なぜ南信州の「農家民泊」がGreen Destinations Top100に選出されたのか

長野県南部、通称「南信州」と呼ばれる地域が、Green Destinationが選ぶ2025年の「持続可能な観光地Top100」(Green Destinations Top 100 Stories 2025、以下GD Top100)に選出されました。評価の対象となったのは、「農家民泊」と呼ばれる体験型の取り組みです。
農家民泊とは、一般の農家が自宅に旅行者を受け入れ、宿泊を伴う交流を行う取り組みを指します。滞在中は農作業や家事、伝統料理づくりを体験できます。地域の暮らしに触れながら、本物の農業や、生活文化を学べるのが特徴です。南信州で農家民泊が始まったきっかけは、1998年にある学校団体が修学旅行で野県飯田市に訪れ、五平餅の作成体験をしたことでした。この取り組みは徐々に広がり、現在では16市町村にまで広がりました。
本記事では、修学旅行をきっかけに始まった南信州での農家民泊が、なぜ「GD Top100」に選ばれるまで発展したかを考えていきます。
Green Destinationsと「GD Top100」について

Green Destinationsとは、持続可能な観光地、そのビジネス、コミュニティーを支えるグローバル組織です。[1]
当団体は2014年より毎年、サステナブルツーリズムの優良事例を選出する「GD Top100」を開催しています。今回南信州は、2025年の「GD Top100」において、その一地域として選出されました。
「GD Top100」は、持続可能な観光の実践を評価する制度です。提出された事例は、主に次の観点から評価されます。
- 社会・経済・環境へ貢献しているか
- 取り組みの具体性と証拠の提示があるか
- 革新的であるか
- 具体的な成果や変化を生み出しているか
- 他地域での再現は可能か
- 長期的視点に立った運営か
応募にはサステナビリティ・チェックがあり、観光をうまく回し続けるための仕組み(持続可能な観光基準)が整っていることも前提条件です。南信州の「農家民泊」は、この中でも特に、社会・経済への貢献、長期的な視点に立った運営の点が優れています。
修学旅行から始まった南信州の農家民泊

南信州での農家民泊は、修学旅行をきっかけに始まりました。1995年に飯田市商業観光課が「体験教育旅行誘致事業」の開始を決定し、翌1996年に高校生自然教室、体験教育旅行の受け入れを開始しました。[3]
当初の目的は、飯田市の郷土食である五平餅づくり体験でした。体験プログラムを計画した旅行会社の担当者は当初、数人のスタッフが生徒たちに指示を行い、生徒たちが作業する光景を予想していました。しかし、実際は全く違っていました。生徒100名に対して、30人もの地元の人々が出迎え、歓迎ムードの中五平餅づくり体験が行われたためです。
和気あいあいとしたムードの中で、地元の方々と生徒たちが密にコミュニケーションをとる機会になりました。これは旅行会社担当者にとっても、生徒たちにとっても期待以上の時間でした。農家の方から受けた温かいおもてなしに生徒たちは深く感動。「また飯田市に訪れたい」「次は旅館ではなく、農家に宿泊したい」といった声が上がり、農家での宿泊受け入れが本格化していきました。[4]
農村課題に向き合う中で生まれた「仕組み」

南信州の農村課題の1つに、高齢化と担い手不足が挙げられます。
高齢化率とは総人口に占める65歳以上の人口を指します。飯田市の高齢化率は2011年の27.6%から徐々に増加傾向にあります。
年齢3区分別人口推移を見ると、2020年では15~64歳のいわゆる「働き手世代」が人口全体の53.0%を占めています。これが2045年には46.6%にまで減少するとの予測が立てられています。[6]
個人に依存しない受け入れ体制と品質の担保
受け入れ体制の整備も大きな課題でした。受け入れを実施する農家は、衛生面での管理や食中毒のリスク、緊急時の対応について強い不安を抱えていたのです。
加えて、農家民泊を修学旅行のプログラムとして検討していた学校側からも、より厳格な安全基準が求められるようになり、結果として、各農家への負担が大きくなりました。
住民主体で続けるための農家民泊の設計
農家民泊として観光客を受け入れ、彼らに体験を提供するのは地域住民です。そのため、農家民泊を過度に商業化することや、住民への負担増加は、継続性を損なう要因となります。
実際に、農家民泊の運営業務に追われるあまり、本業である農業に支障をきたしたり、精神的に負担を抱えたりする事例もありました。
これらの課題に対して南信州が行ったのは、「農家民泊の仕組み構築」でした。この仕組み構築に大きく寄与しているのが、南信州観光公社の存在です。
当社は、観光客を受け入れる家庭への負担を軽減し、安全性と品質を確保するための支援制度を整えています。
たとえば、すべての受け入れ家庭を対象に事前研修を実施しています。毎年受け入れシーズン前に開催し、衛生管理・食中毒予防・緊急対応時・個人情報保護などについて具体的なガイドラインを共有しています。
また、別途受け入れに関するマニュアルも整備。観光客がどの家庭で農家民泊を行った場合でも、一定の品質を担保できるようにしています。各家庭の自主性を尊重しながらも、安全面と運営面の両立を図っています。
さらに、万一の事故やトラブルに備え保険制度を導入することで、受け入れ家庭が安心して活動できる環境を整え、継続的に参加ができるような仕組みも整えています。
こうした整備に加え、受け入れ人数や実施頻度の調整も南信州観光公社が担っています。住民たちの意向を尊重しながら運営を行うことで、地域住民たちが主体となって持続的に続けられる仕組みを構築しています。これらの仕組み構築の結果、現在では約600軒の受け入れ農家が存在しています。
農家民泊の受け入れ家庭増加は、観光客の増加にもつながりました。飯田市内では、農家民泊体験をベースとした教育旅行の受入数が増加しています。
また、農家民泊の体験者増加は、観光客が南信州地域に関心を寄せる機会にもなっています。
さらに、空き家の活用や移住を検討する人も見られ始め、地域内の資源を見直そうとする動きも生まれました。
農家民泊は、南信州の課題解決や地域の新しい価値創出に寄与していると言えます。
16市町村で支える南信州広域連携モデル

