「美味しい」が農家を救う。沖縄の洋菓子店が描く、廃棄ゼロのビジネスモデル

洋菓子店の扉を開けると、焼き菓子の甘い香りがふわりと鼻をくすぐる。しかし、ショーケースを覗き込むと並んでいるケーキの数は少なく、一般的な洋菓子店との違いに少し驚くかもしれない。
沖縄で生まれ、現在では東京・四谷でも人気を集める「ペストリーうんてん」。この店では、注文を受けてからクリームを絞り、モンブランのパーツを合わせる「組み立てスタイル」を採用している。
なぜ、洋菓子店の常識であるショーケースを手放したのか。それは、「品揃えを保つために余分に作り、売れ残りはやむなく破棄する」というお菓子業界の構造的な課題に向き合い、ロスを完全にゼロにするためだ。
パーツのままなら翌日へ持ち越せるが、完成品として組み立ててしまうと、その日のうちに処分するしかない。それなら、注文が入る直前まで組み立てなければいい。
この極めて合理的でユニークなシステムを仕掛けたのは、長年修行を積んだベテランパティシエではない。外資系企業の人事部門を経て、沖縄の海で「チームビルディング」事業を牽引してきた異色の経歴を持つオーナー、仲間さんである。
組織論のプロフェッショナルは、なぜ畑違いの洋菓子事業へ参入し、パティシエたちの想いを形にできたのか。そして、いかにして規格外の農作物を救う「循環」の仕組みを作り上げたのか。その根底にあるのは、業界の常識を疑う視点と、沖縄が育んだ「ゆいまーる(助け合い)」のチーム論だった。

仕組みを作りすぎない。自律性を生む「ゆいまーる」のチーム論
「ペストリーうんてん」を運営するフルーツポンチ株式会社の代表・仲間 暁子さんは、上場企業から新進気鋭のベンチャー企業まで、多様な組織の盛衰をその目で見てきた人物である。仲間さんの経営哲学の根底にあるのは、かつて外資系企業で人事を担当していた際に目の当たりにした、過度な成果主義がもたらす「組織の崩壊」という強烈な原体験だ。

外資系企業にしばしば見られる、個人の業績のみを極端に評価するドライな環境は、従業員同士を過度なライバル関係へと駆り立てる。結果として、社内でのナレッジ(知識やノウハウ)の共有が途絶え、部門間の壁が高くなる「サイロ化」現象が起き、組織全体の成長が完全に止まってしまう。「これでは会社としての未来がない」と、人事の最前線で抱いたこの危機感が、仲間さんを「チームビルディング」の道へと向かわせた。
その後、沖縄で起業した仲間さんは、ビーチでのワークショップや、沖縄の伝統船「サバニ」をチームで漕ぐといった組織開発プログラムを展開する。大自然の中では、社内の肩書や個人の成績は意味を持たないため、全員で息を合わせ、リソース(資源)を共有しなければ、サバニで前に進むことはできない。

チームビルディングの道を歩んでいた仲間さんが、畑違いの洋菓子事業へ参入する転機となったのは、以前コンサルティングを担当していた洋菓子店の現場で出会ったパティシエたちからの切実な相談だった。「農家さんを助けるお菓子屋をやりたい」というのだ。
聞けば、パティシエの両親が営むハーブ農家では、ほんの少し傷がついただけで「規格外品」として大量に捨てられてしまう現状があるという。生産者の悲痛な叫びは、仲間さんの中にあった一つの哲学と強く共鳴した。
チームビルディングの本質とは、限られた人材や手持ちの資源(リソース)の可能性を最大限に引き出し、活かし切ることにある。捨てられる運命にあった「規格外品に価値を見出し、活かす」というパティシエたちの想いは、まさに仲間さんがチームビルディングの現場で追求してきた「リソースを活かす」という視点と見事に合致したのである。
こうして「規格外を助けるお菓子屋」としてペストリーうんてんを立ち上げた際、事業の根幹に据えたのが、沖縄に古くから伝わる「ゆいまーる(相互扶助)」の精神だった。
仲間さん:沖縄には「困った時はお互い様」という助け合いの文化があります。でも、これを仕組みにしようとすると、自分たちに都合の良いように解釈され、形骸化してしまう。だからこそ、あえて厳密なルールは作らないようにしています。その代わり、「対話と気づきの場」をデザインすることは徹底しています。
一般的な洋菓子店は、職人である「パティシエ」と「販売員」の役割が明確に分断されていることが多い。厳しい“修行の世界”特有のヒエラルキーが存在し、新人が自分の作りたいものを提案できる機会は極めて稀だ。
しかし、ペストリーうんてんでは、職歴の浅い新人であっても、あるいは製造ではなく「販売」の担当であっても、自らが「作りたい」と思い描いたお菓子を実際に試作し、挑戦できる土壌が整っている。完成した試作品は、ポジションに関係なく全員でテーブルを囲んで試食し、誰もが対等な立場で忌憚のない意見を出し合う。
なぜ、これほどまでにフラットで自律的な関係性が成立するのか。それは、美味しいお菓子を作ること自体が最終目的ではなく、「素材の味を活かし、嘘をつかないものを提供する」という共通の目的へ向かうための「対話のツール」として、お菓子作りが存在しているからだ。

