東アフリカのインド洋に浮かぶ115の島々からなる国、セーシェル。サンゴ礁と美しいビーチに彩られたその姿は地上最後の楽園ともいわれています。[1]
しかし、現実には海洋生態系の劣化の課題や気候変動など多くの課題を抱えている国です。セーシェルではいち早く海洋資源を守りながら経済を発展させる「ブルーエコノミー」へとシフトしました。
人が多く訪れる観光地であり海洋環境を保全しようとする取り組みは、同じように島国で海洋環境の多い日本にも通じるところがあります。
観光は自然を消費してしまうのか、それとも再生に寄与できるのか、セーシェルの取り組みから観光を交えた海洋環境の保全の観光のあり方を探っていきましょう。
世界に先駆けて始めたブルーエコノミー

セーシェルは国土面積の約半分、そして領海の30%以上を保護国指定するという保全実績を誇ります。[2] こうした大規模な保全を可能にしているのは、小国・島嶼(とうしょ)国家ゆえの物理的な制約を、迅速かつ柔軟な政策実行力でカバーする独自のガバナンス体制です。「ブルーエコノミー」とは、海洋環境を持続可能な形で保全しながら、海洋資源を利用した経済発展との両立を目指す産業モデルです。[3]
国土よりもEEZ*が広いという特徴を持ったセーシェルは、海を“再生可能な資本”として捉えています。たとえば漁業においては、EEZ内で生物多様性の保護レベルが高いゾーンでの漁業活動を禁止する一方、他のゾーンでは条件付きで認めるなど開発と保全のバランスをイノベーションによって保っています。政府・NGO・民間(観光業・商工会議所・ホテル協会)が共同で資金・政策を運営している点もこのモデルが評価される理由です。[4]
※EEZ:領海から最大200海里(約370km)の範囲内で、沿岸国が水産資源や鉱物資源の探査・開発などの権利を独占できる海域(排他的経済水域)
海洋資源の危機とブルーボンド誕生の背景
セーシェルでは観光産業の次に漁業が2番目に重要な産業です。しかし、経済成長とともに漁業資源の乱獲が増えてしまったため、魚資源を回復し、持続可能な漁業へと転換するにはガバナンスの改善と膨大な資金が求められていました。
この「保全のための資金不足」という課題を解決するために導入されたのが、投資家と海洋保護プロジェクトを結びつける「ブルーボンド」でした。[5]
世界初のブルーボンドが示した新しい資金循環
2018年にセーシェル政府は世界初の「ブルーボンド(海洋保全債)」を発行し、国際投資家から1,500万米ドルを調達しました。[6] ブルーボンドは海洋保全のために発行される債券で、陸の環境保全のための債券であるグリーンボンドの海洋版です。
この債券は、世界銀行からの500万米ドルの保証で開始されました。さらに地球環境ファシリティ(GEF)からの500万米ドルの譲許的融資※によって裏付けられており、これにより債券の利払いは5.5%から2.8%に部分的に補助されました。[7] この融資は、債券の利払いの一部をまかなうものです。
※譲許的融資:非商業的ななかで発生する利益をもたらす目的で、市場金利を下回る契約金利で、同様の猶予期間・返済期間で意図的に提供される融資
調達したブルーボンドの資金は、以下の2つの機関によって運用されています。
- セーシェル保全・気候変動適応信託(SeyCCAT):海洋保護区拡大や持続可能な漁業への助成を担う中核機関
- セーシェル開発銀行(DBS):持続可能な漁業や海洋関連の事業者向けに低利融資を提供する金融機関
このブルーボンドにより、投資=利益という金融的な役割に加え、“投資=環境再生+利益”という新たな役割ができました。これは単なる環境政策ではなく、観光資源の維持、高付加価値観光への転換など、観光と密接に結びついています。
投資規模がまだ小さいことや、成果の測定が難しいなど改善の余地はありますが、海洋保全のために世界で初めて発行された債券ということから、注目を集めています。
観光を「消費」から「保全」へ変える仕組み

