【前編】では、大洲市が直面していた空き家問題のリアリティや、一般社団法人キタ・マネジメントが自ら資金調達のリスクを負って、歴史的建造物を再生してきた経緯をお伝えした。
しかし、空き家再生事業をいかにして地域経済の循環に結びつけ、持続可能な生業(なりわい)の場にしていくかが次なる課題となる。
本記事【中編】で焦点を当てるのは、インバウンド誘致の先を見据えた事業化のフェーズだ。今回、その裏側にある実務と対話のプロセスを紐解くため、一般社団法人キタ・マネジメントの井上さんにお話を伺った。

井上 陽祐さん
一般社団法人キタ・マネジメント 企画課係長・CMO / 株式会社KITA代表
愛媛県大洲市出身。双日(株)を経て大洲市へUターン。地域DMO設立に携わり、2018年に(株)KITAを創業。現在は日本最大級の分散型ホテル「NIPPONIA HOTEL 大洲城下町」のオーナーとして古民家再生に取り組む。

まちの未来を、地元の金融機関と育む。

空き家になった古民家をホテルや店舗に再生させ、歴史情緒ある城下町に賑わいを取り戻した、愛媛県大洲市。台湾を経由して松山空港へと入国する欧米豪の旅行者も多く、インバウンドの来訪者が年間約6万人(*1)も訪れるようになった。
現在の大洲市は観光客でにぎわい、出店希望者も集まる地域となっている。しかし、古民家再生の初期段階では、「人が来ない場所に誰が投資するのか」という大きな壁が立ちはだかっていた。
実際、多くの地域主導のプロジェクトは、この段階で行き詰まってしまうことが少なくない。こうした課題を乗り越えるための鍵の一つが、「地元の金融機関」をどのように巻き込むかである。
宿泊事業などを地域で立ち上げる際、運営事業者、行政、DMO、物件の所有者といった顔ぶれが揃うことは多い。しかし、行政や住民団体が中心となるケースにおいて、最初から地元の金融機関が同じテーブルについていることは、意外と少ないのだという。
なぜ、地元の金融機関を「初期から」巻き込む必要があるのか。最大の理由は、ハード整備に伴う “時間の歪み” を乗り越えるためだ。古民家を改修して事業を始める場合、まず数千万円から1億円規模の工事費を、工務店へ支払う必要がある。

しかし、実際に事業が動き出して家賃収益が生まれたり、行政の補助金が入金されたりするまでには、どうしても数ヶ月間のタイムラグが生じる。単年度で予算を組む行政の仕組みだけでは、資金繰りの隙間を支えることはできない。
この資金繰りの隙間を、短期や長期の借り入れを組み合わせながら細かく資金をつなぎ、工務店への支払いを滞らせることなく事業の健全性を保つ。これこそが、地元の金融機関の重要な役割となる。
キタ・マネジメント自身も、事業の構想段階から地元の金融機関と対話を重ねていた。「古民家再生に融資をつける」という、当時の銀行にとっては前例の少ない相談に対し、いきなり融資を求めるのではなく、まずは勉強会を開いて、お互いの理解を深めることから始めたという。
「お金を貸す側と借りる側」という垣根を越え、最初から同じ方向を向いて事業計画を練り上げる。決して最初からスムーズだったわけではなく、手探りの中で担当者と膝を突き合わせて伴走する体制をつくったことが、その後の事業を支えるしなやかな土台となっていった。
共に汗をかく、商いの伴走者。
先行投資によって「人が集まる土壌」が整いつつある大洲市だが、一つの企業が単独で借入を増やし続けるには、地元の金融機関の与信枠にも限界がある。そこでキタ・マネジメントは、自社で全ての改修リスクを負うフェーズから、少しずつ事業の形を変化させている。
具体的には、空き物件のサブリース(転貸)を行い、店舗の内部改修は「出店する事業者自身が行う」というモデルへの移行だ。

事業者にとっては初期投資の負担が生じるものの、すでに一定の来訪者が見込める環境が育っているため、見通しは立てやすい。キタ・マネジメントが間に入って適正な家賃水準を保つことで、月数万円程度の手頃な固定費で事業を試すことができる。
この安心感が後押しとなり、地元の果物店から「空き物件でかき氷店を始めたい」という声が上がったり、伊予市からサンドイッチ店が移転してきたりと、新しい挑戦の芽が次々と生まれている。

