東京都23区とほぼ同じ広さを持ちながら、暮らす人は約1万3,000人。高知県四万十町は、豊かな自然と人々の営みが今も色濃く残る町です。
数字だけを見れば、人口減少や高齢化が進む中山間地域の一つと思われるかもしれません。しかし、この町には、そうした数字からは想像できないほど活気ある暮らしと、人と自然が支え合う豊かな営みが息づいていました。
こうした地域の美しい風景や暮らしの営みは、多くの人を惹きつける魅力にもなります。しかし、観光は地域に新たな経済効果をもたらす一方で、自然環境への負荷や、地域文化が「消費されるもの」となってしまうリスクも抱えています。地域の魅力を守りながら観光を育てることは、多くの地域に共通する課題です。
では、「地域資源」「伝統文化」「人々の暮らし」を守りながら、観光やビジネスとともに持続可能な地域を築くには、何が必要なのでしょうか。
そのヒントを探るため、本記事では、高知県四万十町で紡がれてきた、地域と自然、そしてビジネスが共に支え合う物語をご紹介します。
「最後の清流」四万十川と密接に関わる暮らし

高知県西南部に位置する四万十町は、「日本最後の清流」と称される四万十川の中流域に広がる町です。2006年(平成18年)に窪川町・大正町・十和村の2町1村が合併して誕生しました。
町の約9割を森林が占め、その間を四万十川がゆったりと流れています。川と森が育む豊かな自然のなかで、人々は古くから農業や林業、漁業などを営み、自然の恵みを受けながら暮らしを築いてきました。
この土地の魅力は、美しい景観だけではありません。人々の暮らしや生業、地域に受け継がれてきた文化が、四万十川の豊かな自然と深く結びついていることにあります。
だからこそ四万十町は、「自然を守る町」ではなく、「自然とともに生きる町」として、多くの人を惹きつけています。そして今、その営みは、地域の未来を支える新たな観光やビジネスのあり方を考えるヒントにもなっています。

清流を取り巻く雄大な自然とその生態系
四万十川が「日本最後の清流」と呼ばれる理由の一つは、本流にダムがないことです。
たとえば、代表的な「津賀ダム」も支流に設けられているため、本流は自然の姿を今も残しています。川はゆるやかに蛇行しながら流れ、魚の行き来を妨げる大きな人工構造物がありません。
そのため、川と海を往復して成長する魚たちが暮らしやすく、四万十川は天然うなぎの名産地として知られています。さらに、上流域には高知県で「アメゴ」と呼ばれる天然のアマゴが生息しており、清らかな水が育む豊かな生態系を象徴しています。
四万十町の豊かさは、川だけにとどまりません。周囲には森林や里山、水田が広がり、人々の暮らしのすぐそばには、水生昆虫やカエルなどの両生類をはじめ、多様な生きものが生息しています。

川・森・田んぼ、そして人々の暮らし。それぞれがつながり合い、一つの生態系として機能していることが、四万十町の豊かな自然を支えているのです。だからこそ、この町では「自然を守る」のではなく、「自然とともに暮らし、自然に支えられて生きる」という営みが、今も当たり前のように受け継がれています。
ヤイロチョウが知らせる森の豊かさ
四万十川流域には広大な森林が広がり、そこには多くの野生生物が暮らしています。その豊かな生態系の象徴ともいえるのが、「ヤイロチョウ」です。

ヤイロチョウは、毎年春に東南アジアから日本へ渡ってきて繁殖する夏鳥です。
「八色鳥」と書くその名のとおり、緑や青、赤など鮮やかな羽色を持つことが特徴で、その美しさから高知県の県鳥にも指定されています。四万十川流域でも、5月頃からその美しい姿やさえずりを確認することができます。
ヤイロチョウの主な餌は、ミミズや昆虫などです。ヤイロチョウが毎年この森を訪れるということは、それだけ餌となる生きものが豊富に生息している証でもあります。特に、多くのミミズが暮らせるような、湿り気のある豊かな土壌や森林環境が維持されていることを示しています。

