COP30開幕|観光事業者が注目すべき5つのポイント

2030年に向けた地球規模の気候変動対策は、これまで以上のスピードでの実行が求められています。そうした中、世界の視線が集まる気候変動枠組条約締約国会議(COP30)が、ブラジルのアマゾン地域に位置するベレン(Belém)で、2025年11月10日から12日間にわたり開催されます。地域・文化・自然の「再生(リジェネレーション)」を志向する事業にとって、COP30は“待ったなしの変化”を示す節目となるでしょう。
またCOP30は、各国が提出する2035年目標の次期NDC(国が決定する貢献)を基に、対策の進捗と水準を国際的に評価する、パリ協定実施の重要な転換点でもあります。開催国ブラジルは「実行(Implementation)」と「多国間主義の強化(Multilateralism)」を掲げ、森林・生物多様性の保全、適応の強化、気候資金、公正な移行など幅広い課題に焦点を当てる方針です。アマゾン流域での開催という象徴性も相まって、脱炭素化に向けた国際的取り組みを加速させる場として世界的な注目を集めています。
本稿では、特に観光に携わる事業者が押さえるべきポイントを整理し、「リジェネ旅」の視点からいかに対応すべきかを考察します。
COP30 の概要と観光との関係

まず、COP30がどういった枠組み・意図で開催されるかを整理します。
- COP30は、国連気候変動枠組条約( United Nations Framework Convention on Climate Change/UNFCCC)による第30回締約国会議。開催都市はベレン(ブラジル・パラー州)で、2025年11月10日~21日に予定されています。
- 会議では、これまでの「目標設定」から「実装(implementation)・加速(acceleration)」へと軸が移行しており、議題にはエネルギー・産業・交通、森林・海洋・生物多様性、食料・農業・水・都市・インフラなど幅広いテーマが含まれています。
- 観光分野も「テーマティック・デイズ(Thematic Days)」として明確に位置づけられており、観光および関連サービスが気候変動対応・地域再生・生物多様性保全の中で果たす役割に注目が集まっています。
観光事業者にとって、COP30は単なる気候交渉の場に留まらず、「観光×気候変動」「観光×地域・自然再生」「観光×持続可能なビジネスモデル改革」という観点から、実務的な機会・挑戦を示すイベントとなります。
COP30全体の4つの注目ポイント
2025年はパリ協定(各国が温室効果ガス削減に取り組む国際約束)から10年。2024年は年平均で1.5℃目標(産業革命前からの気温上昇を1.5℃以内に抑える目標)を初めて超え、洪水・熱波・サンゴ白化・干ばつ・森林火災が多発。世界はティッピング・ポイント(取り返しがつかなくなる転換点)に近づいています。
COP30は、「ルール作り」から実行を加速する正念場。焦点は下記の4つに当てられます。
① NDC(各国の2035年目標)の上積みと、2030年までの再エネ(再生可能エネルギー)3倍などの実施策
② 気候資金の具体化(年1.3兆ドルへのロードマップ/年3,000億ドルの新目標)
③ 非国家アクター(企業・自治体・市民など)の協働(mutirão=協働の取り組み)と信頼性の向上
④ 森林保全(森林破壊ゼロとTFFF=熱帯雨林保護基金の創設)
求められる成果は、強化されたNDC、自然保全を束ねるネイチャー・パッケージ、化石燃料からの公正な移行(影響を受ける人々を支えながら移行)、そして適応指標(被害を減らす取り組みの進み具合を測る指標)と資金の拡大です。
低炭素で気候に強い未来へ ― 観光が担う“再生”のアクション
11月19~20日に行われる「観光テーマティック・デイズ(Tourism Thematic Days)」のテーマは「Tourism Climate Action: For a Low-Carbon, Climate-Resilient Future(低炭素で気候に強い未来に向けた観光の気候アクション)」。
2024年のCOP29(アゼルバイジャン・バクー)で初めて正式にアクションアジェンダへ位置づけられた観光分野が、今年はより具体的な“実装”と“共創”のステージへと進化します。今回のプログラムは、ブラジル観光省とUN Tourism(国連世界観光機関)の連携、そしてUNEP(国連環境計画)の支援により実現。観光が気候変動対策の“重要な担い手”として、COPの公式プロセス内で継続的に位置づけられるための節目となります。
