生物多様性とリジェネラティブツーリズムの未来を語り合う |Thursday Gathering 開催報告

2024年12月にVenture Café Tokyoが主催したイベント「Thursday Gathering」に登壇しました。
リジェネラティブツーリズムに携わる事業者と一緒に、長野県生坂村を題材に「生物多様性のために、何をすればいいのか?」について、考えを巡らせるイベントとなりました。
近年「地球環境の危機」という言葉を、日常的に耳にします。気候変動による異常気象の増加、食料安全保障の危機、そして新たな感染症の出現。私たちが豊かな生活を送る上で、見過ごすことのできない喫緊の課題です。
これらの課題と密接に関連しているのが「生物多様性」の損失です。地球上には3000万種以上の生き物が存在し、それぞれが互いにつながり合って生きていますが、そのバランスが崩れ始めています。
では、私たちはこの状況をどのように打開していけば良いのでしょうか?
本記事では、イベントの模様とともに、リジェネラティブツーリズムの概念や国内事例、そして、企業や地域が取り組む方法について、詳しく解説していきます。
リジェネラティブツーリズムとは何か?
リジェネラティブツーリズムとは、従来のサステナブルツーリズム(持続可能な観光)から一歩進んだ、新しい観光のあり方です。
サステナブルツーリズムは、観光地の環境や文化を保全し、持続可能な観光を目指すものでしたが、リジェネラティブツーリズムは、さらに「再生」という概念を加え、積極的に環境や文化を向上させることを目的としています。
リジェネラティブツーリズムは、単に「環境負荷を減らす」というマイナスの影響を最小限に抑えるだけでなく、自然環境や地域社会を積極的に再生・向上させることを目指す観光の形です。
観光客が自然環境に配慮するだけでなく、地域の生態系回復やコミュニティの活性化に貢献する活動を促します。

リジェネラティブツーリズムの持つ可能性
リジェネラティブツーリズムは、既存の枠にとらわれない、自由な発想で新たな価値を生み出す可能性を秘めています。
近年の環境問題への意識の高まりから「脱炭素」や「サステナビリティ」という言葉は、私たちの社会に深く浸透してきました。
しかし、これらの施策はいまだ保守的であると考えられています。既存の枠組みの中で、各企業や地域が、横並びで同じような施策に取り組んでいるように見えることが課題です。
それぞれの企業や地域のポテンシャルを最大限に引き出すには、革新的な取り組みに目を向ける必要があるのではないでしょうか。
既存の枠にとらわれず、その地域ならではの独自性を活かした、取り組みが必要とされています。
リジェネラティブツーリズムは、まさにその可能性を秘めた概念であり、それぞれの地域や企業が持つ「固有の強みや特性」を、付加価値として活かせることが期待されています。
リジェネラティブツーリズムの国内事例|長野県生坂村
今回のイベントで取り上げた生坂村は、リジェネラティブツーリズムの先進的な事例として注目されています。
「脱炭素先行地域」に選ばれた生坂村について

長野県の中心に位置する生坂村は、人口約1,600人の長野県内で5番目に小さい村です。北アルプスを源とする犀川が流れ、山清路や大城・京ヶ倉などの山々が連なる、水辺と里山が織りなす美しい景観が広がっています。
この豊かな自然は、独自の文化を育み、地域の人々の暮らしを支えてきました。
これは、単に環境負荷を減らすだけでなく、地域全体で持続可能な社会の実現を目指すという強い意志を示しています。
人口減少や高齢化が進む中で、地域住民が主体となり「旅するいきもの大学校!」や「いくさか『創造の森』」などのプロジェクトを推進。ツーリズムを通して関係者人口を増やし、地域を再生していく姿が注目されています。

生坂村のサステナブルな挑戦
生坂村では、脱炭素の取り組みを加速させるため、村内の人々が主体となり、オフグリッドの宿泊施設を建設する予定です。 この施設は、エネルギー自給自足を目標とし、環境負荷を最小限に抑えることを目指します。
また、土を専門にした建築家と連携し、地元の建築残土を用いて土壁を作る、サステナブルな取り組みも積極的に進めています。
一般的に、建築残土の処分は環境負荷が高いという問題を抱えています。しかし、生坂村では、この問題を逆手に取り、建築残土を貴重な資源として捉え直し、土壁という形で新たな価値を生み出そうとしています。
建築資材の地産地消を実現するだけでなく、資源循環型の社会を創造するモデルケースとなるでしょう。
生坂村の主人公は、村に暮らす人々です。 彼らは先人たちが築いてきた知恵と、新たな技術を融合させながら、未来の世代に豊かな自然環境と文化を引き継ぐために、村全体で変革を進めています。
馬と共に生きてきた歴史(馬搬、馬耕)を現代に蘇らせたいという、強い想いも込められていることが、イベントでは語られました。
生坂村の取り組みは、リジェネラティブな可能性に満ち溢れています。まだ見ぬ可能性を秘めた「余白」を活かし、村の人々、企業、そして訪れる人々が、一緒になって未来を創造していく生坂村の取り組みに注目です。

旅するいきもの大学校!

