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「わがまま」を育む、上川町のポップな教育改革。地域と企業が繋がる、おせっかいの仕組み

2026 9/18
取材
シビックプライド 上川町 北海道 取材 教育
2026-9-142026-9-18
佐事 美咲
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提供:上川町

北海道のほぼ中央、大雪山国立公園の壮大な山脈を背に佇む、上川町。

アイヌの人々が「カムイミンタラ(神々が遊ぶ庭)」と称えた雄大な自然に抱かれ、層雲峡温泉などを擁するこの町には、年間およそ200万人もの人々が訪れる。

けれども、一歩駅に降り立てば、そこに広がっているのはどこまでも穏やかで、静かな日常だ。

ゆったりとした日常が流れる上川駅前

かつて約15,000人だった人口は、現在約3,000人にまで減少。町唯一の道立高校である上川高校も生徒数の減少に直面し、一時は存続の岐路に立たされていた。

この急速な人口減少という課題を前に、上川町は従来の教育観をガラリと塗り替える挑戦に乗り出す。上川町教育委員会が2024年度から本格始動させた、「上川町学園構想」だ。

出典:上川町

プロジェクトが掲げるのは、「ここで育ってよかった」と心から思える子どもたちを育むこと。そしてそのために目指すのが、「WAGAMAMA(我がまま)人」の育成である。

大人が、子どもに向かって「わがままに生きなさい」と促す。

一見すると風変わりなこの方針の背景には、これからの時代を生き抜くための緻密な教育設計と、地域の持続可能な未来をかけた、官民協働のあたたかな歩みがあった。

この教育改革をプロジェクトマネージャーとして牽引するのが、移住4年目を迎えた大城 美空(おおしろ みく)さんだ。

沖縄で生まれ育ち、東京の企業で「子どもの個性を活かす難しさ」に葛藤した彼女は、教育先進国デンマークへの留学を経て、上川町にたどり着いた。

北海道上川町地域プロジェクトマネージャー 大城 美空さん

大城さんの言葉と、上川町で動き出した人々の瑞々しい姿を通して、教育が地域をどう変えていくのか、その深層を探る。

自分の意志で歩む、我がまま人

雄大な自然に囲まれた、上川町。そこに暮らす子どもたちと聞けば、「のびのびと自由に、おおらかに育っているのだろう」と想像するかもしれない。

しかし、学校の先生からのヒアリングなどを経て、先生や子どもたちの声に丁寧に耳を傾けてきた大城さんは、少人数だからこそ生じる「思いがけない課題」に気づく。

提供:上川町

現在、上川町の小中学校は、1学年がわずか11人から18人ほどの少人数である。

上川町は、子ども一人ひとりに目が届きやすく、地域の大人との距離も近い。幼い頃から同じ仲間と過ごし、自分のことをよく知る人々に囲まれて育つ環境は、この町ならではの確かな強みだと言える。

一方で、周囲が自分を深く理解してくれているからこそ、自分から新しい関係へ飛び込んだり、「こうしたい」と意思を言葉にしたり、選択肢を外へ広げにいったりする経験は、意識してつくる必要がある。

社会へ目を向けてみても、AIやデジタル技術の進展によって、生き方や働き方の幅は一気に広がりつつある。提示された正解をたどるだけでなく、自ら問いを立て、選択し、失敗を恐れずに試していく姿勢が、これからの時代には欠かせない。

だからこそ上川町では、小さな町ならではの温かさを大切にしながらも、「自分はどうしたいのか」を起点に動き出せる力を育てたいと考えた。その想いを込めた言葉が、「WAGAMAMA人」である。

画像出典:上川町

しかし、この理念を具体的な教育方針へと落とし込もうとすると、どうしても難解な専門用語が増えてしまう。どれほど素晴らしいビジョンを掲げても、専門用語が並ぶだけでは町民の心には響かない。

