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ヒグマの命と人の暮らしを守る、北こぶしリゾートの「クマ活」7年目の挑戦

2026 7/13
リジェネラティブツーリズム
サステナブルツーリズム 企業事例 北こぶしリゾート 北海道 取材 持続可能な観光
2026-7-13
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北海道東部にある世界自然遺産「知床」。流氷が海に栄養を運び、サケが川をのぼり、その恵みが森の生きものたちへとつながっていく。世界自然遺産に登録されたこの土地では、海と陸がひとつの大きな循環の中で結びついている。

その豊かな自然の象徴とも言えるのが、ヒグマだ。観光客にとっては「一度は見てみたい野生動物」かもしれないが、地域住民にとっては、日々の安全や観光のあり方と切り離せない身近な存在でもある。

そんなヒグマと人間が安全に共生していくために、毎年5月から6月にかけて、北海道の知床・ウトロで行われているのが「クマ活」だ。これは、人とヒグマの衝突を減らすための草刈りを中心とした活動で、ウトロでホテルを運営する「北こぶしリゾート」が主催している。

なぜ、一つの宿泊施設の取り組みが、企業や学生、旅行者を巻き込み、7年にもわたって精力的に続けられているのか。2026年6月6日に行われた活動と、クマ活を主導する村上晴花さんへのインタビューから、知床が目指す「人が来るほど地域がよくなる」観光の未来を探る。

北こぶしリゾートでクマ活を担当する村上晴花さん
画像提供:北こぶしリゾート

村上晴花(むらかみ・はるか)  

北こぶしリゾート 経営戦略室

1995年、大阪府出身。高校を卒業して、北海道・酪農学園大学へ進学。環境共生学類で野生動物、主にヒグマの生態学について学ぶ。大学4年生の頃に訪れた知床に一目ぼれし、2017年に北こぶしリゾートへ入社・知床へ移住。ホテルの接客業務を経験した後、2020年から現職である経営戦略室 広報・新卒採用を担当。クマ活にも立ち上げ時から関わる。趣味はトレッキングやシーカヤックなどアウトドア。知床ゴミ拾いプロジェクトの共同代表も務める。

目次

北こぶしリゾートの「クマ活」が目指すもの

北こぶし知床 ホテル&リゾート内にあるクマ活に関する掲示

クマ活は、北こぶしリゾートが2020年から続けている、人とヒグマが適切な距離を保ちながら共存していくための取り組みである。主な活動は草刈りだが、合わせてごみ拾いイベント「クマ活さんぽ」やクマに関する普及啓発活動、寄付なども行っている。

北こぶしリゾートは、クマ活を「ヒトとクマが心地よく過ごせる場所へ」という言葉で紹介している。[1] ヒグマを排除するのではなく、ヒグマが知床の自然の中で生き続け、人間も安全に暮らせる状態を目指しているのだ。

7年目を迎えた草刈り活動

2026年で7年目を迎えた草刈り活動には、旅行会社、金融機関、スポーツチーム、学生、地域住民など、多様な関係者が集まる。

クマ活前日レクチャーの様子

村上さん:参加した方が他の方に声をかけて連れてきてくれたり、観光や、会社のCSR活動の一環で参加されたりする方もいます

なかには、毎年のようにクマ活に参加している企業もある。年ごとに新しい従業員が参加するケースもあり、企業と知床の関係を継続的につなぐ機会になっているのだ。

また、北こぶしリゾート社内でも、クマ活は大切な学びの場になっている。毎年4月に入社する新卒社員は、5月・6月の社員研修としてクマ活の草刈りに参加するという。

村上さん:社内では、新しい社員は必ず草刈りさせられるという、暗黙のルールみたいになっていますね

村上さんはそう笑う。地域の課題を知り、宿泊施設で働く自分たちの仕事が知床の自然とどう関わっているのかを考える時間にもなっているのだろう。

広がる参加者の輪。延べ1,000人到達まであと一歩に

クマ活の一環で実施している草刈りは、先日(6月6日・7日)の開催を含めて全28回となり、これまでに延べ992人が関わっている。

しかし、始まりは北こぶしリゾートの従業員だけで行う小規模な活動だった。コロナ禍で外部の人を呼べなかったことが、かえって社内の理解を深めるきっかけになったという。

村上さん:最初は北こぶしリゾートの従業員だけで始めたんです。当時はコロナ禍だったのでそうするしかなかったのですが、結果的にそれが社内の理解を高めることにつながったので、今では良かったなと思っています

