旅先で「立入禁止」「採取禁止」「撮影禁止」といった表示を目にします。富士山の登山道、京都の歴史的景観の周辺、高山植物が残る国立公園の一角。もちろん、そこに看板が立つのには理由があります。自然を守るためであり、地域の暮らしを守るためでもあります。その必要性自体を否定することはできません。
ただ、その前提に立ったうえでも、ひとつの問いは残ります。観光地を守る方法は、本当に「禁止」を増やすことだけなのでしょうか。別の伝え方や、別の関わり方はありえないのでしょうか。
この問いを考えるうえで、参考になると感じたのが、北欧で広く知られる「自然享受権(Everyman’s Right)」です。
北欧の「自然享受権」に学ぶ、地域と観光客の幸せな距離感

フィンランド語で「jokamiehenoikeus (ヨカミエヘンオイケウス)」、スウェーデン語で「allemansrätten(アレマンスレッテン)」と呼ばれる自然享受権。北欧諸国では、法律や慣習によって自然にアクセスする権利が認められていると同時に、守らなければならないルールや責任も明記されています。
例えばフィンランドでは、自然の中を散策すること、野生のベリー、山菜、キノコを採ること、自然地域をレクリエーション目的で利用することなどが広く認められています。一方で、私有地や耕作地への立ち入り、樹木を傷つける行為、騒音やごみの放置などは認められていません。[1]
ノルウェーでも、「何も残さず、自然と財産を尊重する限り、自由にアウトドアを満喫」することができると認められている一方でキャンプをする場合、居住中の家屋や小屋から150メートル以上離れなければならない、同じ場所に2泊を超えて滞在する場合には土地所有者の許可を得なければならないといったルールが定められています。 [2]
つまり、北欧の自然享受権は「無制限の自由」ではなく、「明確に定義された自由の枠組み」なのです。看板だけに依存しなくてもよいほど、アクセスの権利と利用者の責任が共有されるよう設計されています。その結果、地域住民は安心でき、観光客は自由を享受でき、自然環境も保護されます。
北欧のアプローチは観光客を「制限されるべき存在」ではなく、地域の価値観を共有した訪問者と見なしているとわかります。
ここまで読んで、制度が違うのだから、自分たちには関係ないと思った方もいるかもしれません。しかし、日本の制度の中でも、北欧的なアプローチから学べることはあります。
日本にも応用できる北欧の視点

日本の観光地管理では、「いかに制限するか」という発想が先行する傾向にあります。環境省のエコツーリズム推進の資料でも、入場料の設定、利用時期の制限、人数制限といった管理手法が示されており、[3] いずれも効果的な施策であることは間違いありません。ただ、そこでは「守るために制限する」という視点が中心になりやすいようにも見えます。
「禁止」ではなく「自然解説」のアプローチ
北欧の事例に触れると、同じルールの活用においても、その伝え方には別の選択肢もあることがわかります。例えばVisit Norwayは、自然へのアクセスを案内する際に、観光客が持つ権利とセットで以下のようなルールを伝えています。
- ごみを持ち帰ること
- 自然を損なわないこと
- 地域の暮らしや文化に配慮すること
ここで重要なのは、観光客を管理対象としてではなく、地域の価値を共有してもらう来訪者として位置づけているように見える点です。
この視点は、日本にも応用できます。私がとくに可能性を感じるのは、「禁止」の前に背景を伝えることです。
北欧では、自然や土地の意味を伝える「自然解説」の考え方が重視されてきました。自然解説とは何が禁止かを先に示すのではなく、なぜその森が守られるべきなのか、なぜその風景に地域の人びとが価値を見出してきたのかを伝えるアプローチです。[4]

例えば、観光客に対して「希少な植物には触れない」といった行動ルールを説教的に伝えるのではなく、「北欧の森がなぜこのような生態系を持つのか」「この地域の人々がどのように自然と関わってきたのか」といった背景を伝えます。その理解があってはじめて、行動の制限は命令ではなく、共感できる配慮として受け止められるのではないでしょうか。
ローカルガイドへの期待

