【現地レポート】カナダ・ビクトリア「IMPACT 2026」前編 リジェネラティブツーリズムの最前線で見た「共創」と「覚悟」

カナダ西海岸、バンクーバー島の南端に位置する英国調の街、ビクトリア。美しい港町として知られるこの場所で、2026年1月26日から3日間にわたり、観光の未来を問うカンファレンス「IMPACT Sustainable Travel & Tourism Summit 2026」が開催された。
リジェネ旅 編集部もこの場に参加し、世界中から集まったリーダーたちと共に、観光の新たな潮流を肌で感じる機会を得た。「国際カンファレンス」といえば、スーツに身を包んだ人々が参加し、粛々とセッションが進む。そんな堅苦しい場のイメージを取り払うように、IMPACTの会場は「温かさ」と「解放感」、そして圧倒的な「ポジティブなエネルギー」に溢れていた。
ここには、大手旅行会社、DMO(観光地域づくり法人)、ホテルチェーン、そして地域で活動する小さなツアーオペレーターまで、多様なステークホルダーが集まっている。普段のビジネスシーンであれば、彼らは「競合」であるはずだ。
しかし、IMPACTの会場では、そんな垣根は一切感じられない。 お互いの取り組みを心から讃え合い、共通の課題に対して「どうすれば解決できるか?」を楽しそうに、かつ真剣に議論し合う。そこには、「誰かの課題」を「自分たちの課題」として捉え直す、強い “一体感” があった。

IMPACTは、業界の最前線を走る専門家や実践者による多岐にわたるパネルディスカッション、そして参加者同士が膝を突き合わせ、実践的な解決策を探るワークショップで構成されている。ただ話を聞くだけではなく、全員が当事者として参加するスタイルが、この熱量を生んでいるのだろう。
オープニング:土地への敬意と「行動」への誓い
「我々は変化を待つのではない。我々が世界を変えるのだ」。第9回目を迎えるIMPACTの幕開けは、共同創設者であるStarr McMichael氏による「IMPACT Commitment(誓い)」の朗読から始まった。例年、スライドに表示されるだけのこの誓いだが、今年はStarr McMichael氏によって読み上げられた。そこには、ただの議論で終わらせず、必ず「行動」に繋げるという強い覚悟が込められていた。

それに先立ち行われたのは、開催地である先住民族、Songhees NationのCecilia Dick氏による歓迎の儀式だ。彼女は、会場であるビクトリアのインナーハーバー周辺が、かつて「泥の場所」と呼ばれた冬の村であり、厳しい冬の嵐を避けるための安息の地であったことを説明した。
Cecilia Dick氏は次のように語る。「私が歓迎の言葉を述べるということは、皆さんにこの土地に滞在する『許可』を与えるということです。同時にそれは、皆さんがこの土地と、土地の所有者に敬意を払う義務を負うことも意味します」。オープニングが単なるセレモニーではなく、土地への責任を共有する神聖な時間に変わり、会場の空気は一つに引き締まった。

今年のテーマは「整合性のとれた行動」。司会を務めるITAC(カナダ先住民観光協会)のTeresa Ryder氏は、「昨年は『言葉(Language)』について議論しましたが、今年はそこから一歩進み、戦略を行動へと移す時です」と語る。先住民が先祖代々、土地を守る責任を果たしてきたように、参加者全員がその責任を共有し、共に行動する。
その土台が整ったところで、プログラムはいよいよ、我々が直面している厳しい現実を直視するセッションへと移っていった。
基調講演「Climate Reality Check(気候の現実確認)」
「灼熱し、燃え上がり、ほどけつつある世界」。Bob Sandford氏(国連大学 水・環境・保健研究所 UNU-INWEH)は冒頭、世界をそう表現した。気候変動、戦争、民主主義の危機が重なる「複合危機(Poly-crisis)」の只中に我々はいる。

