イタリアのデジタルノマド戦略|サステナブルな地域活性と国際リモート人材への期待

近年、世界中でリモートワークの普及が進む中、「デジタルノマド」向けの移住支援政策が欧州各国で次々に導入されています。その中でも、イタリアは2024年に新たなデジタルノマドビザ制度をスタートし、注目を集めています。
イタリアの戦略は単なる短期的な経済誘致を超え、地方都市の再活性化や観光産業の多様化、高付加価値人材の誘致を通じて、サステナブルな経済成長を目指す中長期的な視点を備えています。
欧州におけるデジタルノマド政策の潮流とイタリアの参入

パンデミックを契機にリモートワークが一般化したことで、欧州各国では「デジタルノマド」向けのビザ制度が加速度的に広まりました。特にポルトガル、スペイン、ドイツなどが早期に制度化を進め、世界中のリモートワーカーを取り込んでいます。
イタリアはこれらの国に比べ制度導入がやや後発ではありますが、地方誘致やビザ要件のバランス、生活支援体制の充実により、他国と十分に競合可能な環境を整えつつあります。以下は各国の制度比較です。
■欧州主要国のデジタルノマドに関するビザ制度
国名 | 制度名 | 最低収入額等 | 滞在期間 |
---|---|---|---|
ポルトガル | ・受動的収入ビザ・起業家ビザ・自営業ビザ | ・月額750ドル以上の収入がある | 最大1年(更新可) |
スペイン | 非営利目的居住ビザ | ・月額最低2,500ドルの退職年金を受給している・32,043ドルの貯蓄を保有している | 3ヶ月以上 |
ドイツ | ・フリーランサービザ・自営業ビザ | 安定した収入がある | ・3ヶ月(永住権へ切替可)・最大3年 |
イタリア | デジタルノマド/リモートワーカー・ビザ | 年間約24,789ユーロの収入がある | 1年(更新可) |
イタリアが描くデジタルノマド戦略のビジョン

イタリアのデジタルノマド政策は、単なる労働力の輸入にとどまらず、国家全体の構造転換を支える中核政策の一つです。特に地方経済の再構築を見据えた「分散型成長」戦略として位置づけられています[3]。
地方都市の再活性化
イタリアの南部や中部に広がる地方都市では、若者の都市流出や出生率の低下により、過疎化と経済縮小が深刻な課題となっています。デジタルノマドの誘致は、これらの地域に新たな住民と経済活動を呼び込む手段として注目されています。
自治体による住宅補助や1ユーロ住宅プロジェクト[4]、公共Wi-Fiの整備などが組み合わさり、地方移住のハードルを大幅に下げています。
高付加価値人材の誘致
イタリア政府が狙うのは、単なる短期観光客ではなく、テック系やクリエイティブ産業に従事する高スキル人材です。これらの人材が地方に長期滞在することで、持続可能な地域経済の構築が期待されています。
制度面でも、所得税の減免や行政手続きの簡略化、多言語対応が整備されており、国際人材が定住しやすい環境が形成されつつあります。
観光産業の再生と多様化
イタリア経済の主要産業である観光は、コロナ禍で大きな打撃を受けました。従来の短期観光モデルから、ノマドによる長期滞在へと転換を図ることで、季節変動を平準化し、通年での観光収入の確保を狙っています。
地方に拠点を構えるノマドが地域文化や食、体験型観光を発信することにより、新たな観光コンテンツの創出にもつながっています。
スタートアップとの連携強化
ミラノやボローニャ、トリノなどの都市部では、ノマドとスタートアップの接点が拡大しています。特に、国際的な人材が持つネットワークやスキルは、地域のベンチャー支援や国際展開にも寄与しています。
交流イベントやインキュベーション施設の共用などを通じ、イタリア国内のスタートアップエコシステムと国際人材が融合し始めています。
イタリアのデジタルノマドビザ制度の仕組み

2024年4月に正式施行された「デジタルノマド/リモートワーカービザ」は、非EU圏から高度なスキルを持つ人材を対象に設計されています[3]。
この制度では、主に以下の2タイプが対象です
- リモートワーカー:企業に雇用されており、オンラインで業務をする従業員または契約社員
- デジタルノマド(自営業者):フリーランスや個人事業主で、特定の拠点を持たずに働く人
いずれも、イタリア国内外のクライアントと契約を結び、遠隔で業務を遂行することが可能です。移民枠からは除外されており、比較的柔軟な制度となっています[4]。
デジタルノマドビザ申請条件とプロセス