そこで大城さんたちは、誰もが共感できる言葉へと徹底的に「翻訳」することから始めた。

たとえば、教育の現場で使われる「レジリエンス」という言葉。保護者にとっては馴染みが薄く、どこかピンとこないこの概念を、「転んでもまた立ち上がる力」と言い換えた。

「自己決定力」や「自己効力感」といった堅苦しい用語も、「自分を信じて自分で選ぶ」と、誰もがパッと情景を浮かべられる表現へと噛み砕いていった。

画像出典:上川町

地域の皆さんと同じ目線に立つことは重要ですが、教育の現場に落とし込む際は、専門性も不可欠です。

学校の先生方に「転んでも立ち上がる力を育てましょう」と伝えるだけでは、日々の評価の基準がどうしても曖昧になってしまいます。

それぞれの学校が、すでに掲げている教育目標と丁寧に照らし合わせ、実際の教育課程の中でしっかりと機能するよう、地道な落とし込みを進めています。

住民とつくる「余白」のビジョン

大城さんたちの取り組みは、言葉の「翻訳」だけにとどまらない。どれほど言葉をほぐしても、それを共有する場が堅苦しくては、本当の対話は生まれないからだ。

行政が上から押し付けるようなビジョンには、絶対にしたくありませんでした。

大城さんがそう振り返るように、行政が一方的に掲げた目標は、どれほど綺麗なものであっても住民にとって「他人事」になりがちだ。

そこで、従来のような形ばかりの会議や、一方的な研修会を思い切って廃止。代わりに、参加者が立ち上がって、身体を動かしながら自由に意見を交わす「ワークショップ形式」へと切り替えていった。

提供:上川町

2024年には、農家や子育て中の保護者、社会福祉協議会のスタッフなど、約30名の住民ボランティアが集う「オープン勉強会(ワークショップ)」を全3回にわたって開催。

平日の日中という参加が難しい時間帯にもかかわらず、会場には熱意あふれる住民たちが続々と集まった。

参加した住民からは、「特別な資格があるわけでもない、ただの保護者である自分の声がしっかり届き、子どものために動ける時間を持てて嬉しい」といった声が寄せられた。

提供:上川町

こうした住民の当事者意識を育む上で、ひそかに大きなカギを握っているのが「デザイン」だ。

行政が発行する資料やパンフレットは無難なものになりがちで、住民の「楽しそう!」というワクワク感を引き出すのは、正直なところ難しい。

「上川町学園構想」のパンフレットの表紙には、上川小中学校の窓から見える大雪山の美しい山稜が、柔らかな線画となってそのまま描かれている。

ほかにも、イラストをよく見ると、町のマスコットキャラクターだけでなく、実在する「名物住民」たちの優しい笑顔が描かれていることに気づく。町民が手に取った瞬間、「自分たちの町の話だ」と直感できる、あたたかな仕掛けなのだ。

画像出典:上川町

「WAGAMAMA人」のロゴには、あえて手書き風の字体を採用するなど、何気ないこだわりが細部に宿っている。そこには、「完成されたものではなく、地域の住民と一緒に作っていきたい」という意図が込められ、「余白」が残されている。

上川町には、これまでの取り組みや地域おこし協力隊プロジェクト「カミカワーク(KAMIKAWORK)」などを通じて、「良いデザインは人を惹きつけ、地域の空気を変える」という確かな実感があった。

だからこそ、行政らしからぬポップで自由な挑戦を、町全体で後押しする土壌がすでに育っていたのだ。

提供:上川町

言葉を噛み砕くだけでなく、デザインの力や「楽しさ」を生かして、集まる場そのものを柔らかくほぐしていくこと。

大城さんたちはそうして、地域の人々が「これなら自分も関われそうだ」と自然と思えるような「参加の余白」を、丁寧に積み重ねていった。

正解のない「問い」を、子どもと大人で楽しむ

上川町学園構想は、単なる紙の上のビジョンにとどまらない。2025年度からは、この教育ビジョンを実際の仕組みへと落とし込むため、重点課題に応じた「4つの部会」が立ち上がり、本格的に動き出している。