特に衝撃的だったのは「水破産」の警告だ。Sandford氏曰く、自然という寛容な銀行家に対し、我々は借金を重ねすぎた。その結果、自然は「差し押さえ手続き」を開始しており、その第一段階として水の供給が止まり始めているという。
彼は現状を、第二次大戦前の「ミュンヘンの瞬間」になぞらえた。破局が迫る中での事なかれ主義への警告だ。だが、彼は「観光は本質的に、それ自体がひとつの国連である」と続ける。分断された世界を繋ぎ止める力が、観光にはある。「恐れることを恐れず(not afraid to be afraid)、仲間と共に進もう」。その言葉は、参加者に強烈な当事者意識と、連帯への希望を灯した。
The Audacity of Hope(高みへと向かう希望)
衝撃的な基調講演に続いたのは、「希望」についてのパネルディスカッションだ。しかし、それは単なる楽観主義ではない。「Audacity(大胆さ、不敵さ)」を伴う希望とは何か。政治、先住民の視点、そして組織内変革のプロフェッショナルたちが語り合った。
モデレーターのPaul Nursey氏(Destination Greater Victoria CEO)は、「希望とは、日々の仕事やコミュニティへの責任から目を逸らさないことだ」と定義し、議論をスタートさせた。

「政府が変化をリードするのを待っていては、IMPACTの30周年を迎えても何も変わっていないでしょう」。TIAC(カナダ観光産業協会)CEOのSébastien Benedict氏は、15年の政治経験に基づき、ドライかつ現実的な指摘を行った。
彼によれば、選挙における「Ballot Question(投票の決め手となる争点)」は常に経済や安全保障であり、サステナビリティが最優先になることは稀だという。だからこそ、観光産業は政府へのロビー活動において、「経済効果」という看板だけでなく、「国家のアイデンティティ」や「コミュニティの形成」という新しい価値を提示する必要がある。
一方、ニュージーランド・マオリ・ツーリズムのCEOを務めるDame Pania Tyson-Nathan氏は「観光産業は、時に『Intellectual Wasteland(知的荒野)』になりかねない」と、業界内部だけで会話が完結してしまう「エコチェンバー現象」を批判した。
また、私たちは「文化を商業化する」時代を終え、「商業を文化化する」時代にいると訴えた。インドのアーユルヴェーダやヨガが巨額の市場価値を持っている例を挙げ、先住民の知恵こそが、現代の経済システムに組み込まれるべき核心的な価値であると強調した。
では、組織の中でどう動くべきか。組織内変革の専門家Gwendal Castellan氏は、「Intrapreneurship(組織内起業家精神)」の重要性を説き、変革に取り組む人々を「渡り鳥の群れ(V字編隊)の先頭を飛ぶカナダガン」に例えた。
先頭を飛ぶ鳥は、最も強い向かい風を受ける。しかし、後ろには仲間がいることを知っている。逆風や既存システムの壁にぶつかったとしても、コースを変えずに飛び続けること。それこそが「希望を抱く大胆さ」なのだ。
実践から学ぶ、リジェネラティブな体験づくり
IMPACTの歴史において、今回が初めての試みとなる「ワークショップ形式」のセッションが行われた。座学で知識を得るだけでなく、実際に手を動かし、参加者同士で意見を交わす。このスタイル自体が、一方的な「教育」から、共に創り上げる「共創」へと移行するリジェネラティブなあり方を体現していた。

Earth Rhythms社のCeles Davar氏が提唱した「非伝統的なコミュニティホスト」という概念は、地域観光のあり方に大きなヒントを与えてくれた。それは、本業として観光業を営みたいわけではないが、自分たちの情熱やライフスタイルを「少しだけ」シェアしたいと願う人々のことだ。弓を通じて「謙虚さ」を伝える男性、ハーブを育てる人、木工職人……。彼らのような「生活者」こそが、その土地固有の物語を語れるのだ。

Davar氏は、素晴らしい体験は以下の5つの領域のうち、少なくとも2つを掛け合わせた時に生まれると語った。
- Art(芸術)
- Nature(自然)
- Culture(文化)
- Cuisine(食)
- Wellness(ウェルビーイング)
そして、これらの体験を提供する際には、ゼロウェイストや脱プラスチック、地産地消が「特別な付加価値」ではなく、「当たり前の土台」として組み込まれていなければならない。

