会議や展示会、インセンティブ旅行、いわゆるMICE(マイス:Meeting、Incentive、Convention、Exhibition)は、観光産業の中でも高い経済効果を生み出す一方で、サステナビリティ対応が十分に進んでこなかった分野のひとつとされてきた。
2026年4月、タイ・プーケットで開催されたグローバル・サステナブル・ツーリズム協議会(GSTC)が主催するグローバル・サステナブル・ツーリズム・カンファレンスでは、MICEをテーマにしたパネルセッションが数多く実施され、イベント産業におけるサステナビリティのあり方について活発な議論が交わされた。これからMICEが観光産業のサステナビリティを加速させるという期待が高まっている。
MICEで進むサステナビリティ対応
MICEは、多くの人やモノが大規模に移動することで大きな経済効果を生み出す一方、環境負荷の高さが長年の課題とされてきた。しかし近年、その潮流は大きく変わりつつある。MICE業界では、「会場や運営側がSDGsやサステナビリティにどのように対応しているか」が、開催地や会場を選定する際の重要な評価項目になり始めている。実際に、国際会議の誘致に立候補する都市が提出するビッドペーパー(提案書)にも、サステナビリティに関する項目が盛り込まれるケースが増えている。
日本国内でも取り組みは加速している。東京や沖縄では、MICE開催に関するサステナビリティガイドラインを策定し、具体的なアクションを促進。さらに大阪では、「SDGs for MICE 評価制度」を導入し、イベント運営の改善を後押ししている。
また、観光庁も、国際会議開催時のCO2排出量を定量的に測定できるモデルの開発を進めており、各都市の国際的な誘致競争力向上につなげようとしている。
持続可能なMICEを支える国際スタンダード
MICEにおける持続可能な国際スタンダードづくりが本格化したのは2012年だ。イベント運営における持続可能性を管理する国際規格「ISO 20121」が発行され、ロンドンオリンピック 2012でも活用された。
その後、再生可能エネルギーの活用や食品ロス削減、地域経済への貢献、多様性への配慮など、サステナビリティに求められる視点は広がり続けている。2024年には改訂版となる「ISO 20121:2024」が発行され、資源効率の向上や地域社会への配慮を実践する、イベント関連組織向けのマネジメントシステムとしてアップデートされた。
さらに、観光分野の国際認証を推進するGlobal Sustainable Tourism Councilは、2024年に初となるMICE向けサステナビリティスタンダードを公表。33の評価項目からなる包括的な枠組みを示した。
これにより、イベント単体だけでなく、開催地やサプライチェーン全体を含めた持続可能性が国際的に問われる時代へと移行している。サステナビリティへの対応は、2026年のMICE市場における重要テーマのひとつとなっている。「一過性の取り組み」から、「次世代に価値を残すMICE」へ。イベント産業では今、サステナブルな運営を新たなスタンダードとして捉える動きが広がりつつある。
MICEが観光の未来をつくる

グローバル・サステナブル・ツーリズム・カンファレンスのパネルディスカッション「持続可能性を考慮したイベント運営(Operating Sustainable Events)」では、世界各地から集まった観光分野の専門家たちが、一つの問いを共有していた。
「MICEは、サステナブルツーリズムを加速させるゲームチェンジャーになれるのか」
MICEという言葉自体は、観光産業において馴染み深い。しかし、それをサステナビリティの文脈で本格的に語る機会は、これまで決して多くはなかった。宿泊施設におけるサステナビリティ認証は世界中で急速に広がりつつある一方、MICE分野は、まさに「これから本格化する領域」といえる。