そして何より、その部会名からも、彼らがこの取り組みをどれほどユーモアをもって面白がろうとしているかが伝わってくる。

画像出典:上川町

1. 上高崖っぷち部会:上川高校の生徒数を維持・増加させるため、当事者たちがユーモアと危機感を込めて名付けた部会。

道外からの生徒募集をはじめ、都市部(東京・大阪など)での広報活動や、全国から生徒を迎えるための住環境の整備を進めている。

2. 放課後パラダイス部会:「田舎だから放課後にやることがない」という諦めを過去のものにするための部会。

子どもたちが「やりたい」と思ったことを自ら決めて実行できる、安心できる居場所と有意義な時間の創出に取り組んでいる。

3. 学校サポート部会:幼稚園から小・中学校、そして高校までの18年間を通じて、子どもたちが分断されることなく連続して学びを深めていけるよう、一貫した連携カリキュラムを設計・運用する。

4. 大雪山スコーレ部会:「スコーレ(Schoolの語源となったギリシャ語で「暇・余暇」の意)」という名のとおり、子どもから大人まで、町に暮らすあらゆる世代が一生を通じて学びを愉しめる場をつくる。

これまでの公民館講座の枠組みを刷新し、誰もが自由に探求できる現代的で魅力的な学びの場へとリニューアルを進めている。

部会ごとの取り組みを貫いているのは、「大人も一緒に愉しむ」「子どもをまんなかにみんなで関わる」「正解のない問いを面白がる」という3つの姿勢だ。

行政、学校、地域、そして企業が垣根を越えて手を取り合い、この共通の姿勢を胸に、まずは大人自身が生き生きと活動を楽しんでいる。

画像出典:上川町

教育への高まる熱気は、やがて町の「外」へと波及し、新たな人びとを巻き込み始めている。

教育改革を進める上川町にとって、もう一つの大きな原動力となっているのが「おせっかい人口」というユニークな発想だ。町外のファンや企業を、心強い味方につける仕組みである。

これは、単に町を訪れたり外から支援したりする、いわゆる「関係人口」とは少し異なる。

上川の人々や豊かな自然に魅せられた「おせっかい」な人たちが、町民と同じ目線でフラットに関わり合い、学びや挑戦の場を一緒につくっていくのだ。

まるで自分のふるさとのように「自分ごと」として関わってくれるファンを増やし、ともに理想の未来を創り上げる。上川町は、教育改革の先にそんな温かいビジョンを描いている。

この想いを形にした象徴的な事例が、大手スポーツメーカー・ミズノ株式会社とタッグを組んで実現した、5人制簡易野球「Baseball5(ベースボールファイブ)」の導入である。

少子化が進む上川町では、部員不足によって、中学校の野球部が休部に追い込まれていた。もともと野球が盛んで、町民に深く愛されてきた文化がある。

だからこそ、子どもたちが野球に親しむ機会を失ってしまったことは、町にとっても大きな寂しさがあった。

提供:上川町

一方でミズノもまた、全国的な野球人口の減少という課題に直面している。そこで、バットやグローブを使わず、狭い室内でも少人数で手軽に遊べる「Baseball5」の普及を図りたいと考えていた。

そんな双方の切実な想いを結びつけたきっかけが、上川町が首都圏でのファンづくりや連携の拠点として構える「東京事務所」である。

提供:上川町

上川町は大変ユニークな自治体であり、人口3,000人という規模でありながら、東京に事務所を構え、大企業や研究機関との連携を次々と実現させてきた。

パートナー企業が集う懇親会での、ごくカジュアルな対話。そこから生まれたワクワクするようなアイデアが育ち、やがて「Baseball5」を活用した授業へと形になっていった。

ミズノは小学校の授業に向けて、ボールなどの用具を寄付した。さらに、地元の野球経験者たちが有志チーム「K-Spec」を結成。ミズノがサポートするプロ選手たちと密に連携しながら、子どもたちを直接指導する体制も整った。

