【現地レポ 中編】カナダ・ビクトリア IMPACT 2026。危機を生き抜く「レジリエンス」と「先住民の知恵」

気候危機という「現実」を直視し、2030年カーボンゼロという高い「希望」を掲げた熱狂から一夜明け、翌日の議論はより実践的で泥臭い議論へと移行した。
テーマは「レジリエンス(回復力)」と「先住民の知恵」だ。気候変動による自然災害、パンデミック、あるいは地政学的な紛争。現代の観光地は、予測不可能な危機と常に隣り合わせにある。
不可抗力の波が押し寄せた時、地域社会と観光産業の崩壊をどう食い止め、再生へと向かわせるのか。そのヒントは、危機に直面した最前線で戦うリーダーたちの実践報告の中にあった。


危機を乗り越えるDMOのリーダーシップ
過酷な状況から立ち上がったヨルダンや大西洋カナダ、そして現場を動かすカナダ各地の「DMOの事例」が共有された。もはやDMOは、単に「観光客を呼ぶだけの機関」ではない。地域の文化を守り、経済を循環させ、システムそのものを変革する「文化のインフラ」としての役割が求められている。彼らはいかにして危機を乗り越え、未来へのシステムを構築しているのか。
ヨルダンの教訓|地域を潤す仕組みづくり
深刻な水不足や中東情勢の緊張による安全リスクの高まりなど、ヨルダンはさまざまな課題に直面している。Malia Asfour氏(元ヨルダン政府観光局 北米局長)は、地方の社会的企業を網羅した「意義ある旅のマップ」を作成した。

彼女の戦略は、DMOが持つ「共同マーケティング資金」をテコにすることだった。大手旅行会社が資金援助を求めてきても、マップにある地域体験を旅程に組み込まない限り、一切首を縦に振らなかったのだ。この「条件付き」の資金提供により、ある村の女性協同組合は数百名規模の雇用を生む拠点へと劇的な成長を遂げた。
しかし、政府の意向により、強力な推進役であった彼女のオフィスは突如閉鎖されてしまう。だが、リーダー不在となっても、このプロジェクトは揺るがない。なぜなら、地域の人々自身が事業を回し、自走する強さがすでに養われていたからだ。
真のレジリエンスとは、DMOが去った後でも生き続ける「地域自身がオーナーシップを持つ仕組み」にこそ宿る。オフィス閉鎖という危機が、逆説的に彼女が築き上げたシステムの強さを証明することになった。
大西洋カナダの奇跡|「恥」から「誇り」への意味の反転
1992年の「タラ漁禁漁令」により約8万人が失業し、基幹産業を失ったと言われる大西洋カナダ。この絶望から地域を救ったのは、観光による「意味の反転」である。ビクトリア大学のSlowinski教授は「Fogo Island Inn」の事例を紹介。島民にとって、端切れを縫い合わせたキルトは既製品を買えない貧困の象徴(恥)だった。
しかし、外部から来た観光客はその手仕事の物語に感動し、今や高級ホテルのベッドを飾るアートへと昇華した。観光の力で「場所への帰属意識」を「場所への誇り」へと変える。地域にある当たり前のものを価値化し、対話と物語で住民のマインドセットを変えたことが、復興の鍵となった。

カナダ各地のDMOが語る「綺麗事からの脱却」
本質的な変化を起こすため、DMOはどう動くべきか。Brad Parcell氏(Kootenay Rockies Tourism CEO、元ツーリズム・トフィーノ事務局長)は、DMOを「文化のインフラ」と定義し、ごみ拾い等に留まらず、政治を巻き込んだ構造的変化の必要性を説いた。

また、バンフのChristie Pashby氏(Banff & Lake Louise Tourism)は、地域に蔓延する「委員会疲れ」を指摘する。DMOが主導して新たな会議体を増やすのではなく、「自分たちがすべての専門家になる必要はない」という前提のもと、すでに活動している真の専門家たちへ場を譲り、実行を委任していく重要性を語った。
さらに、ツーリズム・モントリオールのシニア・サステナビリティ・コンサルタントであるFanny Beaulieu-Cormier氏は、都市農業やコンポスト化など具体的な循環の仕組みへ直接投資する事例を紹介した。DMOの役割は啓発を終え、投資とシステム構築のフェーズへ移行している。
命をつなぐ「食」の責任|Tourism is a force for food
旅の最大の楽しみである「食」。しかし、それは時に大量のフードロスや環境負荷の温床にもなる。本セッションでは、先住民シェフと小規模農家の視点から、食の安全保障と観光の交差点が語られた。

先住民シェフのJared Qwustenuxun Williams氏は、「皆さんは世界中の料理を知っていますが、この土地の『先住民料理』のレストランをいくつ知っていますか?」と問いかけた。現代社会は、土地の気候に合わない作物を大量の資源と水を使って無理に育てている。
一方で、サケや地元の植物など、先住民の伝統食材を収穫・消費することは、その土地の生態系を健康に保つ「再生(Regeneration)」に直結する。「観光業が食材予算の10%でも先住民食材に回せば、環境と地域経済に多大な貢献ができる」と彼は訴えた。
また、アルバータ州でアグリツーリズムを営む農家のTam Andersen氏は、「Tourism is a force for food(観光は食の原動力である)」と語る。

