親切を次の人へ、米・パークシティ「MountainKind」の挑戦

観光産業に携わる企業や自治体にとって、オーバーツーリズム(観光客が多すぎることによる問題)や地域社会との共生は避けて通れない課題です。
アメリカ・パークシティで生まれた「MountainKind」は、地域資源を守りながら観光客と住民が協働する仕組みを打ち出しました。いまでは、持続可能な観光地経営のモデルケースとして注目されています。
本記事では、その理念と4つの約束と6つの実践ステップ、さらに「量より質」を重視した観光戦略について解説。自社や地域の観光戦略に応用できるヒントを提供します。
MountainKindとは?
MountainKindは「山での責任ある行動と、互いを尊重する心を育てる」という意味がある、2024年にアメリカのパークシティで始まった新しい観光の形です。
単なる観光ブランドではなく、地域住民と観光客が協力して自然を守り、お互いを尊重するための行動や考え方を表しています。
具体的には、「自然を守る」「地域のために活動する」「他の人や動物に気を配る」といった意味が込められており、パークシティが目指す環境保護や地域への配慮を、シンプルな言葉で表現しています。
MountainKindが生まれたきっかけは、20年間にわたりパークシティの観光を象徴してきたキャラクター「Piney(パイニー)」の刷新でした。パイニーは、松の木をモチーフにした親しみやすいキャラクターで、長年にわたり地域の観光PRやイベントで活躍してきました。
しかし近年深刻化しているオーバーツーリズムの課題や、2034年冬季オリンピックの開催決定による環境配慮の重要性が増したことを理由に、より時代に合った新しいブランドイメージが求められるようになったのです。
MountainKindが掲げる4つの約束
MountainKindは「私たちの山、私たちの町、そしてお互いのために」という理念のもと、訪問者と地域住民が共有すべき4つの約束を定めています。
これは、パークシティの美しい自然と地域社会を守るための具体的な行動指針です。
安全確保から地域経済の支援、文化的な尊重まで幅広い内容を含み、持続可能な観光を支える仕組みといえます。
訪問者がこれらを実践することで、単なる「観光客」ではなく「地域の一員」として関わる意識が育ち、地域価値の創出に貢献できます。
1. 天気や装備の準備で安全を守る
山での活動は、事前の準備が安全を大きく左右します。MountainKindが掲げている約束は以下の通りです。
- 山に入る前に天気を確認する
- 水分や必要な装備を整える
- 専門家のアドバイスを聞く
これらは個人の安全を守るだけでなく、救助活動の負担軽減や他の利用者への影響を減らすことにもつながります。
観光事業者にとっても、安全対策を伝える重要な指針として活用できる内容です。
2. 地域の文化や歴史を尊重する
地域の文化や歴史を理解し、尊重することは持続可能な観光の基本です。パークシティには先住民のユート族やショショーニ族の歴史、鉱業の町としての歩み、そしてオリンピック開催地としての遺産があります。
MountainKindは、こうした伝統や歴史を大切に学ぶことを約束に含めています。観光事業者はこの理念を取り入れることで、文化体験プログラムや地域史を学ぶツアーなど、付加価値の高いサービスを提供できます。
3. 飲食・宿泊・買い物で地域経済を支える
地元で食べ、泊まり、買い物をすることは、地域経済を直接支援する行動です。
この行動は、観光収入を地域内で循環させ、雇用創出やビジネスの成長にもつながります。観光事業者にとっては、これは地域ビジネスとの連携や地産地消を活かした商品・サービス開発のチャンスです。
また、訪問者に具体的な地域貢献の方法を示すことで、満足度の向上も期待できます。
4. 受けた親切を次の人へ渡す
助け合いの心を次へとつないでいくことは、MountainKindの中心的な価値観です。
訪問者が受けた親切を別の人に返すことで、互いを尊重し合う文化が広がります。これにより、訪問者同士や地域住民との温かなつながりが生まれます。
