イタリア・ドロミテ発 持続可能な観光モデルとは?南チロル・エッゲンタールの地域主導型戦略

オーバーツーリズムや環境負荷が世界的な課題となる中、北イタリア・ドロミテ山塊に位置する南チロルのエッゲンタール(Eggental)は、持続可能な観光を実践する先進地域として注目されています。目指しているのは、形式的な来訪者数の拡大ではなく、「観光の季節分散」などを通じて地域と自然の価値を守りながら観光の質を高めることです。
本記事では、マインドフルネス、星空体験、地産地消、そして国際認証といった取り組みをただのキーワードとしてではなく、地域の日常や制度に組み込まれた実践として読み解きます。エッゲンタールの戦略を手がかりに、日本の観光地がこれから考えるべき「真のサステナビリティ」とは何かを探ります。

地域価値を高める体験プログラム

エッゲンタールでは、観光のピーク集中を避け、自然環境や地域生活への負荷を抑えるため、季節ごとに異なる魅力を打ち出す「季節分散型の観光」を推進しています。[1]
夏はハイキングや自然観察、秋は紅葉や伝統文化、冬はスキーやクロスカントリーといった体験を明確に設計することで、訪問動機を年間へ分散。混雑や環境負荷の軽減だけでなく、雇用の安定や観光の質向上にもつながっています。
さらに、訪問者にとっても落ち着いた環境で深い体験ができるため、満足度やリピーター創出にも寄与しています。さらに、サステナビリティを重視した独自のアクティビティや施設も人気を集めています。
マインドフル・ラテマール|自然とつながり、自分と向き合う体験
アルプス初のマインドフルネス・トレイルとして整備された体験型トレイル「Mindful Latemar」。[2] ラテマール山塊を望む静かな自然の中、18のエクササイズを通してゆっくり歩き、立ち止まり、五感で自然を感じます。深呼吸し、音に耳を澄ませるプロセスを通じて、心を整え、自分自身と向き合う時間が生まれます。
ゴルフリオン山の穏やかな周回コースは、ガイド付きでもアプリでも体験可能。心理学者トーマス・ベルナゴッツィが設計したこのルートは、一種のハイキングではなく、静けさと気づきを得るために新しいスタイルを提案しています。自然を愛する人や心の回復を求める人に最適な、エッゲンタールならではのサステナブルなプログラムです。
スター・ビレッジ|星空という「夜の資源」を活かす観光
エッゲンタールは、ヨーロッパ初の「Star Village」として誕生した、星空観察と宇宙体験の拠点でもあります。[3] 澄んだ夜空を地域資源として活用し、多彩な宇宙体験を提供しています。
プラネタリウム、天文台、太陽観測所に加え、宇宙テーマの散策ルートを整備。歩きながら星や惑星の世界に触れられます。望遠鏡付き客室を備えた宿泊施設や星をモチーフにした演出など、滞在そのものが星空体験に。実物大のアポロ11号月着陸船展示やイベントも、この地域ならではの魅力です。
さらに2022年秋には、2つの村を結ぶ「星の道」が誕生。[4] マスコットのルクシーとともに宇宙の神秘を楽しく学べます。星空や宇宙に興味のある方、特別な滞在を求める方に最適な、ロマンあふれる体験です。
オーバーホルツ・マウンテンハット|建築・景観・食文化を統合した体験拠点
標高約2,000mに位置する「Oberholz」は、山小屋の施設という存在だけではなく、建築デザイン・景観体験・地域食文化を統合した象徴的な拠点となっています。[5]暖房は地熱エネルギーのみを使用し、石油やガスは不使用。太陽光発電によりキッチンや照明の電力を賄うなど、環境配慮型の運営が特徴です。
周囲の自然と調和する木造建築は、内部空間やパノラマ窓、テラス設計によって、訪問そのものが特別な体験に。さらに地元産食材を活かした料理提供により、地域経済との循環も生み出しています。
戦略の核は住民と事業者が共につくった「Eggental 2030」

エッゲンタールの観光戦略は、中長期ビジョン「Eggental 2030」によって明確に示されています。[6] 最大の特徴は、専門家によるトップダウンではなく、40名以上の住民や事業者へのインタビューを重ねて策定されたボトムアップ型のプロセスにあります。
このビジョンが目指すのは、名目上の観光客数の拡大ではありません。重視しているのは、次の3つが同時に成立する持続可能な地域の姿です。
- 良質な暮らし(住民の満足度向上)
- 手つかずの自然(環境保全)
- 成功する観光(地域経済の発展)
観光を独立した産業としてではなく、地域運営全体を支える仕組みの一部として位置づけている点が、この戦略の本質です。理念をスローガンで終わらせず、地域全体の意思決定や実務に結びつけることで、持続可能な観光を具体的に機能させています。
経済・環境・地域社会を両立するサステナブル観光の方針

