やんばるの精霊と呼吸を合わせる。BUNA SAUNA で編み直す、生命再生のリチュアル

沖縄県大宜味村(おおぎみそん)。重要無形文化財「喜如嘉(きじょか)の芭蕉布」の産地として名高いこの静かな集落には、古くから赤髪の精霊「ブナガヤ」が棲むと言い伝えられてきた。山を駆け、川を愛するブナガヤは、豊かな自然の精霊であると同時に、人間が絶やしてはならない「火」を司る象徴でもある。
この精霊の名を冠した「BUNA SAUNA(ブナサウナ)」は、単なる温浴施設ではない。それは、土地に宿る精神性と現代のウェルビーイングを、一つの「儀式(リチュアル)」として編み直す試みなのだ。
店主の幸野志勇(こうの しゅう)さんがこの場所にサウナを築いた背景には、一つの直感があった。北欧フィンランドのサウナ室を守ると信じられている妖精「トントゥ」。その存在が、喜如嘉の森を見守る「ブナガヤ」の姿と鮮やかに重なったのである。
遠く離れた異国の文化が、このやんばるの地で共鳴する。幸野さんは、サウナを単なるリラクゼーションの道具としてではなく、人間が再び自然のサイクルへと還るための「装置」として捉え直した。

BUNA SAUNA
沖縄県大宜味村の旧喜如嘉小学校内に位置する、焼却炉を改装した薪サウナ施設。地域の植物を用いた芳香蒸留水やロウリュ、インセンスを通じ、土地の自然循環を身体で学ぶことができる。
完全予約制。
幸野さんの根底には、岩手の湯屋文化が育んだ温かな記憶がある。温泉マニアだった祖父に連れられ、湯気に包まれて過ごした幼少期の情景が、身体の奥深くに原風景として刻まれているのだ。
沖縄に移住して15年。デザイナーとして第一線で活躍する傍ら、幸野さんは18年間にわたり米作りにも邁進してきた。BUNA SAUNA誕生の転機は、多忙により心身の限界に達していた時に訪れた。
出張先の福岡で立ち寄ったサウナの熱気に包まれた瞬間、これまでバラバラだった人生のピースが一つに繋がった。「サウナこそ、人生を豊かにするために必要なシステムだ」と確信したという。
火を扱い、命を浄化する「再生の場」
自らの人生を豊かにするために「サウナを建てる」と決めた幸野さんが出会ったのは、旧喜如嘉小学校の校庭に佇む、古い焼却炉だった。
かつて不用品を焼き、灰へと還していたコンクリートの構造物。幸野さんはこれを破壊すべき「負の遺産」としてではなく、火を扱い、命を浄化する「再生の場」へと転換させた。

BUNA SAUNAは、あえて焼却炉の規格をそのまま活かしている。かつて“ごみ”が燃やされていた空間で、今は土地の植物が柔らかな蒸気となり、旅人の心身を解きほぐす。これは、現代のサウナ文化が陥っている「画一化」に対する、彼なりの静かな抵抗でもある。
日本のサウナシーンは今、かつてない盛り上がりを見せている。しかし、その多くは北欧のセオリーをなぞり、他所から持ち込んだ白樺(ヴィヒタ)を消費するスタイルだ。幸野さんは、その「教科書通り」の景色に違和感を抱いた。
幸野さん:その土地にしかない良さが必ずあるはずです。わざわざ他所から植物を持ってくるのではなく、「ここに全部ある」という気づきから始めたかった。負の象徴のような焼却炉が、命を浄化する場所に変わる。それは僕にとって、極めて自然な再生の形でした。

採取ではなく、剪定と返礼。植物との循環
BUNA SAUNAの核心は、自然を単に消費するのではなく、その循環に“静かに寄り添う”姿勢にある。幸野さんが行うプロセスは、自然の回復力を信じ、そこに調和していくためのリチュアル(儀式)そのものだ。
幸野さんは自ら喜如嘉の森に入り、月桃(ゲットウ)や琉球松、シークヮーサーなどの植物を調達する。一貫しているのは、一方的な採取ではなく、山を整えるための「剪定」として枝葉をいただくこと。森の風通しを良くし、深部まで光を届けるための調律。その過程で得られた恵みを自らの手で蒸留し、濃厚な香りを湛えた「芳香蒸留水」や「エッシェンシャルオイル」へと昇華させていく。