セーシェルは2012年、宿泊施設向けに持続可能な取り組みを評価・認証する仕組みとして「Seychelles Sustainable Tourism Label(以下、SSTL)」を開始しました。[8]
これは、観光を「消費型」から「保全型」へ転換するための重要な政策ツールです。環境負荷の削減、地域社会への貢献、持続可能な運営の可視化を目的としています。
セーシェルは観光がGDPの大きな割合を占めており、同時に自然環境(海洋・生態系)は最大の資産であるセーシェルにとって、この制度は収益を維持・拡大するための「行動指針」となっています。
認証制度は国家ブランド「Sustainable Seychelles」へと進化
認証制度は2024年以降、宿泊施設だけであるSSTLのみならず、レストラン、ツアー会社へと対象を拡大。行動変容を促す仕組みを目指して「Sustainable Seychelles」として国家ブランドへと進化したのです。[9]
このブランドは、単なるラベル(称号)ではなく、以下の3つの柱によって「実効性のある行動変容」を促しています。[10]
- 監視と認証
- 意識啓発と認識
- 教育とトレーニング
セーシェルは2023年には、グローバル持続可能観光協議会(GSTC)のメンバーに加盟し、その取り組みは国際的な信頼を確立しています。[11]
評価の仕組み
「Sustainable Seychelles」の評価は、加点方式のポイント制を採用しています。点数によってブルー、ブロンズ、シルバー、ゴールド(最高)と段階的に認証を取得できることが特徴です。
以下の8分野で厳密に評価されて、グリーンウォッシュ(見せかけの環境配慮)を防ぐことにもつながっています。[12]
| マネジメント体制(持続可能なビジネスのための健全な経営) | 持続可能性対策の適切な計画と実施月一回のモニタリングを実施適切な指標の記録(廃棄物の重量やエネルギーや水の消費量) ほか |
| 廃棄物管理 | 排水の適切な処理廃棄物の発生量と埋立地への搬入量の削減廃棄物のリサイクル未使用の食用油はバイオディーゼルに変換 ほか |
| 水資源管理 | 飲料水の使用量を削減水の再利用 |
| エネルギー効率 | エネルギーの使用を抑えて使用量を削減代替エネルギーや再エネへの転換温室効果ガスの排出量のモニタリングとオフセットのモニタリング |
| 従業員(従業員の定着率向上) | 従業員への安全な労働環境の確保従業員への公平な機会の確保 |
| 自然保護活動 | 周辺地域の生物多様性を守るための積極的な保全活動地元産の農産物を購入や栽培の促進 |
| コミュニティ(地域社会との良好な関係の維持) | 観光による地域社会への利益還元地域住民の雇用 |
| ゲストへの啓発 | ゲストのサステナビリティへの取り組みにへの関与による満足度向上 |
量より質へ―高付加価値・低環境負荷の戦略
観光局は2024年から2026年まで、セーシェルが“高付加価値かつ低環境負荷の観光”を強化することを発表しています。この戦略によってより多く消費するゲストをターゲットにすることが狙いです。[13] 少ない観光客で高い収益をあげることができれば、入国者数をコントロールし、オーバーツーリズムを回避できます。
また、セーシェルのユニークな点は、入域料・宿泊費などの観光収入の一部を保全活動にあて、ゲストの滞在そのものを保全活動の一部として組み込んでいることです。さらにゲストにはエコツアーや教育プログラムへ参加を通じで「消費者」から「参加者」への転換を図っています。
とくに環境意識が高い富裕層にとって、自身の滞在や体験が自然を豊かにする価値ある時間は、何事にも代えがたいラグジュアリーな価値を高めています。
サステナビリティを体現するラグジュアリーリゾートの事例
現代の富裕層は豪華さよりも、ありのままの自然や持続可能性を考えて、自らも参加するラグジュアリーな旅を求め始めています。
セーシェルが掲げる「高付加価値・低環境負荷」戦略の最前線では、各リゾートがその考えを独自スタイルで体現しています。
Six Senses Zil Pasyon|ゲスト参加型の保全

