北海道のほぼ中央に広がる大雪山国立公園。美しい高山帯や豊かな森が広がり、雄大な自然を味わえる場所である。
この大雪山の麓にある東川町を拠点に、長年エコツアーや子供たち向けの環境教育に取り組んできたのが荒井一洋さんだ。現在はDAISETSUZAN EXPERIENCEの代表をはじめ、北海道アドベンチャートラベル協議会会長、そして観光の国際基準を推進するGSTCの公認トレーナーなど、多岐にわたる立場で活躍している。
そうした活動のすべての原点であり、今も現役としてこだわり続けているのが、大雪山の現場に立つ「ネイチャーガイド」としての顔だ。
「自然を楽しむこと」と「自然を守ること」。そして「旅行者の満足」と「地域への還元」。一見すると両立が難しいこれらの課題を、荒井さんは日々のツアーの中でどのように結びつけているのだろうか。本記事では、観光を一時的な「消費」で終わらせず、地域と自然の未来を豊かにするヒントを、荒井さんへのインタビューから探る。

荒井一洋さん
札幌出身、2000年に北海道東川町に移住し、翌年2001年に大雪山自然学校を設立した。子ども向け自然体験プログラムやエコツアー、自然公園における利用者主体型の保全活動、木育、森のようちえん等に取り組んできた。
観光分野では、北海道知事認定「北海道アウトドアガイド」として活動するほか、2023年には「北海道AT(アドベンチャートラベル)ガイド制度」認定者となる。
2025年4月には、新たにガイド団体「DAISETSUZAN EXPERIENCE」を設立。大雪山エリアを拠点に、自然案内と持続可能な観光に特化した取り組みを改めて始め、地域に感謝されるガイドの存在とは何かを見つめながら実践を重ねている。また、持続可能な観光の国際基準GSTC(Global Sustainable Tourism Council)の公認トレーナーや、Asian Ecotourism Network理事として、国内外でサステナブルツーリズムの普及と実践に取り組んでいる。
多様な価値観を互いに認め合い、それを実際の行動へと繋げることに関心を持ち、アイヌ文化との連携や多文化理解の促進にも力を入れている。 地域と自然がともに豊かであり続ける未来を目指している。
ネイチャーガイドは旅の「偶然」を設計する

旅行者が「ここに来て本当によかった」と心から思える体験。それこそが、観光を地域への貢献へと導く第一歩となる。
旅先で偶然目にした美しい夕日や野生動物、地域の人との何気ない会話は、旅行者の記憶に深く残る。しかし、その感動の裏側には、ネイチャーガイドによる綿密な準備が隠されている。
荒井さんは、日本海に夕日が落ちる時間を逆算して案内したり、ヤマゲラに出会える可能性を考えて行程を調整したりしている。
荒井さん:旅行者には偶然に見えるかもしれませんが、実は裏でしっかりと時間を計算しています。『偶然見られてよかったですね』と言いながら、できるだけその偶然を引き出せるように動いているんです
正しさより「WOW」が先。「心に残る旅」をつくる3つの満足度
荒井さんは、旅行者の心を深く動かす体験をつくるには、満足度を満たす「順番」が重要だと語る。
まずは「おいしい!」「きれい!」と純粋に心が躍る「肉体的満足度」を最初に満たすこと。旅行者がその土地の魅力を十分に味わったうえで、初めて自然の成り立ちや歴史のレクチャーを行い「知的満足度」を満たしていく。肉体的な感動という土台に知的な理解が重なることで、体験はやがて「ここに来てよかった」という「精神的満足度」へと昇華されるのだ。
そして、この「正しさより、WOW(感動)から入る」という順番の設計は、自然や地域を守る「持続可能な観光」を実践するうえでも極めて重要になる。
サステナブルな観光を意識するあまり、事業者はつい環境保護のルールや課題といった「正しさ」から伝えてしまいがちだ。しかし、心が動いていない旅行者に理念を押し付けても、本当の共感は生まれない。
純粋な感動という土台があって初めて、その場所を守りたいという思いも育っていくのだ。
変化を信じて待つというネイチャーガイドの役割
一方で、旅行者が設計どおりに反応するとは限らない。地域の自然や文化への敬意も、一度の説明ですぐに生まれるものではないからだ。
ネイチャーガイドが直接つくれるのは、旅行者の感動そのものではなく、感動が生まれやすい環境である。夕日や野生動物との出会い、地域の人との交流がどのように生まれれば、旅行者の心に響くのか。その反応を見て結果を振り返り、ツアーの設計を改善しながら、旅行者の変化を信じて待つ。
すぐに分かりやすい変化が起きなくても、体験の中に小さな気づきの種をまき続ける。そうして旅行者の変化を信じて待つ姿勢があるからこそ、旅先での「偶然」は、単なる思い出ではなく、地域や自然へのまなざしを変える入口になっていくのだ。
「消費」を地域への貢献に変える、ツアーの設計と仕組みづくり