観光とヒグマの命が衝突する「共生のジレンマ」

公益財団法人知床財団の穂積知世さんによるレクチャーの様子

知床では、人とヒグマの距離が近い。豊かな自然の裏側で、観光客のヒグマへの過度な接近やごみの放置によって、さまざまなトラブルが発生している。

前日のレクチャーでは、公益財団法人知床財団の穂積知世さんが、知床のヒグマ事情を参加者に伝えた。穂積さんは、現在、知床財団でヒグマのDNA採取や個体識別、知床自然センターでの案内、ヒグマ対策に関わっている。

レクチャーの冒頭で示されたのは、知床が世界自然遺産に登録された理由だった。

知床の価値は、単に手つかずの自然が残っていることだけではない。流氷が運んでくる栄養から始まり、海、川、森、生きものへとつながる「海と陸のつながり」が評価されている。

この海と陸のつながりが保たれていることこそが知床の価値であり、そこにヒグマの姿があるのはごく自然なことだ。そもそもヒグマは、人間がやって来るよりはるか昔からこの地に生きる「先住者」であり、彼らがいる風景こそが本来の知床の姿なのである。

知床が抱えるヒグマの「人馴れ」問題

クマ活前日レクチャーで表示されたスライド。観光地で生じているヒグマに関する問題がまとめられている

レクチャーが始まると、穂積さんは参加者に2つの動画を見せた。ひとつは森の中を歩くヒグマの動画。もうひとつは、道路上を車も気にせず歩くヒグマの動画だ。

多くの人が想像する「本来のヒグマの姿」は、森の中を歩く様子だろう。しかし、知床では道路や市街地近くで人を恐れず行動するヒグマも多い。穂積さんは、これを「人馴れ」と説明する。

観光客がヒグマを見ようと車を止める。写真を撮るために近づく。そうした行動が繰り返されると、ヒグマは人間を警戒しなくなる。さらに、人間の食べ物やごみの味を覚えれば、状況はより深刻になる。

知床が抱えるヒグマの問題は、「クマが危険」という単純な話ではない。人間の行動が、ヒグマを危険な存在に変えてしまうという事実こそが、最も重い課題なのだ。

クマ渋滞と観光の矛盾

知床では毎年1,000件前後のヒグマの目撃情報があり、昨年は2,000件を超えた。

そうした状況のなかで発生している深刻な課題が「クマ渋滞」だ。ヒグマを見たい観光客が車を止め、道路沿いに車列ができ、それによりヒグマの人馴れや交通事故、人身事故のリスクが高まっている。

クマ活前日レクチャーで表示されたスライド。「クマ渋滞」やヒグマへの過剰な接近といった問題が指摘されている

観光は地域の魅力を伝える力になる一方で、地域の自然や暮らしに負荷をかけることもある。知床の観光は今、この矛盾と向き合っているのだ。

単なる作業ではない。ヒグマと人の命を守る「境界線」としての草刈り

クマ活当日の様子。村上さんが捨てられていた発泡スチロールごみを持っている

クマ活の中心的な活動のひとつが、ウトロ市街地周辺での草刈りである。草刈りは、ヒグマと人が不用意に出会わないための予防策だ。

背の高いオオイタドリや、ヒグマが好んで食べるフキなどの植物を刈り取り、見通しを良くすることで、ヒグマに「身を隠す場所がないため近寄りにくい」と警戒させる。同時に、人間側もヒグマを早期に発見しやすくなる。

クマ活開始前の様子。大人の背丈ほどあるオオイタドリが生い茂り、ヒグマが身を隠しやすい危険な状態
草刈り前:大人の背丈ほどあるオオイタドリが生い茂り、ヒグマが身を隠しやすい危険な状態
クマ活終了後の様子。見通しが良くなり、人とヒグマが不用意に出会わないための安全な境界線できている
草刈り後:見通しが良くなり、人とヒグマが不用意に出会わないための安全な境界線できている