エッゲンタールは、掲げたビジョンを“理念”で終わらせていません。国際基準に基づく認証を取得し、取り組みを客観的に証明しています。
南チロル認証 × GSTC国際基準
エッゲンタールは持続可能な観光地づくりの取り組みとして「Sustainability Label South Tyrol(南チロル・サステナビリティ認証。以下、南チロル認証)」を取得しています。[7] この認証制度は、GSTC(Global Sustainable Tourism Council)が定める国際的な持続可能観光基準をもとに設計され、認定された地域認証制度です。
南チロル認証は、観光地や観光事業者が持続可能な観光を推進するための枠組みで、環境・社会・地域経済への貢献を総合的に評価します。
- エネルギーと水など資源の管理
- 廃棄物の削減と環境負荷の低減
- 地域文化や景観の保全
- 観光に関わる人々の労働環境や地域社会への配慮
南チロル認証は3段階で構成されており、最上位レベルはGSTC基準に適合する国際水準の認証に相当します。エッゲンタールはこの基準を満たす観光地の一つであり、地域の制度と世界基準の両方に基づいた取り組みによって、持続可能な観光地としての信頼性を高めています。
独自の「グリーンポイント制度」
さらに、独自のラベル制度「グリーンポイント(Green Point)」も導入しています。[8] 環境や社会に配慮した施設・イベント・サービスに付与されます。
- 地元産品の活用
- 文化の真正性の維持
- 廃棄物管理と気候配慮
- 公平性・多様性への配慮
この制度により、観光客は持続可能な選択をしやすくなり、事業者にとっては品質向上と競争力強化の指標となります。理念を具体的な観光商品へ落とし込み、年間を通じた体験価値の差別化を支える実践的な仕組みです。
インフラと食で支えるサステナビリティ

持続可能な観光は、理念だけでは成り立ちません。移動の仕組みと、地域の食。その両面からも、エッゲンタールは基盤を整えています。
移動の負荷を減らす「South Tyrol Guest Pass」
観光による環境負荷の中でも特に大きいのが移動です。エッゲンタールでは宿泊者向けに「South Tyrol Guest Pass」を提供し、地域内および南チロル全域の公共交通を無料で利用できるようにしています。[9]
さらに冬のスキーバス、夏のハイキング接続バスなど、季節ごとの観光需要に合わせた交通体制が整備されています。これにより車に頼らず、四季を通じて快適に観光できる環境が実現され、観光モデルを交通面から支えています。[10]
地域経済を循環させるプロジェクト「Eggental Taste Local」
2022年に開始された「Eggental Taste Local」は、地元で生産された食材を地域のホテルやレストランへ直接届ける取り組みです。[11]
効果は多方面に広がります。
- 輸送距離の短縮によるCO2削減
- 農家の収入向上
- 地域ブランド価値の強化
- 若者の地元定着促進
“食”そのものが観光体験を豊かにし、一年を通じた魅力づくりにつながっています。
スキーエリアの環境対策
冬季観光の中心、スキーエリアでも具体策を徹底しています。[12]
- ゲレンデ整備車や作業機械の燃料をディーゼルからHVO(水素処理植物油)へ転換→ CO2排出を最大90%削減
- 人工降雪は夜間に限定し、水と電力の無駄を抑える取り組み
日々の運営レベルから改善を重ねることで、冬の観光品質を保ちながら、持続可能性を高めています。
まとめ
エッゲンタールが示しているのは、「量」ではなく「質」を高める観光への転換です。住民と事業者が共につくった「Eggental 2030」を軸に、良質な暮らし、自然保全、地域経済の発展を同時に実現しようとしています。
季節分散型の体験設計、星空やマインドフルネスの活用、建築や食の地域循環、国際認証による品質管理。これらは単発の施策ではなく、地域運営に組み込まれた仕組みです。
サステナビリティとは特別なプロジェクトではなく、地域の未来をどう描くかという姿勢そのもの。エッゲンタールの実践は、その具体的なモデルを示しています。

参考文献
[1]Le quattro stagioni tra le Dolomiti della Val d’Ega
[4]Path of the Stars from Gummer|San Valentino to Steinegg|Collepietra
[6]Eggental 2030: the future strategy of the Dolomites holiday region
[7]The highest sustainability certification (GSTC) for the Eggental valley
[8]The green point of Eggental
[10]Soft mobility in the Eggental Dolomites
[11]Eggental valley: “Regional Cycles”, a local pilot project
[12]Sustainability in the climate-friendly ski resort of Carezza in the Eggental
