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1000年後もクジラと生きる。ニュージーランドの港町、カイコウラが証明した観光の形

2026 7/26
リジェネラティブツーリズム
カイコウラ ニュージーランド ホエールウォッチング 各国の事例 持続可能な観光
2026-7-28
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ニュージーランド南島の東海岸にある小さな町、カイコウラ。山脈と水深1200mにもなる海底谷が海岸の近くにある、世界的に見てもユニークな地域である。[1]

ニュージーランド屈指の観光地であるカイコウラは、人口4,000人にも満たない小さい町でありながら、年間100万人以上の人々が訪れる。さらに、同町は環境認証プログラム「EarthCheck」の基準を10年以上満たし続け、南半球で初めて「Platinum認証」を取得した町でもある。[2][3]

旅人がその地を訪れる前よりも、その場所をより豊かにして去っていく。そんな世界の「再生型観光」のモデルに、なぜこの小さな漁村がなり得たのだろうか。その答えは30年という時間軸にある。

クジラに託した希望

1980年代後半、ニュージーランドの海辺の町カイコウラは、漁業や通信、鉄道といった主要産業の衰退により、深刻な不況と高い失業率に直面していた。この経済的危機を打開するため、ニュージーランドの先住民マオリの中でも、カイコウラを拠点とするカティクリ族の人々は、当時海外で人気を博していたホエールウォッチング事業の立ち上げを決断する。

南島のマオリ部族ナイタフ、そしてその血統を受け継ぐカティクリ族にとって、カイコウラの海は、祖先パイケアがクジラの背に乗って新天地へと導かれたという伝説が息づく、神聖な場所である。彼らにとっても思い入れのあるクジラに「希望の光」を見出したのだ。[4]

1987年、5つのマオリの家族が自宅を抵当に入れ、8人乗りの小さなゴムボートを購入した。 これが、ホエールウォッチ・カイコウラ社の誕生である。この決断は単なるビジネスの起業にとどまらず、次世代の雇用を創出し、地域の繁栄を取り戻すという強い意志と覚悟の象徴であった。

事業は見事に成功を収め、やがてカイコウラには世界中から多くの観光客が訪れるようになる。マオリが大切にしている価値観の一つにmanaakitanga(マナアキタンガ:客人へのもてなし)という言葉がある。彼らにとって観光とは、単なる利益の追求や資源の搾取ではなく、敬意を持って客人を迎える、神聖な行為そのものなのだ。

認証が町のアイデンティティとなる

1990年代半ば、人口わずか3,800人程度のカイコウラでは、年間来訪者数が100万人を超えるまでに急増し、小さな居住者基盤に対して、インフラや自然環境への負荷が限界を上回りつつあるという危機的な状況にあった。これを受け、ニュージーランド中央政府は持続可能性を前提に据えた包括的な観光計画策定を支援し、地域一丸となって環境管理に取り組む体制が整えられた。

環境保護を単なる理念に留めず、客観的かつ科学的な指標のもとに実践していくため、カイコウラは国際的な認証プログラムを活用した。その結果、2002年には地方自治体として世界初となるGreen Globe21 Gold認証を取得する。

その後、世界をリードする環境ベンチマーク機関であるEarthCheckへ移行し、廃棄物、エネルギー、水利用など11分野でのベンチマークを継続した。そして2014年、カイコウラは南半球で初めてplatiunum認証を取得したコミュニティとなった。[5][6]

この認証取得の過程で、地域は具体的な行動変容を起こし、目覚ましい成果を挙げている。特に廃棄物管理においては、従来の戸別ごみ収集を廃止し、無料のリサイクル回収と生ごみの堆肥化へと大胆な転換を図ることで、一人あたりの年間廃棄物量を450kgから140kgへと、劇的に削減することに成功した。これは、一人あたりの年間ごみ排出量をわずか240リットルのごみ箱約7個分にまで抑えた計算になる。

また、Significant Natural AreasやTrees for Travellersといったプログラムを通じて、地域の生物多様性の保護とCO2排出量の相殺を目的とした約5,000本の在来種の植樹も実施された。

2016年、町が孤立した一年

1987年の創業から約30年、カイコウラがエコツーリズムの世界的モデルとして成熟を見せていた矢先、2016年11月14日未明、マグニチュード7.8の巨大地震がカイコウラを襲った。この地震は21もの断層が連動して動き、地殻が最大で数メートル移動するような大きな地震だった。

この衝撃により、大規模な土砂崩れが発生し主要道路が完全に寸断されたことで、町は数日間にわたって物理的に孤立した。幹線道路の全線復旧には、実に1年1ヶ月と1日の歳月を要した。[7]

経済の3割以上を観光業に依存し、労働人口の多くが直接的・間接的に観光に携わっていたカイコウラにとって、このアクセス断絶は大打撃だった。この危機に対し、ニュージーランド中央政府は迅速な介入を行い、小規模事業者の雇用維持を目的とした約750万NZドルの支援を実施。これが、観光依存度の高い地域経済の崩壊を防ぐための防波堤となった。