実際に「Baseball5」の授業を受けた小学4年生の子どもたちは、飛び跳ねるように夢中で楽しんだという。そして、もちろん大人たちもだ。

雪深い上川町では、冬になると野球の活動がどうしても制限されてしまう。しかし、室内でも手軽にプレーできる「Baseball5」は、上川の冬を彩る新たな定番スポーツになる可能性を秘めている。

提供:上川町

「企業の一方的な提案ではなく、お互いのニーズが合致したからこそ、この取り組みは持続しています」と、大城さんは確かな手応えを振り返る。

今後は、授業の対象学年をさらに拡大していく予定だ。ミズノにとっても、この上川町での取り組みは「公立小学校の正式な教育カリキュラムに導入した、全国初の先駆モデル」として、熱い期待が寄せられている。

町外の多様な価値観との交わりは、子どもたちの学びに思わぬ反応をもたらしている。

池袋の私立女子校で学ぶ100名の高校生が、3泊4日の探究学習として上川町を訪れた。

よくある自然を満喫するだけの観光ツアーではなく、上川町で実際に起業した人々の想いや、行政と民間が手を取り合って前進する姿に直接触れ、地方創生のリアルな「熱量」を学ぶための旅だ。

この探究学習の中で、全校生徒わずか50名の上川高校を訪問し、交流する授業が実現した。当初、上川高校の先生方はどこか不安を抱いていた。

「普段は静かで控えめな生徒たちが、東京の賑やかな高校生を前に気後れしてしまうのではないか」と心配していたという。

提供:上川町

しかし、いざ交流会が始まるとお互いの垣根は一瞬で消え去り、どちらの生徒か見分けがつかないほどの大盛り上がりを見せた。

「東京では夜に一人で出歩くのは少し怖い」「校則やアルバイトの制限がすごく厳しい」といった東京の高校生たちのリアルな日常を聞く中で、上川高校の生徒たちは、自分たちの日常がいかに「自由」と「主体性」を尊重された環境であるかに気づかされたという。

さらに、「上川って本当にいい町!」「ここに住みたい!」とまっすぐに絶賛された体験は、自分たちの町や学校に対する誇りや愛着、いわゆるシビックプライドをしっかりと芽生えさせるきっかけとなった。

こうした実験的な試みが次々と形になるのには、役場全体が「現状維持は衰退である」という前向きな危機感を共有している背景がある。

そして何より、新しい挑戦を楽しみながら、本気で歓迎する風土が根づいているからだ。

一人の成長に寄り添う、変化の物語

「ビジョンを作って終わりにしないこと。それこそが、これからの最大の課題です」と、大城さんは率直な胸の内を明かす。

たとえば、小学校の放課後に開かれている「放課後WAGAMAMA活動部」。子どもたちがやりたいことを自分で決めて挑戦する場として、いまや大人気の取り組みとなっている。

しかし大城さんは、こうした改革の「成果」を、行政によくある「満足度〇〇%」といった数値だけで評価しようとはしない。

提供:上川町

アンケートで「楽しかったですか」と聞けば、数値の上での成果はいくらでも良く見せることができます。

でも本当に大切なのは、そうした表面的な指標ではなく、一人の子どもに何が起きたかという「物語(ナラティブ)」を伝えていくことなのです。

それを裏付ける、ひとつの家族の「変化の物語」がある。

父親が新たな人生の選択として農業への転職を決め、札幌市から移住してきた。当時、小学1年生だった娘さんは人前に出るのが少し苦手な、とても物静かで引っ込み思案な子だったという。

ところが、彼女はある日、上川町の自然体験プログラムで「ツリークライミング」に挑戦する。ロープ1本で白樺の木に登る、この体験。滑りやすい白い幹を前に、最初は恐る恐る足を踏み出していた。

ロープをしっかりと握りしめ、一歩ずつ、手足の感覚を確かめながら登り進むと、ついには地上5〜6メートルにも及ぶ高さまで、自分の力だけで登りきってしまったのだ。

地上に降りてきた少女の姿を見て、周囲の大人たちは目を見張った。それまでの不安げな表情は消え、大自然と触れ合う中で掴み取った「やり遂げた」という強い自信が、その顔に生き生きとあふれていた。