残念ながら、他の講演との兼ね合いで冒頭のみの参加となったが、参加者に話を聞くと、「実際に手を動かして、他の参加者と意見を交える時間は、ただ話を聞くのとは全く違う刺激があった。それぞれの地域の課題を持ち寄り、アイデアが化学反応のように生まれていく。これこそが、本当のインスピレーションだと感じた」と、興奮気味に語ってくれた。
From Place to Place|観光における交通のあり方を見直す
観光によるCO2排出の大部分を占める「移動」。この難題に挑むセッションでは、失敗を恐れずに共有する正直さと、DMOによる戦略的なアプローチが光った。
SSA Marineのクルーズ・輸送サービス担当シニアディレクター、David Roberts氏は、初期の電動バス導入での失敗を「Leading edge(最先端)ではなく、Bleeding edge(血を流すほどの先端)だった」と回顧した。しかし彼らは諦めず、現在は再生可能ディーゼルなど現実的な脱炭素化へ舵を切り、B Corp認証も取得している。

一方、ニュージーランド・クイーンズタウンのDMO代表であるMat Woods氏は、観光地を「イノベーションのショーウィンドウ」にするという視点を提示。「電動ジェットボート」のように、観光客がオープンマインドな状態で訪れる場所でこそ、新しい技術を体験させ、EVの可能性を肌で感じさせることができるのだ。
Mat氏は、こうした成功事例を可視化することで、事業者間に良い意味での「FOMO(取り残される不安)」を生み出し、地域全体の脱炭素化を加速させる重要性を説いた。
AIの活用|私たちの旅のスタイルはどう変わりつつあるのか
「Harnessing AI(AIを活用する)」と題されたこのセッションでは、AIが観光産業における「新しい門番」になりつつある現状が浮き彫りになった。Travel Manitobaのマーケティング副社長 Cody Chomiak氏は、AIに正しい情報を与えなければ、彼らは勝手に変な答え(ハルシネーション)を生成してしまうと警告し、FAQや構造化データの重要性を説いた。

一方で、Synergy EnterprisesのKyle Bauchnacht氏は、AI利用に伴う「環境負荷」に警鐘を鳴らした。生成AIは従来の検索に比べ、膨大なエネルギーを消費する。AIは強力な味方にも、環境負荷を高める敵にもなり得る。この「諸刃の剣」をどう使いこなすかは、私たちの「倫理観」と「戦略」にかかっている。
クイーンズタウンが描く「繁栄する未来への旅」ロードマップ
「サステナビリティでは、もう不十分だ」。ニュージーランド屈指の観光地、クイーンズタウン&ワナカのDMO代表、Mat Woods氏は檀上でそう言い切った。「Sustain(持続する)」とは現状維持に過ぎない。マイナスをゼロに戻すだけではなく、奪った以上のものを地球に返す「再生(Regeneration)」こそが目指すべき道である。

彼らは「2030年までのカーボンゼロ」という、あえて困難な目標を設定することで、地域全体の「本気」を引き出したという。その過程で彼が紹介した「コーヒーカップはゲートウェイドラッグ(入り口となる薬)である」という話は印象的だ。使い捨てカップの廃止という小さな行動変容が、やがてスタッフの意識を変え、地域全体の脱炭素化へとつながったのだ。
そして今、クイーンズタウンは観光客のターゲットを「高付加価値」から「高貢献」へと再定義しようとしている。「お金持ちに来てほしいのではない。地域に敬意を払い、貢献してくれる人に来てほしいのだ」Woods氏の言葉は、1日目のテーマである「現実」と「希望」を繋ぐ、強力な実践のロードマップとして響いた。
続く中編レポートでは、この希望を現実のものにするための「泥臭い実践」のフェーズへと移行する。テーマは「レジリエンス(回復力)」と「先住民の知恵」。DMOのリーダーシップや食の責任など、危機を生き抜くための具体的な知恵を深掘りしていく。
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(※本記事はIMPACT Sustainable Travel & Tourism Summitのセッション内容を基に構成しています)
