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「定住人口」ではなく、「感動人口」を。人口3,000人の上川町が描く、石狩川の流域でつながる未来

2026 9/03
社会(ヘルス、まちづくり、ジェンダー)
上川町 北海道 取材 地域創生 流域
2026-9-7
佐事 美咲
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地方創生という文脈で語られるとき、移住者や関係人口の増加は、地域を持続させるための重要な指標とされてきた。人口が増えることで税収が生まれ、担い手も増え、地域経済は循環していく。

だからこそ、多くの自治体は移住促進や関係人口創出のための施策を、限られた財源の中で積み重ねてきた。定住人口の減少が、そのまま地域の衰退に直結するという危機感は、全国の自治体に共通するものだろう。

しかし、北海道のほぼ中央、大雪山国立公園に抱かれた人口3,000人の町・上川町は、定住人口にこだわらないという道を選んでいる。層雲峡温泉を有し、冬は深い雪に包まれるこの町が掲げるのは、「感動人口1億人」という目標だ。

出典:上川町

住民票の有無どころか、「観光客か否か」という区分さえも超えて、上川町と関わることで心が動いた人すべてを”人口”と捉える。

他の自治体と奪い合うようにして、定住人口や関係人口の獲得を目指すのではない。競争の前提そのものから距離を置くという斬新な選択だ。

こんなにも大胆な意思決定を行える背景には、上川町という自治体そのもののユニークさがある。人口3,000人という規模でありながら、東京に事務所を構え、大企業や研究機関との連携を次々と実現させてきた機動力は、しばしば「ベンチャー自治体」とも評される。

実際、この数年で上川町には、サステナビリティや新規事業を担う企業関係者からの視察や連携の打診が相次いでいるという。

提供:上川町

住民票の有無を問わない「心が動いた人」の数は、税収や予算のように数字で測れるものではない。一見、行政運営とは縁遠い指標に思えるこの「感動人口」が、なぜ企業連携や財源確保という実務的な成果に結びついているのだろうか。

今回、上川町役場を訪ね、「感動人口」という考え方がどのように育まれてきたのか、その背景を取材した。

定住人口という前提を手放す

今からおよそ15年前、上川町の商店街では高齢化とともに店を畳むところが相次いだ。上川町 地域魅力創造課の小知井 和彦さんによれば、当時は町の関係者の多くが、この町の未来に希望を持てずにいた時期があったという。

過疎化が進む地方の町として、決して珍しい状況ではなかった。しかし上川町が選んだのは、定住人口はもちろん、近年多くの自治体が力を入れてきた「関係人口」さえも手放すという道だった。

その決断の背景には、「定住人口」も「関係人口」も、どちらも行政が人々を管理し、分類するための言葉に過ぎないのではないか、という問題意識があったという。

もはや住民票がなくても構わない。観光客ですらなくても良い。上川町と関わることで「心が動いた人」すべてを”人口”と捉える。それが「感動人口」という考え方だ。

もっとも、この考え方を町に浸透させていく過程は、決して平坦なものではなかったという。「感動人口」の方針は、地域魅力創造課を中心とした少数のメンバーによって主導されてきた。

地域住民や議会からは、こうした施策よりも「福祉や生活基盤に予算を割くべきだ」という意見が上がることも少なくなかった。

それでも、あえて反発を招きかねない旗を掲げながら、住民一人ひとりへの対話を続けてきた。方針だけを先行させるのではなく、丁寧な説明、そして幾度となく対話を重ねる。

対話を重ねていく中で、当初はネガティブだった反応が、次第にポジティブなものへと変わっていったと、小知井さんは振り返る。

一般的に、自治体の税収は人口規模と密接に関わるといわれる。特に個人住民税など人口と連動しやすい税目もあり、人口減少がそのまま税収減少に直結するという危機感は、多くの自治体に共通するものだろう。

