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365日放牧が、土を豊かにする。牛とのつながりを紡ぐ、養老牛 山本牧場の再生型農業

2026 8/17
環境(水、森林、海洋、エネルギー資源)
CO2削減 リジェネラティブ農業 中標津 北海道 取材 気候変動
2026-8-20
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知床半島にほど近い、北海道東部の中標津町。知床半島から連なる山岳地帯と根釧台地の丘陵に挟まれたこの一帯は、泥炭地と火山灰地が広がり、稲作や畑作には適さない土地とされてきた。

実際、開拓期には穀物栽培をめぐって幾度も冷害に見舞われ、昭和初期にはこの地の農業が酪農を主体とする形へと大きく転換されている。牧草地としての土地の性質が、結果としてこの地域を「酪農のまち」へと導いてきたのである。

その中標津町の一角、養老牛と呼ばれる地区に、養老牛 山本牧場はある。代表を務めるのは、東京都出身の山本 照二さん。北海道の大自然と就農への憧れから、家族4人で中標津に移住した経歴を持つ。

搾乳の時間以外は牛を屋外で過ごさせる完全放牧、配合飼料を一切使わないグラスフェッド、そして無農薬・無化学肥料による牧草地の管理。こうした方針のもとで作られる「養老牛放牧牛乳」は、その味わいで多くの支持を集めてきた。

放牧という道を選んでから、20年余り。その歳月の中で、山本さんは牛と土地に向き合い続け、近年は環境再生型農業(リジェネラティブ農業)の実践を深めている。一杯の牛乳から始まったこの牧場の歩みを、山本さんの言葉とともにたどっていく。

味に導かれ、「放牧」という選択を

山本照二さんが北海道中標津町・養老牛で新規就農したのは2002年のこと。就農にあたって、山本さんには「加工」をやりたいというこだわりがあった。搾った牛乳をそのまま出荷する一般的な流通の仕組みでは、他の農家の牛乳と一緒に混ぜられてしまう。そうした構造に強い違和感を抱き、自分の考えを反映させた、オリジナルの製品を作りたいと山本さんは考えた。

そのために選んだのが、当時の酪農業界では主流ではなかった「放牧」というスタイルである。とはいえ、当時はまだ経験も浅く、この選択が正しいという確信があったわけではなかった。

そこで山本さんは、自らの目と舌でその答えを確かめるべく、就農を決める前に各地の放牧農家を見学して回った。訪れた先では必ず搾りたての生乳を飲ませてもらい、飼育方法によって乳の味がどう変わるのかを、実際に確かめていった。

その過程で出会ったのが、中標津町の三友牧場だ。「マイペース酪農」という放牧スタイルを実践し、書籍も出版しているほど放牧酪農の先駆け的存在である。三友牧場で口にした生乳の味は、山本さんの記憶に強く残るものだった。牛の飼い方が異なれば、牛乳の味もこれほど変わるのか。こうして山本さんは、一杯の生乳との出会いをきっかけに、放牧酪農への道を歩み始めた。

新規就農にあたり、山本さんは初期投資をできる限り抑える経営方針を選択した。幸いにも、牛を屋外の放牧地で育てる「放牧酪農」というスタイルそのものが、牛舎への大規模な投資を必要としない経営判断である。結果として、一般的に1億円ほどかかるとされる新規就農の費用を、7,800万円程度に抑えることができた。

しかしこの選択は、牛たちに大きな負荷を強いることにもなった。連れてきた牛たちは、もともと快適な牛舎環境で育った個体である。それをいきなり冬の屋外に出して育てたことにより、40頭のうち4頭が凍傷や産後の不調によって命を落とす結果となった。

「理想だけが先走っているのではないか」。そう自問するほど、山本さん自身も深く落ち込み、わずか2ヶ月の間に体重が15キロ減少するなど、その心労は周囲の目にも明らかなほどだったという。それでも山本さんが立ち止まらずにいられたのは、家族や牧場のチームが常にそばで支えてくれていたからだ。

そして、厳しい冬を耐え抜いた末に迎えた夏、本来の放牧の姿がようやく形になり始める。あれほど傷ついていた牛たちが、青々とした牧草地で、見る見る元気を取り戻していく。その姿を目の当たりにし、山本さんは自らのスタイルが間違っていないという手応えを得た。失敗を重ねながらも、思い描いていた放牧の形は、少しずつ現実のものへと近づいていった。

