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雨庭は「新しい古典」生物多様性と治水をつなぐ、流域思考のランドスケープ

2026 8/13
環境(水、森林、海洋、エネルギー資源)
ネイチャーポジティブ 取材 気候変動 流域治水 生物多様性 雨庭
2026-8-21
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今、「雨庭(レインガーデン)」が園芸好きの間で身近な存在になりつつある。ホームセンター大手のカインズが、自社メディアで社員による「雨庭DIY」の実践記事を公開したことでも話題を呼んだ。

画像出典:となりのカインズさん / 株式会社カインズ

庭やベランダの片隅に小さな窪地をつくり、ゆっくりと雨水を受け止める。 植物を育てながら、自然の恵みである雨を風景の一部として楽しむ。そんな、環境にも心にも心地よい「暮らしのアップデート」として、雨庭を取り入れる人が増えている。

同時に、自治体レベルでも「雨庭」の導入が加速している。たとえば、東京都八王子市は「床上浸水ゼロ」を目標に掲げ、市民や事業者と協働して公園への雨庭整備を進めている。[1]

また、東京都も「あまみずグリーンインフラ」と名付け、雨水の流出を抑えるこの手法の普及に本格的に乗り出した。

画像出典:あまみずグリーンインフラCONCEPT BOOK

背景にあるのは、気候変動に伴う水害の激甚化・頻発化だ。近年、東日本を中心に多数の河川が氾濫した令和元年東日本台風や、熊本県の球磨川流域に甚大な被害をもたらした令和2年7月豪雨のように、堤防やダムだけでは受け止めきれない規模の豪雨が全国各地で相次いでいる。

これを受け、国土交通省は従来の河川管理者主体の対策から、地域全体で水を受け止める「流域治水」への転換を進めている。雨庭は、この大きな政策転換の中で、まちなかの誰もが関われる「小さな受け皿」として位置づけられているのだ。

しかし、雨庭という存在自体は、最近生まれた目新しい発想ではない。「庭」の名の通り、人と自然が長く付き合ってきた営みに根ざす知恵であり、国内外に古い系譜を持っている。

過去から受け継がれた知恵を現代の視点で捉え直すために、ここからは「生物多様性」や「流域」といった視点を手がかりに、雨庭が持つ本来の価値を、今改めて見つめ直していきたい。

グリーンインフラという考え方の「雨庭」

雨庭とは、屋根やアスファルトなどに降った「雨水」を下水道には直接流さず、一時的に貯めたり、地中に浸透させたりするための庭や空間のこと。

画像出典:くまもと雨庭パートナーシップ

アスファルトに覆われた都市では、降った雨は地面に浸み込むことなく、そのまま下水道や河川へと流れ込んでしまう。そこで雨庭は、周囲に降った雨水をあえて引き込み、砂利を敷いた「州浜」状のくぼみに貯える。そこから時間をかけて地中に浸透させることで、氾濫の抑制と地下水涵養(かんよう)の両方に貢献する仕組みだ。

画像出典:くまもと雨庭パートナーシップ

この雨庭は、国土交通省が推進する「グリーンインフラ」の代表例でもある。グリーンインフラとは、社会資本整備や土地利用において、自然環境が持つ多様な機能をまちづくりに活用しようという取り組みだ。

具体的には、生物のすみかを提供し、美しい景観をつくり、さらには雨水を貯留・浸透させて防災・減災に繋げる。国交省はこれらの機能を活かし、持続可能で魅力ある国土や地域づくりを進めようとしている。

実際に、令和5年に改訂された「グリーンインフラ推進戦略2023」の中でも、雨庭の整備は「自然の機能を活かした流域治水の具体策」として明確に記されている。

画像出典:国土交通省「グリーンインフラ推進戦略2030の概要」

「雨庭」という手法自体は、海外発の比較的新しい概念でありながら、その機能は日本の庭園文化に古くから内在している。

そもそも現在の「レインガーデン」が体系化されたのは、1990年のこと。アメリカ・メリーランド州で、下水道への負荷を減らし、地下水を涵養する治水対策として生まれたとされる。

一方、京都には、これと通じる古き知恵が息づいている。足利義満によって1392年に創建された相国寺(京都市上京区)の庭園だ。市街地の平坦な土地に建つこの庭には、小石を敷き詰めて水の流れを表現した箇所がある。