一羽の鳥の存在は、その鳥だけの価値を表しているわけではありません。ヤイロチョウが暮らせる森は、多様な生きものが支え合う健全な生態系が、この四万十に今も残されていることを私たちに教えてくれるのです。
自然資本と生活産業の組み合わせ
雄大な自然に囲まれた四万十町では、森林や川、豊かな土地といった自然資本を活かしたさまざまな産業が、地域の暮らしとともに育まれてきました。
現在の四万十町は、旧窪川町・大正町・十和村の3つの地域から成り立っており、それぞれ異なる自然環境や歴史、産業があります。
ここでは、窪川・大正・十和地区の3つのエリアに分け、それぞれの地域で受け継がれてきた産業や、自然と共に歩む地域ビジネスをご紹介します。
お遍路さんが訪れる、窪川地区
窪川(くぼかわ)地区は、四国八十八ヶ所霊場の一つである岩本寺を有し、多くのお遍路さんが訪れる地域です。また、四万十町で唯一海に面したエリアでもあり、環境省の「快水浴場百選」に選定された興津(おきつ)海水浴場など、山・川・海の豊かな自然に恵まれています。

そんな窪川地区を代表する産業の一つが、養豚です。地域の自然や食文化を背景に育まれた「四万十ポーク」は、現在では地域を代表するブランドとなっています。
四万十ポークは、肥育の最終段階で与える飼料の違いによって「麦豚」「米豚」「芋豚」の3種類に分けられ、それぞれ異なる味わいを楽しめるのが魅力です。
なかでも「米豚」に使用される飼料には、地域で生産されるブランド米「仁井田米」が活用されています。地域で育った米が豚の飼料となり、その豚肉がまた地域の価値を高める。ここには、農業と畜産がつながる循環の仕組みが生まれています。

また、窪川地区では「香り米」と呼ばれる希少な米も栽培されています。香り米とは、玄米の状態から独特の香りを持つ品種で、古くから受け継がれてきた在来系統の一つです。
現代の米づくりでは、収穫量を高めるため品種改良が進められてきました。それに対して香り米は、背丈が高く倒れやすいという栽培の難しさがそのまま残っているため、生産量は限られています。
しかし、その特徴を活かし、農薬や化学肥料に頼らない有機栽培に挑戦する生産者もいます。扱いにくいと思われていた地域固有の資源を、新たな価値へと変えていく取り組みが、窪川地区では進められているのです。
地域の特徴と作物の特徴を組み合わせ、田畑輪換に取り組む
四万十町は、古くから生姜の一大産地として知られ、現在も日本有数の生姜生産地です。特に窪川地区では、多くの有機農家が生姜の栽培に取り組んでいます。
その背景にあるのは、高温多湿な高知県の気候、四万十町特有の寒暖差、そして豊かな土壌環境です。こうした恵まれた環境がある一方で、生姜は土壌の栄養を多く必要とする繊細な作物でもあり、同じ土地で毎年栽培を続けると「連作障害」が起こりやすいという課題もあります。
安定した収量と品質を維持するためには、土地を休ませたり、土壌環境を整えたりする工夫が必要です。しかし、山間部など限られた農地で農業を営む地域では、広大な土地を確保することは容易ではありません。
こうした課題に向き合っているのが、窪川地区を拠点とする四万十野菜合同会社です。同社では、「田畑輪換(でんぱたりんかん)」という農法を取り入れ、香り米や生姜など複数の作物を組み合わせながら、農薬に頼らない有機栽培に取り組んでいます。

田畑輪換とは、同じ農地で水田と畑作を交互に行う農法です。水田と畑を切り替えることで、連作障害の抑制や雑草の管理、土壌環境の改善につながるとされています。
四万十野菜合同会社では、香り米と生姜の間に里芋を栽培することで、農地の状態を段階的に整えています。乾燥を嫌う里芋は、水田跡の保水性を活かした畑地で育ちやすく、その後、水はけの良い土壌を好む生姜の栽培へとつなげることで、農地転換にかかる手間やコストを抑えているのです。