旅行者が観光地で「WOW」という感動体験を味わい、それが単なる「消費」で終わってしまったとしても、ネイチャーガイドはそれを受け入れるしかない。旅行者の倫理観やレベル感を無理に変えることはできず、どこまで地域へ配慮した行動をとるかは旅行者の自由だからだ。
だからこそ、観光を通じて地域に経済的・環境的なインパクトを出したいのであれば、提供する側が意図的に「WOWの先」を設計しておく必要がある。
持続可能なツアー設計の3ステップ
荒井さんによると、持続可能なツアー設計には以下の3つの段階があるという。
- 方針の策定:地域貢献をツアーにどう組み込むか、手順や方針を決める
- 現場での行動:ネイチャーガイドが、その方針に沿ってツアーを進行する
- モニタリング:実際の行動が、意図した結果につながっているかを確認する
「大切なのは、ツアーに方針があるか、その方針に沿って行動しているか、さらに、その行動が正しかったかをモニタリングしているかです」と荒井さんは語る。
我慢を求めず、楽しみながら自然を守る仕組み
自然を守るために、提供者側の「正しさ」や「正義」を旅行者に押し付けてはならない。我慢や特別な努力を求めるだけでは、人の行動は長続きしないからだ。
大切なのは、旅行者が旅を純粋に楽しむ中で、結果として保全へとつながる構造をあらかじめデザインしておくことである。
その具体的な一例が、ツアー参加費の一部を地域の環境保全活動へ寄付する設計である。旅行者が別途寄付を申し込まなくても、ツアーに参加すること自体が、自動的に自然を守る力になる。
仕組みとネイチャーガイドの習慣が、自然な保全を形づくる
寄付金のような設計だけでなく、現場におけるネイチャーガイド自身の振る舞いも、旅行者の行動を変える大きな鍵となる。
例えば、常にごみ袋を持ち歩き、道にごみが落ちていれば、ことさらにアピールすることなくクールに拾い上げる。その姿を見てどう感じるかは、あくまで旅行者の自由だ。しかし、そうした行動をネイチャーガイドが当たり前に示し続けることで、結果的に「自然を大切にする価値観」が旅行者と自然な形で共有されていくのである。

また、解説をする際も「こちらに集まってください」と大声で指示はしない。周囲の通行の妨げにならないよう、さりげなく誘導して自然に集まれる位置を調整する。言葉で注意するのではなく、こうした振る舞いを通じて、周囲への配慮の仕方を旅行者と共有していくのだ。
ネイチャーガイドが日常の習慣として高い倫理観に基づく行動基準を示し続けることで、同じツアーに何度か参加するうちに、旅行者も自然とごみを拾ったり、まとまって話を聞いたりするように変化していく。
荒井さん:『自然を守りましょう』と主張するよりも、自然を楽しんでいたら、いつの間にか守る行動をしていた。そんな仕組みにしたいんです
「分かっちゃいるけどやめられない」心理に寄り添う
とはいえ、人の行動を変えることは簡単ではない。
環境に配慮すべきだと理解していても、便利なペットボトル飲料を買ったり、買い物でプラスチック袋を受け取ったりすることは誰にでもある。正しいと分かっていても、手間や不便を伴うと実践できないのが人間のリアルな姿だ。
荒井さん:人間には『分かっちゃいるけどやめられない』という部分があります。考え方には賛成でも、自分が行動するときには負担を避けたくなるものです
強く指導すれば、その場の行動を修正できるかもしれない。しかし、そのせいで旅行者が強いストレスを受ければ、次の前向きな行動にはつながらない。そのため荒井さんは、相手の反応を見ながら、必要に応じて強弱を利かせ、明るく、時には皮肉を利かせた表現を用いるなど、伝え方のバランスを常に探っている。
サステナブルツーリズムを一部の「意識の高い人」だけの取り組みにしないためには、正しさを訴えるだけでなく、誰もが無理なく行動できる仕組みまで設計することが重要なのだ。
「ほんもの」は地域の日常に宿る