つまり草刈りは、ヒグマを排除するためではなく、人とヒグマの間に安全な「境界線」を引くための環境整備なのだ。

もう少し早く刈っていればという悔しさ

インタビューを受ける村上晴花さん

村上さんには、忘れられない出来事があるという。数年前、クマ活で草を刈った場所で、作業の翌日にヒグマが駆除されてしまったそうだ。

村上さん:もう少し早く刈っていれば、このクマは駆除されずに済んだかもしれない

地味に見える草刈りの一歩一歩が、人の安全だけでなく、ヒグマの命を直接守ることにつながっている。その切実な思いが、活動の原動力となっている。

「世界遺産のホテルなのに…」知床への恩返しと重なった村上さんの想い

クマ活終了後の参加者と村上さんの様子

クマ活の実行隊長である村上さんは、大阪府出身。酪農学園大学在学時、ヒグマの調査研究に関わったことをきっかけに知床の雄大な自然に惚れ込み、北こぶしリゾートに入社した。しかし、当初はレストランスタッフとして働きながら、ある違和感を抱いていたという。

村上さん:世界遺産だと言っているのに食べ残しがあったり、アメニティが使い放題だったり。世界遺産なのにホテルはこんな感じなんだ、と疑問に思う部分があったんです

その思いを、当時の専務に話したところ、創業60周年に向けて会社として「知床に恩返しをする活動」を考えていることを聞いた。そして大学でヒグマを研究していた村上さんの経験がつながり、クマ活の担当へと抜擢されたのである。

北こぶしリゾートにとっての恩返し

北こぶし知床 ホテル&リゾートの正面入り口にあるプレート

北こぶしリゾートは、1960年にわずか5室の「桑島旅館」から始まった。香川県から入植した桑島家がこの地で農業を始め、地域とともに成長してきたそうだ。

知床の自然とともに歩んできた同社は、2020年の創業60周年を機に「知床をつづけていく」という恩返しのコンセプトを掲げた。この理念を形にしたのが「クマ活」である。

実は、クマ活は北こぶしリゾートがゼロから立ち上げた活動ではない。その原点は、長年ヒグマ問題の最前線に立つ、知床財団からの「草刈りを手伝ってほしい」という相談だった。

クマ活前日レクチャーで表示されたスライド。クマ活が知床財団と北こぶしリゾートの連携から始まったことを表している

草刈りは人とヒグマの衝突を防ぐための重要な作業だが、地味で過酷ゆえに担い手や理解を広げにくい。北こぶしリゾートはその現場の悩みに寄り添い、草刈りを「おしゃれに・たのしく・わかりやすく」参加できる魅力的な体験へとデザインしたのだ。

知床財団が持つ現場の知見と、宿泊施設が持つ「人を巻き込む力」。この二つが重なり合ったクマ活は、地域の課題解決と観光を両立させる、北こぶしリゾートならではの恩返しの形となっている。

クマ活を「おしゃれに・たのしく・わかりやすく」

クマ活さんぽに関する掲示とクマ活ロゴがプリントされたバッグ
画像出典:【クマ活】クマ活さんぽ 始まっています!|北こぶしリゾート

クマ対策と聞くと「危険」「重労働」「専門家の領域」というイメージを持つ人も多い。北こぶしリゾートのクマ活は、そのイメージを変えることも重視している。

クマ活のコンセプトは「おしゃれに・たのしく・わかりやすく」だ。

ロゴやネーミングを工夫し、参加しやすい雰囲気を整えることで、初めての人でも関わりやすい入口を作っている。さらに、楽しさだけで終わらせないための設計も緻密に行われている。

楽しさの先に理解をつくる

村上さん:なぜこの活動が必要なのか、それがどう知床のためになるのかを分かってほしいんです。『ここは以前クマが出没した危険な場所だから、この時期に、こういう刈り方をする』そこまで伝えて初めて、単なる作業が地域の未来に関わる行為になります

活動を重ねる中で、社内の意識も大きく変わった。「あそこも刈ったほうがいい」「あそこでもクマの目撃があったらしいね」と、従業員の目が自然と「草むら」や「クマの気配」に向くようになったという。

観光事業者が地域課題に向き合うとき、まず自社のスタッフの意識を変えることは重要だ。知床では、北こぶしリゾートで働くスタッフのそうした変化が、持続的な地域づくりの強力な土台となっている。

ごみを減らすことがヒグマの命を守る

北こぶし知床 ホテル&リゾート内にあるクマ活に関する情報を発信するブース

街中のごみを減らすことも、人とヒグマの境界線を引く重要な活動だ。

道端に捨てられた食べ物や容器は、ヒグマを人の生活圏へ導いてしまう。村上さんによると、知床でも道路脇には多くのごみが落ちており、クマの噛み跡がついた缶も見つかっているという。