提供:上川町

ところが、上川町では「感動人口」という考え方に沿った施策が動き出して以来、人口の減少自体は続いていたものの、税収の落ち込みは次第に緩やかになっていったという。

これには、企業版ふるさと納税や、企業との連携協定を通じた資金の流入など、定住人口の増減だけに依存しない財源が、少しずつ積み上がってきた背景がある。

一方で、上川町にはまだ解決しきれていない「構造的な課題」もある。層雲峡温泉といった観光地に落ちるお金の総額自体は大きくとも、その多くは町の外へと流れ出てしまうという問題だ。

提供:上川町

実は、層雲峡温泉への移動にかかる費用は町外の交通事業者に、宿泊施設の清掃や食材の仕入れも、その多くが町外の業者に依存している。こうした構造の中では、観光客が増えても、上川町の地域には十分な利益が残らない。

そこで意識されているのが、規模の小さな拠点だからこそ実現できる、地域内での資金循環だ。食材を地元産のものに切り替え、消耗品も町内の店舗から仕入れる。

ひとつひとつは小さな取り組みだが、こうした積み重ねが、観光消費を地域経済に還元する回路を少しずつつくり始めている。

自分の「役割」を見つけ出せる町

上川町で活躍している人を見ると、「感動人口」という考え方は単なる理念に留まらず、実際の関係へと育っていく様子が良くわかる。

上川町には、キャンバスのような余白が感じられるのだ。何かを描きたいと思った人たちが、その自由な空気感のもと、上川に広がる自然や人のつながりを尊重し、彩り豊かに個性を輝かせられる魅力がある。

提供:上川町

その一つが、耐熱ガラス製品で知られるHARIOとの関係だ。HARIOはコーヒードリッパーやガラスティーポットなど、機能美を備えたキッチンウェアで幅広い層に親しまれてきたブランドである。

十数年前、HARIOがアクセサリー事業への参入を検討していた時期に、同社の幹部が上川町を訪れる機会があった。その際、町の熱意や雰囲気に魅了された幹部から「上川町に出店したい」という話が持ち上がり、町側もこれを歓迎する形で受け入れた。

すると、この縁をたどるようにして上川町へ移住してきたのが、ふたりでカフェを営業し、妻がガラスジュエリー作家として活動する夫婦だ。

もともと札幌に住んでいた二人は、他の移住先も検討していたというが、上川町の受け入れ体制に「ここだ」と感じるものがあったという。

提供:上川町

一般的に、こうした移住者の受け皿としては、「地域おこし協力隊」という制度がよく用いられる。しかし上川町は、この制度の使い方には慎重な姿勢を貫いてきた。他の自治体では、協力隊員が広報活動など、行政側の都合に合わせた業務を任されるケースが少なくない。

上川町ではそうした運用を避け、代わりに「カミカワークプロデューサー」という独自の枠組みを設けている。移住者自身のスキルややりたいことを起点に、町との関わり方を設計していくという発想だ。

出典:上川町

現在、ガラスジュエリーは上川町の手仕事の一つとして根づいており、「大雪 森のガーデン」内には、HARIOが手がけるガラス工房「HARIO Lampwork Factory KAMIKAWA」も誕生した。屋外の作業が雪に閉ざされる冬でも、工房でのものづくりと全国への発送を続けている。

ガラスジュエリーを起点に、上川町に対して心が動いた企業と移住者が生まれた。しかし、心を動かされた訪問者のすべてが、こうして長く縁をつなぎ続けられるわけではない。そこには、また別の難しさがある。

上川町がこれまで見てきた中で、継続的に関わり続ける人と、一度の体験で満足して離れていく人との分かれ目は、町の中に自分の「役割」を見出せたかどうかにあるという。

自分のスキルややりたいことと、町のニーズが重なる場所を見つけた人は、長く上川町と関わり続けているのだという。

こうした「役割」を通じた関わりは、企業との連携においても同様の形で表れている。役場の制服に採用されているのは、地域包括連携協定を締結した株式会社コロンビアスポーツウェアジャパンの製品だ。