本パネルディスカッションのモデレーターを務めたGDS MovementのCEOである(ガイ・ビッグウッド)Guy Bigwood氏は、MICE業界が抱えるサステナビリティの課題について、登壇者たちに次々と問いを投げかけていった。その議論の中で浮かび上がってきたのは、MICEが単なる「イベント開催産業」ではなく、都市や地域の変革を促す巨大なプラットフォームになり得るという視点だった。
国際会議や展示会、企業イベントには、世界中から多様な人材、企業、投資、アイデアが集まる。その影響力は、一般観光よりもはるかに大きい場合もある。だからこそ、イベント運営のあり方ひとつで、地域のエネルギー利用、廃棄物管理、食の調達、移動手段、多様性への配慮、さらには地域経済への波及効果まで、大きく変わっていく。
実際、欧州を中心に、MICEを起点とした都市変革の動きは加速している。イベントで使用する電力を再生可能エネルギーへ切り替えるだけでなく、地域事業者との連携や、フードロス削減、循環型素材の利用、インクルーシブな会場設計など、「イベントの裏側」そのものを見直す動きが広がっている。
一方で、登壇者たちが共通して指摘していたのは、「サステナブルなイベント」の定義が、まだ曖昧であるという点だった。単に紙を減らしたり、リサイクルを導入したりするだけでは、本質的な変革にはつながらない。イベントを通じて地域社会にどのような価値を残すのか。開催後にどのようなレガシーを地域へ還元できるのか。その視点が、これからのMICEには不可欠だという。
特に印象的だったのは、「イベントは一時的なものだが、その影響は長期的である」という言葉だった。サステナブルツーリズムの議論は、これまで宿泊施設や自然保護を中心に進んできた。しかし今、MICEという巨大な産業が変わり始めることで、観光全体の構造転換が一気に加速する可能性が見え始めている。
MICEのサステナビリティ推進は、イベントのGHG削減のチャレンジから
MICEのサステナビリティ推進は、まずイベント運営そのものを環境配慮型へ転換する「グリーンイベント化」から始まる場合が多い。なぜなら、MICEは多くの人やモノが短期間に集中して移動・消費する産業であり、移動、食事、設営資材などを通じて大量のGHG(温室効果ガス)を排出する構造を持つからだ。
一方で、開催地の選定や再生可能エネルギーの活用、リユース資材の導入、フードロス削減など、改善可能な領域も多い。イベント運営を変えることは、来場者や企業の行動変容を促し、地域全体の脱炭素化や循環型経済への波及効果にもつながっていく。

イベントにおけるサステナビリティの大きな課題の一つが、イベント全体を通じて排出されるGHGをいかに削減するかという点である。これは、会場運営だけでなく、参加者の移動や食事、使用資材まで含めた包括的な視点が求められるテーマだ。特にMICEにおけるGHG Scope3排出源は、主に3つの領域に集約される。IMEX America 2024のサステナビリティレポートをはじめ、複数の事例でも、この「ビッグ3」が主要な排出源として示されている。
① 移動
参加者や関係者の交通手段による排出。全体の約33%を占める最大要因の1つ。
② 食
食材調達や食品廃棄、フードロスによる排出。特に牛肉使用量の削減は、即効性の高い対策として注目されている。
③ 設営・資材
ステージ建設や装飾、印刷物、使い捨て資材など、イベント設営に伴う排出。
中でも移動に伴うCO2排出は、参加者の交通手段によって大きく左右される。Green Touring Networkの調査によれば、会場外での移動がイベント全体の排出量の約33%を占めるとされており、会場内だけの取り組みでは限界があることがわかる。
だからこそ、グリーンイベントを計画する際には、「どこで開催するか」が極めて重要な意思決定となる。公共交通機関へのアクセスが良い都市を選ぶことや、電気シャトルバスの導入、夜行列車との連携など、移動そのものを低炭素化する工夫が求められている。

こうした取り組みを先進的に進めている事例の一つが、ベルギーで開催されるParadise City Festivalだ。同フェスティバルは、世界でも先進的なサステナブルイベントとして知られている。来場者に鉄道や公共交通機関の利用を促進し、夜行列車や電動シャトルバスとも連携。会場では再生可能エネルギーや太陽光発電を活用するほか、100%プラントベースの食事提供、リユース食器の導入、使い捨てプラスチック削減などを推進している。また、廃棄物管理や生物多様性保全にも取り組み、イベント全体で環境負荷の低減を目指している。