また、背丈が高いという香り米の特徴を活かし、通常より水位を深く保つ「深水栽培」も行っています。この栽培方法は、米づくりだけでなく、水田周辺の生きものが暮らせる環境づくりにもつながり、生物多様性の保全にも貢献していると考えられます。

限られた土地の中で、自然の循環を活かしながら農業を続ける。四万十町では、地域に受け継がれてきた知恵と新たな工夫によって、未来につながる農業の形が模索されています。
四万十川支流を含む自然あふれるエリア、大正地区
四万十町の中央に位置する大正地区は、四万十川の本流と支流が交わる自然豊かな地域です。一部の地区は、環境省の「生物多様性保全上重要な里地里山」にも選ばれており、多様な生きものと人々の営みが共存する美しい景観が残されています。
大正地区を代表する伝統文化の一つが、四万十川に受け継がれてきた「鮎の火振り漁」です。火振り漁とは、火のついた松明を水面で振り、驚いた鮎を網へと誘い込む伝統的な漁法です。
毎年8月に開催される「あゆまつり」では、この火振り漁の実演をはじめ、鮎の塩焼き、カヌー体験、魚のつかみ取りなど、四万十川が育む自然の恵みを体験できます。
また、四万十川の支流である梼原川沿いの下津井地区では、遊覧船による川下りや、初夏に舞うホタルの観賞など、川とともにある暮らしを感じられる体験が受け継がれています。
同じく下津井地区にある「下津井めがね橋」は、津賀ダム湖に映る美しい姿が象徴的なスポットです。この橋は、かつて森林鉄道が走っていた軌道跡であり、林業が地域を支えていた時代の記憶を今に伝えています。

大正地区で林業が発展した背景には、山間部が多く農地の確保が難しかったことに加え、四万十川やその支流を利用した木材輸送に適していたことがあります。特に、この地域で育つヒノキは「四万十ヒノキ」として知られ、高品質な木材として重宝されてきました。
さらに、大正地区では森林資源だけでなく、栗の栽培も盛んです。四万十川流域特有の昼夜の寒暖差によって育つ栗は、大きく甘みが強いことが特徴で、「しまんと地栗」という地域ブランドとして親しまれています。自然が育む資源を、地域の文化や産業へとつなげ、さらに次世代へ受け継いでいく。大正地区には、四万十川とともに歩んできた人々の知恵と循環の仕組みが息づいています。
“冠におぼれず、飾らず、素朴な心を大切に”
大正地区を含む北幡(ほくばん)地域は、高知県を代表する栗の産地の一つです。その栗をふんだんに使用した名産品が、株式会社無手無冠(むてむか)の栗焼酎「ダバダ火振」です。
その名前は、四万十川流域で「人が集まる場所」を意味する「駄場(だば)」と、夏の夜に松明の火を振りながら鮎を網へ追い込む伝統漁法「火振り漁」に由来しています。四万十の暮らしや文化を象徴する二つの言葉を組み合わせた、地域への想いが込められた名前です。

口に含むと、栗のほのかな香りとやさしい甘みが広がる「ダバダ火振」は、現在では全国的にも知られる四万十を代表する焼酎の一つとなっています。
この焼酎が生まれた背景には、地域資源を無駄にしないという発想がありました。
かつて四万十地域では、収穫された栗の中でも傷があるものや規格外品は販売が難しく、活用方法が課題となっていました。そこで、当時の町長から「規格外の栗を活かした商品をつくれないか」という相談を受けたことをきっかけに、無手無冠が開発に取り組み、栗焼酎「ダバダ火振」が誕生しました。

さらに現在では、製造過程で生じる栗由来の副産物や焼酎づくりで発生する残りかすについても、地域の農業とつなげる取り組みが行われています。栗や米を単に消費するのではなく、農地へ還元することで、地域内で資源を循環させる仕組みづくりにつながっています。

