鹿児島市の対岸、穏やかな錦江湾(きんこうわん)の波間にどっしりと佇む、雄大な桜島。山頂から青空へとまっすぐ立ちのぼる噴煙は、この山が今もなお火山活動を続けている証だ。
桜島はその名の通り、かつては海に浮かぶ完全な「島」であった。その姿を大きく変えたのが、1914年(大正3年)に起きた「大正噴火」である。
通常、火山は山頂から噴火することが多いが、桜島では、山の中腹から激しい噴火が起こり、大量の溶岩が流れ出た。その溶岩が深い海を埋め尽くし、ついには対岸の大隅半島と陸続きになったのだ。
桜島は現在も年間平均約200回、多い年には996回も噴火を繰り返す活火山だが、その麓には人々の穏やかな日常が広がっている。火口から4kmほど離れた斜面には、緑豊かな柑橘畑や集落が伸び、約3,700人の住民が暮らしを営んでいる。
人々は降り注ぐ灰を「雨や晴れに続く、もう一つの天気」として自然に受け入れ、整った防災体制のもとで力強く生きているのである。

今から約2万9,000年前、桜島の100万倍という途方もない規模の「超巨大噴火」が起きた。
鹿児島県全土を厚さ60mで覆い尽くすほどのマグマが吐き出され、その衝撃で地面が大きく沈没した。こうしてできたのが、「姶良(あいら)カルデラ」と呼ばれる巨大なくぼ地だ。そこに海水が流れ込んで生まれたのが、水深200mを超える錦江湾である。
カルデラならではの「深い海」と「浅瀬や干潟」が隣り合うため、ここには1,000種を超える魚たちをはじめ、実に多様な生きものが生息している。鹿児島市のすぐ目の前でありながらイルカにも出会える、国内でも珍しい海だ。

カルデラ誕生から時を経て、約2万6,000年前。その南端で新たに火山活動が始まり、北岳が姿を現した。やがてマグマの通り道が南へと移り、約4,500年前から今も噴火を続ける南岳が生まれた。
つまり桜島は、「北岳」と「南岳」という2つの火山が重なり合った「複合火山」なのだ。この世界でも珍しい火山風土に着目し、桜島全体を巨大な「屋根のない博物館」に見立てて活動を始めたのが、NPO法人桜島ミュージアムである。
彼らは自然や文化を体感するツアーから特産品開発、移住の受け入れまで、「火山の恵み」を「地域の新たな仕事(なりわい)」へと変える挑戦を続けている。
大地を学び、火山と遊ぶジオツーリズム
桜島には、巨大なカルデラや各時代の溶岩原など、「地球の記憶」ともいえる貴重な「地質遺産」があちこちに残っている。それらは、私たちが生きる地球の「46億年もの営み」を今に伝えるものだ。
こうした地球の仕組みを学びながら、自然や文化を守って楽しむ「大地の公園」として指定されたのが「桜島・錦江湾ジオパーク」である。

そんな桜島を舞台に、桜島ミュージアムは「知識と想像力を持って見つめれば、景色は何倍も面白くなる」という考えのもと、体験型のジオツーリズムを展開してきた。
桜島の成り立ちや歴史を学べる「桜島ビジターセンター」を運営するほか、溶岩地帯をめぐるガイドウォークや、迫力ある桜島の姿を海から見上げるシーカヤック体験など、単なる観光にとどまらない学びの機会を届けている。

こうした地質資源の魅力を地域全体で伝えるため、桜島ミュージアムは行政と一緒に取り組む事業や、公共施設の再生にも力を注いできた。
案内看板やパンフレットのデザイン戦略を担うとともに、行政や地域住民と対話を重ねる場を整えてきたのだ。
こうした地道な活動が実を結び、桜島ビジターセンターの運営を引き継いでから5年で、年間の入館者を約6万人から約12万人へと倍増させた。
また、桜島・錦江湾ジオパークでは独自の認定制度を設け、約30名の「認定ジオガイド」を育ててきた。住民自身が地域の物語を語り伝える、持続可能な仕組みを作り上げている。
地域の資源を活かし、次世代へつなぐ椿油
ジオツーリズムによって地域の魅力を再定義したNPO法人桜島ミュージアムは、地域に眠る魅力を活かした産業づくりにも挑んでいる。その象徴的な取り組みが「椿油」の事業化だ。
1980年代、桜島の南岳で噴火が相次ぎ、降り注ぐ大量の灰や火山ガスによって、地域の農作物は大きな被害を受けた。
そんな過酷な環境の中でも力強く生き抜き、「美しい赤い花」と「豊かな実」をつけたのがヤブツバキだった。
そのたくましい生命力に着目した当時の行政(旧鹿児島市や旧桜島町)は、降灰対策として苗木を配布。農家は畑を囲む防風林として、6万本以上を植樹した。

