グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会(GSTC)が主催するグローバル・サステナブル・ツーリズム・カンファレンスが、2026年はタイ・プーケットで開催され、世界各国から宿泊事業者、観光地、認証機関、政策担当者が一堂に会した。リジェネ旅は現地に赴き、オープニングからクロージングまで一連の議論を取材した。
編集部が注目したGSTCグローバルカンファレンス2026の3つのポイント

①EUの動向にも注目、サステナビリティをめぐる認証の動向
今年のカンファレンスで参加者の関心が特に高かったテーマの一つが、EU(欧州)のEmpCo指令だ。正式名称は「Empowering Consumers for the Green Transition Directive(グリーントランジションのための消費者エンパワーメント指令)」で、いわゆるグリーンウォッシング(実態を伴わない環境配慮の訴求)を法的に規制するEUの消費者保護法にあたる。
この指令は2024年3月に発効し、EU加盟国は各国で国内法化、2026年9月から適用開始となる予定の法的拘束力を持つ規制である。企業が「エコフレンドリー」「カーボンニュートラル」「サステナブル」といった表現を根拠なく使用するケースが増えていることを背景に、消費者が信頼できる情報に基づいて選択できる市場環境を整備することを目的としている。
特にサステナブルツーリズム分野では各種認証の重要性が高まっており、認証機関や認証スキームには以下のような要件が求められる。
- 認証スキームは透明性・公正性・非差別性が担保され、すべての事業者に開放されていること
- 要件は関連する専門家やステークホルダーとの協議を経て策定されていること
- サステナビリティラベルは、公的機関が発行するか、一定の最低基準を満たす認証スキームに基づくものであること
- 事業者による独自の自己認証ラベルは原則として制限されること
このような規制強化により、観光産業においては「サステナブルホテル」「エコツアー」といった表現がEUでどの程度通用するかが、より厳密に問われるようになる。そのため、GS国際的な認証の取得が、実質的な信頼性の証明手段として一層重要になってきている。
②ラグジュアリー・グローバルホテルチェーンが、サステナビリティの取り組みをさらに加速
サステナビリティの実装は、経済合理性が成り立ちやすい領域から先行して進む。その最前線に立つのが、ラグジュアリーホテルやグローバルホテルチェーンだ。大規模な事業基盤をもつホテルチェーンは、規模の経済が働きやすく、再生可能エネルギーの導入やサプライチェーンの見直しといった投資を回収しやすい構造にある。だからこそ、業界全体のなかでも取り組みの加速が際立っている。
今年のグローバルカンファレンスでも、こうした動きは鮮明だった。宿泊施設のサステナビリティ対応を支援する事業者の参加も目立ち、ホテルセクターが業界変革の牽引役として存在感を高めていることが伝わってくる。経済合理性と持続可能性が交差するこの領域は、今後もサステナブルツーリズムの実践モデルを生み出す場として注目だ。
③MICEおよびエンターテイメントイベントへのサステナビリティの波及
サステナビリティの議論は、宿泊やツアーオペレーター、観光地にとどまらず、MICE(会議・報奨旅行・国際会議・展示会)やエンターテイメントイベントの領域にも急速に広がっている。本カンファレンスでは、イベント運営における環境負荷の可視化、サプライチェーン全体での排出削減、地域経済への波及効果の最大化といった視点が共有された。会場選定から移動手段、ケータリング、廃棄物管理に至るまで、イベント全体を通じた包括的なサステナビリティ設計の重要性が強調された。

さらに注目すべきは、参加者体験そのものを価値転換の対象とし、単なる集客イベントから「地域と共創する再生型イベント」へと進化させる動きだ。こうした方向性は、カンファレンス自体の運営にも体現されていた。食事は野菜・魚中心でプラスチック製品はほぼ使用されず、バナーや旗などの装飾はデジタルで代替。会場間の移動にはEVバスが提供され、国際会議が目指すべきひとつのモデルを示した。

MICEとエンターテイメントは今後、観光と並ぶ形で、デスティネーションの持続可能性を左右する重要な産業領域として位置づけられるだろう。


リジェネラティブの視点で読み解く

リジェネ旅が大切にしている「リジェネラティブ(再生)」の視点から今回のカンファレンスを振り返ると、いくつかの重要な示唆が浮かび上がる。
ひとつは、「害を減らす」から「価値を生む」への移行が、宿泊産業や一部のツアーオペレーターにおいて着実に進んでいるという実感だ。フードロスの削減がゲスト体験の向上につながり、障がい者雇用が組織のレジリエンスを高める。持続可能性への取り組みが「犠牲」ではなく「豊かさの創出」として機能している事例が、世界各地で積み上がっている。
もうひとつは、スタンダード(基準)と物語の共存の重要性だ。ISOベースの認証や数値KPIは欠かせない基盤だが、それだけでは人は動かない。タイのホテルが「なぜ野菜を一緒に育てるのか」という物語を通じてゲストと共鳴するように、サステナビリティは「数字」と「体験」の両輪で初めて文化になる。
そして、日本にとっての問いがある。EUの規制動向も含め、国際市場ではサステナビリティの「証明」が問われる時代になっている。日本の観光産業がこの流れをどう捉え、自分たちの文脈にどう翻訳していくか。その対話と実践の場を、リジェネ旅は引き続き追いかけていく。
本カンファレンスのいくつかのセッションで、「完璧を求めるな、前進せよ(Progress over perfection)」という言葉が繰り返された。サステナビリティは、到達点ではなくプロセスだ。そのプロセスを豊かなゲスト体験として届け、現場スタッフの誇りとして積み上げ、地域社会の再生へとつなげていく。それが、リジェネ旅が描く観光の姿でもある。
世界の議論は着実に前進している。日本の観光現場も、その流れのなかで自分たちの立ち位置を問い直す時が来ている。
続いて本カンファレンスでは、サステナビリティに対して積極的なコミットメントと多様な取り組みが共有されたラグジュアリーホテルやグローバルチェーンの動向について考察した。
サステナブルな旅行への需要は供給を超えている