リジェネラティブ農業への転換

苦難の創業期を乗り越え、試行錯誤を重ねながら牛たちと向き合ってきた20年。現在は、45ha (放牧地 15ha、採草地 16ha、兼用地 14ha)の牧場内で、仔牛を含めた50頭の牛が飼育されている。

長年に渡って養老牛で過ごしてきた山本さんは、この土地の温暖化を肌で感じている。特にここ6年ほどは降雪量が極端に少なく、年によっては、1月下旬になっても雪がまったく降らないこともあるという。

積雪が少ない年は、地面がそのまま凍結してしまう。本来、雪解け水は時間をかけてゆっくりと土に染み込み、山の養分を土に届ける役割を果たしている。しかし、凍結した地表ではこの浸透が起こらず、雪解け水はそのまま地表を伝って、河川へと流れていく。

結果として牧草地の生育力が落ち、これまで11月上旬まで可能だった放牧が、今では10月中旬までしか行えなくなった。配合飼料ではなく草のみを牛に与えることから、生乳の味への影響は確認されていないものの、乳量には影響が出ていると山本さんは指摘する。

こうした土地の変化に対する危機感から、山本さんが取り組み始めたのが「リジェネラティブ農業(環境再生型農業)」である。土壌そのものの力を回復させることに重きを置いたこの農法は、2010年代後半からアメリカ西海岸を中心に広がってきた。

リジェネラティブ農業で広く参照される考え方に、アラン・セイボリーが提唱した「ホリスティックな管理」というものがある。人・植物・動物・土地を切り離された要素としてではなく、ひとつの全体として捉える視点だ。水の循環、ミネラルの循環、エネルギーの流れ、生態系内の関係性という4つの観点から土地を評価する考え方でもある。

水分の浸透速度が落ち、土壌が圧縮して硬くなり、作物の収量が落ちる。こうした状態を「痩せた土地」と呼び、生態系がうまく機能していない状態だと言える。

痩せてしまった土地の力を取り戻す手段として、リジェネラティブ農業で実践されているのが「カバークロップ(被覆作物)」である。これは、主要な作物を育てる期間の前後や合間に、土を覆うようにして育てる植物のことを指す。

カバークロップには、「植物と微生物のやり取り」を活性化させる役割がある。植物は、根から糖分を土の中に染み出させ、これを合図に微生物を呼び寄せる。微生物は、土の中に目に見えないほど細い網の目を張り巡らせ、そこから吸収した栄養分を植物の根元まで届ける。

植物が糖分を与え、微生物が栄養を運ぶ。この「持ちつ持たれつの関係」の中では、微生物が出す粘着質の成分によって土の粒同士が集まり、「団粒構造」と呼ばれる状態がつくられる。

カバークロップの根が土壌を耕し、この団粒構造を形成することで保水性・排水性が向上する。土の小さな塊と塊の間に生まれる隙間が、雨水や雪解け水を適度に蓄えつつ、余分な水をスムーズに通り抜けさせるのだ。

さらに、カバークロップが地表を覆い、根が土をしっかりと抱え込むことで、雨や風による土壌の流出を防ぎ、貴重な表土を守る役割も果たしている。

一方、化学肥料を使うと、植物は根から栄養を直接吸収できるようになり、微生物を呼び寄せるための糖分を出す必要がなくなる。すると、団粒構造は崩れて隙間はなくなり、土は次第に硬く締まっていく。

また、カバークロップは土壌を豊かにする役割も担っている。根を張ることで土の中の養分をつなぎ止めて流出を防ぎ、次に育てる作物の栄養として蓄えることができるのだ。特にマメ科のカバークロップは、根粒菌の働きで空気中の窒素を土に取り込んでくれるため、化学肥料の使用量を減らすことにもつながる。

カバークロップは環境面での効果も大きく、成長する過程で大気中のCO2を吸収し、枯れた後は有機物として土に還る。植物自体がバイオマスとして土壌に蓄積されることで、地中に留まる炭素(炭素貯留量)を増やす効果がある。

実際に山本牧場では、ひまわりや大根、カブなど、全部で13種類にもおよぶ植物をカバークロップとして育てている。これらの多くは、牛の餌にはならない植物だ。牛に栄養を与えるためではなく、土壌そのものに栄養を行き渡らせるために植えられている。

さらに、放牧酪農はカバークロップに「もう一つの要素」を掛け合わせていることになる。それは、動物に「食んでもらう」ことである。植物は、光合成によって炭素を取り込み、地中へと送る。しかし、種子をつくる段階に移ると、地中へ炭素を送るのを止め、自身の根などに蓄えていた炭素を種子へと集中させてしまう。