観光事業者は、スタッフ研修でおもてなしの心を育み、交流を促すプログラムを設計することで、その価値を実際に形にできます。こうした取り組みはリピーター獲得や口コミによる集客効果にもつながるでしょう。
持続可能なパークシティに向けた6つのステップ
パークシティを未来にわたって持続可能な観光地として守るため、MountainKindは6つの行動指針を示しました。
これらは交通やゴミ削減といった日常的な工夫から、文化遺産や自然環境の保護、地域経済の支援まで幅広くカバーしています。
観光事業者にとっては、訪問者へ具体的な提案をするうえで役立つ実践的な指針であり、持続可能な観光を実現するための道標となります。
観光事業者にとって「MountainKind」の取り組みは、訪問者にわかりやすく提案できる実践的な手本でもあり、同時に、持続可能な観光を実現するための方向性を示すものでもあると言えるでしょう。
ステップ1. 車を置いて公共交通や自転車を利用する
パークシティには無料の公共交通と整備された自転車道があり、車に頼らない移動できます。
これにより渋滞や大気汚染を抑えつつ、観光客の出費も軽減。観光事業者は宿泊施設から観光地までの移動手段を案内したり、自転車レンタルと提携したりすることで、環境に優しい移動を支援できます。
ステップ2. 繰り返し使えるアイテムでゴミを減らす
布バッグや水筒など、リユースできるアイテムの活用は、パークシティの自然を守るための基本的な取り組みです。
観光事業者は宿泊施設のアメニティを見直したり、繰り返し使えるグッズを販売・貸し出ししたりすることで、訪問者が自然とエコな行動を取れる環境を作ることができます。
ステップ3. 地域ビジネスを優先して支援する
観光収入を地域内で循環させることは、持続可能な観光の大きな柱です。パークシティでは、持続可能性部門が商工会議所やエネルギー団体と連携し、地域ビジネスを支援しています。
観光事業者も、地産地消のメニュー開発や地元で作られた商品の取り扱い、地域ガイドとの協働を通じてこの流れを後押しできます。
ステップ4. 文化遺産を学び、未来へつなぐ
パークシティは先住民ユート族やショショーニ族の歴史、鉱業の町としての歩み、そしてオリンピック開催地としての遺産に支えられています。
訪問者がその背景を学ぶことは、観光体験を豊かにし、文化を守る第一歩となります。観光事業者は歴史ツアーや文化体験プログラムを提供することで、教育的価値の高いサービスを可能にします。
ステップ5. トレイルでは「痕跡を残さない」
「Leave No Trace(痕跡を残さない)」というの原則は、自然環境を守るための基本的な取り組みです。
観光事業者はアウトドア体験の前にこの考え方を伝え、少人数制ツアーや適切な行動指導を行うことで、自然に配慮したアクティビティを提供できます。これにより環境負荷を減らしつつ、より質の高い体験を届けることが可能になります。
ステップ6. 野生動物を尊重して距離を保つ
パークシティでは、人と野生動物が安心して共存するために、適切な距離を守ることが求められています。これは動物の自然な行動を守り、人間の安全も確保するための大切なルールです。
観光事業者は野生動物観察ツアーでの安全ガイドラインや教育プログラムを通じて、責任ある体験を提供できます。
「量」より「質」へのシフト|オーバーツーリズム問題への挑戦
パークシティは今、オーバーツーリズムという大きな課題に直面しています。スキー場だけでなく多彩なトレイルコースが注目を集め、観光客が集中。登山口や山道は、地域住民と観光客で混雑する状況が続いています。
ただし、パークシティは単に「人数を制限する」という方法は選びません。地域全体で持続可能な解決策を探り、この自然を次の世代へ残すというビジョンを持っています。
その中心にあるのは、「量」ではなく「質」を重視する姿勢です。400マイル(約640キロ)を超える広大なトレイルネットワークを活かし、混雑を避けながらより豊かな体験を楽しめるに工夫しています。
具体的な取り組みとしては、次のような行動を訪問者に促しています。
- 公共交通機関を利用する
- 車の相乗りを取り入れる
- 自宅近くのトレイルを活用する