「サステナブルな旅行への需要は、すでに供給能力を上回っている」
これはオープニングセッションで登壇したSiew Kim Beh氏(The Ascott Limited 最高財務・サステナビリティ責任者〈Chief Financial & Sustainability Officer〉兼 日本・韓国統括マネージングディレクター)の発言である。
同氏は、ファイナンスとサステナビリティの両領域を統括するという異例のポジションにあり、その立場から次のように断言する。
「サステナビリティは企業価値を守るための取り組みであり、コストではなく投資である」
実際、アスコット・グループが直面しているのは顧客ニーズの変化だけではない。機関投資家からは気候変動リスクへの対応が強く求められ、法人顧客のRFP(提案依頼書)ではEcoVadisなどのサステナビリティスコア提出が求められるケースも増えている。こうした構造変化の中で、「対応しないこと自体のコスト」は年々増大している。
その具体例として同氏は、「エネルギーコストがわずか1セント上昇するだけで、グループ全体では500万ドル以上のコスト増につながる」と指摘した。サステナビリティ投資を単なる追加コストではなく、リスクヘッジを含む経営判断として捉える視点は、日本の観光業界にとっても示唆に富む。
また、GSTCのフレームワークを活用した「Ascott Cares」プログラムについては、「完璧を目指すのではなく、継続的な改善を優先した」という姿勢が印象的だった。各国にサステナビリティ協議会を設置し、現場の“サステナビリティ・チャンピオン”が主体的に取り組む体制を構築している。さらにKPIには全物件のGSTC認証取得を組み込み、経営指標として明確に位置づけている。
Dusit Thaniから学ぶ「ゲスト体験としてのサステナビリティ」

同じくオープニングセッションで登壇した、国際的にも有名なタイのラグジュアリーホテルのDusit Thaniのプラチューム・タンティプラセーツック(Prachoom Tantiprasertsuk)氏は、創業者の哲学である「事業・社会・人材育成のバランス」を軸にした経営について語り、「マインドセットの転換」「ステークホルダー間の合意形成」「オーナーの短期収益志向との調整」「現場での一貫した実行」といったテーマが挙げられ、それらを乗り越える鍵として、強いリーダーシップと現場への権限移譲(エンパワーメント)が強調された。
特に印象的だったのは、農場を活用したゲスト体験の事例だ。敷地内や近隣の農場で野菜や卵を収穫できる体験は、単なる環境教育ではなく、記憶に残る宿泊体験として機能している。満足度調査にもその効果が反映されており、サステナビリティを「体験価値」として提供するという発想は、リジェネ旅が重視する再生型ツーリズムの考え方と重なる。
また、タイのホスピタリティ文化とサステナビリティの関係については、司会者から「なぜ両者は緊張関係を持ちやすいのか」という問いが投げかけられた。同氏は、「タイの接客文化はゲストのあらゆる要望に応えようとする傾向があり、それがアメニティ削減や選択肢の制限と衝突することがある」と率直に述べた。そのうえで、「なぜそれを行うのかを丁寧に説明し、協力してくれたゲストをきちんと称えることで理解は広がる」と語った。
フードロス削減はホテル業界におけるサステナビリティの重要課題

「サステナブルマネジメントシステムは現場チームのためにある」
中国を拠点とするアコーホテル(Accor Greater China)のGrace Xiang(グレース シャン)氏はオープニングセッションで語った。アコー・グレーター・チャイナが特に力を入れて取り組んでいることは、フードロス(食品廃棄)の計測と可視化だ。厨房スタッフが日々の食材廃棄量をデータとして把握できるようにしたところ、シェフたちは自発的に購入量や盛り付けを見直し始めた。ランチのピークアウト後にセミビュッフェを導入したのも、現場の発案だ。結果として廃棄が減り、ゲスト体験の質も向上した。
このエピソードが示すのは、「サステナビリティ指標は外部への報告書のためにあるのではなく、現場が判断し行動するためのツールである」という本質だ。測定と報告を「コンプライアンスの義務」ではなく「オペレーション改善の羅針盤」として位置づける。この発想の転換が、組織全体のサステナビリティ文化を育てる。同氏も同様の文脈でこう述べた。「財務報告と同じです。データは今自分たちがどこにいるかを示し、次にどこへ向かうべきかを教えてくれる」。
サステナブルツーリズムの現在地と課題

サステナブルツーリズムとは、持続可能なまちづくりのための手段としての観光という視点から、地域や事業者に管理システムを導入し、ビジネスモデルとサプライチェーンの再設計を促すものだ。今年のカンファレンスでも、誰もが知っているホテルブランドやそのサステナビリティ支援を手がける事業者の参加が目立った。
ただ、ここからが観光産業にとっての本当のチャレンジだ。今回のカンファレンスでは、零細・中小企業をどうやって変革の波に巻き込んでいくかを議論するセッションも多かった。ツアーオペレーター、観光地、MICE、テーマパーク、小規模事業者をどうサステナビリティの変化に巻き込んでいくか。サステナビリティを推進するリーダーたちにとって、最大の問いはここにある。
観光産業も、いよいよ本気のコミットメントと行動が求められるフェーズに入った。今回のカンファレンスはそう確信させるものだった。
(取材・文:市川隆志/リジェネ旅編集部)
本記事はGSTC Global Conference 2026(2026年4月、プーケット開催)の取材に基づいています。

