岐阜県の白川郷は、日本を代表する世界遺産として国内外から多くの観光客を集めています。一方で近年は、観光客が特定の時期や時間帯に集中し、住民の暮らしや景観、文化の継承に悪影響を与える「オーバーツーリズム」が大きな課題になっています。
白川郷のオーバーツーリズムは、単なる混雑ではなく、暮らしと観光、文化をどう共存させるかという問題です。
本記事では、白川郷で起きているオーバーツーリズムの現状や発生の背景、村が進めている対策、そして観光客としてできる行動をわかりやすく整理します。
白川郷を「行って終わり」の場所ではなく、「楽しみながら守る相手」として捉え直すために、訪れる前に知っておきたい視点を一緒に見ていきましょう。
岐阜県・白川郷で起きているオーバーツーリズムの現状

白川郷では、観光客の増加によって、混雑だけでなく住民生活や文化の継承にも影響が広がっています。
白川郷を訪れる観光客は年間約200万人にのぼります。これは、人口約1,500人の村に対して約1,400倍の規模です。特に訪日外国人が急増しており、令和6年(2024年)には、入込観光客数のうち訪日外国人の数が国内観光客数を初めて上回りました。
こうした来訪者の急増により、白川郷では交通混雑やマナー違反、景観保全のためのコスト増加といった負担が生じています。[1]
住民の暮らしへの影響
白川郷は、観光地である前に住民が暮らす生活の場です。合掌造りの集落内では、農作業や通勤、通学、買い物といった日常が今も続いています。[2]
しかし、観光客が集中する時間帯には、住宅や田畑への無断立ち入りや生活道路での混雑、無断撮影、違反駐車などが多発し、住民の負担になっています。観光客にとっては一時的な訪問でも、住民にとっては毎日の暮らしに関わる問題です。
合掌造り集落はテーマパークではなく、人の暮らしが息づく場所という認識が、訪れる側には十分に届いていないのが現状です。
交通渋滞や駐車場不足
近年、白川郷では、ゴールデンウィークやお盆、紅葉シーズン、年末年始などの繁忙期に交通渋滞が多発しています。道路や駐車場の数には限りがあるため、観光客が一度に集中すると村内の交通が滞ってしまうからです。
また混雑は観光客の利便性を下げるだけにとどまりません。通勤・通学・通院・買い物など、地域住民の日常生活にも直接的な影響を及ぼします。[3]
ごみやマナー違反による生活環境・景観への影響
白川郷にある合掌造りの集落内には、ごみ箱が設置されていません。小さな村で大量の観光ごみを分別・回収・処理するには、人手や設備の面で限界があるためです。
ごみのポイ捨ては世界遺産としての景観を損なうだけでなく、回収や清掃を担う住民の負担にもなります。また、ごみだけでなく、たばこのポイ捨てや集落内での喫煙も問題になっています。茅葺き屋根の合掌造り家屋は火に弱いため、こうした行為は大きな火災リスクを招きかねません。
こうしたマナー違反の多くは悪意によるものではなく、「ここに生活がある」という事実を知らないまま訪れることから生じる”すれ違い”ともいえます。だからこそ、白川郷では、観光客と住民の間で「生活の場を訪れている」という認識をどう共有していくかが課題になっています。
文化の保存と継承への影響
白川郷の合掌造り集落は、長年にわたる住民主体の保存活動によって守られています。住民は「売らない・貸さない・こわさない」という保存の考え方を大切にし、景観や暮らしを次世代へ受け継いできました。[4]
白川郷の文化は、建物だけで成り立っているわけではありません。屋根の葺き替えや用水路の管理、祭り、地域の助け合いなど、住民の日常的な営みがあってこそ受け継がれています。
しかし、観光客が増えすぎると、住民は日常生活への影響に加えて、清掃やマナー対応、混雑への対応などにも追われるようになります。こうした負担が積み重なれば、景観や文化を守るための活動を続ける余力にも影響しかねません。
白川郷でオーバーツーリズムが問題になっている背景

白川郷のオーバーツーリズムは「人気の観光地だから混む」の一言では片づけられない背景があります。世界遺産として注目を集める一方で、集落は今も住民が暮らす生活空間です。この二つの性質が同じ場所に重なっていることが、問題を複雑にしています。
世界遺産として国内外から注目を集めている
白川郷は、茅葺屋根の家屋が今も残り、伝統的な暮らしが息づく集落として、国内外から高い注目を集めています。
世界遺産としての知名度が高まったことで、白川郷を訪れたいと考える人は増えました。観光地としての魅力が広がること自体は前向きなことですが、来訪者が特定の時期や時間帯に集中すると、地域の受け入れ能力を超えてしまいます。
住民主体の保存活動が世界遺産の価値を支えている
白川郷の価値は、合掌造りの建物が並ぶ景色だけにあるわけではありません。住民が暮らしながら建物や景観を守り、地域の行事や助け合いの文化を受け継いできたことにも大きな意味があります。
一方で、観光客が増えるほど、私有地への立ち入りや無断撮影、生活道路への進入といったトラブルが起きやすくなり、地域が長年守ってきた景観や文化の継承にも負担をかけます。
白川郷は、単に昔の建物を保存している場所ではなく、住民の手によって維持されてきた集落です。その価値を守るためには、観光客を受け入れながらも、生活環境や保存活動への負担を抑える視点が欠かせません。
白川郷で進められているオーバーツーリズム対策