旅するいきもの大学校!は、生坂村の住民と協働で里山づくりを行う「リジェネラティブツーリズム(再生型観光)」のプログラムです。
「何度でも訪れたくなる里山づくり」や「ネイチャーポジティブ」をテーマに、半年間にわたり、多様な自然体験と地域住民との交流を提供しています。
里山体験を通じて生物多様性を学ぶ
旅するいきもの大学校!では、単に自然を観賞するだけでなく、実際に里山に入り、自然と触れ合うことで、参加者は生物多様性の重要性を実感することができます。
例えば、山に設置したセンサーカメラの映像に、シカやアナグマ、キツネ、リスなどの生き物がたくさん映り込みます。
その様子を見て、参加者は「本当に生き物がいるんだ」と自然の豊かさを実感し、環境保全に対する意識を高められるでしょう。
このプログラムの目的は、単に自然を観察するだけでなく、生物多様性の損失という地球規模の課題に気づき、自分たちが自然の一部であることを認識することにあります。
多様な生物が織りなす複雑な生態系を理解し、そのバランスが崩れることで、どのような影響があるのかを、実体験を通じて学ぶことが期待されます。
野鳥の巣箱やビーハウスの設置も進めており、小さな生き物の保護は、より大きな生態系の保護へと繋がることを、体験を通して学ぶことが可能です。
「2030年までに、陸と海の30%以上を、健全な生態系として効果的に保全する」ことを目標とした、30 by 30(サーティバイサーティ[1])の達成に向け、生坂村の取り組みはますます貢献していくでしょう。