また、IMEX Americaでは、毎年提供する食事から牛肉の使用量を減らす取り組みを継続しており、単発ではなく、毎年改善を積み重ねていく「Continuity(継続性)」の重要性が強調された。さらに、ステージ設営やイベント資材についても、大量消費型の運営からの転換が求められている。毎年開催されるイベントでは、「翌年も同じマテリアルを使い続ける」という視点が重要になる。
その際に重視されるのが、「Reuse(再使用)」「Repurpose(別用途への転用)」「Recycle(リサイクル)」の優先順位だ。まずは繰り返し使うことを前提とし、それが難しい場合に別の用途へ転用し、最終手段としてリサイクルを行う。廃棄を前提としないイベント運営への発想転換が、今後のMICEには求められている。
日本発のグリーンイベント、先行事例が示す可能性
グリーンイベントの先進事例は欧州に偏りがちだが、日本国内にも注目すべき取り組みが生まれ始めている。代表的な事例の一つが、Coldplayによる「Music of the Spheres」東京ドーム公演(2023年)だ。同公演では、会場アリーナ後方に観客が発電に参加できる「パワーバイク(エアロバイク)」や、「キネティックフロア(ジャンプ発電ゾーン)」を設置。来場者自身がエネルギー創出に関わる仕組みを導入した。
さらに、前回ツアー(2016〜2017年)と比較してCO2排出量を約50%削減。チケット1枚につき1本の木を植えるプログラムも展開し、2022〜2023年ツアーでは累計500万本以上の植樹を実現した。観客が装着するLEDリストバンドも植物由来素材で製造され、終演後に回収・再利用されるなど、イベント全体に循環型の思想が組み込まれている。
国内フェスの先進事例として知られるのが、新潟・苗場で開催されるFuji Rock Festivalだ。20年以上にわたり環境対策を積み重ねてきた同フェスは、2016年に世界のサステナブルフェスランキング「Festival250」で世界3位に選出され、「世界一クリーンなフェス」として海外メディアでも紹介された。
その特徴は、多層的な環境施策にある。使用済み天ぷら油を再利用したバイオディーゼル燃料(BDF)の活用、NPO法人iPledgeによる「ごみゼロナビゲーション」を通じた資源循環、さらに会場周辺の森林保全を支援する「フジロックの森プロジェクト」など、単なる廃棄物削減に留まらず、地域環境との共生を重視した運営を続けている。
また、2024年には、スキマスイッチとNGK株式会社(旧:日本ガイシ株式会社)による地域再生可能エネルギーを活用したライブイベントも注目を集めた。岐阜県恵那市で開催されたこのライブでは、NGKが出資する地域電力会社と連携し、太陽光や水力発電による電力を蓄電して会場で使用。日本で初めて、地域の再生可能エネルギーのみでカーボンニュートラル化した音楽ライブとして実施された。
さらに、観客の移動や宿泊も含めたCO2排出量をオフセットし、約30トンのCO2削減を実現。地域の小規模再エネとエンターテインメントを融合させたモデルとして、今後の地方イベントやMICEへの応用可能性も高い。
加えて、制度面でも変化が進んでいる。2023年以降は、環境省のJ-VER制度などを活用し、イベント由来のCO2をオフセットする動きが国内でも広がり始めている。こうした仕組みは、イベント自体の脱炭素化だけでなく、協賛企業が参画しやすくなるという副次的な効果も持つ。今後、日本のMICEにおいても、カーボンオフセットや地域再エネとの連携は重要なテーマになっていくだろう。
「どこで開くか」が問われる時代、デスティネーションの役割
グリーンイベントを実現する上で、最も根本的な問いの一つが「どこで開催するのか」という開催地の選定である。会場そのものが持続可能な運営に積極的かどうかに加え、国や自治体、DMO(観光地域づくり法人)がサステナビリティを地域の産業政策として推進しているかが、イベントのグリーン化のスピードを大きく左右する。
例えば、シンガポールが推進する「Green Plan 2030」は、その代表的な事例だ。同国では、サステナビリティを“a whole-of-nation movement(国家全体で取り組むムーブメント)”として位置づけ、政府、企業、市民が一体となって脱炭素化や循環型社会への転換を進めている。
その方針はMICE分野にも強く反映されており、Singapore EXPOをはじめとするMICE施設では、省エネルギー設計や再生可能エネルギーの活用、廃棄物削減、公共交通との連携などが国家戦略と一体で推進されている。つまり、イベント単体で努力するのではなく、都市やインフラ全体がサステナブルイベントを支える構造が形成されているのだ。
これは、今後のMICEにおいて重要な視点を示している。サステナブルなイベントは、主催者だけの努力で実現するものではない。再生可能エネルギー、公共交通、廃棄物処理、地域事業者との連携など、開催地そのものの仕組みが整って初めて、本格的なグリーンイベントが可能になる。
だからこそ今後は、「どれだけ大規模な会場を持っているか」だけではなく、「その都市がどれだけ持続可能性に本気で取り組んでいるか」が、MICE誘致における新たな競争力になっていく。サステナビリティは、単なるCSRではなく、都市ブランドや国際競争力を左右する重要な要素になり始めている。
小さく始めて、大きなインパクトを出すこと
MICEのサステナビリティは、最初から完璧を目指す必要はない。食事の見直しやリユース資材の活用、公共交通の促進など、小さな取り組みの積み重ねが、大きな変化を生み出していく。重要なのは、「まず始めること」と「継続すること」だ。MICEは多くの人と地域をつなぐ産業だからこそ、一つのイベントの変化が、都市や社会全体の行動変容へと波及していく可能性を持っている。
(取材・文:市川隆志/リジェネ旅編集部)
本記事はGSTC Global Conference 2026(2026年4月、プーケット開催)パネルディスカッション「Operating Sustainable Events」の取材に基づいています。
