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関係性が、観光地を豊かにする。カナダ観光局が問い直す「旅の価値」

2026 6/02
リジェネラティブツーリズム
カナダ カナダ観光局 取材 各国の事例 持続可能な観光
2026-6-2
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画像提供:Destination Canada

カナダ・ブリティッシュコロンビア州ビクトリアで毎年開催される「IMPACT」は、観光が地域・自然・文化に与える影響と向き合い続けてきた、サステナブルツーリズムのカンファレンスだ。観光事業者、DMO、研究者、政策立案者が集うその会場に、2026年1月、筆者も参加した。

canada impact

そこで繰り返し耳にしたのが「リジェネラティブ(再生可能な)」という言葉だった。日本ではまだ理想や概念として語られることの多い言葉だが、IMPACTの会場では、実践の言葉として当たり前に飛び交っていた。持続可能性を意味する「サステナブル」のその先を、人々はすでに共有している。

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IMPACTには、カナダ国内外の観光に関わる多くの組織が参加している。カナダ観光局もその一つで、戦略的パートナーシップを構築する場として積極的に関与している。

筆者はカンファレンスへの参加を機に、カナダ観光局日本地区代表の半藤将代さんにインタビューを行った。

半藤将代さん
提供:Destination Canada

半藤将代さん
カナダ観光局 日本地区代表

早稲田大学第一文学部卒業後、トラベルライターやイベント・コーディネーターとして約20カ国を訪問。その後、アメリカに本社を置くグローバル企業で日本におけるマーケティング・コミュニケーションの責任者を務める。1999年カナダ観光局入局、2015年より日本地区代表に就任。通年でのカナダ観光の促進や新たなデスティネーションの商品開発を推進するとともに、リジェネラティブツーリズムの視点から新しい観光のあり方を模索し続けている。著書に『観光の力 世界から愛される国、カナダ流のおもてなし』(日経ナショナル ジオグラフィック)がある。


「サステナブル」から「リジェネラティブ」への移行は、単なる言葉の更新なのか。半藤さんは、その本質をこう語る。

リジェネラティブツーリズムには、社会やコミュニティ全体を生態系のように捉える世界観が背景にあります。

単なる環境配慮を超え、観光を通じて地域のレジリエンスを高め、文化的な活力を育み、長期的な社会的価値を創出する。

それがリジェネラティブの根底にある、変革的なアプローチだと思います。

生態系とは、構成要素が互いに影響し合いながら、全体として機能するシステムだ。一つが傷つけば全体に波及し、一つが豊かになれば全体が底上げされる。

生態系の視点に立って観光地を見るとき、「旅行者が何人来たか」という断片的な問いは意味を為さない。問われるべきは、旅行者が来ることで、この場所はより豊かになったかどうかという、循環的な問いだ。

カナダ 観光
提供:Destination Canada

誰が来るかではなく、誰と関係を結ぶか

オーバーツーリズムへの対応策として、分散型観光の必要性が各地で叫ばれている。その延長線上で注目を集めているのが「高付加価値化」という言葉だ。消費額の多い旅行者を集めれば、数を追わずとも地域は豊かになる。その論理は一見わかりやすいものの、本当にそうなのか。

カナダ観光局はコロナ禍を経て、主に支出額、滞在期間、リピート率などの経済的指標を考慮する従来の「ハイバリュー・ゲスト」から、「ハイエンゲージド・ゲスト」へと、ターゲットの定義を書き換えた。半藤さんはその転換をこう語る。

ハイエンゲージド・ゲストは、“経済的な価値”を縦軸とすると、横軸に“レスポンシブルな価値”を設定しています。

レスポンシブル指数で捉えるのは、観光地をケアしてくれるか、異文化をリスペクトしてくれるかといった点。

その両軸が高い旅行者こそが、私たちが本当に迎えたい旅行者だと考えています。

消費額だけを基準にすれば、地域をケアしない旅行者を大量に呼び込むことも「成功」になってしまう。この2軸設計が問うのは、その旅行者が地域と「どんな関係を結ぶか」だ。消費する相手ではなく、共に場所を育てる存在として旅行者を位置づける意志がそこにある。

カナダ観光局は旅行者を7つのタイプに分類し、そのうちハイエンゲージドに該当する4タイプを優先ターゲットとして定義している。

カナダ セグメント
画像出典:Destination Canada
  • リファインド・グローブトロッターズ(Refined Globetrotters):旅慣れていて経済的余裕があり、洗練された体験・グルメ・質の高い宿泊を好む層。

  • アウトドア・エクスプローラー (Outdoor Explorers):自然体験や冒険を好み、カナダにしかない野生動物や自然体験に価値を見出す層。

  • カルチュラル・シーカー(Culture Seekers):異文化体験を深く求める層。

  • パーパス・ドリブン・ファミリーズ((Purpose Driven Families):意識が高く、多様な体験を家族で共有したいファミリー層。

日本市場においてコロナ禍からの回復期では、旅慣れていて、質の高い体験を求める層(=リファインド・グローブトロッターズ)に注力してきた。しかし、海外旅行が回復した今、このセグメントは世界中の観光地が競合する激戦区でもある。