自然を守る行動が旅行者の「自然な振る舞い」から生まれるように、地域の文化を提供する際にも「ありのままであること」が欠かせない。旅行者を喜ばせようとして地域住民に演出を求めることは、かえって旅行者の満足度を下げてしまうからだ。
文化体験において本当に大切なのは、それが旅行者に見せるためだけにつくられたものなのか、それとも地域で実際に営まれているものなのか、という点である。
歴史の長さではなく、地域の暮らしに根ざしているか
北海道は、明治以降に本格的な開拓が進み、現在のまちや産業の基盤が形づくられてきた地域だ。訪日旅行者がイメージする日本文化については、本州の多くの地域と比べると、その歩みや文化は比較的新しいといえる。
しかし、歴史が長いことだけが「ほんもの」の条件ではない。たとえ比較的新しい試みであっても、地域の人々が日常的に親しみ、自分たちのものとして受け継いでいれば、それはその地域の「ほんもの」になり得るのだ。
荒井さんは、急流や自然豊かな川をゴムボートで下り、水しぶきやスリルを楽しむアクティビティ「ラフティング」を例に挙げる。
現在でこそ、ラフティングは北海道を代表するアドベンチャーアクティビティとして定着している。しかし当然ながら、ラフティングは地域の伝統文化ではなく、地元の人々が日常的に親しんでいる営みというわけでもない。その意味では、当初は旅行者向けに設計された「体験」だったと言える。
しかし、近年では地元の小学校の授業や地域の体験活動にラフティングが取り入れられるなど、地域の子どもたちにとって身近なものとして根づき始めている。
このように、外から入ってきた新しいアクティビティであっても、地域住民の暮らしに溶け込み、「地域の日常の一部」へと変わっていけば、それはやがてその土地の「ほんもの」の文化と呼べるようになっていくのだ。
過剰な演出をなくし、ありのままの「リアル」を伝える
地域文化を旅行者へ伝える際、分かりやすく見せることが、必ずしも良い体験につながるとは限らない。
荒井さんが携わる大雪山国立公園・旭岳の山開きでは、アイヌ民族の神事「カムイノミ」が行われる。当初、旅行者の理解を助けるために、儀礼と同時に解説を加えることも検討された。

しかし、地域側がそれを積極的に望んでいたわけではなく、旅行者からも「解説を挟まず、そのまま見たい」という声があったという。
そこで、儀礼の流れを観光用に変えたり演出を加えたりせず、地域の了承を得た範囲で、ありのままの様子を見てもらう形を選んだ。そこには、参加経験が浅いアイヌの若者が、作法を教わりながら儀礼に加わる姿もあった。
荒井さん:作法を教わっている途中の姿も含めて、隠さずに見せるところに、地域のリアルがあると思います。完成されたものだけを見せるより、その方が興味をそそられるのです。
また、儀礼の後に適宜解説を加えたり、旅行者からの質問に対応したりすることで、旅行者の満足度を高めることができました
まずネイチャーガイド自身が持続可能であること

自然や地域を守る観光を目指していても、ツアーを提供するネイチャーガイド自身が疲弊し、事業を続けられなくなっては真の意味で持続可能とは言えない。
荒井さんが「ネイチャーガイドの持続可能性」を意識するようになった理由は、理想論からではなく、「そうしなければ仕事が続かないから」という極めて現実的なものだった。
ネイチャーガイド側が主導権を握る「募集型ツアー」への転換
荒井さんたちが運営する「Adventure Hokkaido」が、旅行者の要望に合わせるオーダーメイドではなく、出発日や行程があらかじめ決まっている「募集型ツアー」を採用しているのも、提供者側の持続可能性を考えた選択だ。
早い段階でツアーの準備を進められるため、個別の要望に対応し続ける負担を大幅に減らし、ネイチャーガイド自身の時間や体力をコントロールすることができる。
集客面など不安や挑戦も少なくないが、これも持続可能な運営体制を維持するための必要な選択であるといえる。
ネイチャーガイドの安全と判断を守るための代替案
雨などの悪天候や、旅行者の装備不足などによって、ツアーが計画どおりに進まないことも多い。荒井さんはそうしたイレギュラーな状況に備え、あらかじめ複数の代替案を用意している。
その根底にあるのは、観光をひとつの「ビジネス」として冷静に捉える視点だ。「いざとなれば返金すればいい」という最終的な選択肢を事前に決めておくことで、現場での無理な対応を防いでいるのである。
荒井さん:返金できないとなると、無理をしてでも旅行者に合わせることになり、現場での適切な判断ができなくなったり、ネイチャーガイド自身がつまらなくなったりしてしまいます
最終案として返金の基準を設けるのは、責任放棄ではない。「何があっても予定通りに」という状況はかえって安全性を損なうため、ネイチャーガイドが無理なく現場で判断を下すための防波堤なのだ。
また、こうした代替案の提示や緊急時の対応を1人だけで担うのは難しいため、困ったときに支援し合えるチームのバックアップ体制を整えることも欠かせない。
国際基準と現場の距離を縮める