生産者や素材と真摯に向き合う、常識破りの「廃棄ゼロ」モデル
一般的なパティスリーにおいて、ショーケースは店の顔である。商品がまばらでは客の購買意欲を削いでしまうため、常に色とりどりのお菓子を豊富に陳列しておく必要がある。仲間さんによれば、「1日100個売るために、あえて150個を作る」のが業界の常識だという。しかし、それは同時に、残った50個を毎日廃棄せざるを得ないことを意味している。
見栄えを保つためだけに過剰に作り、最終的に捨てるという行為は、ペストリーうんてんが大切にする「素材の味を活かし、お客さんに嘘をつかないものを提供する」という信念に真っ向から反する。同社が目指したのは、華やかな陳列を手放してでも「廃棄ゼロ」を実現することだった。
そのための鮮やかな解決策が、注文を受けてから商品を仕上げる「組み立てスタイル」の導入である。例えば、モンブランやシュークリーム。これらを完成品として陳列してしまうと、水分が移って食感が損なわれ、賞味期限は当日限りとなってしまう。だが、メレンゲやシュー皮、クリーム、ペーストといった「パーツ」の状態でそれぞれ最適な温度帯で保存しておけば、品質を落とすことなく翌日へ持ち越すことが可能になるのだ。

そのため、ペストリーうんてんのショーケースには、完成されたケーキがぎっしりと並ぶような華やかさはなく、時にはスカスカにすら見える。効率や見栄えを最優先する巨大な市場原理の中では、確かに異端かもしれない。それでも独自のスタイルを貫けるのは、フラットな組織の中で育まれた「素材を全部使い切りたい」という揺るぎない共通の想いがあるからだ。
「美味しい」が農家を救う、自然な循環
「廃棄ゼロ」の挑戦は、厨房の中だけにとどまらない。その眼差しは、お菓子の土台となる素材を生み出す「農家」の現実にも向けられている。
沖縄を代表する果実であるマンゴー。しかし、表面に少し黒い斑点が出ただけで、実に全体の3割が「規格外」として市場から弾かれ、価格がつかずに廃棄されてしまう現状がある、と仲間さんは語る。
ペストリーうんてんでは、この行き場を失ったマンゴーを買い取り、パフェなどに加工して提供している。だが、ここで特筆すべきは、決して「安く仕入れるための手段」として規格外品を利用しているわけではないことだ。

仲間さん:農家さんから規格外品を買い取る際、「適正価格」で買い取っています。「規格外=安い」という概念を根本からなくしたいと考えています。
この言葉の裏には、生産者と向き合う中で得た、痛烈な気付きがある。当初、農家に対して「規格外を救いたい」と口にしたところ、「規格外を出すために作っているんじゃない」と厳しい言葉を返されたことがあったという。
農家は常に最高のもの(正規品)を消費者に届けるために、プライドを持って土と向き合っている。「規格外を買い取って助けたい」という善意は、時として生産者の矜持を深く傷つけてしまう危うさがあるのだ。その経験を糧に、農家側の想いを深く汲み取りながら対等な提携関係を築いている。
さらに、ペストリーうんてんの看板商品である「めぐるクッキー」には、沖縄で大量に栽培されるサトウキビの搾りかす(バガス)の粉末が練り込まれている。これまでただ捨てられていた廃棄物が、実は食物繊維や栄養素の宝庫であることを活かし、新たなお菓子の素材へと昇華させたのだ。これは農家にとっての新たな収入源となり、環境負荷を減らす見事なエコシステムとして機能している。

社会課題の解決というと、どこか肩肘を張り、「自己犠牲」を伴う息苦しさを感じてしまう人も少なくない。しかし、ペストリーうんてんのアプローチは限りなく軽やかだ。
仲間さん:「募金」だと自己犠牲に近い感覚があるかもしれませんが、お菓子なら「美味しく食べていたら、いつの間にか誰かのためになっていた」という自然な形が作れると信じています。
消費者に対して「社会のために」という我慢や理屈を強いる必要はない。あくまで「美味しいから買う」という純粋な喜びが起点となり、その対価が適正価格として農家に還元される。その自然な購買行動が、結果として「規格外」の概念を書き換え、環境をも守っていくのだ。これこそが、仲間さんがお菓子というツールを通じて築き上げた、リジェネラティブな幸福の循環である。
沖縄から県外へ。広がり続ける「循環」の輪
ペストリーうんてんが掲げる「無添加・健康志向・環境配慮」という理念が、よりダイレクトに響く場所がある。情報感度が高く、エシカルな消費を求める東京・四谷の店舗だ。
沖縄のリアルな現状を受け入れつつも、理念に深く共感してくれる県外の顧客層へと確実にアプローチし、強い支持基盤を築いている。「沖縄の企業として県外で利益を生み出し、いずれは地元・沖縄へと還元していく。それこそが理想のサイクルだ」と仲間さんは語る。

管理しない「ゆいまーる」のチームづくりから始まり、ショーケースの常識を覆して廃棄をゼロにし、農家の誇りに寄り添って、規格外品に新たな価値を与える。仲間さんとパティシエたちの情熱は、今や一つの店舗という枠を超え、より大きな経済の循環へと繋がり始めている。
店頭で手渡される一つのお菓子。その奥には、ペストリーうんてんがデザインした壮大で優しい「ゆいまーる」の連鎖が息づいている。私たちがそのお菓子を口に運び、純粋に「美味しい」と微笑むとき。私たちはごく自然にその循環の一部となり、誰かの明日を豊かに耕しているのである。
取材協力:ペストリーうんてん、一般財団法人沖縄観光コンベンションビューロー、近畿日本ツーリスト沖縄