画像出典: 相国寺 | 臨済宗相国寺派

普段は水が流れていないものの、大雨が降ると数十センチほどの雨水が溜まり、まるで本物の川のような景色が現れるのだという。溜まった雨水は、水はけの良い土壌を通してやがて地中へと浸み込んでいく。つまり、この庭の掘り込み自体が、雨水を一時的に貯留する役割を果たしているのだ。

流域単位で水を涵養してきた都市、熊本

雨庭的な発想を、庭という小さな単位を超えて都市全体で実践してきた例が、九州の熊本にある。熊本市は水道水源の全量を地下水でまかなう、世界でも珍しい「地下水都市」だ。

しかしながら、この豊かな地下水を支えているのは、阿蘇の火山地形という自然の恵みだけではない。

水を集め、貯めて、地中にゆっくり浸透させる。この雨庭と同じ仕組みを、熊本は「水田」という形で、流域規模で数百年にわたり実践してきた。

歴史をさかのぼること、約430年前。肥後に入国した加藤清正は、大雨の度に氾濫を繰り返す白川の治水に取り組む。中流域にあたる現在の大津町、菊陽町周辺で堰(せき)や用水路を築き、約3,500町に及ぶ広大な面積を水田として開墾した。

この一帯はもともと、水が地中へ浸透しやすい特異な地質を持っていた。その土地の性質と水田が組み合わさることで、大量の農業用水が地下へと供給され、結果として都市全体の地下水涵養量を劇的に高めることになったのである。

画像出典:熊本河川国道事務所|国土交通省 九州地方整備局

熊本市は現在も、この歴史的な「水循環の仕組み」を都市政策として大切に引き継いでいる。市が策定した「熊本市地下水量保全プラン」では、白川中流域の転作水田を活用した「地下水かん養事業」を柱の一つに掲げている。

稲作をやめて大豆などを栽培する転作田に、営農の一環として水を張ることで、地下水涵養を後押しする取り組みだ。令和6年度(2024年度)には、人工涵養目標量500万㎥を達成し、過去最大の涵養実績を更新した。

画像出典:第4次熊本市地下水保全プラン

熊本市の「水循環」の仕組みは、2026年7月に熊本市で開催された国際会議「グローバル・ネイチャーポジティブ・サミット2026(GNPS2026)」でも注目を集めた。

Nature Positive InitiativeとIUCN日本委員会が主催する本サミットには、企業や自治体、研究機関などから2,700人以上が参加し、ネイチャーポジティブをテーマに熱い議論が交わされた。

半導体産業の進出などで水ストレスが高まる熊本を舞台に、肥後銀行取締役頭取の笠原慶久氏らが登壇し、民間主導による多機能型グリーンインフラ「雨庭」の標準実装や、将来的な地下水涵養量のクレジット化について議論が交わされた。

グリーンインフラが持つ環境価値を、金融の仕組みによって可視化し、民間企業や市民の幅広い参画を促す。そんな持続可能な経済の仕組みを活用した未来の都市づくりが、サミットでは熱く語られた。

熊本には今、地域金融機関や企業を巻き込んだ新たな連携の動きが生まれている。2026年5月には、サントリーホールディングスなどが中心となり「熊本ウォーターポジティブ・デザインセンター」が設立され、雨庭などのグリーンインフラを活用した健全な水循環の保全が掲げられた。

肥後銀行も県や市、環境省、国土交通省などと共に「熊本ウォーターポジティブ・アクション」を推進しており、今後は浸透域と湧水域をつなぐ雨庭の設置が具体的な取り組みとして挙げられている。

行政や企業だけでなく、住民自身の手によって雨庭が育まれている例もある。2023年5月に発足した「くまもと雨庭パートナーシップ」は、産学官民が連携し、2030年までに県内2,030か所への雨庭整備を掲げる任意団体だ。

画像出典:くまもと雨庭パートナーシップ 

くまもと雨庭パートナーシップでは、優れた雨庭を認定し、その中からとりわけ功績のあるものを表彰する制度を設けている。2026年に行われた第2回の表彰では、熊本市東区東本町にある県営団地の「東本町レインガーデン」が大賞に選ばれた。