しかし、動物に適度に食べられ続けることで、植物は再び葉を伸ばそうとする成長段階にとどまり続ける。その結果、植物は地中へ炭素を送り続け、より長く炭素を土壌に留めておくことができる。

こうした「動物の力を借りた土づくり」は、草が休眠する冬の間も形を変えて続けられている。冬になると、牛たちはパドックと呼ばれる牛舎周辺の運動場で過ごすが、同じ場所にとどまりがちになり、栄養価の高い排泄物も一箇所に偏って堆積してしまう。この偏りをならすため、山本牧場では放牧地で草を与え、牛たちが牧場全体に広がって過ごせるようにしている。

さらに山本牧場では、土地を数年単位で休ませるサイクルも取り入れている。2025年は、4haの土地に種をまいたのち、丸一年間、何も手を加えずに休ませた。休ませた土地は、休ませた分だけ元気になると、山本さんは実感している。こうして牧草地を数年単位で順に回し、一巡させていくことで、土地全体の力を保ち続けているのだ。

放牧という選択自体、酪農業界において主流とは言い難い。それでも、各地にはそれぞれの信念のもとで放牧に取り組む生産者がおり、近年は道内の別海町など、環境再生型の農業に関心を寄せる地域も出てきている。

その一つが、2023年に発足した道東カーボンファーミング研究会だ。生乳生産量日本一を誇る道東エリアを舞台に、地域の酪農家と乳業メーカーが連携し、土壌に炭素を貯留することで温暖化ガスの排出削減を目指す活動体である。

画像出典:道東カーボンファーミング

山本牧場自体も実証フィールドの一つとなっており、カバークロップの導入による土壌構造の改善が、他の農法と比較しながら検証され続けている。

温暖化という、一農家の努力だけでは抗いきれない変化に直面しながらも、山本さんは「土」という足元から、対応策を探り続けている。その姿勢は、牧場の外にいる牛たち、そして牛たちを取り巻く環境そのものへの向き合い方にも、通じるものがある。

牛との関係性を育む、アニマルウェルフェア

一般的な酪農におけるアニマルウェルフェア(動物福祉)は、牛たちが「牛舎の中でいかに快適に過ごせるか」という観点で語られることが多い。換気に気を配り、水を絶やさず、身体を清潔に保つ。牛舎という管理された環境の中で、いかにストレスを減らすかという発想である。

一方、山本さんの牧場では365日の放牧に見られるように、「厳しい自然環境の中で、いかに野生に近い姿のまま快適に育てるか」という点に重きを置いている。牛は本来、野外で生活する動物だ。人間の手による交配を重ねる中で、その姿や気質は少しずつ変えられてきたが、それでも牛が持って生まれた本来のあり方で育てたい、というのが山本さんの考えである。

なかでも、山本牧場で大切にされているのが「行動の自由」と「愛情表現の自由」だ。一般的な酪農では、仔牛は生まれてすぐに母牛から引き離されるが、山本牧場では親子を一緒に過ごさせる。繁殖についても人工授精ではなく、種牛を放牧地に入れることで「自由恋愛」に近い、いわば自然な交配の形をとっている。

また、一般的な酪農では、牛同士や人がケガをすることを防ぐため、角を切ったり尻尾を切ったりする処置が広く行われている。しかし山本牧場では、こうした人為的な処置も行わない。

やっぱり、美味しい牛乳を作りたいんですよ。それを前提に考えた時に、動物が幸せでなくてはいけない。幸せな環境で育つことで、セロトニンやオキシトシンといった「幸せホルモン」がたくさん分泌されて、きっと牛乳の味にも繋がると考えています。

厳しい自然環境は、牛たちの生命力を凝縮させ、個体としての強さを育てる。その一方で、行動と愛情表現の自由を保障すること。これらが両立して初めて、山本牧場が目指す牛の姿になるという。

配合飼料を与えていた頃を振り返ると、牛たちは配合飼料に関心が高く、餌をくれる人間によく懐いていたと、山本さんは指摘する。しかし配合飼料をやめ、母牛の乳を飲みながら牧草地で自由に過ごすようになると、牛たちの人間に対する態度は変わっていった。

牛たちが、人間の言うことを聞かなくなりました。かつては、声をかけると寄ってくるような「親と子」にも似た関係だったんです。ところが、今ではこっちから追いかけないと言うことを聞いてくれない。「お隣さん」のような、付かず離れずの関係に感じます。

