では年間約300万キームガウアー(約300万ユーロ相当)が使用され、ドイツ最大規模の地域通貨の実績を誇り、地域住民と地元企業との繋がりを深めることや地元の福祉団体や文化プロジェクトの支援にも繋がったとのことです。
しかし、一方で、キームガウアーの普及には限界があり、すべての地域住民や企業がこの通貨を受け入れているわけではないという事実もあります。また、通貨の管理や運営には継続的な努力と資源が必要となるため、デジタル化の進展に伴い、電子決済への対応やオンラインでの取引拡大が求められているようです。また、他の地域通貨との連携や、より広範な地域での導入も検討しています。
フライブルクの市民出資型太陽光発電
ドイツ南西部のバーデン・ヴュルテンベルク州に位置するフライブルクは、環境保護と持続可能なエネルギー政策において有数の都市として知られています。特に、市民出資型の太陽光発電で先進的な取り組みを行っており、「環境の首都」とも呼ばれています。市民出資型の太陽光発電とは、地元住民が資金を出し合って太陽光発電システムを設置し、利益を地域の発展や環境保護に還元する仕組みのことです。市民が自らのエネルギー供給源を持つことができるという他都市にはない先進的なエネルギーの民主化を進めています。
また、太陽光発電を最大限に活用できる市民参加型のプロジェクトも多数実施されています。主要なプロジェクトは以下のようなものがあります。
①Solarförderverein Freiburg(フライブルク太陽光推進協会)
市民が共同で太陽光発電プロジェクトに出資するための団体です地域に新たな太陽光発電システムを設置し、利益を地域社会に還元する形で運営されています。参加者は出資金を提供し、その利益を定期的に受け取ることができます。
②Freiburger Solarpark(フライブルク太陽光発電所)
市民や企業からの出資を募り、大規模な太陽光発電所を建設しました。地域全体のエネルギー自給率が向上し、二酸化炭素の排出削減に貢献しています。
③Energiegenossenschaft Freiburg(フライブルクエネルギー協同組合)
市民が太陽光発電システムや風力発電などの再生可能エネルギーのプロジェクトに出資することができる仕組みを提供しています。エネルギーの所有と運営が地元住民の手に渡り、地域経済の活性化にも繋がっています。
最後に
数年前、ベルリンのフリードリヒスハイン地区に位置する老舗のエコ・フレンドリーホテル「Michelberger Hotel(ミシェルベルガー・ホテル)」が所持する自家農園を取材させてもらったことがありますが、当時ではまだ珍しい農業と林業を組み合わせた「アグロフォレストリー」を取り入れていました。ブランデンブルク州の自然生物圏保護区に指定されているシュプレーヴァルトに1.5ヘクタールの広大な敷地は、ベルリンから1時間ほどで行けるとは思えないほど豊かな自然に囲まれ、澄んだ空気と太陽の日が降り注ぐ、素晴らしい環境だったことを覚えています。
同農園は、通常の畑とは違い、単一の野菜が植えられているわけではなく、野菜、果物、ハーブ、草木、花などの様々な植物を一箇所に集合させて、独自の方法で育てるパーマカルチャーの哲学を取り入れていたことが興味深かったです。
コロナの規制で自宅に籠ることが多かった時期でしたが、ホテルに併設されているレストランのスタッフとその関係者に限り、農作業のボランティアに参加することができ、土を触ることで心身ともにリラックスできる効果があることを身を持って体験しました。ストレス社会とも言われる現代において、こういった自然との直接的な触れ合いはこれまで以上に重要視されています。