熱せられたサウナストーンに芳香蒸留水の雫を捧げる「ロウリュ」の瞬間、植物の生命力は気体となり、入浴者の細胞のひとつひとつへと浸透していく。それは、森の記憶を全身で取り込むような神秘的な体験だ。さらに、このプロセスには、静かな「返礼」までもが組み込まれている。
幸野さん:森からいただいた分、また苗を植えて山に返す。このサイクルを毎年繰り返しています。それは誰に気づかれなくても、淡々とやっていきたい。僕にとってサウナは、「地球の循環」を身体を通して再確認するための場所なんです。
知を共有し、コミュニティを醸成する「ヤンバル植物万有記」
BUNA SAUNAが提示する価値は、個人のリラックス体験に留まらない。旧喜如嘉小学校という「学び舎」を舞台に、多様な個性の熱量が混ざり合う、知の器として機能している。
その象徴が、2周年を記念して開催されたイベント「やんばる植物万有記」だ。参加費は1人2万5,000円。一般的なサウナイベントの相場を大きく上回るこの価格設定には、参加者を単なる「客」としてではなく、土地の循環を共に担う「仲間」として迎え入れ、ノウハウをすべて伝えきるという幸野さんの決意が込められていた。

プログラムは、まさに「土地を編み直す」プロセスの連続だ。
- 森で月桃を摘み、身体を叩く「ウィスク」を自ら編み上げる。
- やんばる産のハチミツとハーブを調合し、天然のスクラブやサウナインセンスを作る。
- 植物の蒸留を体験し、その雫をサウナで享受する。
幸野さん:研究者やサウナ以外の文脈を持つ方々も多く集まってくれた。趣味としての熱狂があるからこそ、深い学びが成立します。サウナを媒介に、地球や植物の循環という知的なメッセージを伝えていきたかったんです。
この場所には今、全国のサウナオーナーや各分野の専門家が集う。そこで交わされるのは「効率性」ではなく、「いかに自然と共存するか」という切実な哲学だ。共通の関心が境界線を溶かし、一人の熱狂がコミュニティ全体の化学反応へと発展していく。

「土中環境」を見つめ、見えない水脈を整える
幸野さんの視線は、サウナ室のさらに下、見えない土の中へと向けられている。彼が大切にする「土中環境」という視点は、生物多様性へのアプローチを軸とした、まさにリジェネラティブツーリズムの真髄である。
森の中を流れる見えない水脈や、土の中を通る空気の道。それらが健全であって初めて、山は豊かになり、私たちのウェルビーイングもまた、真に成立する。幸野さんは使用後のウィスクを土に返し、苗を植え続ける。サウナという行為を土地の「負債」にせず、環境を「正」の方向へと調律するためだ。

幸野さん:ここに集まる人たちは、自然とそういうマインドになってくる。誰一人として「除草剤を撒こう」なんて言いません。自然を守ることが、ここでは絶対的な共通言語なんです。土地の植物の香りを抽出し、それをみんなで全身に浴びる。それがやりたくて、僕はここに来ました。
ウェルビーイングの本質とは、単なる一時的なリラックスではない。それは、自らが「地球の循環の一部」であることを、身体を通して体感することではないだろうか
幸野さんが喜如嘉(きじょか)の地で醸し出す蒸気には、デザイナーとしての鋭い感性と、農民としての誠実な手触り、そして土地への深い畏怖が混ざり合っている。
BUNA SAUNAを訪れる旅人は、かつての焼却炉の熱気の中で、自らという生命もまた、果てしない循環の輪にあることを知るのだ。
参照:サウナ – 喜如嘉翔学校
取材協力:一般財団法人沖縄観光コンベンションビューロー、近畿日本ツーリスト沖縄