復興にあたって掲げられた指針が、単なる原状復帰を超えた「Build Back Better(より良い復興)」である。この精神に基づき、道路の安全面を改善した設計や、海岸線の景色を楽しめる新たなスポットの設置などが行われた。さらに再建は、文化的にも進展を見せた。沿岸部には、カイコウラゆかりのマオリの伝承を伝えるアートワークが設置されたのだ。

これにより、インフラの強靭化と並行して、マオリの物語を景観に刻み込むという、よりレジリエントな観光地としての再構築が成し遂げられた。 また、震災で急増した廃棄物においては環境に与える影響を最小限に抑えつつ、効率的に処理することに重点が置かれた。その結果、その年の廃棄物転換率(ごみを埋め立てずリサイクル等へ回す割合)が震災前の76.6%を上回る86.46%となった。

1987年の創業以来培ってきた実績、環境管理の仕組み、そして強固なコミュニティの結束があったからこそ、カイコウラは壊滅的な被害を乗り越え、かつてよりもさらに理想に近い姿へと復興できたのだ。

 Ki Uta Ki Tai 暮らしの根底に脈々と流れる精神

ホエールウォッチ・カイコウラ社が30年以上にわたり持続可能な経営を継続できた背景には、単なるビジネスモデルを超えた強固な思想が存在する。彼らは、マオリの伝統的な価値観であるmanaakitanga(客人へのもてなし)と、自然界への深い畏敬の念を込めたwhakaute(ファカウテ:尊重・敬意)の二つを、事業運営の核心的な価値として掲げている。

また、彼らの軸の一つとなっているのが、マオリの「Ki Uta Ki Tai(キ・ウタ・キ・タイ:山から海まで)」という言葉だ。これは、山頂から海岸線、そして深海に至るまでの生態系全体を一連のつながりとして捉え、人間もその一部であるとみなす考え方だ。

南島の先住民ナイタフは、過去1000年にわたってカイコウラの海でクジラと共生してきた歴史を持ち、「この先1000年も共に生きる」と宣言している。彼らは、世代を超えた壮大な時間軸に基づく持続可能性を追求しているのだ。この長期的視座こそが、短期的な収益に惑わされない、強靭な経営判断の拠り所となっている。

彼らの思想は、ホエールウォッチングに使用される船にも反映されている。クジラのコミュニケーションを妨げないよう、全船舶に水中騒音を最小限に抑えるHamiltonジェット推進ユニットを搭載。また、海洋生物への物理的な危害を避けるため、露出したプロペラを廃し、内部プロペラ構造を採用した特注のカタマラン船を運用している。 

これらは自然を単なる観光資源としてではなく、尊重すべき存在として扱うwhakauteの実践に他ならない。環境の守護者としての責任を果たす「kaitiakitanga(カイティアキタンガ)」という精神的義務が、国際的な「EarthCheck」プラチナ認証をはじめとする数々の実績を駆動する真のエンジンとなっているのだ。

「取る以上に還す」を、30年で証明した町

現在の観光の議論において、サステナブルが「環境に負の痕跡を残さない」ことを目指す段階であるならば、リジェネラティブは「その場所を訪れる前よりも、より健全で強靭な状態にする」ことである。

これは単に現状を維持するのではなく、観光という営みを通じて、地域社会や生態系の価値を積極的に高めていく姿勢を指す。カイコウラは、この概念を単なる理念としてではなく、30年以上にわたる実証的なプロセスとして体現してきた世界でも稀有な地域だ。

国際認証の取得を「ゴール」ではなく、「更新し続けるプロセス」として捉える姿勢。あるいは、「マオリの守護者としての責任(kaitiakitanga)」という1000年続く価値観の上に、ホエールウォッチングという近代ビジネスを構築し、地域の文化的土台に観光を接ぎ木するという発想など、カイコウラのモデルから我々が学べることは数多くある。私たちが観光という手段を使って守り、次世代へ還すべき「1000年先の物語」は何だろうか。

環境への敬意を根底におきながらも訪れた誰しもが心から感動できる体験を通して、地域住民と観光客が共に地域を育み、お互いに新たな視点や一歩を育む。旅と地域の再生は、切り離された事象ではなく、同じ時間軸の上にあるのだ。

参考文献

[1]https://whalewatch.co.nz/kia-ora/

[2]https://www.eco-business.com/press-releases/earthcheck-awards-nzs-kaikoura-community-10-years-sustainable-tourism/

[3]https://earthcheck.org/

[4]https://www.earthisland.org/journal/index.php/articles/entry/riding_on_the_back_of_a_whale/##

[5]https://wwhandbook.iwc.int/en/case-studies/new-zealand-kaikoura

[6]Annual Report 2016-2017 FINAL

[7]https://rsnz.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1080/00288306.2023.2167842

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