イタリアのデジタルノマドビザを取得するには、いくつかの明確な条件を満たす必要があります[5]。これにより、リモートワークでの滞在が法的に認められ、安心して生活が始められます。
ビザ申請に必要な主な条件
- 年間24,789ユーロ以上の安定した収入があること
- 有効な医療保険に加入していること
- 滞在中の住居が確保されていること
- 該当職種での6か月以上の業務実績
- 雇用契約もしくは業務委託契約が存在すること
申請は在住国のイタリア大使館または領事館で行います。ビザ取得後は、イタリア入国後8営業日以内に警察署(Questura)で滞在許可を申請します。
また、税務番号(Codice Fiscale)および必要に応じて個人事業税番号(Partita IVA)も取得します。
滞在中の生活支援制度と自治体の取り組み

デジタルノマドがイタリアで快適に生活できるよう、さまざまな生活支援制度が整備されています。特に地方自治体は積極的に支援を行っており、経済的・生活面でのサポート体制が充実しています。
- 一部自治体では住宅補助(例:1ユーロ住宅プロジェクト)
老朽化した空き家を安価で提供し、リモートワーカーの定住を促進する取り組み。 - コワーキングスペース無料開放
地方の公共施設を活用して、Wi-Fi完備の作業環境を提供。 - 起業支援ファンドとの連携
地元自治体や民間ベンチャー支援機関が、起業希望者に対し資金やノウハウを支援。 - 英語対応の医療・行政サービスの充実
外国人でも安心して生活できるよう、主要都市を中心に英語対応の促進。
このようなサポートにより、文化や言語の壁を感じることなく、快適に暮らしながら仕事ができる環境が整っています。
イタリアがノマドに選ばれる理由

英国の決済サービス企業Dojoが発表した、リモートワーカーに最適な世界の都市ランキングで最高の評価を得たイタリア[6]。
デジタルノマドたちが数ある欧州諸国の中でイタリアを選ぶ理由は、単なる制度面の充実にとどまりません。生活の質や文化的な魅力、費用面での優位性など、実際に暮らすうえで重要なポイントが揃っているからではないでしょうか。
地中海気候と豊かな食文化
南部を中心に温暖な気候が広がり、冬でも過ごしやすいのが特徴です。新鮮な食材を使ったイタリア料理は世界的にも評価が高く、健康的な生活が実現しやすい環境にあります。
欧州全域へのアクセスの良さ
シェンゲン協定加盟国であるため、短時間で周辺国への移動が可能。欧州全体をフィールドに仕事や余暇を楽しむノマドにとって理想的な立地です。
コストパフォーマンスに優れた生活環境
南部や内陸都市では、ミラノやフィレンツェと比較して家賃や生活費が大幅に低く、費用を抑えながら質の高い生活が可能です。
歴史と芸術に囲まれたライフスタイル
古代ローマ遺跡からルネサンス芸術まで、日常生活の中で豊かな文化に触れられ、クリエイティブな発想にも好影響を与えます。
よくある質問(FAQ)
イタリアのデジタルノマドビザに関して、よくある質問を紹介します。
Q1: 家族を帯同できますか?
はい。配偶者や未成年の子どもを同行させることが可能で、「家族滞在許可」が発行されます。この許可により、帯同者も労働が可能です[5]。
Q2: 永住権に切り替えることは可能ですか?
2025年時点では、デジタルノマドビザから他の長期滞在許可(永住権等)への直接の切り替えは認められていません[5]。
国際ノマド戦略の未来とイタリアの立ち位置
イタリアのデジタルノマド戦略は、短期的な経済対策にとどまらず、地方の過疎化対策や観光産業の再編、国際人材との共創といった中長期的な課題解決を目指す国家戦略です。
今後、世界各国のノマドニーズが多様化する中で、イタリアがどのように制度を進化させ、持続可能な社会と経済の両立を実現するのかが注目されます。


参考文献
[1]EUノマドビザについて
[2]Digital Nomad / Remote Worker VISA – Consolato Generale d’Italia a New York
[3]Nomadi digitali e lavoratori da remoto, ecco le regole
[4]1 Euro Houses
[5]Chi sono i nomadi digitali? Con quale procedura possono fare ingresso in Italia?
[6]20 Cities Around The World For Digital Nomads, According To A New Report