提供:上川町

そんな同社の窓口担当者は、上川町との関わりが深まるあまり、同僚から「最近、会社にいませんよね」と言われるほどになったそう。

実際に、年間のおよそ3分の1を上川町で過ごしていた時期もあったといい、業務としての滞在を重ねる中で、単なる取引先の担当者という以上の関係が育まれていった。

上川町と深く関わる企業の話を聞いていると、ある共通した流れが見受けられた。

すでに楽しそうに仕事をしている誰かの姿に刺激を受け、自分もまた、役割を楽しみながら引き受けていく。そうした循環が、世代やキャリアを問わず生まれているように感じた。

提供:上川町

企業全体の文化や、社風そのものを変えることは容易ではない。けれども、上川町のプロジェクトに深く関わった個人からは、「人生観が変わった」という声が多く聞かれるそうだ。

仕事の枠を超え、「自分の人生の一部」として上川町とつながり続けてほしい。そう感じてもらえるような関わり方を築いてきたと、小知井さんは語る。

国立公園の大雪山に抱かれ、豊かな自然に囲まれたこの町には、都会の喧騒からはほど遠く、ゆったりとした時間が流れている。それでいて、町を支える内側では「ベンチャー自治体」と評されるほどの速い意思決定、そして前衛的なプロジェクトが働いているのだ。

この二つが共存していることこそが、訪れる人の心を動かしているのかもしれない。

戸惑いから応援へ。住民が見つめてきた町の変化

企業や個人との関わりが積み重なる中で、上川町の住民自身の意識にも、少しずつ変化が生まれてきた。この3〜4年ほどで、町の空気は目に見えて変わってきたという。

大企業の関係者や都市部からの若い移住者の姿が増え、これまで見慣れなかった外国人観光客の姿も、商店街で珍しくなくなった。かつて顔見知りばかりが集まっていた地元の祭りも、今では半数以上が見知らぬ顔になっているという。

もっとも、この変化に対する住民の受け止め方は一様ではなく、「町が何をしようとしているのか分からない」という戸惑いの声も一定数あるという。

その一方で、当初から上川町の取り組みを支えてきたのは、年配の女性たちを中心とした応援の声だった。近年ではそこに男性の高齢者たちも加わり始め、「何か自分たちにできることはないか」と積極的に関わろうとする住民が、少しずつ増えてきているのだという。

そうした変化の中でも変わらずにあり続けているのが、町の中心部にある十字街に今も残る、昔ながらの食堂やスナックだ。区画整理を経て商店街の表情が少しずつ変わっていく中、ここだけは古くからの店が軒を連ねている。

長年にわたって店を守り続けてきたこうした店主たちを、上川町では親しみを込めて「レジェンド」と呼んでいる。70代、80代になってもなお、現役を続ける店主は少なくない。長年続けてきた店のシャッターを、簡単には下ろしたくないのだという。


Bagel & Herb tea hibi / 上川町産もち粉と道産小麦を使用したベーグルを販売。
十字街ではレジェンドによる老舗と新しい店舗が立ち並ぶ。

行政主導の先に見る、「流域」という発想

ここまで見てきたような取り組みは、他の自治体からの視察や、メディアでの紹介が相次ぐなど、先進的な事例として広く知られるようになってきた。もっとも、そうした外部からの評価がそのまま、上川町の内側での手応えと重なっているわけではないようだ。

上川町の取り組みは、現状ではまだ「行政主導型」の色合いが強い。企画を立案し、財源を確保し、事業を動かす主体は、今も役場であることに変わりはない。

民間の力を借りて進めている部分も少なくないが、外から見れば「役場がすべてを主導している」という印象を持たれやすい。この町がさらに成長していくためには、この構造そのものから抜け出す必要があるのだ。

その課題を乗り越える一手として動き出しているのが、行政だけでなく住民や企業、大学など多様な主体が関わる「流域」という視点に基づく、リジェネラティブな構想である。

提供:上川町

上川町は、大雪山国立公園の広大な自然に囲まれ、石狩川の源流に位置している。この立地を観光資源としてだけでなく、下流の大都市に対する経済的・環境的な価値として捉え直そうという発想だ。