白川郷では、観光客を単に減らすのではなく、暮らしと世界遺産を守りながら受け入れるための対策が進められています。中心となるのは、以下の4つの対策です。[5][6]
- 交通・駐車場の管理
- 予約制による混雑緩和
- ルールやマナーの周知
- レスポンシブル・ツーリズムの推進
交通・駐車場を軸にした流入制御
白川郷では、観光客は指定駐車場に車を停め、徒歩で集落へ向かう方式を採用。これにより、集落内の安全性や景観を守り、生活道路への車両流入を減らしています。
また、駐車場の利用時間を日中に限定することで、夜間は住民の生活時間として守られています。「昼は観光地、夜は生活の場」という線引きは、白川郷のように観光地と生活空間が重なる地域にとって、重要な考え方です。
予約制や事前案内による混雑緩和
近年の白川郷では、「どれだけ受け入れるか」だけでなく、「いつ・どのように来てもらうか」をコントロールする方向に舵が切られています。
白川村は2026年、白川郷の主要玄関口である村営せせらぎ公園小呂駐車場で、ツアーバスなどを対象とした事前予約制の導入を決めました。集落周辺の混雑緩和と住民生活との両立が目的で、特に多くの人が一挙に到着する団体バスの流れを整理する狙いがあります。

さらに、白川郷公式の観光情報サイトでは、過去のデータをもとにした混雑予測カレンダーを公開し、混雑日を避けて旅行を検討するよう呼びかけています。朝10時頃から渋滞が始まりやすいことを踏まえ、「朝早く到着し、午後は周辺地域に足を延ばす」といった回遊パターンも提案。時間帯とルートの工夫による混雑緩和が意識されています。
ルールとマナーの明示

白川郷では、観光客に向けて守るべきルールを具体的に示しています。白川郷観光協会の特設サイトでは、以下の5つの「白川郷ルール」が示されています。
- 指定の駐車場を利用すること
- 集落内での火の取り扱いは厳禁
- ゴミは持ち帰ること
- 夜の観光は受け入れていない
- 集落内でのドローン飛行は禁止
村の公式サイトでは、ルール周知のために住民が困っている事例をもとにした4コマ漫画も多言語で公開。「何をしてはいけないか」だけでなく、「なぜ配慮が必要なのか」を伝えることで、暮らしと景観を守る観光につなげています。
レスポンシブル・ツーリズムの推進
白川郷では、レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)の考え方も重視されています。これは、観光客・住民・事業者など観光に関わるすべての人が、地域の環境・文化・社会への影響を自覚し、責任ある行動を選ぶという考え方です。
白川村は、観光庁のモデル事業の支援を受けながら「地域を守る。心をつなぐ。」をテーマにした特設サイトを立ち上げ、守ってほしいマナーをわかりやすい言葉とビジュアルで発信しています。

「観光客も一緒に地域を守るパートナーである」というメッセージを繰り返し伝え、マナー遵守を義務として押しつけるのではなく「共に美しい村を未来に残すための行動」として位置づけています。
白川郷のオーバーツーリズム解消のために観光客ができること

白川郷のオーバーツーリズムは、行政や住民の取り組みだけでは解決できません。観光客一人ひとりの行動も、混雑の緩和や景観の保全に関わっています。
もしあなたが次に白川郷を訪れるなら、「見る側」ではなく「一緒に村を守る側」として、自分にできる行動を選び、オーバーツーリズム解消への一歩を踏み出しましょう。
生活空間に配慮する
白川郷の合掌造り集落には、地域住民の生活が広がっています。そのため私有地に入らない、窓の中を撮影しない、大声で騒がないといった基本的な配慮が必要です。
観光地として整備されている場所でも「一歩先には誰かの生活がある」という意識を持つだけで、行動は大きく変わるでしょう。
交通ルールや案内に従う
白川郷に車で訪れる場合は、公式で案内されている駐車場やルートを利用しましょう。
また、混雑しやすい時期や時間帯を避けることも、観光客にできる有効な対策です。早い時間に到着する、混雑予測を確認する、周辺地域と組み合わせて旅程を組むなど、少しの工夫で地域への負担を減らせます。
景観と文化を守る行動を選ぶ
白川郷の価値は、合掌造りの建物だけでなく、田畑、水路、祭り、住民の暮らしが一体となった景観にあります。そのため、前述の白川郷ルールを守ることはもちろん、地元の店を利用する、混雑時には譲り合う、地域のルールを事前に確認してから訪れるといった行動も、責任ある観光の一つです。
観光客の小さな配慮が、白川郷の景観や文化を未来へ残す力になります。
白川郷のオーバーツーリズムから学べること
白川郷の事例から学べるのは、オーバーツーリズムが単なる混雑問題ではないということです。
地域ごとに異なった要因でさまざまな問題が発生するからこそ、地域の実情に合った対策が必要になります。
大切なのは、「何を禁止するか」だけではなく、「何を守るためのルールなのか」を訪れる人と共有することです。白川郷の取り組みからは、観光客を受け入れながらも、暮らしや景観、文化の継承を守ろうとする姿勢が読み取れます。
観光客として地域を訪れるときも、「混んでいるかどうか」だけでなく、「この地域は何を大切にしているのか」「自分の行動は地域にどんな影響を与えるのか」を考える視点が大切です。
白川郷を楽しむことと、白川郷を守ることは両立できます。次に訪れるときは、地域の暮らしや文化にも目を向けながら歩いてみてください。
参考文献
[1] 国土交通省観光庁|26. 岐阜県白川村 「続白川郷観光最適化デザイン計画」(令和7年度実施事業報告)
[3] 白川郷観光協会|白川郷レスポンシブルツーリズムShirakawa-Going レスポンシブル・ツーリズム
[4] 白川郷・五箇山の合掌造り集落世界遺産公式サイト|白川村の保存の歴史・取り組み