画像出典:くまもと雨庭パートナーシップ

もともとは、壊れた排水樋が修繕されないまま放置されていた場所だったという。それを、住民自らが粘り強い交渉と協働を重ねて雨庭へとつくり変えた。高齢化とコミュニティの希薄化が課題となっていたこの団地では、雨庭づくりをきっかけに住民同士の交流が生まれ、暮らしそのものを豊かにする場へと育っている。

雨庭は、流域治水における「流域対策」の最小単位として位置づけられる。一つひとつの雨庭が下水道や河川に流れ込む水量を減らす効果は、ほんのわずかなものに過ぎないかもしれない。

しかし、それが道路や公園、個人の庭に至るまで分散して存在することで、流域全体としての貯留・浸透能力を力強く底上げしていく。かつて熊本の水田が担ってきた大きな役割を、より小さく、より都市的なかたちで現代に再現している。それこそが、雨庭の本質なのだと捉えることもできる。

雨庭が守る、生き物たちのすみか

さらに、雨庭が持つもう一つの重要な意義が、生物多様性への貢献である。国土交通省が示す「緑の基本計画」の技術的な考え方では、動植物の生息・生育地としての緑地をどう配置すべきかが示されている。

具体的には、都市郊外で他地域へ動植物を供給する「中核地区」、市街地にあって動植物の分布拡大の拠点となる「拠点地区」、両者を結ぶ「回廊(コリドー)地区」、そしてこれらを安定させる緩衝帯としての「緩衝地区」を配置し、都市の中に有機的な「エコロジカルネットワーク」を形成していくことが望ましいとされている。

画像出典:国土交通省「生物多様性に配慮した緑の基本計画策定の手引き」

雨庭は、乾いた状態と湿った状態を目まぐるしく行き来する、極めて独特な環境を持っている。だからこそ、そこに適応した多様な植物が育ち、それを頼りにする昆虫や鳥たちにとっても格好の小さな生息地になり得るのだ。

実際に、国交省のグリーンインフラ実践ガイドでも、屋上緑化や環境配慮型の護岸整備などと並び、都市の生物多様性を高める具体的な手法として雨庭が紹介されている。

流域治水であると同時に、都市の緑を「点」から「面」へとつなぎ直す装置にもなり得る。それこそが、雨庭の大きな特徴なのだ。

そんな「雨庭」の取り組みは、熊本だけでなく、全国の自治体へと広がりを見せている。京都市は平成29年度、四条堀川交差点の南東角に、市の事業として初めて公共空間への雨庭を整備した。以降も、京都御苑の出入口や住宅地の交差点など、市内各地へとその数を広げている。

市が目指すのは、雨庭を単なる防災施設に留めないことだ。「どこを見ても庭園のように設えられている」緑の文化首都という都市景観政策のもと、州浜や景石といった伝統的な造園技術を積極的に融合させている。

画像出典:京都市

また、東京都八王子市では、造園事業者と市民が共同で公園に雨庭をつくるワークショップが実施されるなど、住民自身が手を動かしながら雨庭に関わる機会も生まれている。

専門的な防災インフラでありながらも、親しみやすい「庭」というかたちをとっていること。それこそが、雨庭の取り組みが行政主導にとどまらず、官民の垣根を超えて広がりを見せている最大の理由だといえるだろう。

雨庭は、園芸ブームの中で楽しまれる手軽なDIYであり、激甚化する豪雨災害に備える自治体のインフラであり、さらには室町時代から続く、庭園文化の現代的な再解釈でもある。その多様な広がりは、まさに先人たちが長年積み重ねてきた知恵の、美しい延長線上にあるのだ。

気候変動によって雨の降り方そのものが変わりつつある今、かつての知恵が「庭」という身近な空間の中で、再び鮮やかに輝き始めている。足元の土を少し掘り、水を還すというささやかな営み。雨庭という小さな空間が教えてくれるのは、その足もとに眠る、計り知れないほど大きな可能性なのだ。

参考文献

[1]雨水流出抑制に資するグリーンインフラ(雨庭・レインガーデン)|八王子市公式ホームページ

環境(水、森林、海洋、エネルギー資源)
ネイチャーポジティブ 取材 気候変動 流域治水 生物多様性 雨庭
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