荒井さんは、GSTC公認トレーナーとして国際的なサステナブルツーリズムの基準を伝える一方、大雪山で旅行者を案内する現役のネイチャーガイドでもある。国際的な視点と現場の視点、その両方を行き来するからこそ、両者の間にある「優先順位の違い」が見えるという。
「重要だが急がない課題」は後回しになる
GSTCが扱うのは、観光のビジネスモデルやサプライチェーンによる環境やコミュニティ、文化への影響といった、地域の観光を根底で支える本質的な課題ばかりだ。だが、それが現場のネイチャーガイドや事業者になかなか浸透しない背景には、「日々の業務の切迫感」があるという。
荒井さん:現場には、安全・衛生・集客など、日々対応しなければならない重要かつ緊急の課題が数多くあります。一方で、地球規模の環境問題は重要ではあるものの、今日すぐに対応しなければ事業が立ち行かなくなる性質のものではありません。
こうした、短期的な課題に追われる現場と、あるべき姿を見据える中長期的な視点との時間軸の違いが、国際基準と現場との距離を生んでいます
とくに国内旅行者を中心に受け入れている事業者にとって、国際基準への対応は後回しになりやすい。必要性を理解していても、対応しないことで直ちに売上や集客に影響するわけでなければ、限られた人員や時間を割く理由を見いだしにくいからだ。
インバウンド市場では必須となるサステナビリティ
一方、海外の旅行会社とBtoBで取引する事業者にとっては、状況が全く異なる。
近年、欧米豪をはじめとする海外市場ではサステナブルな取り組みが強く重視されており、その有無がツアーへの採用を直接的に左右する。つまり、インバウンド向けのビジネスを行うのであれば、国際基準への対応はもはや「重要だが急がない課題」ではなく、生き残りをかけた「重要で緊急な課題」となっているのである。
荒井さんが重視しているのは、理念だけで事業者を動かそうとするのではなく、取り組む理由が現場に生まれる環境をつくることだ。
ネイチャーガイドや旅行会社が実践を積み重ね、その成果をメディアや取引先などの第三者が評価する。そうした評価が集客や取引へ直結すれば、サステナブルな取り組みは「観光産業で生き残るために欠かせない条件」として広がっていくだろう。
北海道のアドベンチャートラベルの現在地
こうした国際的な視点は、北海道が推進するアドベンチャートラベル(AT)にも直結する。荒井さんは、2017年に設立された「北海道アドベンチャートラベル協議会」の会長を務めているが、取り組みが始まった当初は、地域事業者の反応も必ずしも前向きではなかったという。
荒井さん:グリーンツーリズムやエコツーリズムに続いて、今度はアドベンチャートラベルなのか。本当に取り組む意味があるのかという空気はありました。正直、私自身も最初はそう感じていました
現在では、アドベンチャートラベルは北海道のブランド力向上に大きく貢献しており、インバウンドからも人気を集めている。
しかし、地域全体の足並みが揃っているわけではない。多くの事業者は「地域が盛り上がるのはありがたいが、自ら時間や労力をかけて語学を習得したり、インバウンド向けの特別な対応にまで本格的に取り組もうとは考えていない」と一歩引いている。
この業種間の温度差や、参入への心理的ハードルの高さがリアルな現在地と言える。実際、ネイチャーガイドの間では、売上や収益に大きな差が生じ始めている。
まず重要なのは、ネイチャーガイドが自ら安定した経済基盤を築くことだ。そのうえで、日本人向けに加えてインバウンド向けの対応にも取り組むことで、経営の安定につながる人は今後さらに増えていくと期待される。
地域資源の役割を整理する「A・B・C級」戦略

では、これから北海道の資源をどう世界に届けていくべきか。荒井さんは今回のインタビューのなかで、地域の資源を役割に応じて「A級、B級、C級」に分けて整理することの重要性を指摘した。
流氷やスキーなど、世界から旅行者を呼ぶフックとなる「A級資源」。ネイチャーガイドの紹介などで滞在中の満足度を高める「B級資源」。そして、旅行社のニーズとは別に、地元が売りたいもので地域経済へ確実に利益を還元する「C級資源」だ。
全ての資源を同じ方法で海外へ売り出すのではなく、「旅行者を呼ぶもの」「満足度を高めるもの」「地域に利益を残すもの」を明確に分けて考える。この整理こそが、国際市場から選ばれることと、地域が観光から恩恵を受けることの両立につながるという。
地域の再生にはフォロワーが必要

