観光は地域に収入や雇用をもたらします。一方で、旅行者の増加が自然環境や住民の暮らしに負担を与えることもあります。地域の価値を守るだけでなく、訪問をきっかけに良い変化を生み出すには、どのような観光が必要なのでしょうか。
こうした課題に向き合う考え方が、リジェネラティブツーリズム(再生型観光)です。
本記事では、現地取材や国際会議での取材、独自リサーチをもとに、リジェネラティブツーリズムの事例を日本国内の3地域と、海外の2地域から紹介します。
地域の主体性、旅行者の関わり方、自然・文化・地域経済への還元という視点から、地域をより良くする観光の形を見ていきましょう。
リジェネラティブツーリズム(再生型観光)とは

リジェネラティブツーリズム(再生型観光)とは、観光による悪影響を減らすだけでなく、旅を通じて地域をより良い状態へ導くことを目指す観光のあり方です。
似た考え方として、地域の環境や文化への負担に配慮し、地域資源や住民の暮らしを守る「サステナブルツーリズム」があります。リジェネラティブツーリズムはサステナブルツーリズムの考え方を土台としながら、自然環境の回復、文化の継承、地域内での経済循環など、より積極的な変化をうながします。
リジェネラティブツーリズムの解説については「リジェネラティブツーリズム(再生型観光)とは」をご覧ください。
リジェネラティブツーリズム(再生型観光)を読み解く3つの視点

地域によって課題や資源は異なるため、リジェネラティブツーリズムに一つの正解はありません。ただし、各地の事例が地域の再生につながっているかを読み解くうえでは、共通する3つの視点があります。
地域が抱える課題と目指す未来を起点にしているか
リジェネラティブツーリズムでは、旅行者を増やすこと自体を目的とせず、地域が抱える課題と住民が望む未来を出発点にします。
まずは、地域住民や地元の事業者などが話し合い、観光を通じて守りたいものや改善したい課題を共有することが重要です。そのうえで、地域が目指す姿から逆算し、必要な取り組みや旅行者との関わり方を考えます。
事例を見る際は、地域住民がどのように方針づくりや意思決定に参加しているかや、地域の将来像がどのように観光の取り組みに反映されているかを、確認しましょう。
観光による利益が地域の自然・文化・社会・経済に還元されているか
リジェネラティブツーリズムでは、観光で生まれた利益を地域内に残し、地域が必要とする分野へ還元することが重要です。
たとえば、自然環境の保全や文化財の修復に再投資するほか、住民の活動を支援したり、地域内からの仕入れや雇用を増やしたりする方法があります。こうした還元によって、自然、文化、社会、経済の各分野に良い変化を生み出せます。
成果を判断するときは、旅行者数や売上の増加だけでなく、利益が地域内にどれだけ残り、何に使われ、その結果どのような変化が生まれたかを確認しましょう。
旅行者が地域の未来に関われる仕組みがあるか
旅行者を地域の未来づくりに関わる一員として捉えることも、リジェネラティブツーリズムの重要なポイントです。
地域の歴史や課題を学び、住民と対話し、保全活動などに参加することで、旅行者の意識や行動は変わります。その変化が地域への良い影響につながり、さらに周囲へ広がる流れが理想です。
リジェネ旅が発行する『インパクトガイドブック』では、旅による変化を「つながる」「変わる」「再生する」「広がる」の4段階で整理しています。
「旅という手段を使って、地域や社会をより良くしたい」
そう願うすべての人のために、旅がもたらすポジティブな影響を体系的にまとめたガイドブックを作成しました。
本資料では、旅の影響を「環境・社会・経済・文化」の4つの分野に分類。
さらに、変化が生まれるプロセスを「つながる→変わる→再生する→広がる」の4ステップで整理しています。
専門知識がなくても、旅が持つ本来の力を構造的に理解し、具体的なアクションに繋げることができる一冊です。
日本国内のリジェネラティブツーリズム(再生型観光)の事例3選

リジェネラティブツーリズムは、実際の地域でどのように形になり、自然や文化、地域社会にどのような変化を生み出しているのでしょうか。ここからは、リジェネ旅が行った取材をもとに、日本国内のリジェネラティブツーリズムの事例を3つ紹介します。
愛媛県大洲市|歴史的建造物を再生し、城下町に人を呼び戻す
愛媛県大洲市では、人口減少や空き家の増加により、城下町に残る歴史的建造物や町並みが失われる危機に直面していました。そこで、地域DMOの一般社団法人キタ・マネジメントと、歴史的建造物の改修・賃貸・管理を担う株式会社KITAが中心となり、建物所有者や地域の関係者との対話を重ねながら古民家の再生を進めています。
再生された古民家の一部は、分散型宿泊施設「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」の客室として利用され、ほかの物件も店舗などに活用されています。