画像出典:Destination Canada

そこで、カナダ観光局では自然や冒険体験に価値を見出す旅行者(=アウトドア・エクスプローラー)を新たなターゲットとして加えた。

画像出典:Destination Canada

ユニークなロッジ、カナダにしかない野生動物との出会い、手つかずの自然の中での体験。多くの旅行者にとってカナダは、ラグジュアリーよりもそうした固有の価値である「レジェンダリーな体験」を提供できるデスティネーションだという認識がある。

outdoor explorer
提供:Destination Canada

現在の日本市場では、「リファインド・グローブトロッターズ」と「アウトドア・エクスプローラー」の2タイプを優先ターゲットとしている。この2タイプの選定は、旅行者のサステナビリティへの意識や支出額だけでなく、旅行スタイル、そして「旅行者の求める体験」と「カナダが提供できるもの」とのマッチングをデータで精査した上での判断だ。

旅行者のターゲットを広げるのではなく、絞ることで共鳴の深さが増す。その深さが「地域との関係の質」を決め、関係の質が「場所の豊かさ」につながっていく。高付加価値化とは決して消費額の話ではなく、関係性の話なのである。

canada outdoor explorer
提供:Destination Canada

旅の価値は、出発前にすでに始まっている

「関係性の質」が「場所の豊かさ」を決めるとすれば、その関係性はいつ、どのように始まるのか。半藤さんは「旅行者がストーリーに共感して訪れることで、現地でより深いつながりや意義深い交流ができる」と指摘する。カナダでの体験は、出発前の共感の瞬間から、すでに始まっているのだ。

訪問者 地域住民
提供:Destination Canada

この設計思想を体現した事例がある。ある日本の旅行会社がカナダ向けに開発したツアーでは、旅行者が出発前に「現地で出会う人々の動画メッセージ」を事前に届けた。メープルシロップ農家、国立公園のレンジャー、環境保護に携わる地元の人々。それぞれが自らの言葉で語る動画を見た旅行者は、「この人に会いに行く」という明確な動機を持って現地へ向かう。

現地の人々もまた、自分たちのストーリーに共感して来てくれた旅行者を迎えるとき、ホスピタリティの質が変わる。旅行者と現地の人々、双方の満足度が上がるのは、体験の設計が出発前からすでに始まっていたからだ。

旅行者 コミュニティ
提供:Destination Canada

もう一つ、異なる角度からストーリーの力を示す事例がある。1名300万円台、単独参加では500万円にのぼる野生動物観察ツアーだ。ツアー代金の一部が「野生動物の保護活動」に充てられる仕組みを持つこのツアーは、発売後すぐに満席になったという。実は当初、参加を検討していた人々の多くが、「野生動物を見に行くことは、動物にとって悪いことではないのか」という葛藤を抱えていた。

bear canada
提供:Destination Canada

しかし、訪れること自体が「保護活動」への直接的な貢献になると知ったとき、旅行者の意識は変わる。野生動物を消費しに行くのではなく、その生息地を「守る側」に立つ。その意識を持って現地に向かう旅行者と、そうでない旅行者とでは、場所との関わり方がまるで異なる。

旅行会社やメディアが伝えるべきなのは、アクティビティや観光スポットではなく、その場所に生きる人々が土地とどのように関わり、何に情熱を持って働いているかというストーリーではないだろうか。ストーリーへの共感が先にあり、体験はその後についてくる。その順序を意識することが、レジェンダリーな体験づくりの出発点になるはずだ。

文化が、観光を導く

ストーリーへの共感が体験を生むとすれば、そのストーリーは誰が語るべきか。カナダでは、先住民のストーリーは先住民自身しか語ることができない。植民地支配の時代、先住民の文化や言語は組織的に奪われ、他者によって語られ、歪められてきた歴史がある。

先住民族 ツアー ガイド
提供:Destination Canada

その痛みの記憶が、「自分たちの物語は自分たちが語る」という意志を育んだ。文化の搾取を防ぐためでもあるが、それ以上に、奪われた声を取り戻すための、長い時間をかけた選択でもある。だからこそ、先住民観光において最も重要なのは「先住民主導」であることだと、半藤さんは指摘する。

先住民がオーナーシップを持ち、見せたいものを見せたいペースで分かち合っていく。その形でなければ、真の意味での文化の共有にはなりません。

カナダ先住民観光協会の会長から聞いた印象に残っている言葉があります。ポスターや制作物はもちろん、トイレットペーパーなどの備品にいたるまですべてを先住民事業者から調達している、と。