観光を通じて地域をよりよい状態にしていくには「どのような地域を目指すのか」という共通のビジョンが必要だ、と荒井さんは指摘する。しかし、多様な立場や価値観を持つ人々が暮らす地域において、全員が同じ未来像を共有することは容易ではない。
そこで荒井さんが重視しているのが、自らが先頭に立つリーダーシップではなく、誰かを支える「フォロワーシップ」の視点だ。
既存の活動を支え、つなぐ。観光に求められる「フォロワーシップ」
新しい活動を一から立ち上げ、人を集めることだけが地域貢献ではない。すでに地域で活動している人々を支え、必要な人や資源をつなぐ「ハブ」になる役割が、今の観光には求められている。
荒井さん:リーダーシップを取る人はたくさんいます。でも、誰かの活動を支えるフォロワーシップを取れる人は、まだ少ないと思います
社会的なムーブメントは、最初に声を上げる一人だけでは広がらない。その動きに共感し、「共に歩む価値がある」と周囲に証明する最初のフォロワーが現れてはじめて、大きなうねりへと変わっていく。地域再生も同様に、すでにある取り組みを支え、次の参加者を呼び込む存在が欠かせない。
荒井さん自身も、以前は自分たちでごみ拾いなどのボランティアを主導していた。しかし現在は、自ら人を集めてツアーを組み、地域の既存団体の活動に参加する形へシフトしている。なぜなら、地域で活動する団体の多くが「集客」に最も困っているからだ。
ノウハウはあるが人手不足に悩む地域団体と、「貢献したいが何をすべきか分からない」旅行者。観光事業者がその両者をつなぐ「ハブ」になれば、新たな団体を立ち上げずとも、既存の取り組みを強く、太くすることができるのだ。
文化を「借りる」側の責任
この「当事者を支える」というフォロワーシップの姿勢は、地域文化を観光で扱う際にも共通する。
とくにアイヌ文化のように、観光事業者自身が当事者ではない文化を旅行者へ伝えるときは、常に「文化を借りている」という認識を持つ必要がある。そのうえで、表現や扱い方について必ず当事者へ確認することが欠かせない。
外部の人間が自分の解釈だけで文化を語るのではなく、地域の人を支え、彼ら自身の生の声が伝わる場をつくることが重要なのだ。
土地の歴史を取り戻す「名前」の力

そうした文化への敬意として、荒井さんが将来実現したい夢の一つがある。
荒井さん:いつか『大雪山国立公園』を『ヌタプカウシペ / 大雪山国立公園』と呼べるようにしたいんです。
この土地の文化を学び、アイヌの尊厳や文化への正しい敬意を、現代社会の中で確かにしていくこと。
それが、ここでビジネスをさせていただく私たちにとって、大切な『礼儀』であり、敬意の示し方だと信じています
「ヌタプカウシペ」とは、大雪山に関わるアイヌ語地名として北海道の資料にも記録されている言葉である。
こうした先住民族の言葉を地名に用いる取り組みは、すでに世界の先進的な観光地で実践されている。オーストラリアでは「ウルル / エアーズロック」のように先住民の呼称を先に置く公式名称へと変わり、アメリカ・アラスカ州でも「マッキンリー山」から先住民の言葉である「デナリ」へと正式に変更された。
土地がもともと持っていた歴史や文化を尊重し、社会全体であらためて共有する手段として、こうした名称の併記は非常に大きな意味を持つのだ。
旅の「WOW」を地域の再生力へ
荒井さんの取り組みから見えてくるのは、旅行者はただ純粋に「WOW(感動)」を味わうだけで良い、という事実だ。サステナビリティを旅行者の意識に委ねるのではなく、彼らが無心で楽しむ裏側で、自然や地域が守られる「仕組み」をあらかじめ設計しておくことが重要となる。
そして、その仕組みを理想論で終わらせないためには、提供者自身が適切な収益を得て、無理なく事業を続けられる運営体制が欠かせない。そうした強固な土台があってこそ、地域に対する真の「フォロワーシップ」も生きてくるのだろう。
旅行者の純粋な感動、提供者の持続可能なビジネス、そして地域を支える誠実な姿勢。これらが一つの線で結ばれたとき、自然を消費する旅は、地域の未来を豊かにする力へと変わっていくのではないだろうか。