気候変動や離農問題に悩む小規模農家にとって、観光客を受け入れ、食の背景にある物語を直接伝えることは、農家の尊厳と経済的安定をもたらす。規格外の「不格好な野菜」の価値を観光客に教育し、消費者の意識を変えることも観光の重要な役割だ。
DMOや観光事業者は、地域の農家や先住民の食文化を観光ネットワークに組み込み、旅行者と繋ぐ「架け橋」となることが求められている。
称賛と共有の場「IMPACT Awards」
ランチタイムには、「Create your own bowl(自分だけのボウルを作る)」スタイルのビュッフェが用意された。ライスヌードルをベースに、枝豆や紅白なます(大根と人参のピクルス)、キノコのプルコギやレモングラス風味の豆腐など、多国籍でヘルシーな具材を自由にトッピングできる。

参加者は思い思いの一杯を手に、和やかな雰囲気の中で「IMPACT Awards」の授賞式を見守った。このアワードは、サステナブルツーリズムの最前線で「行動」を起こし続ける先駆者たちを讃えるものだ。

今年の受賞者は2名。一人目は、バンクーバーの観光産業を牽引してきたWalt Judas氏(TIABC元CEO)。彼は、かつて自組織内に世界初となる「観光エネルギー・スペシャリスト」という専門職を設けたエピソードを披露。予算削減の危機に直面した際も「私の目の黒いうちは絶対にポストをなくさせない」と死守し、現在もそのスペシャリストが地域で多大な影響を与え続けているというエピソードは、会場を沸かせた。
二人目は、Parkside Hotel & Spaの総支配人であるTrina White氏。彼女は幼少期に森林伐採の現状を目の当たりにし、10代で木に身体を縛り付ける過激な環境保護運動に参加したという過去を持つ。しかし、大人になるにつれ、システムの外側で抗議するより、内側に入ってビジネスコミュニティと関係性を築く方が、より大きなインパクトを生み出せることに気づいたと語る。

木彫りの美しいトロフィー(Songhees Nationのアーティストによる作品)を手にした彼らへの惜しみない拍手は、この場に集うすべての実践者たちへのエールでもあった。

先住民の知恵と、次世代への継承
気候危機やレジリエンスといった言葉で社会が複雑化する中、先住民のリーダーたちが語る真理は驚くほどシンプルだ。「私たちは自然の一部であり、土地が健康であれば私たちも健康である」。The Land Heals代表でユーコン準州の語り部、Amber Berard-Althouse氏はそう語る。

一方で、近年は非当事者が先住民のふりをして利益を得る「なりすまし」も深刻な問題となっている。Kevin Seesequasis氏(Beardy’s & Okemasis’ Cree Nation)も「私たちの文化を勝手に『演じる』のではなく、友人として隣に座り、共に歩んでほしい」と真のパートナーシップを求めた。
そして、ニュージーランド・マオリ・ツーリズムのCEOを務めるPania Tyson-Nathan氏は、古い価値観に囚われない「若い世代」こそが地球を救う希望だと断言する。
その希望を見事に体現しているのが、ビクトリアの港でカヌーツアーなどを行う「Songhees Tours」の若者育成プログラムだ。シニアガイドのMelissa氏らは昨夏、15歳からの若者9名を採用した。
「最初はうつむいて、自信なさげに自分の名前を呟く子たちでしたが、夏が終わる頃には胸を張り、大きな声で『私はSongheesの出身です!』と自らのルーツに誇りを持って自己紹介できるようになったのです」と、Melissa氏は嬉しそうに語った。

彼らはツアーを通じ、若者を育てると同時に、観光客が先住民族に対する素朴な疑問を安心して聞ける「安全な空間」を作っている。Melissa氏は「役職や肩書きを捨て、一人の人間として出会いましょう。私たちも会話を始めるのは怖いですが、どうか歩み寄ってください」と締め、会場は拍手に包まれた。
先住民の知恵を次世代へ継承する、泥臭くも温かい営みは、観光が人と人を結び直す最強のツールであることを証明していた。
気候変動、地政学的な対立、あるいは地域産業の衰退。観光地を取り巻く危機は、ますます複雑化している。しかし、2日目のセッション全体を通して見えてきた「レジリエンス(回復力)」の正体は、決して莫大な資金や最先端のテクノロジーだけではなかった。
真のレジリエンスは、その土地の文化に「誇り」を持ち、国境を越えて連帯し、自らを自然の一部として捉える「先住民の知恵」といった、泥臭くも温かい「人とのつながり」の中にこそ宿るのだ。
続く後編のレポートでは、3日間の集大成となる最終日のプログラムから、海や水資源を守るための議論や、未来へ向けた熱気あふれる「行動の誓い」をお届けする。


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株式会社アスエク「リジェネ旅」編集部
(※本記事はIMPACT Sustainable Travel & Tourism Summitのセッション内容を基に構成しています)
