瀬戸内の島から、世界へ。島で生き残るために、世界を目指す

瀬戸内海に浮かぶ小豆島。穏やかな時間が流れるこの島で、世界から注目されるオリーブオイルが作られています。手がけるのは、高尾農園の高尾豊弘(たかお・とよひろ)さん。高尾さんの人生が大きく動いたのは、今からおよそ二十年前のことでした。
もともとアパレル業を営んでいた高尾さん。規制緩和で大型店が進出し、商店街が目に見えて元気を失っていくのを間近で見ていました。
「このまま同じ商売を続けても、先はない」
そう感じた高尾さんは、この島で生きていくための次の一手を考え始めました。
人口は減り、島での衣食住の需要は縮小していく。それでも、島にいながら全国、そして世界と勝負できるものはないか。母方の実家が農家だったこともあり、検討を重ねた結果、オリーブに辿り着きました。

後発だからこそ、最初から世界基準で
当時、小豆島はすでにオリーブの産地として知られていました。つまり高尾さんは、いわば後発の農家。だからこそ、はっきりとした目標がありました。
日本一ではなく、「世界で通用する」オリーブオイルをつくる。
実は日本には、エキストラバージンオリーブオイルの明確な基準がありません。香りや味、酸度など、世界では厳しく評価される項目が、必ずしもチェックされていないまま流通しているのが現状です。
高尾農園のオリーブオイルは、イタリアの第三者検査機関による化学分析と官能評価を受け、国際基準で「エクストラバージン」と認められています。

ニューヨークでいきなり最高賞を受賞
「本場で認められる品質でなければ意味がない」
この姿勢は、国際認証の取得にとどまらず、世界のコンテストでも評価されています。2012年、ニューヨークの国際コンテストに初めて出品すると、結果はいきなり最高賞の「ベスト・イン・クラス」。世界が、その品質を正面から評価した瞬間でした。
「俺は油作って、フランスで一番なった時は嬉しかったし、ニューヨークでも一番やったしな」
受賞後のプレッシャーについて聞くと、
「まあ、ある程度はあったけど……もう一番取ったから、まあいっか」と笑顔で答えてくれました。
現在に至るまで、フランスやアメリカをはじめ、世界各地のオリーブオイルコンテストで数々の賞を受賞し続けています。

高尾農園に訪れるために小豆島へ
最初から国際基準を見据えたことで、世界的な評価を得ただけでなく、世界中から人が訪れるようにもなりました。シェフ、研究者、オリーブ生産者、食に関わる仕事をする人たち。彼らは観光のついでに高尾農園に寄るのではなく、高尾農園に訪れるために小豆島に来ているのです。
「一人だけがうまくいっても意味がない。業界全体が良くならなければ、農業の未来はない」と考え、採油場やノウハウを隠すことなく公開しています。
世界で認められた評価が、日本での信頼につながり、その信頼が、さらに人を呼ぶ。高尾農園は、価値を”外から内へ”と逆輸入することで、島に新しい流れをつくってきました。

未来へバトンを渡すとき
現在、高尾農園の日々の業務の多くは、息子の高尾耕大(たかお・こうだい)さんに託されています。高尾さん自身は町議会議員として、食文化の醸成にとどまらず、島の歴史の保存やエネルギー政策など、より大きな視点で「次の世代に何を残すか」に向き合っています。
畑のことも、島のことも、すべては未来につながっています。そのバトンをどう受け取り、どう次の世代へ渡していくのか。次は、耕大さんがどんな視点で農業と向き合っているのか、話をうかがいました。
「おいしさ」は、誰が決めるのか

高尾農園の二代目、高尾耕大(たかお・こうだい)さん。
世界に評価されるオリーブオイルづくりを小豆島で続けてきた父の背中を見て育ち、いまは農園の多くの実務を担っています。農園に入る前には、フレンチレストランや養蜂農家など、あえて農園の外にも身を置いてきました。
そこで耕大さんが向き合ってきたのは、「おいしさとは何か」という問いでした。
偏食だった子供時代と食に目覚めた瞬間
実は耕大さんは、かなり偏食の激しい子どもだったそうです。魚のわずかな臭みが気になって食べられなかったり、口にできる肉の種類が限られていたり。食卓で箸が止まることも多く、母親を困らせていたといいます。
転機になったのは、京都のすき焼きの名店で出会った肉、大原の田舎で味わった野菜の力強さでした。
「同じ食べ物なのに、こんなにも違うのか」
その驚きが、食に向き合う姿勢を大きく変えました。何が「おいしい」のかを、誰かに決められるのではなく、自分の感覚として持てるようになる。この体験が、耕大さんの食の原点になっています。
厨房で知った、食べる側の景色
農園を継ぐ前に外に出た理由のひとつが、「食べる側の視点を身体で知ること」でした。
フレンチレストランの厨房では、オリーブオイルがどんな場面で使われ、どんな表情を料理に与えるのか、口にした人がどんな反応をするのかをその場で受け取る経験も重ねてきました。
その経験から、「食は、つくる側だけで完結するものではない」という実感を得たそうです。
五感の先にある「六感」
耕大さんの仕事は、オリーブが根を張る「土」の状態を確かめることから始まります。
畑を歩きながら、葉の色や厚み、樹々の間隔、雑草の生え方に目を配る。足裏で土の感触を確かめ、湿り気や、ふと立ち上がる匂いの変化にも注意を向けるそうだ。
元気な土は、水分をただ抱え込むのではなく、必要な分を保ちながら、余分な水をきちんと逃がす力を持っている。一方で、力を失った土は、水を欲しがるばかりで、うまく蓄えることができない。
見た目では分かりにくいその違いを、耕大さんは「六感」で見極めていきます。この六感とは、「五感に、これまで畑で積み重ねてきた膨大な経験を掛け合わせたもの」。
土の状態や匂い、そしてオリーブの木が本来のポテンシャルを発揮できているかどうかを、理屈ではなく身体で感じ取っているのです。

甘さだけが正解になってしまった社会
最近、耕大さんが強く感じているのが、いまの食をめぐる違和感。
「果物を買うとき、何を基準に選びますか?」
多くの人が、無意識に糖度を見ているのではないだろうか。甘いことが正義で、甘ければ売れる。そんな分かりやすい価値が、売り場やメディアを通じて繰り返し強調されている。その結果、味の奥行きやバランスを感じ取る機会が、少しずつ失われているのではないか。耕大さんは、そう感じています。
「本来のおいしさは、甘さだけで決まるものではない。酸味や苦味、香りが重なり合って生まれる立体感。そこにこそ、食べ物の魅力がある」
高尾農園が、感覚を取り戻す場所になる
耕大さんには、農園を通じて伝えたいことがあります。
「自分が何をおいしいと感じるのか」を、自分の言葉で語れるようになってほしいということです。
甘さという分かりやすい指標だけに頼るのではなく、酸味や苦味、香りの奥行きを自分の感覚で捉えられるようになること。
そのために、まず必要なのが「気づき」。
農園で土に触れ、オリーブの木を間近で見て、搾りたてのオイルを味わう。その体験を通じて、五感で感じて欲しい。
耕大さんは、農園を訪れた人一人ひとりに、「おいしさとは何か」という問いを手渡そうとしている。そんな想いが、言葉の端々から静かに伝わってきました。