事業の構想段階から地元金融機関と協力して資金調達の仕組みを整えたほか、店舗を比較的少ない固定費で借りられる仕組みを設け、地域内外の事業者が新しい商いに挑戦しやすい環境をつくりました。
また、宿泊事業で得た収益の1割は市の歳入となり、文化財保全の原資として活用されています。事業収益を景観の維持や空き地の整備などにも再投資することで、歴史的な町並みの保全と地域での暮らしを支えています。



島根県海士町|旅行者を島の未来に関わる仲間として迎える
島根県の隠岐諸島にある海士町では、旅行者を一度きりの訪問者ではなく、島の未来をともにつくる「関係人口」として迎えています。その姿勢を象徴する言葉が「みんなで、しゃばる」です。立場や島で暮らした年数にかかわらず、誰もが島の課題を自分ごととして捉え、力を持ち寄る文化を表しています。
この文化を観光に生かす拠点の一つが、株式会社海士の運営する「Entô」です。

同施設は、2021年に「泊まれるジオパークの拠点」として開業し、短期滞在中心だった前身の宿泊施設から、滞在時間と体験の質を重視する施設へ転換しました。旅行者を地域の飲食店や土産店へつなぎ、島全体へ経済効果を広げています。
旅行者との関係を島の未来へつなげるには、人の交流だけでなく、島外から得た資金を島内で循環させる仕組みも欠かせません。その役割の一端を担うのが、まちづくり会社のAMA Holdings株式会社です。
同社は、海士町のふるさと納税を支援し、「海士町未来共創基金」の事務局も務めています。ふるさと納税による寄付の一部は基金に積み立てられ、島内の新しい事業に活用されます。
このように海士町では、Entôを通じて旅行者と地域との関係を育み、基金を通じて島外の資金を新しい仕事や環境保全へつないでいます。


北海道・知床|「クマ活」で人とヒグマの共生を考える
世界自然遺産・知床では、ヒグマと住民の暮らし、観光が近い距離にあります。観光客がヒグマを見るために車を止めたり、過度に接近したりする行動は、ヒグマの人馴れや交通事故、人身事故のリスクを高める原因となっています。
こうした課題に向き合う活動が、北こぶしリゾートと知床財団の連携から始まった「クマ活」です。

クマ活の主な活動は「草刈り」です。市街地周辺にある背の高い草を刈って見通しを良くすることで、人とヒグマが不用意に出会いにくい環境を整えています。他にもクマ活では、ヒグマを生活圏へ引き寄せないためのごみ拾いや、ヒグマの知識を広めるための普及啓発活動が行われています。

旅行者が自然を楽しむだけでなく、地域の課題解決へ直接参加できるよう設計されている点が特徴です。


海外のリジェネラティブツーリズム(再生型観光)の事例2選

海外では、先住民の価値観や地域との対話を生かしたリジェネラティブツーリズムが進んでいます。2つの事例から、日本の観光地づくりにも役立つ視点を紹介します。
ニュージーランド|マオリの世界観から自然との関係を学ぶ
ニュージーランドのリジェネラティブツーリズムには、人と自然、土地、地域社会、未来世代のつながりを重視するマオリの世界観が反映されています。たとえば、「Kaitiakitanga(カイティアキタンガ)」は、土地や海を守り、より良い状態で未来世代へ引き継ぐ責任を表す考え方です。これに則り、観光においても、地域から何を得るかだけでなく、人や土地へ何を返せるかが重視されます。

この考え方を旅行者向けに落とし込んだ行動指針が「Tiaki Promise(ティアキ・プロミス)」です。自然を守ること、安全に旅をすること、地域の文化を尊重することを呼びかけ、旅行者を一方的な消費者ではなく、土地を守る責任を分かち合う存在として迎え入れる姿勢を表しています。
こうした「旅行者も土地の守り手になる」という考え方は、地域の取り組みにも広がっています。たとえば、クイーンズタウン湖地方では、地域基金「Love Queenstown(ラブ・クイーンズタウン)」が、旅行者や観光事業者から集めた寄付を気候変動対策や自然保全、生物多様性の回復に活用しています。



カナダ・ビクトリア|観光を文化継承と環境負荷の軽減につなげる
カナダでは、旅行者数や消費額だけで観光の価値を測るのではなく、旅行者が地域とどのような関係を結び、その土地を豊かにできるかが重視されています。ビクトリアの取り組みは、この考え方を文化と環境の両面から示しています。
文化面では、観光が先住民族の文化を次世代へつなぐ機会として活かされています。