その姿を見つめながら、母親は嬉しそうにこう語った。

うちの子が、こんなにも自信に満ちた表情を見せるなんて、生まれて初めてのことでした。子どもに、こうした豊かな体験をさせてあげたくて、私たちは上川に移住してきたんです。

一人ひとりの変化に深く寄り添い、そこで生まれる「物語」を大切に紡ぎ重ねていくこと。それこそが、上川町が目指す教育改革の、真の成果なのだ。

小学校の廃校を利活用した、未来型公民館「大雪かみかわヌクモ」。
子どもが走り回れるフリースペースや、描いた絵が動き出すプレイルームなど、天候を気にせず遊べる。
提供:上川町

すべての人が「欲張りに生きる」ために

上川町で進む教育改革を、力強くリードする大城さん。彼女自身の歩みもまた、「自分らしさ」を追い求める旅の延長線上にあった。

沖縄県出身の大城さんは、かつて東京の教育系企業で、発達障がい児向けの教室長を務めていた。「一人ひとりの個性を活かしたい」という強い理想を抱く一方で、画一的なルールや利益追求との狭間で、葛藤を深めていく。

「このままでは、自分自身の主体性まで見失ってしまう」。そんな強い危機感から、彼女はデンマークへの留学を決意する。そこで出会ったのが、大人たちのための全寮制学校「フォルケホイスコーレ」だった。

提供:大城さん

そこにはテストも教科書もなく、繰り返されるのは徹底的な対話と「あなたはどうしたいのか」という問いだけ。

その環境に身を置く中で、いつの間にか麻痺していた「自分こそが自分の人生の創り手である」という健やかな感覚を、大城さんは静かに取り戻していった。

「何かを選んだら、何かを諦めなければならない」。そんな二者択一の生き方を、大城さんは望まない。彼女が人生で最も大切にしているのは、どちらも諦めない「欲張りに生きる」という価値観だ。

やりたい仕事も、心地よい暮らしも、何一つ妥協することなく、すべてを重ね合わせて実現していく。その生き方がのびのびと叶う場所として、上川町を選んだのである。

提供:大城さん

上川町は今、道内の十勝地方・浦幌町での民泊や体験を通して深く学び合う「越境プログラム」を共同で進めている。

東京のような都市部に限らず、同じ地方同士であっても、風土や産業、大切にしている価値観が異なれば、そこには必ず豊かな学びの「越境」が生まれます。多様な人々が混ざり合うことで、新しいユニークな価値が生まれると信じています。

上川町に関わることで心が動かされ、本来の人間らしさを回復していく「感動人口」を増やしていきたいです。

提供:上川町

幼い頃から「わがままを言ってはいけない」と周囲に合わせ、我慢することを求められて育ってきた私たち。大人になって急に「個」を求められても、自分らしく振る舞うための「我がまま」を見つけることは、決して簡単ではない。

しかし、ここで本当に大切なのは、一人で「我がまま」を貫こうと孤立することではなく、誰かと一緒に楽しみ、「遊ぶこと」なのではないだろうか。

取材を通して見えたのは、上川の大自然、そして人の輪の中で、誰よりも全力で遊び、全力で未来を創り上げていく「大人たち」の姿だった。

何かに全力で取り組むこと。それは、「自分はどう生きたいか」という人生で最も大切な問いに、本気で向き合っている証でもあるのだ。

そんな大人たちの背中を見つめながら、上川の子どもたちは育っていく。

大雪山の麓、まさにアイヌの人々が「カムイミンタラ(神々が遊ぶ庭)」と呼んだこの大自然のなかで、子どもたちも、大人たちも、そして外部から訪れる人々も、まずは共に遊び、楽しむことから繋がり合っている。

そんな繋がりの先に、生き生きとした地域の未来が再生されるのだろう。

取材協力:上川町

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