「ITB Berlin」では、展示ホールだけでなく、様々な関連イベントがプログラムに組まれています。専用の特設会場が設けられ、3日間に渡り、終日開催される「ITB Berlin Convention」では、観光産業の専門家400人以上が登壇し、テーマに沿った講演やパネルトークが行われます。
他にも、サステナブルツーリズムの国際的アワード「Green Destinations Story Awards」やTravelifeとEvaneosが共同主催するアワード「Travelife Award Ceremony」の授賞式も開催され、世界各地の優れた取り組みが紹介されました。
リジェネラティブ・ツーリズムの専門家が議論する観光産業の未来
24,000人以上の来場者を記録した「ITB Berlin Convention」では、今年のテーマ「Leading Tourism into Balance(観光のバランスを導く)」を掲げ、AI、持続可能な成長、新たな市場構造、レジリエンス、企業や観光地の責任について、それぞれの専門家たちが講演やパネルトークを行いました。

メキシコの再生型リゾートPlaya Vivaの創設者であり、再生型観光ネットワークRegenerative Travel の共同創設者であるDavid Leventhal氏、オーストラリアのGriffith Universityの教授であり、観光と気候変動、脱炭素化、観光資源管理の専門家でもあるSusanne Becken氏、観光業界の戦略家・コンサルタントであり、Conscious.Travel創設者のAnna Pollock氏の3名によるセッションでは、単なる「持続可能性(サステナビリティ)」を超え、「観光がその土地を元あった状態よりも良くする(再生する)」ために必要なマインドセットとシステムの転換について、様々な議論が行われました。
Becken氏は冒頭で、「サステナビリティの現行モデルはすでに破綻している」という強い言葉を投げかけました。彼女は現在の観光産業を、「旧来の成長・消費モデル」と「再生・回復モデル」とのシステム的な対立として捉え、部分的な改善ではなく、構造そのものの再設計が必要であると指摘しました
Pollock氏は、従来のサステナビリティが目指してきた「環境負荷の最小化」という発想そのものを超え、これからの観光は「生命や地域社会が繁栄する条件を積極的に生み出す段階へ移行すべきだ」と強調しました。つまり観光とは「守る活動」ではなく、「育て、再生させる活動」へと再定義されるべきだという提起です。

最も印象的だったのはLeventhal氏の発言でした。彼は、再生型観光を実現するには、まずその土地の歴史、文化、自然環境を深く理解することが不可欠であると述べました。自身が手がけるPlaya Vivaの事例では、かつてウミガメの密猟に関わっていた地域住民が保護活動の担い手へと転身し、現在では観光客に漁業体験を提供するまでになっています。さらに彼らは、以前の4〜6週間分の収入をわずか1週間で得るようになったといいます。これは単なる収益改善ではなく、地域が主体となって環境と経済の両面を再生させた象徴的な事例です
Leventhal氏は、こうしたプロセスにおいて重要なのは定量的な成果だけでなく、「土地に対する認識や関係性の変化」という定性的な転換であると強調しました。
3名の議論は、再生型観光の定義にとどまらず、それを実現するために企業や観光地が何を変えるべきかへと展開しました。問われていたのは「再生は可能かどうか」ではなく、「これまで観光を成立させてきた前提そのものを手放す準備があるのか」という点でした。
サステナブルツーリズムの国際的アワード「Green Destinations Story Awards」

「ITB Berlin」では毎年「Green Destinations Story Awards」が発表され、授賞式が開催されています。本アワードは、オランダの国際認証機関Green Destinationsが主催し、持続可能な観光地づくりに取り組む世界各地の優良事例を表彰する、権威ある賞として知られています。今年は会期2日目の3月4日に授賞式が行われました。
各部門の主な受賞結果は以下の通りです。
デスティネーション・マネジメント部門:
オランダのファン・ゴッホ国立公園が1位を獲得しました。混雑を避けた代替ルートをリアルタイムで提案するデジタルツール「Wandelstarter」が評価されています。
自然・景観部門:
タイのランタ島が選ばれ、観光客も参加できるヤドカリ保護プロジェクトが評価されました。
環境・気候部門:
タイのチェンカーンが受賞し、メコン川沿いの漁村が持続可能な観光へと移行した取り組みが評価されました。
文化・伝統部門:
インドのベイポールが伝統的な木造船建造技術の継承によって選出されました。
繁栄するコミュニティ部門:
ハンガリーのミシュコルツが、工業都市から自然循環型の観光都市への転換により高く評価されました。
ビジネス・マーケティング部門:
カナダのハリファックスが受賞し、環境負荷を抑えた持続可能なMICE運営が評価されました。
さらに、ITBアース・アワードはブラジルのフェルナンド・デ・ノローニャに授与され、ハシナガイルカの保護と観光管理の両立が評価されました。ピープルズ・チョイス・アワードではトルコのセルチュクが最多得票を獲得し、「エフェソス・フィールド・ライフ・ビレッジ」プロジェクトが支持を集めました。
筆者が特に注目したのは、繁栄するコミュニティ部門で1位に選ばれたハンガリーのミシュコルツです。かつて重工業都市として発展した地域を森林へと再生し、キノコやジビエなどの野生食材を地元レストランと連携して活用するなど、自然循環型のビジネスモデルを構築している点が印象的でした。