自然から得られた恵みを、酒という価値に変え、さらに地域の農業へと戻していく。ダバダ火振は、まさに四万十の自然と人の営みが循環する象徴的な存在なのです。
五感を使って四万十川を楽しむ、十和地区
四万十川を空から眺めてみたい。そんな特別な体験を楽しめる場所が、四万十町の十和地区にはあります。
四万十町の西部に位置する十和地区は、窪川、大正地区よりもさらに下流にあたり、四万十川が大きく蛇行しながら山間を流れる地域です。川と周囲の山々が織りなす景観は、四万十川ならではの雄大な自然を感じさせてくれます。
豊かな自然を活かし、十和地区ではキャンプやカヌーなど、川や森を舞台にしたさまざまなアクティビティを楽しむことができます。

なかでも「道の駅 四万十とおわ」では、四万十川の上を滑空するジップライン体験が人気です。川と山々を眼下に眺めながら滑空することで、地上とは異なる視点から四万十の自然の広がりを感じられます。
また、「道の駅 四万十とおわ」の魅力は、自然体験だけではありません。地域で育まれた農産物や特産品が並ぶ市場や、四万十川を眺めながら地元食材を味わえる食事処があり、十和地区の恵みを五感で楽しめる場所となっています。
併設された「shimantoおちゃくりcafé」では、地域特産のお茶や栗を使ったスイーツを味わうことができます。

四万十川の雄大な自然に触れ、地域で育まれた食や文化を楽しむ。十和地区には、自然の恵みを地域の価値へとつなげながら、未来へ受け継いでいく四万十らしい時間が流れています。
四万十を守り続けるために。地域資源を活かしたものづくり
「shimantoおちゃくりcafé」を運営する株式会社四万十ドラマは、四万十川流域の地域資源を活かした商品開発や地域づくりに取り組む地域商社です。
四万十ドラマが目指しているのは、地域の特産品を販売することだけではありません。地域資源に新たな価値を生み出し、その収益を地域へ還元することで、生産者の暮らしや自然環境を守り、さらに次の挑戦へとつなげる「地域の好循環」を生み出すことです。
代表取締役の畦地履正さんは、地域おこしは単なるビジネスではなく、「どんな地域を未来に残したいのか」という想いを出発点にすることが大切だと語ります。その考え方は、「四万十川に負担をかけないものづくり」という四万十ドラマの理念にも表れています。

かつて四万十町も、多くの地方と同様に、人口減少や高齢化による担い手不足という課題に直面していました。生産量が減少し、地域の収入も伸び悩むことで、さらに人口減少が進む。そんな負の循環が懸念されていました。
そこで四万十ドラマは、地域資源を「そのまま売る」のではなく、新たな価値を加えることに挑戦しました。
たとえば、地域ブランドである「しまんと地栗」はモンブランなどのスイーツへ、十和で育てられたしまんと紅茶は、馬路村産ベルガモットと組み合わせたアールグレイへと生まれ変わりました。地域の素材にストーリーと付加価値を加え、新たな商品として発信することで、四万十町ならではのブランド価値を高めてきたのです。
こうして生まれた商品は県内外で高い評価を受け、多くの人が四万十町を訪れるきっかけにもなっています。その売上が生産者の収入向上や地域経済の活性化につながり、さらに新たな商品開発や地域資源の保全へと還元される。この循環こそが、四万十ドラマが目指す地域づくりの姿です。
地域資源を未来へ受け継ぐためには、ただ「守る」だけでは十分ではありません。地域ならではの価値を磨き、商品や体験として届け、その利益を生産者や地域へ還元することが大切です。四万十ドラマの取り組みは、自然・人・地域経済が支え合う循環を生み出す「リジェネラティブな地域づくり」の実践例といえるでしょう。