苗木の配布から30〜40年が経ち、成長したヤブツバキはちょうど働き盛りを迎え、たくさんの種が実るようになった。
いまや鹿児島県は、東京都や長崎県に次ぐ全国3位の椿油の産地となり、県内で採れる種の半分以上を桜島産が占めている。
しかし、多くの農家は採れた種を、近所や家で使う分だけ搾っていたため、せっかくの高品質な椿油が市場に出回ることはほとんどなかった。
さらに農家の高齢化も進み、収穫の手が足りずに椿畑を手放す人が増えるなど、深刻な課題も浮き彫りになっていたのだ。
こうした地域の課題に向き合うため、NPO法人桜島ミュージアムは2008年から椿油のブランド化に乗り出した。
島内の農家が採ったヤブツバキの種だけを買い取り、生産者の顔が見える安心・安全な商品を形にしたのだ。

さらに商品の価値を高めるため、製法にも工夫を凝らした。種に熱を加えて搾る伝統的な「加熱圧搾法」は、きれいな黄金色と香ばしい香りが特徴だ。

これに対し、桜島ミュージアムは熱を一切加えずに搾る「非加熱圧搾法(コールドプレス)」を新たに導入した。
こうして誕生したのが、ほぼ無色透明でにおいがなく、肌なじみの良いこだわりの椿油「ピュアプレミアム」だ。この生搾り椿油は、皮膚科医の監修のもと、従来の加熱タイプに比べて2倍の保湿効果があることも確かめられている。
完成した商品は、クラウドファンディングで立ち上げたフェリーターミナル内の「MINATO CAFE」や、直営のオンラインショップを通じて全国へ届けられている。

この取り組みは、ツバキの栽培・収穫といった「1次産業」から、搾油・商品開発の「2次産業」さらには、カフェでの提供や物販の「3次産業」までを、ひとつの地域資源で一括して手がける「6次産業化」のモデルだ。
さらに桜島ミュージアムは、観光客がツバキ畑を訪れて収穫を手伝う「体験ツアー」も構想している。これにより旅行者は、単にお土産を購入する消費者の枠を超え、「地域の貴重な風景や農地保全に自ら参加する主体」として一歩踏み出せるようになっている。
多様な仕事と挑戦を支える、組織のあり方
多角的な事業を同時に展開するNPO法人桜島ミュージアムは、移住者や若者が地域社会に入り込み、新しい挑戦を始めるためのプラットフォームにもなっている。
NPO法人への派遣という形で「フリーミッション型」の地域おこし協力隊を採用し、隊員の関心や得意分野を活かした、柔軟な活動をサポートしてきた。
設立からの15年間で16名の移住に関わり、そのうち13名が鹿児島県内に残った(うち10名が桜島に定住)。子ども11名を含め、あわせて24名もの定住人口を増やしたことは、大きな成果と言える。
カフェの運営や特産品の開発をはじめ、ジオガイドの育成、地元小中学校での総合学習のサポート、さらには災害時のSNSでの防災情報発信まで、彼らが手がける取り組みは実に幅広い。
一見すると、事業の軸が定まっていないように映るかもしれない。しかし、地域課題の現場に寄り添い、多様な「小さな仕事(なりわい)」と、人々の挑戦を多方面から支える存在こそが、ローカルDMO(地域観光管理・推進組織)の本質的な役割とも言える。

火山とともに生きる、これからの豊かな地域づくり
ただ観光客の数や消費額を増やすことだけが、地域の豊かな未来をつくるわけではない。
NPO法人桜島ミュージアムが目指しているのは、地域の産業が息長く続き、若い世代が働ける場所があり、固有の美しい風景が守られ、そこに暮らす人々が自らの土地に誇りを持てる社会の実現だ。
激しい噴煙を上げる火山の風土と、その足元でたくましく営まれる人々の日常。
地域に眠る資源を見つめ直し、時代のニーズに合った未来の仕事へと育て上げていく彼らの歩みは、「豊かさが次の豊かさを呼ぶ」、そんな持続可能な地域づくりのあり方を示している。