このように、訪問者の行動を少しずつ変えていく取り組みを進めることで、地域住民と観光客が協力して町を守ることを目指しています。
地域経済と環境保護の両立
MountainKindは、環境保護と地域経済を「どちらか一方を優先するもの」ではなく、互いに支え合う関係として捉えています。
パークシティが描く未来は、「観光による経済発展が環境保護を促し、環境保護が観光地の魅力を高める」という持続可能な循環の実現です。
観光を単なる収益源ではなく、地域資源を守りながら発展させる仕組みとして位置づけている点が特徴です。
具体的な施策の一つが、地域事業者への支援です。パークシティ商工会議所は「リサイクル・ユタ」と連携し、持続可能な経営を行う企業を認証する「グリーンビジネスプログラム」を展開。
認証を受けた企業は観光客への優先的な紹介や「Made in Park City」ブランドでのプロモーション支援を受けられます。
これにより、地域の店舗や工房は観光収入を確保しつつ、環境配慮型のビジネスモデルを確立しています。
また、公共交通の整備も成果を上げています。パークシティの無料バスは約3割が電気バス、残りがバイオディーゼル燃料を使用。移動の利便性を高めながら、大気汚染の削減にもつながっています。
さらに、この交通網の拡充によって中心部だけでなく郊外のレストランや観光施設へのアクセスが改善され、観光収入が地域全体に広がる効果を生んでいます。
2030年に向けて|MountainKindの長期計画
パークシティは2030年までに、大きな2つの目標を掲げています。
1. 二酸化炭素の排出を実質ゼロにすること
2. 使用するエネルギーを100%再生可能なものにすること
この目標に向けて、MountainKindは重要な役割を担っています。
気候変動問題に取り組むため、相互に力を合わせることを約束しています。
パークシティは、ユタ州で初めて二酸化炭素の排出量を正確に測定した先進的な町でもあります。
2030年までに「ゴミゼロ」と「CO2排出実質ゼロ」を目指し、資源を無駄なく循環させる「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」の考え方を取り入れています。
MountainKindは単なる観光のブランドではありません。町全体で環境に優しい行動を促すための大きな枠組みとして機能しています。
地域ビジネスへの支援体制を整え、国際的な環境認証も取得。さらに、McPolin Barnでは土壌改良を通じて二酸化炭素を地中に閉じ込める取り組みも行い、自然環境の回復を目指しています。
このように、パークシティは2030年に向けて、明確な道筋を示しているのです。
まとめ
MountainKindは、2034年冬季オリンピックを控え、環境配慮がこれまで以上に求められる状況の中で誕生しました。パークシティが直面するオーバーツーリズムや自然資源の劣化といった課題に対し、地域全体で持続可能な解決策を実行することを目的としています。
同プロジェクトの中核となるのは、「観光の量ではなく質を重視する」という方針です。
具体的には、以下の4つの約束と6つのステップを行動指針として掲げ、訪問者の行動変容を促しています。
【4つの約束】
- 天気や装備の準備で安全を守る
- 地域の文化や歴史を尊重する
- 飲食・宿泊・買い物で地域経済を支える
- 受けた親切を次の人へ渡す
【6つのステップ】
- 車を置いて公共交通や自転車を利用する
- 繰り返し使えるアイテムでゴミを減らす
- 地域ビジネスを優先して支援する
- 文化遺産を学び、未来へつなぐ
- トレイルでは「痕跡を残さない」
- 野生動物を尊重して距離を保つ
その結果、地域文化の尊重や経済循環の強化、自然環境の保全を同時に可能にする仕組みが整えられつつあります。
もちろん、すべての課題を一度に解決できるわけではありません。しかし「まず一歩を踏み出し、改善を積み重ねる」姿勢そのものが、他地域や事業者にとって有益な学びになります。
MountainKindの事例は、持続可能な観光戦略を検討する企業や自治体にとって参考となるケーススタディと言えるでしょう。

参考文献