北欧のローカルガイドには、ガイダンスを「禁止」ではなく「学びのある体験」へと転換する担い手としての役割が期待されています。
実際、ノルウェーやフィンランドでは、「ガイド同伴のツアー」がビジネスモデルとして成立しています。自然享受権によって、観光客は理論上「ガイドなしで自由に」自然へのアクセスが可能です。しかし、より高い価値を求める観光客は、むしろ「プロのガイドによる解説」に対して高い料金を支払います。この構造は、日本でも応用可能です。
例えば、ある観光地が「高山植物保護区」をコンテンツ化する場合、従来の禁止や制限のアプローチなら「XX円の入場料、指定ルート内のみ立ち入り可」となるでしょう。しかし、北欧的なアプローチなら「基本的に自由にアクセスできるが、認定ガイドによるツアー(追加料金)では、その2倍の価値を提供する」という構造をつくることができます。ガイドツアーでは、植物の生態、過去の採取による被害事例、地元の知見、季節ごとの変化といった多層的な情報を提供します。結果として、観光客の満足度は上がり、ガイドという新たな雇用も生まれ、自然保護の動機も高まるのです。
このモデルは、実は日本でもすでに成功事例があります。観光庁が2026年に発表した「地方部における観光コンテンツの充実のためのローカルガイド人材の持続的な確保・育成事業」の成果でも、地域の価値や物語を伝える人材の重要性が整理されています。[5]
ここからわかるのは、自然保護と観光体験の質向上は、対立するものではなく、むしろ接続しうるものだということです。
デジタル技術で「責任」とその背景を可視化する
テクノロジーを活用すれば、北欧的な「権利と責任の統合」を、より多くの観光客に対してスケーラブルに実装できます。
例えば、京都・祇園では、観光客による舞妓さんの無断撮影や迷惑行為が問題となり、対策としてスマートフォンのアプリや位置情報を活用した注意喚起の取り組みが試験的に導入されました。専用のデバイスを持った観光客が特定のエリアに近づくと、「舞妓さんの写真を撮らないでください」「道の中央を歩かないでください」といったマナーやルールが自動的に表示される仕組みです。[6]
北欧のいくつかの観光地では、すでにQRコードを利用した「責任ある観光の解釈ガイド」が導入されています。観光客がQRコードをスキャンすると、その場所の歴史、周辺の生態系、地元コミュニティへのアクセス方法が複数言語で表示されます。これは、ツアー事業者でも、DMO(観光地経営推進機構)でも、あるいは地域の有志でも実装可能な技術なのではないでしょうか。
事業者主導の「ルール策定」という新しい可能性

もう一つ、観光事業者が直接活用できるアプローチがあります。それは、特定の観光コンテンツについて、事業者が「入域ルール」を自ら策定し、それを観光ブランドの一部にすることです。
北欧のツアーオペレーターの多くは、予約時に観光客に「責任ある観光」に関する簡潔な誓約書へのサインを求めます。これは法的拘束力を持ちませんが、心理的に観光客の行動を動機づけるのです。同時に、ツアー中にガイドが繰り返し「ここがなぜ大切なのか」を説明することで、ルール遵守が義務ではなく、価値観の共有に変わるのです。
「禁止看板」を「説明看板」へ
最後に、シンプルでありながら有効な手段があります。それは、既存の「禁止看板」を「説明看板」へと改変することです。
現在、多くの観光地の看板は「XX禁止」と書かれているだけです。しかし、北欧の観光地では、これを「このエリアは〜という理由で保護されています。そのため、〜をお願いしています」という以下のようなポジティブな説明文に変えています。
| 「このエリアは絶滅危惧種の生息地です。保護のため、指定ルートのみの通行をお願いしています」「この植物は地元の食文化の一部です。持続的に収穫するため、一人あたり~~個までの採取にご協力ください」「このエリアは地域住民の日常生活の場です。プライバシーを尊重するため、撮影は指定区域のみとなります」 |
既存の看板をこうした説明に変えるだけなので、コストはそこまでかからず、観光客の行動変容を促す効果が見込まれます。同時に、観光客に対して「あなたたちは制限されるべき侵入者ではなく、この地域の価値を一緒に守るパートナーである」というメッセージを伝えることにもつながります。
自然享受権から教わった、心が動く伝え方
子どものころ、学校でも家でも「食べ物を残してはいけない」とよく言われてきました。好き嫌いが多かった私は、嫌いな食材が出る食事の時間が苦痛でした。
夏休みに家族で瀬戸内海の島を訪れ、民宿に泊まったときのことです。夕食に出てきた焼き魚にはレモンが添えられていました。当時の私にとってレモンは、何かに添えられている、酸っぱくて苦手な食べ物でした。そのため、旅行中の楽しいはずの夕飯を前に、一人気分が落ちていました。
そんなとき、民宿の方が「裏庭で採れたレモンなんですよ」と教えてくれました。その一言で、それまでただの苦手な黄色い物体に見えていたレモンが、その土地で実った、ちゃんとした食べ物として急に輪郭を持ったのを覚えています。試しに口にしてみると、酸っぱさの奥にほんの少し甘みがあって、その味はいまでも印象に残っています。
振り返ってみると、私の見方を変えたのは、「食べなさい」という言葉ではなく、その背景を伝えてくれた説明。禁止や命令が必要な場面は、もちろんあります。しかし、それだけでは人の気持ちまでは動かないことも多い。背景を知ることで、行動は義務ではなく、自分の意思に変わるのだと思います。
観光地でも同じように、守るべきものの意味が丁寧に伝わることで、ルールは単なる制限ではなく、その場所をより深く味わう入口になっていくのではないでしょうか。
参考文献
[1] Visit Finland, “Finnish everyman’s rights – the right to roam & enjoy nature”
[2] Visit Norway, “The right to roam Enjoying Norway, responsibly”
[4] Nordic Co-operation, “Nature interpretation in the Nordic countries”
[5] 観光庁「「地方部における観光コンテンツの充実のためのローカルガイド人材の持続的な確保・育成事業」の成果を公表します!」