ビクトリア港でカヌーツアーなどを行うSonghees Toursは、先住民族Songhees Nationが設立した観光事業者です。同社は、Songhees Nationに属する15歳以上の若者9人を採用しました。若者たちは観光客との対話を通じて文化を伝え、経験を重ねるなかで、自らのルーツへの自信と誇りを深めています。
一方、環境面では、旅行者の移動による負荷を現実的な方法で減らしています。交通・クルーズ拠点の運営に携わるSSA Marineは、56人乗りのバスを80人乗りの二階建てバスへ切り替え、一人当たりの排出量削減と交通渋滞の緩和を図りました。
カナダ・ビクトリアの取り組みは、観光を文化の紹介や集客だけで終わらせず、若者の育成、相互理解、環境負荷の軽減へつなげる実践として捉えられます。



5つの事例に共通するリジェネラティブツーリズム(再生型観光)の実践ポイント

5つの事例は、地域の課題も取り組み方も異なります。一方で、地域の再生につなげるための考え方には、共通する実践ポイントがあります。
地域の課題と目指す未来を多様な担い手と共有する
地域で観光を進める際は、住民、行政、観光事業者、宿泊施設など、多様な担い手が、「観光によって何を守り、どのような地域を目指すのか」を共有することが重要です。
立場が異なれば、重視するものも異なります。住民は暮らしや文化、事業者は雇用や事業の継続性、行政は公共性や地域全体への効果を重視するでしょう。こうした違いをすり合わせないまま進めると、一部の関係者へ利益や負担が偏り、地域全体にとって望ましい結果につながらないおそれがあります。
そのため、企画段階から継続的な対話の場を設け、観光の目的、各主体の役割、意思決定の方法、成果を測る指標を合意しておく必要があります。また、外部の企業や専門家が参加する際は、地域へ正解を持ち込むのではなく、地域の意思に沿って不足する知識や資金、ネットワークを補うよう意識することが大切です。
旅の前・滞在中・旅の後に、旅行者が関われる接点を設計する
旅行者と地域の関係を一度きりの滞在で終わらせないためには、旅の前から旅の後まで、段階に応じた接点を一続きに設計することが重要です。
まず、旅の前に地域の歴史や文化、抱えている課題を伝えます。背景を知ることで、旅行者は訪問する意味を理解し、地域への関心を深められるでしょう。その理解をもとに、滞在中は地域の人との対話や日常生活に触れる体験、保全活動、地元の店を利用する機会などを用意します。
ただし、地域への貢献を旅行者へ一方的に求めてはいけません。人や自然とのつながりを実感できる体験を通じて、「もっと知りたい」「自分にもできることをしたい」という気持ちを引き出すことが大切です。
さらに、旅の後も、再訪、地域産品の購入、寄付、情報発信などの選択肢を示せば、滞在中に生まれた関心を次の行動へつなげられます。旅の各段階を切り離さずに設計することで、旅行者と地域が継続的に関係を育てられるようになります。
収益の還元先と成果指標を決め、継続的に改善する
観光を地域の再生につなげるには、得られた収益をどこへ還元するのかをあらかじめ決め、その効果を測りながら仕組みを改善していく必要があります。
その第一歩となるのが、食材や商品の地域内調達と、住民がガイドやスタッフとして働ける機会づくりです。こうした取り組みによって、旅行者の消費が地域の仕事や収入へ結びつき、資金が地域内を循環する流れを生み出します。
さらに、収益の一部を自然保全、歴史的建造物の修繕、文化継承、後継者育成などへ再投資すれば、地域の将来を支える基盤も育てられます。
地域内調達や雇用、再投資が地域にどのような変化をもたらしたのかを把握するには、成果を継続的に検証する必要があります。そのため、企画段階から成果を測る指標を設定しましょう。
旅行者数や売上に加えて、住民の暮らしへの影響、雇用、資金の地域内循環、自然環境の状態、文化の担い手などを定期的に確認することが大切です。その結果をもとに収益の配分や取り組みの内容を見直すことで、地域への効果を継続的に高められます。
リジェネラティブツーリズム(再生型観光)の事例から学び、地域をより良くする旅へ
今回紹介した5つの事例では、いずれも地域住民や観光事業者、行政、旅行者が協力しながら、自然、文化、社会、地域経済に良い変化を生み出しています。
取り組み方は地域によって異なりますが、地域が抱える課題と目指す未来を起点にすること、旅行者が継続的に関われる接点を設けること、観光による収益を地域へ還元することは共通しています。
まずは地域の課題や守りたい価値を整理し、誰とどのような未来を目指すのかを共有することが大切です。5つの事例を参考に、観光を地域の再生につなげる仕組みを検討してみてください。