しかし、いくら家賃が手頃でも、内装工事などの初期投資は、地域の小さな事業者にとって大きな壁となる。そこで頼りになるのが国や自治体の補助金制度だが、現場には想像以上のハードルが存在しているのだという。
申請書類の作成から事業の精算報告に至るまで、そのプロセスは非常に複雑になっている。日々の商いに追われる地元の飲食店や小売店が、専門的な知識を要するこれらの手続きを単独でこなすのは極めて困難だ。
結果として、手続きに長けた外部の企業が間に入り、多額の手数料とともに制度を利用していくケースも少なくない。本当に資金を必要としている地域の事業者に、支援が届きにくい構造があるのだ。
キタ・マネジメントが力を入れている「伴走」の真意は、ここにある。単なる空き家の紹介や改修のアドバイスにとどまらず、彼らは事業者にかわって複雑な制度と向き合い、補助金申請から精算までの煩雑な実務を地道に引き受けている。
「初期投資という事業リスクを背負って大洲で商いを始めてくれた人たちを、いかに楽にしてあげられるかが大切」と、キタ・マネジメントの井上さんは語る。
制度の壁を取り払い、事業者が少しでも安心して本業に専念できる環境を整えること。そうした見えない実務のサポートの積み重ねが、地域の人々が無理なく商いを続けられるシステムを静かに支えている。
まちの日常をあたためる「関係人口」のつくり方

インバウンド来訪も堅調であり、新たな事業者が流入し、経済の循環が生まれつつある中で、キタ・マネジメントが次に見据えているのは、一過性の観光の先にある「関係人口」の創出だ。
観光客が順調に増えている今、なぜあえて関係人口へとシフトするのか。そこには、歴史的建造物を活用した観光まちづくりがいずれ直面する「物理的なキャパシティの限界」がある。
古民家は新しく建てることはできず、町の中で再生できる建物の数には限りがある。建物を増やし続けることや、ただ観光客の数を追い求めることだけでは、いずれ町の持続可能性は頭打ちになってしまう。
だからこそキタ・マネジメントは、より多くの人に「大洲との接点を持ってもらう」ための取り組みへと軸足を移している。具体的には、2030年までに5,000人の関係人口をつくるという目標を掲げ、その受け皿としてクローズドSNS「大洲カンパニー」を運用している。

プラットフォーム内では地域のボランティア募集や、市場に出回らない空き家情報などが共有され、来訪者と地域を日常的につなぐ役割を果たしている。

ただし、関わる人数をただ増やせばいいというわけではない。外部の人材を受け入れる際、地元の事業者に無理な負担をかけないための配慮が欠かせないからだ。
例えば、地元の酒蔵でのボランティア。安全管理や準備が必要な「醸造体験」となれば受け入れ側の負担は大きくなるが、「日本酒のラベル貼り」であれば手間も少なく、双方が気軽に関わることができる。キタ・マネジメントは地域のキャパシティを見極め、地元事業者が疲弊しない関わり方を丁寧に設計している。

また、仕組みをつくった後、人が来るのをただ「待つ」だけではないのが、キタ・マネジメントらしい強さだ。
町に足りない要素があれば、SNSや手作り作品の販売サイトなどを通じて、自ら直接メッセージを送って声をかけることもあるという。すでにファンがいて、自身の腕一本で生計を立てているアクセサリー作家や、企画から執筆・販売までを一人で手がける「一人出版社」などに、古民家での工房兼住居を提案しているそうだ。
遠方の人に突然声をかけるため、断られることの方が多い。それでも「この人が町にいたら似合うだろうな」という想像を頼りに、地道なアプローチを続けている。生まれ育った大洲のまちを大切にする、井上さんの想いがここにはある。

視察を「事業の種」に変える。実務の手ざわりを共有する研修
これまで見てきたような官民連携のスキームや、「大洲カンパニー」を通じた関係人口創出などの取り組みを踏まえ、大洲市には全国の企業や自治体から絶えず視察の依頼が寄せられている。
しかしキタ・マネジメントは、これらを単なる「成功事例の見学会」で終わらせることはしない。自社の知見を活用した実践的な「企業・自治体向け研修」としてプログラム化し、受け入れているのだ。