こうした課題を乗り越え、農家民泊は南信州の地域文化として定着しました。
現在では16市町村をまたぐ広域で行われる取り組みにまで発展し、農村課題への対応策として、持続可能性と地域活性化の両面から高く評価を受けています。
南信州の農家民泊は、複数自治体で実施されている点が特徴です。複数自治体が関わり合うことによって、観光客受け入れ当日に向けた交通機関の事前情報共有や、受け入れ家庭と観光客が対面する場面の調整などを、自治体間で連携しながら支援できます。
南信州の農家民泊は、エリア全体で役割を分担し、支え合う仕組みを整えてきた事例と言えます。
6自治体が連携し、「南信州」として申請
今回選出された「GD Top100」には、単一自治体としてではなく、広域として申請が行われました。16市町村のうち、飯田市・松川町・高森町・喬木村・豊丘村・大鹿村と、南信州まつかわ観光まちづくりセンター・豊丘村観光協会が南信州として応募しています。
農家民泊が特定の町の自治体の施策ではなく、エリア全体で共有されている取り組みであるためです。GD Top100は、世界各地の地域やデスティネーションが、持続可能な取り組みを申請する仕組みです。応募形態は地域によって異なり単一自治体で申請する例もあれば、広域連携としてエントリーする例もあります。
南信州の場合、農家民泊の取り組み自体が複数自治体にまたがって展開され、運営体制や受け入れの仕組みも広域で構築されてきました。その実態に即したかたちで、「南信州」という枠組みで申請が行われました。
広域DMOと自治体が果たした役割
この「広域モデル」を支えているのが、南信州観光公社を中心とした広域DMOの存在です。
観光施策の方向性を整理し、関係者の役割を明確にしながら、地域全体として持続可能な観光地づくりを進める役割を担います。日本では観光庁が登録制度を設けており、DMOは地域全体のマネジメントやデータ分析、戦略立案、関係者間の合意形成などを担う主体として位置づけられています。
南信州観光公社は、こうした広域DMOとしての機能を果たしてきました。
地域の自然や文化、暮らしに関わる体験プログラムの企画や運営、情報発信を行っています。農家民泊においては、受け入れ体制の整備、学校との調整、農家へのサポート、安全・衛生基準の共有などを通じて、現場と外部をつなぐ役割も担っています。
農家がすべてを対応するのではなく、自治体やDMOが間に入り、ルールづくりや手順の整理、関係者間の調整を行うことで、負担の偏りを防いできました。その結果、受け入れの質を一定水準に保ちながら、継続的な運営が可能となっています。
たとえば、修学旅行の受け入れでDMOはどういった役割を果たしているでしょうか。
到着時間に合わせて生徒の振り分けが行われ、各家庭には事前に必要な情報が共有されています。アレルギー対応や緊急連絡先の管理も公社が一括して担うため、受け入れ家庭は安心して学生に価値提供が可能です。
万が一トラブルが発生した場合も、学校や旅行会社との連絡窓口は公社が引き受けます。
農家が担うのは、農作業体験や食事づくり、日常の交流といった現場での対応です。この分業があるからこそ、農家は本業の農業と両立しながら無理なく参加することができます。
南信州では、観光公社と自治体が農家と協力することで、負担の偏りを防いできました。農家民泊を受け入れ家庭の努力に依存させないために、地域として支える仕組みを整えてきた点が、南信州の広域モデルの特徴です。
単独ではなく、エリアで支える観光のかたち
南信州の農家民泊は、特定の農家や1つの自治体の取り組みに依存する形では運営されていません。受け入れ農家の確保や、学校との調整、安全管理、情報発信といった業務を自治体やDMOが分担しています。
たとえば、受け入れの調整や全体のスケジュール管理は南信州観光公社が担います。地域ごとの事情に応じた支援は各自治体が担当。農家は主に、体験の提供や日々の受け入れ対応に専念します。。このように役割を分けることで、負担が特定の個人や地域に集中しにくくなります。
また、受け入れ基準や対応方法を共有することで、体験の質を一定に保たれます。これは、広域で取り組むからこそ実現できる体制です。単独で運営する場合と比べ、情報やノウハウを蓄積しやすく、課題が生じた際にもエリア全体で改善策を検討できます。
農村地域では、高齢化や担い手不足が続いています。そうした状況で観光を継続するためには、個人に頼るのではなく、地域全体で支える仕組みが不可欠です。
南信州の農家民泊は、複数の自治体が役割を分け合い、農家・自治体・観光公社がそれぞれの立場で支えてきたものです。そうした連携の積み重ねが、広域での安定した受け入れ体制につながっています。
まとめ
南信州の農家民泊が世界に届いた理由は、地域課題に向き合いながら、持続可能な仕組みを整えてきた点にあります。高齢化や担い手不足、人口減少といった課題を抱えるなかで、農家民泊は観光客を継続的に受け入れる仕組みとして機能してきました。
南信州の事例が示しているのは、サステナブルツーリズムが観光客を増やすこと以前に、地域が維持できる仕組み作りを優先することが大切であるという点です。土台を整え、長く続けられる仕組みを構築した結果が国際的な評価につながりました。
これからのサステナブルツーリズムに求められるのは、短期的な成果ではなく、地域の中で機能し続ける仕組みです。南信州の広域連携モデルは、その1つの実例といえるでしょう。
参考文献