広大な牧草地でのびのび過ごせるのだから、牛たちにとっての人間の存在価値は、それほど高くないのかもしれない。少し寂しさはありますが、これが本来の姿だと思っています。

そんな中でも、忘れられない出来事があったという。今から10年ほど前、一頭の老齢の牛が、難産の末に腎臓を悪くし、瀕死の状態に陥った。獣医からは、もう回復は難しいだろうと告げられていた。

暖かい牛舎に入れてやるべきか。それとも、いつも通り外で過ごさせるべきか。答えの出ないまま、山本さんはその牛の前に立ち、「お前は放牧牛だから、どこで最期を迎えたいか」と心の中で問いかけた。

すると、目の前の牛から「外で過ごしたい」という意思を、確かに受け取った。理屈では説明のつかない感覚だったが、山本さんはその感覚に従い、吹き荒ぶ雪の中、その牛を送り出した。

祈るような気持ちで迎えた翌朝。真っ先に牛舎の扉の前に立っていたのは、余命を告げられたあの牛だった。前日まで瀕死の状態にあったとは思えないほど、すっかり元気を取り戻している。

牛は決して言葉を発さないけれども、こちらの問いかけに応えるように、確かに何かを伝えてきた。「普段は素っ気ない関係であっても、どこかで信頼し合っている。そう実感させられる出来事だった」と、山本さんは振り返る。

管理する側とされる側。そんな関係性を超えたところに、動物としての「真の通じ合い」が生まれるのだろう。

牧場から広がる、感謝の循環

2015年、山本牧場の敷地内にソフトクリームショップmilcream(ミルクレーム)がオープンした。搾りたての牛乳でできたソフトクリームを、手作りのワッフルコーンとともに味わえる。よく「牧場のソフトクリームは美味しい」と言うけれども、山本牧場においては別格だ。グラスフェッドの牛乳はやさしい爽やかさがあり、牛乳の深い甘みが広がる。

一般的に、個人経営・郊外のカフェの1日の売上は、3万円前後が目安とされる。milcreamでは、一日の売上が14万円に達することもあったというから、いかに多くの人たちが「山本牧場の牛乳のおいしさ」を求めているかが想像できる。

この経験を通じて、道外初となる直営店を東京・調布に構えることになる。「山本牛乳店」と名付けられたこの店の運営を担っているのは、娘の茂木春菜さんである。店頭では「養老牛放牧牛乳」のほか、「放牧牛乳ソフトクリーム」や「放牧牛乳シュークリーム」などを販売している。

画像出典:山本牛乳店

さらに、牧場の評判は海の向こうにも届いていた。きっかけは8年前、北海道物産展のために訪れた台湾でのことだ。山本さんは、現地の人々から温かいもてなしを受けた。その時の記憶は、長く心に残り続けていたという。

時を経て、台湾のインフルエンサーが牧場を紹介したことをきっかけに、milcreamの存在は台湾でも広く知られるようになる。新型コロナウイルスの感染拡大以前には、台湾から直接訪れる観光客も数多く見受けられた。

2026年の正月、山本さんはこれまでの恩を返す想いで、台湾を自転車で一周する旅に出た。11日間かけ、1,100kmもの距離を走り抜いた。その道中で得たのは、台湾の人々のあたたかさ。そして、あらためて「牧場」という本質を見つめ直す気づきだったという。

山本牧場で大切にされているのは、幾重にも重なる「つながり」である。牛、牧草、土中の微生物が互いに支え合いながら循環する土づくり。牛を管理し、利用する対象としてではなく、意思を持つ一つの存在として尊重しようとする姿勢。

あるいは、瀕死の牛と交わした、言葉によらない不思議なやり取り。そして、台湾との縁に恩返しをするため、自転車を漕ぎ続けた旅。そのどれもが、目の前にある関係を大切に育もうとする、山本さんの想いの表れである。

「自分のやり方は少し、尖りすぎていた」と山本さん自身は振り返る。受け継ぐ側にとっては、決して楽な道ではないのかもしれない。それでも、その尖りがなければ、あの味は生まれなかっただろう。milcreamで食べた、初夏のように爽やかなソフトクリームの味わい。あの牛乳のおいしさを理由に、何度でも中標津の地を訪れたいと、のんびり草を食むたくましい牛たちを思い出す。

取材協力:養老牛 山本牧場

山本牛乳店
所在地: 〒182-0006 東京都調布市西つつじケ丘4丁目23 神代団地35号棟102
営業時間:11:00 ~ 17:00 (月曜・火曜定休)

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