「人間が自然とのつながりを取り戻す」ために観光ができること——持続可能な未来のために

人類は自然とのつながりを失いつつあります。2025年7月に学術ジャーナル『earth』が掲載した研究[1]によると、人間が自然と触れ合う機会はこの200年の間におよそ60%も減少したということです。
この傾向は数世代にわたって続いています。世界的に都市部への人口集中化が進み、自然環境が破壊されてきました。自然に接する機会を少なくしか持たない世代が親になり、その子どもはますます自然と離れた生活が当たり前になっていく。そんな負のスパイラルが進行中です。
論文著者たちは、人類が自然との関係性を見直し、「再接続(reconnection)」を図ることは不可能ではないと述べています。
ただし、それは教育、都市計画、地域コミュニティの再構築、文化政策、さらには社会制度全体の見直しといった包括的かつ長期的な取り組みを必要とします。単なる啓発や一過性のキャンペーンではなく、ライフスタイルそのものを見直す必要があるという指摘は、観光産業にとっても見過ごせない警鐘です。
「自然とつながっていたい」という感情は、文化や世代を超えた根源的な欲求であると、多くの研究が示しています。
たとえば、2023年6月に学術ジャーナル『Science Advances』が掲載した研究[2]によると、人は緑が豊かな場所に住むと、都心部に住む場合と比較して、平均寿命が2.5年以上延びる可能性があるということです。自然との関わりは人間の幸福感や価値観そのものに変化を及ぼしていると考えられるのです。
美しい風景に心を動かされ、森の匂いに懐かしさを覚え、海の波音に癒やされる——こうした反応は、単なる感傷ではなく、生物として自然と深く関わってきた証拠とも言えるでしょう。
都会を脱出し、自然が豊かな場所に移り住む人はいます。しかし、それはだれにでもできることではありません。だからこそ、「旅」が自然と再接続するための重要な手段として注目されています。観光産業は、単に非日常を提供するだけではなく、人間が自然との関わりを取り戻ための貴重なプラットフォームになり得ます。
また、五感を通して自然とつながる体験の重要性はますます高まっています。具体的な方法としては、以下のようなものが挙げられます。
・山を歩く(ハイキングや登山)
・海を眺める(海岸沿いの散策やクルージング)
・森の中で深呼吸する(森林浴)
・地域の自然や文化に触れる(伝統的な農作業体験など)
この「身体性」と「自然とのつながり」を再び取り戻すことで、サステナブルな未来が見えてくるのではないでしょうか。
日本は幸いにも、豊かな自然と多様な文化資源に恵まれた国です。四季折々の風景、里山文化、森林浴や温泉、棚田や伝統的農法の景観など、訪れる者の感覚を目覚めさせる素材が各地にあります。
こうした「自然との再接続」をテーマに据えた観光コンテンツは、日本人にとっても、訪日外国人にとっても、魅力的であり、地域振興とサステナビリティを両立させる可能性を秘めています。
自然景観を提供するだけではなく、それを体験する環境を維持し、異文化や人との出会いといった「文脈」を与えることで旅の価値はさらに高まります。
そのためには、観光地そのものも自然環境に対する配慮を怠らず、持続可能な運営を行う必要があります。訪れる人と迎える地域、双方が「自然の一部として生きる」という感覚を共有できる場をつくることが、今後の観光産業に期待される役割と言えるでしょう。
参考文献