サステナブルラグジュアリーの先駆者である「Six Senses」の中でも、Six Senses Zil Pasyonは、とくに生態系の保全に力を入れつつ、資源循環・地域貢献にも本格的に取り組んでいます。[14]
- ウミガメ保護と研究、サンゴ礁の再生など保全活動
- プラスチック削減などによる資源循環
- 生産量を増やし、自給率を高めるためのオーガニックガーデンの開始
- サンゴ移植体験などゲスト参加型のサステナビリティ実践を提供
- 学校と連携した環境教育の実践
- 売上の0.5%をサステナビリティ基金へ
最大の特徴はサンゴの移植体験など、ゲストが参加できる場を作り意識を変えてもらう教育の機会を作っている点です。環境負荷を抑えるだけでなく、ゲストを「保全の参加者」へと変容させることで、周囲の島全体で包括的なサステナビリティを実践しています。
North Island|島全体の生態系を復元

North Islandはリゾートの開発と同時に、島の自然を人間の影響を受ける前の状態に戻す再生プロジェクト「Noah’s Ark Project」を開始しました。[15] [16] [17]
- 外来種の駆除と在来種の導入
- 数十年単位におよぶ森林再生プロジェクトの実施
- セーシェル固有種の鳥類やアルダブラゾウガメなど絶滅危惧種の再導入
- ウミガメの産卵地保全
荒廃していた島を高級リゾートとして再生させながら、得た収益により何十年単位という長期的な単位で自然再生に取り組んでいることが特徴です。
楽園が直面する課題

持続可能な観光を促進している楽園セーシェルですが、一方で以下の課題を抱えています。
- 観光依存のリスク(経済リスク)
- 観光がGDPの大きな割合を占めている
- その分、パンデミックなど外部要因に対して脆弱
- 小島嶼国特有のインフラと資源の制約
- 水・エネルギーの供給が限られる
- 廃棄物処理能力の不足
- 気候変動の影響
- 海面上昇でビーチが消失する恐れ
- サンゴの白化
- 異常気象の増加高価格ゆえの格差
これらのリスクに対し、セーシェルはブルーエコノミーによる産業の多角化で立ち向かっています。
また、気候変動への課題はサンゴ礁の再生で防波機能を高める、マングローブ保全でCO2を吸収するなど、気候変動の適応策にもつながる保全活動を進めることが求められています。
進化し続ける楽園
楽園は決して完成された場所ではありません。セーシェルが教えてくれるのは、ただ守られた自然ではなく、絶えず“再生し続ける自然”こそが、世界を惹きつける魅力になるということです。。
セーシェルがブルーエコノミーを通じて追求する“観光=再生”という新しい産業モデル。この前向きな挑戦は、持続可能な未来を目指す世界中の国々にとって、大きな希望と示唆を与え続けています。


参考文献
[2]Blue Nature Alliance「Seychelles」
[3]Public of Seychelles「The Blue Economy in Seychelles: A Sustainable Future
[5]World Bank Group「Seychelles Achieves World First with Sovereign Blue Bond」
[6]World Bank Group「Seychelles launches World’s First Sovereign Blue Bond」
[7]Blended Finance Taskforce「Seychelles Blue Bonds」
[8]Tourism 2030 DestiNET Services「The Seychelles Sustainability Label」
[9]Seychelles Nation「Launch of ‘Sustainable Seychelles Brand’ |26 October 2023」
[11]The Tourism Department「Seychelles Joins the Global Sustainable Tourism Council (GSTC)」
[13]Seychelles Nation「Aiming towards higher value and low impact tourism |03 June 2023」
[14]Six Senses「Sustainability」
[15]North Island「OUR LEGACY The ‘Noah’s Ark Project’」