綺麗に整備された町並みを歩き、事業スキームの概要を聞くだけでは、なかなか自地域の実務には落とし込めない。大洲の研修が提供する価値は、その裏側にある実務のプロセスに触れられる点にある。
実際に、研修をきっかけに地域のステークホルダーが一つにまとまり、事業の進め方が大きく変わった地域もある。当初は地元の金融機関が主体となって研修に参加していたが、回を重ねるごとに、その顔ぶれは広がっていったという。
銀行の担当者だけでなく、次の研修には市役所の行政担当者が加わり、さらには地元の商工会議所のトップを連れて再び大洲を訪れる。毎回来るたびに実務のヒントを持ち帰り、次に巻き込むべきキーマンを連れてくるのだ。
こうして適正なステークホルダーを段階的に巻き込んでいったことで、当初は「古民家の再生」単体に置かれていた主眼が、大洲側との対話を通して「地域の核となる施設の管理運営をしっかりと取りにいくべきだ」という、より本質的な戦略へと舵を切ることになった。
大洲の研修は、参加者がノウハウを学ぶだけでなく、地域内で同じ方向を向くための「合意形成の場」としても活用されているのである。

また、ある自治体のケースでは、初回の研修を経て、構想の早い段階で「金融の専門家に実務の仕組みを共有しておく」必要性に気づいた。改修工事の支払いから、実際の家賃収益や補助金が入金されるまで、「資金繰りの隙間」が生じるためだ。そこで、大洲での2回目の研修には、地元の金融機関を巻き込んで参加するようになった。
とはいえ、金融機関にとって古民家再生への融資は、決してメインストリームの事業ではない。だからこそ、地域の金融機関を巻き込む際に最も重要なのは、「面白がってくれる『いい担当者』を見つけ出す努力」なのだという。
複数の金融機関に声をかけ、時には断られながらも、地域のために共に汗をかいてくれるパートナーを探し当てる。その地道なプロセスこそが、事業の命運を分ける。
「結果がどうあれ、まずは周囲を巻き込んでみる。その一歩を踏み出す勇気を、研修を通して持ち帰ってほしい」と、キタ・マネジメントの井上さんは期待を込める。

また、キタ・マネジメントの研修が目を向けているのは、地方の自治体や金融機関だけではない。実は、地域で子会社をつくり、資金を調達して開発を進めるスキームは、大型ショッピングモールの運営管理を行う大企業のノウハウと非常に似ているのだという。
現在、都市部では地価の高騰などにより、大規模な再開発は年々難しくなっている。だからこそ、事業推進のリソースやナレッジを持つ大手デベロッパーやインフラ企業が地方に目を向ければ、そこには新しい事業の種が眠っている。「大企業の方々こそ、次のビジネスチャンスを地方に見つけてほしい」と井上さんは語る。
空き家再生を通じた「観光まちづくり」に終わりはなく、正解もない。城下町を再生させ、確かな実績を持つキタ・マネジメントには、大洲の答えを押し付けるのではなく、それぞれの問いに寄り添ってくれる “伴走者” としての頼もしさがある。
「視察・研修」と聞くと、成功事例から学び、気づきを持ち帰る場だと思いがちだ。しかし、「空き家」と言ってもその実態は、地域ごとに全く異なる。城下町という特異な歴史的文脈の上に成り立つ大洲の答えは、そのまま別の地域には使えない。
それでも私たちは「大洲の成功を真似したい」と正解を求め、訪れてしまう。そのことに、話を聞きながら静かに気づいた。
大洲の研修が提供するのは、答えではなく、自分たちの地域固有の「問いを立てる力」だ。地域それぞれの課題は、向き合うほどに重さが増していく。「もう少し事例を集めてから」「正解が見えたら動こう」という落とし穴に、気づかぬうちに踏み込んでしまうのかもしれない。
しかし、同じ問いを抱えた仲間と「共に考える場」があるなら、その一歩は、ずっと軽くなるように感じる。大洲の研修が、合意形成の場として機能する理由は、ここにある。「正解を持ち帰る場」ではなく、共に「踏み出す場」なのだ。
町の未来を思い描きながら、地道な行動を支え続ける。そんな井上さんの姿を見ていると、次の世代に手渡す日本の風景を、共に描いていきたいという気持ちが、静かに湧いてきた。
取材協力:キタ・マネジメント
記事でご紹介したように、空き家再生やまちづくりを前進させる鍵は、単なる表面的な成功事例の模倣ではなく「裏側の実務」と「関係者との合意形成」にあります。
一般社団法人キタ・マネジメントの「企業・自治体向け視察・研修」は、大洲の知見を活かし、皆さまの地域固有の課題に寄り添う実践的なプログラムです。
- 金融機関や行政担当者を巻き込む「合意形成」の場として
- 補助金や資金繰りなど「見えない実務」を学ぶ場として
- 大企業が地方で「新たなビジネスの種」を見つける場として
単なる見学にとどまらない、実務の手ざわりと対話のプロセスを、皆さまの地域にも持ち帰ってみませんか?
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