実践的な学びと地域との交流
旅するいきもの大学校!では、単に自然を観賞するだけではなく、参加者自らが主体的に関わることで、より深く、より豊かな自然体験を実践できます。
ただ、山に関しての知識を深めるだけではありません。座学と体験型を組み合わせたプログラムを通じて、実際に里山に入り、五感をフルに使って自然と触れ合うことで、生物多様性の重要性を肌で感じることができます。
例えば、プログラムの体験には下記のようなものが挙げられます。
- 座学を取り入れ、山への理解と知識を深める
- 実際に山に足を入れ、生息する植物や動物を体験的に調査する
- 村の特産品である「灰焼きおやき」を味わい、地元の人々と交流する
ほかにも、放置竹林などの問題解決に取り組んでいる点も重要です。
落ち葉を集めて堆肥にする活動や、竹林を活用してサッカーゴールを創作したりなど、ユニークな視点から地域課題の解決に取り組んでいます。
「地域への愛着」を育む仕掛けづくり
旅するいきもの大学校!では、大学生から60代まで、幅広い年齢層の参加者が集まります。生坂村をきっかけとする「多様なつながり」が生まれ、地域への愛着を育むことが期待されています。
また、プログラムのユニークな点として、全6回のプログラム終了後には「生坂村公式自然研究員」を名乗ることができる点も重要です。
参加者にプログラム期間中だけでなく、生坂村のファンとして、その後も関わりを持ってもらう仕掛けが用意されています。
一過性ではない、長期的な関係者人口を作るにあたって、大切な視点と言えるでしょう。
旅するいきもの大学校!は、単なる観光プログラムにとどまらず、地域住民と参加者が共に学び、成長する場を提供しています。
ネイチャーポジティブ領域における企業との連携
生坂村は「旅するいきもの大学校!」をはじめとするリジェネラティブな取り組みを推進する中で、ネイチャーポジティブの領域に関心を持つ企業との連携を深めています。
これまで、大手自動車メーカーや重機を取り扱う企業などが、実際に視察ツアーを通じて現場を訪れました。
生坂村の取り組みを学ぶだけでなく、共に「我々は何ができるだろうか?」を議論する場となっているようです。
企業の技術やノウハウ、資金などを活用することで、生坂村の環境保全活動や地域活性化の取り組みをより一層発展させることが可能です。
また、企業にとっても、自社の事業活動が「社会課題の解決にどのように貢献できるか」を具体的に考える良い機会となるでしょう。
生坂村の今後の展望
生坂村は、地域の未来を担う子どもたちに焦点を当て、彼らが主体的に村の未来を「自分ごと」として捉え、考え、行動する機会を創出したいと考えています。
単に、環境問題や持続可能な社会について学ぶだけではありません。子どもたちが自らのアイデアを形にし、地域社会に貢献する経験を通して「地域への愛着」と「未来を切り開く力」を育むことを目指しています。
その実現のため、教育分野に知見を持つ企業との協力を深め、子どもたちがより実践的な学びを体験できる機会を創出したいと考えている現状です。
これは、企業にとっても、自社の技術や製品、サービスが、未来を担う子どもたちの成長や、地域社会の活性化に直接的に貢献できるという、新たな価値創造の機会となることが期待できます。
企業、地域住民、そして未来を担う子供たちが一体となり、リジェネラティブな未来を共に創造するプラットフォームを目指して、ますます魅力的な取り組みを行っていくでしょう。
企業にとってのリジェネラティブツーリズムの可能性は?
リジェネラティブツーリズムは、単なる観光の枠を超え、企業が社会課題解決に貢献するための革新的な戦略にもなり得ます。企業の持続可能な成長を促進する、可能性を秘めたアプローチと言えるでしょう。
もっとも、現状では、リジェネラティブツーリズムを「喫緊の課題」と捉える企業は少ないかもしれません。多くの企業は、まず自社の事業活動と直接関連のある領域で環境負荷への課題意識を持ち、そこから取り組みを始める傾向があります。
また、リジェネラティブツーリズムは比較的新しい概念であるため、具体的なデータや成功事例はまだ少なく、最新情報を収集するには一定の時間と労力が必要です。
早期参入によって他社に先駆けた取り組みを推進することが、市場をリードするチャンスにつながるでしょう。
「伸びしろ」を秘めたツーリズム事業
リジェネラティブツーリズムは、まだ定義が確立されていない部分も多く、企業が自社の強みを活かし、自由な発想で取り組める魅力的な領域です。
地域によっては「生物多様性とは何か?」という根源的な疑問を持つ人も多く存在します。生坂村の取り組みでも「放置竹林の伐採に意味があるのか?」といった懸念を持つ人もいるなど、意識のギャップが存在しました。
しかし、このような地域ごとの課題こそ、リジェネラティブツーリズムが地域課題を解決するツールとして活用できる可能性を示しています。
こうした課題に企業が積極的に関わることで、地域社会の信頼を獲得し、持続可能な関係性を築くことができるでしょう。
企業と地域が独自の価値を生み出すことができる「余白」と、そこからさらに発展させていける「伸びしろ」を秘めていると考えられます。
地域との連携によって新たな価値を創造し、環境リスクを回避しながら、企業競争力を高めることも可能です。リジェネラティブツーリズムは、企業が社会貢献と利益の両立を目指す上で、戦略的なツールとなり得るでしょう。
官民連携の推進
リジェネラティブツーリズムは、地域社会との密接な連携を基盤とします。官民が協力することで「地域課題の解決」と「企業の事業成長」を同時に実現する可能性を高められるでしょう。
企業が単独で取り組むには、解決が難しい課題があるかもしれません。そのような課題に対して、自治体などの行政機関が持つ地域情報やネットワーク、専門知識を活用することで、より包括的で持続可能な解決策を導き出せることが期待できます。
企業アライアンスの形成
リジェネラティブツーリズムを共通のテーマとして、企業同士が手を取り合い、アライアンスを形成することは、持続可能な社会を築く上で不可欠な戦略です。
単独では実現が難しい、大規模な地域再生プロジェクトや、社会課題を解決する革新的なアイデアも、企業が連携することで、現実のものへと変えることができます。
各企業が持つ専門性や資源を掛け合わせることで、相乗効果を生み出し、より大きなインパクトを生み出すことができるでしょう。
リジェネラティブツーリズムの今後の展望
今回のThursday Gatheringを通して、リジェネラティブツーリズムが、持続可能な社会を創るための重要なキーワードであることが明らかになりました。
リジェネラティブツーリズムは、観光のあり方を問い直し、環境保護と地域活性化の両立を可能にします。
多くの企業にとって大切なことは、まずは現場に足を運び、体験を通して、その価値を理解していくことでしょう。
リジェネラティブツーリズムのビジネス領域や、サプライチェーン内で展開していきたいという本音があったとしても、まずは理解することが重要です。
また、企業がリジェネラティブツーリズムを推進する上で重要なのは「ある程度楽しくないと続かない」という視点です。楽しさや愛着を伴わない取り組みは、企業にも個人にも長続きしません。
だからこそ、リジェネラティブツーリズムの推進には、大義とミッションを持ち、価値観を共有できる仲間を増やしていくことが重要になります。
イベント登壇者紹介
今回のThursday Gatheringでは「生物多様性って何すればいいの? – 企業の人たちと語り合うリジェネラティブツーリズムダイアログ」をテーマに、各分野の専門家をお招きし、多角的な視点から議論を深めました。登壇者は以下の通りです。

上井 雄太 氏(株式会社フューチャーセッションズ)
今回のイベントでは、ファシリテーターとしてご登壇いただきました。豊富な知識と高いコミュニケーション能力で、参加者間の対話を円滑に進め、議論を深める役割を担っていただきました。

星野 亜紀子 氏(合同会社HITTISYO)
生坂村の魅力を発信するプレゼンターとしてご登壇いただきました。長野県生坂村の自然、文化、そして地域が抱える課題や、リジェネラティブな未来への挑戦についてご紹介していただきました。

鈴木 光希 氏(クラブツーリズム株式会社)
「旅するいきもの大学校!」のプログラムを紹介するプレゼンターとしてご登壇いただきました。旅を通じて地域を活性化させる「リジェネラティブツーリズムの可能性」についてご説明いただきました。