また、日本勢も好成績を収めています。デスティネーション・マネジメント部門では関門エリアが3位に選出され、山口県下関市と福岡県北九州市にまたがる関門海峡を橋やトンネルで結び、一体的な観光地として再構築した点が評価されました。さらに、ビジネス&マーケティング部門では香川県丸亀市が2位、繁栄するコミュニティ部門では北海道ニセコ町が3位にランクインしています。丸亀市では、剪定された松葉をレモン農家が霜よけとして再利用するなど、廃棄物を資源へと転換する取り組みが評価されました。授賞式出席のためにベルリンを訪れた関係者の姿からも、本アワードの重要性と名誉の高さがうかがえます。
また、「Green Destinations Story Awards」とは別に、TravelifeとEvaneosが共同主催する「Travelife Award Ceremony」も開催されました。このアワードは持続可能な観光に顕著な貢献を果たした現地の旅行会社(DMC)を表彰するもので、Evaneosのネットワークに属する旅行代理店の中から、環境配慮や地域社会への貢献、労働環境など厳格な基準を満たし、Travelife CertifiedやTravelife Partnerを取得した企業が選出されます。

今年は、マルタの「20Twenty DMC / Very Valletta」や、ジョージアの「Visit Georgia」などが受賞し、持続可能な観光における先進的な取り組みが国際的に評価されました。「20Twenty DMC / Very Valletta」とは、持続可能性とリジェネラティブ・ツーリズムを核とした富裕層や法人向けのDMC(デスティネーション・マネジメント・カンパニー)とライフスタイル・コンシェルジュブランドです。ジョージアの「Visit Georgia」は、同地域で最も早くからサステナブル・ツーリズムに取り組んでおり、今年、コーカサス地方の旅行会社として初めて「Travelife Certified」を取得しました。

最後に
3回にわたりお届けしてきた「ITB Berlin」の現地レポートは、本稿をもって最終回となります。全体を通して強く感じられたのは、サステナブル・ツーリズムはもはや特別な概念ではなく、観光産業における前提条件として定着しつつあるという点です。その中で、より次のフェーズとして議論の中心に浮上していたのがリジェネラティブ・ツーリズムです。専門家たちによるパネルトークは個人的にも示唆に富む内容であり、今後さらに深く学ぶ必要性を感じさせるものでした。
特に重要だったのは、従来のサステナビリティが志向してきた「負荷の最小化」や「害の抑制」だけでは、地域や生態系の本質的な回復には十分ではないという点です。リジェネラティブ・ツーリズムについての議論では、単に影響を減らすのではなく、むしろ関係性そのものを再構築し、ポジティブな価値の生成へと転換する必要性が強調されていました。
また、外部からの介入によって一方的に地域を改善するという発想ではなく、土地の歴史的文脈や文化的背景、そしてコミュニティの主体性を深く理解し、それらと共存する形でプロジェクトを設計することの重要性も指摘されていました。その上で、環境的な回復だけでなく、地域経済における実質的なベネフィットの創出が不可欠であるという点も、再生の条件として繰り返し語られていました。
こうした議論を通じて、観光は単なる移動や消費の行為ではなく、土地やコミュニティとの関係性を再定義するプロセスへと拡張しつつあることが明確になったように思います。来年のITB Berlinでも、こうした議論がどのように進化し、実装へと接続されていくのかを引き続き注視していきたいと考えています。