クマ活中に拾ったごみ。空き缶やペットボトルなどさまざまなごみが並べられている

また、ごみの問題はヒグマだけに限らない。

人の食べ物のにおいや容器に残った味を覚えた野生動物は、再びごみを探すようになり、人や車に近づいてしまう。その結果、人の食べ物を口にした動物が消化不良や感染症で命を落としたり、道路に近づいて交通事故に遭ったりすることがある。

さらに、食べ物を求めて街や人に近づくようになった野生動物は、最終的に駆除の対象になってしまう場合もある。

村上さんが共同代表を務める「知床ゴミ拾いプロジェクト」では、こうした問題を「KEEP SAFE」という視点で発信している。

知床ゴミ拾いプロジェクトのイメージビジュアル
画像提供:知床ゴミ拾いプロジェクト

知床でごみを拾うことは、景観をきれいにするだけではない。人と野生動物の不要な接点を減らし、誰かの命や安全を守る行為でもあるのだ。

宿泊者が参加できる「クマ活さんぽ」

クマ活さんぽのイメージビジュアル
画像出典:クマ活さんぽ | 北こぶしリゾート | 公式サイト

北こぶしリゾートでは、宿泊者が散歩をしながらごみ拾いに参加できる「クマ活さんぽ」も展開している。[2] 白いバッグ、トング、軍手を持ってウトロの街を歩き、道端のごみを拾う取り組みだ。

観光客にとっては、街を歩きながら地域に触れる時間になる。地域にとっては、ごみが減り、ヒグマを誘引する原因を取り除くことにつながる。

クマ活さんぽは、旅の中に地域貢献を組み込む象徴的な取り組みだ。

「とれんベア」で環境を整える

北こぶし知床 ホテル&リゾート周辺に設置されている「とれんベア」

さらに北こぶしリゾートでは、寄付金や協力金を活用し、ヒグマ対策ごみステーション「とれんベア」の設置も進めている。

とれんベアは、株式会社エコシティと公益財団法人知床財団が共同開発した、堅牢なごみステーションだ。中身が見えにくく、においが漏れにくい構造で、クマが叩いても壊れにくく、扉も開きにくい設計になっている。[3]

個人のマナーに頼るだけではなく、ごみを拾ったり、そもそもクマがごみに近づきにくい仕組みを整えたりと、地域全体の環境整備にもクマ活は貢献しているのだ。

人が来るほど知床が良くなる未来へ

クマ活開始前の参加者の様子

村上さんが今後実現したいと語るのは、「人が来るほど知床が良くなる未来」だ。

これまでの観光は、人が来れば来るほど、ごみ問題、交通渋滞、自然環境への負荷といった課題が増える傾向にあった。観光が地域に経済効果をもたらす一方で、自然や暮らしに負担をかけてしまう構造なのである。村上さんはこれを「リジェネラティブツーリズム(再生型観光)」へと転換したいと語る。

村上さん:観光客という「風の人」が訪れることで、地域の自然や社会がより豊かに潤っていく。そんなサイクルを知床で作りたいんです

草刈りで汗を流し、ごみを拾い、ヒグマとの適切な距離を学ぶ。地域で起きている課題を知り、自分の行動を変える。そうした体験を通じて、観光客は単なる「消費者」から、地域をより良くする「担い手」へと変わっていく。

クマ活が示す、知床のリジェネラティブツーリズム

クマ活終了後の参加者の様子

北こぶしリゾートのクマ活は、一企業のCSR活動という枠を超えている。地域の自然、観光、暮らし、そして企業活動をつなぎ直す壮大な試みだ。

人が来るほどヒグマとの衝突が減り、自然が守られていく。そんな循環が生まれたとき、知床は「人と自然が共存し、その息吹を感じられる場所」として、さらに価値を高めていくだろう。

知床の小さな草刈りは、観光の未来を問い直す実践である。自然を消費する旅から、自然と地域を再生する旅へ。クマ活は、その未来へ向かう確かな一歩を刻み続けている。

参考文献

[1] KUMAKATSU | 北こぶしリゾート | 公式サイト

[2] クマ活さんぽ | 北こぶしリゾート | 公式サイト

[3] とれんベア|熊のゴミ対策|株式会社エコシティ

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