先住民の人たちは『Everything is connected』と言います。観光を通じた経済的な復興も含めて、本当に全部つながっている。できることは、思いのほかたくさんあります。

先住民が主導する観光がもたらすものは、文化の保存にとどまらない。先住民の人々にとっては、尊厳の回復であり、文化、アイデンティティ、経済、そして大地とのつながりを守ることに直結する。

現在、カナダ全体では「ルネサンス」と言えるほど先住民文化の大きなムーブメントが起きており、観光はその重要な推進力となっている。旅行者にとっても、先住民主導の観光は単なる「異文化体験」を超える。新しい視座を得たり、大地とのつながりを取り戻したり、生きるうえで本質的に大切なことや知恵に触れる機会になる。

先住民族 カナダ
提供:Destination Canada

先住民の人々は、訪問者の目が輝く様子を目の当たりにする。そして、自分たちの文化や生き方へのプライドを再確認するのだ。その相互作用こそが、カナダが長年向き合ってきた「真実と和解のプロセス」の一端を担っている。

カナダの先住民が示すのは、特定の民族だけに関わる話ではないかもしれない。日本に目を向けると、画一化された観光が広がる地方にも、その土地で長く文化を守り、暮らしを営んできた人々がいる。そうした人々の声や知恵が、観光の設計に十分に活かされているだろうか。地域の文化と観光の主導権を、地域に生きる人々が取り戻す必要があるのではないだろうか。

合意形成に費やした時間が、ホスピタリティになる

地域に生きる人々が観光のオーナーシップを取り戻すとき、最初の壁として立ちはだかるのが合意形成だ。行政、事業者、農家、漁師、住民。それぞれの立場と利害が交差する中で、どう一枚岩になるのか。

カナダ観光局が大切にしているのが「チーム・カナダ」という考え方だ。州政府、DMO、産業セクター、大使館まで、あらゆる関係者が一つのチームとして動く。その根底にあるのは「コンプロマイズ」の文化である。日本語では「妥協」と訳されることが多いが、半藤さんはその言葉に新たな解釈を加える。

team canada
提供:Destination Canada

コンプロマイズは妥協ではなく、歩み寄りです。お互いにメリットのある場所を丁寧に見つけていく。時間はかかりますが、その過程で生まれる合意には、全員の意志が込められています。

語源をたどれば、コンプロマイズとは com(共に)とpromise(約束する)、つまり「共に約束すること」だ。一方が折れるのではなく、双方が歩み寄り、共通の約束を結ぶことが求められる。

その「歩み寄り」を体現する事例がある。カナダワインの一大産地として知られるオカナガン地方で、通年型の持続可能な観光を目指すために策定された10年計画は、48回ものミーティングを経て生まれた。

参加したのは観光事業者だけではない。水道、電気などインフラ関係者から、農家、ワイナリー、企業、教育者まで、地域に関わるあらゆる人々が対話の席に着いた。それだけの時間をかけて生まれた合意には、地域全体が観光を「自分たちのもの」として感じる土台が宿る。

コンセンサスのプロセスをしっかり踏むことで、観光が“地域みんなのためのもの”だという実感が生まれます。自分たちでマネジメントしているという感覚が、地域の観光への関与度を根本から変えます。

関与度が変われば、ホスピタリティが変わる。観光に対してポジティブな理解を持つ地域の人々が来訪者と接するとき、その温度は確実に伝わる。合意形成に費やした時間は、やがて訪問者の体験の質となって返ってくる。

合意形成の方法に、唯一の正解はない。強いリーダーが主導するケースもあれば、公聴会を重ねるケースもある。その土地の気質や歴史によって、プロセスは自ずと異なる形をとる。しかし共通して言えるのは、時間をかけることを惜しまないという姿勢ではないだろうか。

canada compromise
提供:Destination Canada

結び|観光は、世界を再接続する

ビクトリア「IMPACT」の会場を思い返すと、参加者は皆が自然に輪を広げ、筆者に対しても「日本の国の観光はどうか、一緒に考えよう」と向き合ってくれた。国籍も立場も異なる人々が、同じ問いを持つ者として動いている。それがチーム・カナダの空気だったのだと、今になって思う。

そして同時に、カナダの人々にとっては「リジェネラティブツーリズムの実践」に、それほど高い壁がないように見えたのだ。理念を語ることと、実践することの距離が、日本と比べてずっと近い。なぜそれほど自然に動けるのか。そんな疑問が、ずっと頭の片隅に引っかかっていた。

カナダ観光局への取材を通して、その答えの輪郭が見えてきた気がした。哲学を実践に変えるための「データ」と「仕組み」が、カナダには整っている。その仕組みがあるからこそ、人々は迷わず前へ進めるのではないだろうか。

後編では、カナダのリジェネラティブツーリズム実践を支える「データ」と「仕組み」について迫る。

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取材協力:カナダ観光局

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