上川町だけでなく、石狩川の下流に暮らす札幌市民のためにも、この自然環境を再生していく── そうした視点への転換が、いま目指されている。

提供:上川町

その背景には、近年多くの上場企業が直面している課題がある。企業活動が自然環境に与える影響やリスクを開示する、いわゆるTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)への対応が、投資家や取引先から求められるようになったのだ。

そこで上川町が実験の場と見立てているのが、石狩川の「流域」という視点だ。住民や市民が主体的に参加し、「どのようにリジェネラティブな未来を目指していくか」を共に検討していく体制づくりが進められている。

札幌市内の大学や企業を巻き込みながら、そこで得られる環境データを蓄積し、ネイチャーポジティブや環境再生型の経営を目指す上場企業が、それを価値として活用できる仕組みを構想している。

提供:上川町

この構想を具体的に推進するため、上川町は新たに「一般社団法人 カミカワミライデザイン」を設立した。

これまで町に関わってきたカミカワークプロデューサー(地域おこし協力隊員)や地域活性化起業人、連携協定を結んできた企業・大学を一つのプラットフォームに集約し、いくつかのテーマごとに実証実験を進めていく計画だという。

提供:上川町

この構想が目指す姿は、「一滴のみずが、やがて大きな未来をつくる」というイメージに重ねて語られている。ひとりの心が動くという「一滴」から始まり、その想いが仲間とのつながりである「小川」を生む。

「小川」はやがて、新しい価値や仕事を生み出す「河川」へと合流し、最終的には、地域の枠を超えて世界へとつながる「海」に至る。上川町という一つの町から生まれた小さな一滴は、こうして札幌へ、北海道へ、そしてその先の世界へと流れ出していく。

こうした取り組みが実現すれば、観光や滞在の意味合いそのものも変わっていくだろう。上川町は、大雪山の伏流水を仕込み水に用いたラーメンや日本酒など、水の質がそのまま味に直結する特産品で知られてきた町でもある。

源流の水が、やがて下流の暮らしや産業を支えているという「流域」の視点が広がるほど、この土地の水そのものの価値も、これまで以上に見直されていくかもしれない。

「感動人口」は、測れないからこそ面白い

もっとも、ここまで見てきたような実務的な成果と結びついているからといって、「感動人口」を厳密に定量化すればよい、という話でもないようだ。旗振り役の小知井さんは、この指標を数値化することには慎重な姿勢を見せる。

行政である以上、事業の意義や成果を、議会や住民に対して説明する責任がある。「感動人口」という考え方を、データとして体系立て、白書のような形でまとめようという構想が検討されているのも、そうした説明責任を果たすためだ。

裏を返せば、「感動人口」という指標は、これまであえて数字にせず、余白を残してきたからこそ、多くの人の関心や想像力をかき立ててきたとも言える。それを科学的に分析し尽くしてしまったら、この面白さは失われてしまうのではないだろうか。

提供:上川町

旅先での出会いを思い浮かべてみると、わかりやすいかもしれない。偶然出会った相手が、どんな人で、何を大切にしているのか。それを少しずつ時間をかけて知っていくからこそ、その出会いは記憶に残るものになる。

もし出会う前から、相手の人となりを示すデータをすべて渡されていたとしたら、そこには「知っていく」という時間そのものが存在しない。

「感動人口」という概念の核心には、定量化したい想いと、時間をかけてしか得られない「手触り」を守りたい想いとが、揺れ動いている。

定住人口でも、関係人口でもない。上川町が見据えているのは、心が動いた人の数を1億人、そしてその先の60億人へと広げていくという、壮大な目標だ。

その実現の道筋は、まだ描き切れていない部分も多い。それでも、大雪山に抱かれたこの小さな町から生まれた一滴の動きは、小川となり、海となり、やがて未来へと、少しずつ流れ出している。

地方創生とは、人口という数字を積み上げることなのか。それとも、一人の心が動いた先に何が生まれるかを、信じ続けることなのか。

上川町という小さな町は、その両方を天秤にかけながら、まだ誰も答えを出せていない場所を、果敢に歩み続けている。

取材協力:上川町 地域魅力創造課

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