私たちが日々楽しむ一皿は、どこから来ているのでしょうか。その食材が、どこでどのように育ち、どういった経路で届いているのか。普段は意識しないその背景が、遠く離れた土地の自然や文化に大きな影響を与えています。
近年、世界的な美食ブームや健康志向の高まりにより、希少な食材や野生の植物への関心が急速に広がりました。その一方で、過剰な採取や違法取引によって、生物多様性が失われるという深刻な問題も起きています。
こうした課題に対し、いま料理人やレストランが新たな役割を担い始めています。本記事では、UNESCOとRelais & Châteaux(ルレ・エ・シャトー)の取り組みを通して、「食べること」がどのように自然を守る力になり得るのか、その具体的な実践を紹介します。
UNESCOとRelais & Châteauxによる生物多様性保護の取り組み

UNESCOと世界的なホテル・レストラングループであるRelais & Châteauxは、食文化を通じて、地球の生態系を守るためのグローバルパートナーシップを締結しました。
この提携は、単なる理念の共有や広報活動にとどまりません。UNESCOがもつ科学的な知見と、Relais & Châteauxが誇る世界的な料理人のネットワークを融合させ、レストランにおける食材のサプライチェーンを根本から改善することを目的としています。
UNESCOの公式発表によれば、このパートナーシップの核心は、料理人が「生物多様性の守り手」として行動することにあります。[1]現在、世界各地で4つのパイロットプロジェクトが始動しています。そのすべてに共通するテーマは、Relais & Châteauxが掲げる信念 “Biodiversity starts on our plates”「生物多様性は、日々の食卓から守られていく」です。
具体的な活動として、UNESCOの専門家が生物圏保存地域や世界遺産における科学的知見を提供し、それに基づいてた持続可能な食材調達の実践の検証を重ねています。[2]
料理人が選ぶ食材や調達方法は、地域の生態系に直接影響します。そのつながりを見直すことで、持続可能なガストロノミーの新たな形を提示しています。
南アフリカの豊かな植物と失われつつある在来食材

南アフリカは世界一の植物多様性を誇る地域です。しかし、いまその豊かな自然は、世界的なグルメブームの影響を受け、少しずつ揺らぎ始めています。
未知の味を求める市場の熱狂が、希少な植物を根こそぎ奪い去る違法なビジネスを加速させています。UNESCOが警鐘を鳴らすこの地では、商業的な搾取によって、何世紀も守られてきた自然のバランスが崩れようとしているのです。[4]
世界有数の植物多様性を誇る南アフリカ・ケープ地方
南アフリカのケープ地方は「ケープ植物区保護地域群」としてユネスコ世界自然遺産にも登録されています。ここには「フィンボス」と呼ばれる、低木が広がり、地球上の全植物種の約3%がこの狭いエリアに集中しています。そのうち約70%は、世界中でここにしか自生していません。[3]
しかし、この生態系はいま絶滅の危機にさらされています。都市開発による土地の分断や、気候変動による乾燥化が大きな原因です。そこに不適切な採取が加わり、多くの固有種が姿を消しつつあります。
一度失われた種は二度と戻ることはありません。だからこそ、UNESCOは危機感をもって警鐘を鳴らしています。
野生植物の「違法採取」という問題
近年健康志向や「未知の食材」への関心が高まり、野生植物の人気が世界的に広がっています。その影響で一部の希少な植物の価値が上がり、利益を狙った採取が増えました。
それに伴い深刻な問題となっているのが、野生植物の「違法採取」です。
一部の希少な植物は、利益を狙う業者によって、自然界から根こそぎ持ち去られています。これらは古くから地域の暮らしに溶け込み、伝統的な食文化を支えてきた大切な食材でした。
それが無秩序なビジネスの対象となったことで、地域のアイデンティティまでもが奪われようとしています。持続可能なルールを無視した「搾取」が、数千年かけて育まれた自然を脅かしているのが現状です。このままでは、地域の食の歴史そのものが途絶えてしまいます。
レストランが主導する在来植物を守る新しい仕組み

地域の食を支えるレストランがいま、大きな転換期を迎えています。食材を単に消費するだけでなく、自ら守り、育てる役割を担い始めたのです。
南アフリカの美食シーンでは、自然から一方的に奪うのではなく、共生するための新しい仕組みがいま具体的に動き出しています。
料理が守る生物多様性 レストラン「FYN」の取り組み
ケープタウンにあるRelais & Châteaux加盟店「FYN」は、この変革を主導しているレストランの一つです。シェフのピーター・テンペルホフ氏は、野生生物の乱獲に正面から向き合っています。彼は南アフリカ独自の希少な植物を、あえて料理の主役にしました。
その活動は、厨房の中だけにとどまりません。テンペルホフ氏は科学者とタッグを組み、どの植物が絶滅の危機にあるかを徹底的に調査しました。その科学的データに基づき、自身の仕入れリストをゼロから作り直しています。さらに、レストランのテーブルを「学びの場」としても活用しています。
食事へ訪れたお客様へ、メニューの背景にある保護活動のプロセスを、丁寧に説明することで、食べる側の意識変革を促しています。
野生から農園へ 在来植物を栽培する新しいアプローチ
このプロジェクトの鍵は、野生の植物に頼り切る現状を打破することにあります。むやみに採取せず、地元の農家と協力して「その土地の種を育てる」道を選択しました。
これまでは野生から採るしかないと考えられていた植物も、いまでは専門家の指導のもとで、農地栽培が進んでいます。[5]
この「野生から農園へ」というシフトは、さまざまな角度でメリットをもたらします。
- 自然の保護:野生の植物を採りすぎるのを防ぎ、環境を維持できる
- 品質の安定:レストランは安定して良い食材を確保でき、どこで育ったかも明確になる
- 地元への貢献:農家に新しい仕事が生まれ、持続可能な農業を支えることができる
この取り組みは、ただ農地拡大をしているだけではありません。UNESCOの科学的な知見を生かし、絶滅の危機にある種の「最適な育て方」を研究する場でもあります。野生に手をつけず、人の手で守り育てる技術を地域全体で共有しています。こうしたモデルが確立されれば、他の地域でも違法採取を防ぐ有効な手段となるはずです。[6]

料理人の食材選びが生物多様性保護に
テンペルホフ氏が掲げる「責任を持って育てられたものを使う」という基準は、業界全体への強いメッセージです。料理人の選択一つで、絶滅の危機にある種を救うことができます。珍しい食材をただ使うのではなく、その存続にまで責任を持つ姿勢が、これからの食文化には不可欠です。
まとめ
UNESCOとRelais & Châteauxの取り組みは、レストランが単なる消費の場ではなく、環境保護の主体になれることを証明しました。南アフリカでの「FYN」の取り組みは、食材を自然から奪うものから、大切に育てるものへ変えていく希望ある活動です。
目の前の一皿に使われる食材は、どこでどのように育ったのか。食材の選び方やその背景に目を向けることが、土地固有の食材を守る力になります。それが、豊かな自然を次世代へつなぐことにつながるでしょう。

参考文献
[1] UNESCO and Relais & Châteaux Announce a Partnership To Protect Biodiversity
[2] UNESCO-Relais & Châteaux Partnership
[3] Cape Floral Region Protected Areas
[5] Biodiversity starts on our plates
[6]FAO | Food and Agriculture Organization of the United Nations