工房で作り上げる、地域の暮らしを助ける一丁
十和地区には、今では数少なくなった鍛冶屋「土州勝秀 勝秀鍛冶屋」があります。かつて四万十町十和地域には複数の鍛冶屋がありましたが、現在、その技術を受け継ぐ鍛冶屋はここだけとなりました。
勝秀鍛冶屋の技術を受け継いでいるのは、2015年に地域おこし協力隊として四万十町へ移住した菊池祐さんと妻の未来さん夫妻です。二人は「地域に唯一残る鍛冶屋の技術を未来へつなぐ」という使命を胸に師匠へ弟子入りし、長年の修業を経て技術を受け継ぎました。

現在では三代目として工房を営み、鉈づくりだけでなく、鍛冶屋体験や地域との交流を通じて、その技術や文化を次世代へ伝える活動にも力を入れています。二人が受け継いでいるのは、刃物をつくる技術だけではなく、四万十の山と人の暮らしを支えてきた文化そのものなのです。
勝秀鍛冶屋でつくられる代表的な道具が「鉈(なた)」です。鉈は、林業や狩猟、薪づくりなど、山とともに暮らす人々にとって欠かせない道具であり、長年四万十の暮らしを支えてきました。
現在、多くの刃物は工場で分業しながら大量生産されています。しかし、勝秀鍛冶屋では、鉄を打つところから研ぎ、柄や鞘づくりまで、一人の職人が一貫して手掛けています。全国的に見ても、刃だけでなく柄や鞘、目釘まで自ら製作する鍛冶屋は多くありません。

さらに、柄や鞘には四万十町産の木材を中心に使用しています。木の種類や木目を見極め、一つひとつ手作業で仕上げられた鉈は、使う人の手になじみやすく、長く使い続けられる一生ものの道具となっています。
一本の鉈には、鍛冶の技術だけでなく、四万十の森で育った木や、それを活かす職人の知恵が詰まっています。だからこそ、同じものは二つとなく、一つひとつが世界に一つだけの道具として生み出されるのです。

その品質は、地元の林業従事者や猟師から高く評価されているだけでなく、県外にも口コミで広がっています。現在では注文から完成まで時間を要することもあり、多くの人が完成を心待ちにしています。
勝秀鍛冶屋が受け継いでいるのは、鉈をつくる技術だけではありません。山で育った木を使い、山で働く人のための道具をつくる。その営みを次の世代へ伝えていくことも、この鍛冶屋の大切な役割です。
自然の恵みを道具へと変え、その道具が再び森を支える。勝秀鍛冶屋には、四万十町ならではの「自然と人が支え合う循環」が、今も息づいています。
四万十川がつなぐ、地域と自然とビジネス
窪川、大正、十和。それぞれの地域で育まれてきた産業や文化は異なります。しかし、そこで出会った人々には、一つの共通点がありました。それは、四万十町の自然を愛し、その恵みを活かしながら、地域の暮らしをより豊かなものにしたいという想いです。
そして、そのすべての営みを支えているのが四万十川です。森で育った木は川へとつながり、田んぼを潤す水は米を育み、清らかな流れは魚や多様な生きものの命を支えます。一見すると別々に見える林業、農業、漁業、そして観光も、水を通じて一つの生態系として結びついているのです。
だからこそ、四万十川の豊かさを守ることは、地域の産業や文化、そして人々の暮らしを守ることにもつながります。
四万十町で出会った事業者たちは、それぞれの立場から自然と向き合い、地域資源に新たな価値を生み出しながら、持続可能な地域づくりに挑戦していました。その物語を知ることで、旅は景色を見るだけのものではなくなります。商品を手に取れば、生産者の想いや豊かな自然に触れることができます。そして、実際にその土地を訪れる旅は、地域の未来を応援する確かな力となるのです。
リジェネラティブツーリズムとは、旅を通じて地域をより良い姿へと育んでいく営みです。その第一歩は、その土地で暮らす人々の想いと、自然とのつながりを知ることなのかもしれません。
