2026年3月31日、環境省を中心とする関係省庁は「エコツーリズム推進基本方針」の改正を閣議決定した。[1] 同方針は2008年(平成20年)の初版策定以来、約17年ぶりの全面的な見直しとなる。
エコツーリズム推進基本方針とは、エコツーリズム推進法(2007年制定)に基づき、全国の自治体・協議会・事業者が実際の活動計画を立てる際の法的根拠となる基本方針だ。
特筆すべきは、今回の改正で初めて「リジェネラティブ(再生)」や「共生」といった概念が方針本文に明記された点だ。単なる言葉の更新にとどまらず、観光と地域社会・自然環境の関係を「消費」から「再生・共生」へと転換する方向性が、国の公式文書として位置づけられた意味は大きい。
「リジェネラティブ」がついに国の方針に登場

改正方針の「はじめに」では、近年の観光潮流として「サステナブルツーリズム」「レスポンシブルツーリズム」と並んで「リジェネラティブツーリズム」が明示された。さらに「ウェルネスツーリズム」「アドベンチャーツーリズム」など多様な観光形態の広がりにも言及しており、エコツーリズムをそれらの根幹を成す「実践モデル」として再定義している。
従来の方針が「保護と利用の両立」という表現にとどまっていたのに対し、今回は「保護と利用の好循環」という言葉が繰り返し使われている。単に環境を傷つけないという消極的な姿勢から、観光活動そのものが生態系や地域文化の再生に積極的に寄与するという能動的な考え方へのシフトが読み取れる。リジェネラティブツーリズムの本質である「訪れることで場所がより豊かになる」という思想と完全に呼応した表現だ。
「ネイチャーポジティブ」と「地域循環共生圏」の導入

生物多様性の観点からは、「ネイチャーポジティブ」(生物多様性の損失を止め回復に転じさせる考え方)への言及が新たに加わった。
ネイチャーポジティブは、2022年のCOP15(生物多様性条約締約国会議)以降、企業活動における自然関連リスク開示(TNFDなど)とも連動する形で国際的に注目を集めている概念だ。今回の基本方針改正に伴い、エコツーリズムの文脈でも明確に位置づけられたことは、企業のCSR・サステナビリティ担当者にとっても注目すべき点と言える。
また、本改正では環境省が提唱してきた「地域循環共生圏」という概念がエコツーリズム推進基本方針の中核に据えられた。これは地域資源を活用して環境・経済・社会の統合的向上を実現し、地域同士が支え合うネットワークを形成するという考え方だ。
エコツーリズムを単なる観光コンテンツではなく、地域の自立的・持続的な経営基盤を構築する仕組みとして再定義しているのがわかる。
オーバーツーリズムへの対応を正面から記載

今回の改正でもう一つ注目すべき変更点は、「オーバーツーリズム」への言及だ。
インバウンドの急増やSNSの発達を背景に、特定の観光地に観光客が過度集中し、地域社会や自然環境に悪影響を及ぼす問題が世界的に顕在化している。改正方針はこれを正面から取り上げ、エコツーリズムを「オーバーツーリズム解決の実践モデル」として位置づけている。
具体的には、特定自然観光資源の「立入制限による利用調整」制度(第3章)が引き続き推進されているほか、混雑を回避して旅行者の満足度を高める既存認定地域の取り組みが好事例として評価されている。量より質、集中より分散という旅行者体験設計の方向性は、リジェネラティブツーリズムのコアバリューとも一致する。
若い世代と「エコツーリスト」の育成

改正方針が強調するもう一つの柱は、次世代への継承だ。若い世代は世界的にも環境意識が高く、環境保全のための行動に積極的とされている。これを踏まえ、改正方針では各地域でエコツーリズムを環境教育の場として活用し、未来の「エコツーリスト」となる旅行者層を育てていく重要性が明記された。
子ども向けプログラムの充実、学校教育との連携、地域の子どもたちが宝探しやプログラム作りに主体的に関わる仕組みづくりなど、持続可能な旅行文化を次世代へ引き渡すための実践的アプローチが具体的に示されている。
訪れる側のリテラシー向上なくして本当の意味でのリジェネラティブな観光は成立しない、という認識が方針全体に貫かれている。
国際発信と「日本のエコツーリズム」ブランディング

インバウンド戦略の観点からも改正方針は重要な意味を持つ。
具体的には、訪日外国人観光客がエコツアーを通じて「人と自然が共生してきた日本ならではの価値観」を体感し、深く理解することが重視されている。そして、その体験が国際的な相互理解と持続可能な社会づくりに向けた連携の深化につながるという展望が描かれている。
日本のエコツーリズムの理念や実践事例を海外へ発信し、「自然と共生する日本の姿勢を世界に示す。このブランディング戦略は、地方自治体がインバウンド誘客を行う際にも活用可能な視点だ。地域固有の自然・文化・知恵こそが最大の差別化要因であり、それを守りながら活かすエコツーリズムの実践は、日本の観光競争力の核心となりうる。
改正後のエコツーリズム推進基本方針を事業でどう活かすか
リジェネラティブツーリズムを推進するプレーヤーにとって、今回の基本方針改正は実践上の重要な後押しとなる。国のブランド力を活用できる「エコツーリズム推進全体構想の認定取得(第4章)」も、今回の改正で内容が刷新された。認定基準に「ネイチャーポジティブ」「地域循環共生圏」「オーバーツーリズム対策」といった現代の観光産業における重要なテーマが盛り込まれたのである。
また、本方針は実践ガイドとしての活用価値も高い。モニタリング・評価の科学的実施(第3章)や、多言語対応・インバウンドの受け入れ支援(第1章)、農林水産業や土地所有者との連携調整(第3章)など、持続可能な観光地経営に直結する記載が随所に充実している。
エコツーリズムは「新しい観光の方向性を先導する実践モデル」。改正方針のこの一文が、今後の日本の観光政策の軸を端的に示している。リジェネラティブな旅の在り方を模索するすべての関係者にとって、今回のエコツーリズム推進基本方針改正は見逃せない転換点だ。
参考文献