この取り組みは、ポルトガル語で“共同の努力”を意味するムチロン(mutirão)の精神に基づき、官民・地域・国際機関が垣根を超えて共に行動するものです。
観光は「気候変動の脆弱者」から「解決の担い手」へ
UN Tourismのズラブ・ポロリカシュヴィリ事務局長は次のように語ります。
「観光は気候変動の影響を受けやすい分野であると同時に、その解決の一翼を担う存在でもあります。COP30における観光テーマティック・デイズでは、協働・イノベーション・投資を通じて、観光産業がどのように低炭素でレジリエントな未来へ変革できるかを示していきます」
観光を“消費”から“再生”へ。
今、世界の観光は「地球の治癒力を高める産業」へとシフトしています。
気候アクションを加速する“観光の6つの交点”
COP30のプログラムでは、観光・環境大臣をはじめ、国際機関、企業、学術機関、市民社会などが一堂に会し、観光がどのようにCOP30アクションアジェンダの6つのテーマ軸を横断できるかを議論します。
- エネルギー:観光施設・交通の脱炭素化
- 生物多様性:自然資本の保全と再生
- 食料システム:地域食文化と持続可能な生産への転換
- 金融:観光と気候資金の接続
- 人間開発:雇用・教育・包摂性の促進
- 都市・インフラ:レジリエントで自然共生型のまちづくり
これらをつなぐキーワードが、「再生(Regeneration)」です。観光は、持続可能な生計、強靭な地域社会、再生型経済を支える仕組みとしての役割を強調しています。
特に、生態系や文化遺産の健全性を基盤とする地域では、サーキュラー・イノベーション(循環型の価値創造)や包摂的な開発パスとの連携が進められます。
ツーリズム・デイズの展開と国際連携
COP30では、ブルーゾーンとグリーンゾーンの両会場でハイレベル会合や技術セッションを開催。The Travel Foundationなど国際的ネットワークとも協働し、オンラインでの参加も広く可能になります。
この取り組みは、COP29で実現した「観光分野のアクションアジェンダ参画」の流れを引き継ぎながら、より実践的で包括的な“観光×気候アクション”のプラットフォームとしての進化を目指します。
行動へのコミットメント ― 観光から始まる“再生の連鎖”
COP30の「ツーリズム・ダイアログ」では、観光を気候解決の鍵と位置づけ、以下の3つの柱に焦点を当てます。
- ガバナンスの強化:
観光分野における気候アクションの制度・政策枠組みを強化し、実効性を高める。 - 実践的な対策の共有:
観光地や企業における排出削減、気候リスク適応の実例を交換し、世界規模で展開。 - 協働と資金の流れの強化:
官民・国際機関・金融セクターを横断する連携を促進し、観光分野への気候資金アクセスを拡大する。
これらは、「観光分野の気候アクションに関するグラスゴー宣言(Glasgow Declaration)」の実行を後押しし、UN Tourism加盟国による「観光と気候アクションに関する機関連携作業部会」や「観光分野における強化された気候行動のためのグローバル・パートナーシップ」と連携しながら、国際的なガバナンス体制の強化を進めます。
ブラジル観光省が語る、“共に創る未来”
ブラジル観光大臣セルソ・サビーノ氏は、次のように述べています。
「ブラジルは、この世界的な対話の場を主催できることを誇りに思います。
私たちは、観光分野における国家気候計画の策定経験を共有し、協働の力によって、観光が自然を守り、地域社会を力づけ、世界の持続可能な移行を支えることを証明していきます」
リジェネラティブ・ツーリズムへのメッセージ
COP30の観光テーマティック・デイズが示すのは、「観光を通じて、地球と地域を再生する」という新しい潮流です。旅はもはや、消費ではなく「未来をつくる行為」。
アマゾンで生まれるこの対話は、日本の地域においても、里山・里海、地域文化、そして人と人のつながりを再生させる新しい“リジェネ旅”のヒントになるはずです。
観光事業者が注目すべき5つのポイント
以下、観光事業者が特に注視すべきポイントを整理します。
1. 観光と気候変動対応(脱炭素・レジリエンス)
観光は移動・宿泊・飲食・体験という複数の活動を伴い、相応の温室効果ガス(GHG)排出・資源消費・生態系インパクトを伴っています。COP30では、観光が気候変動対応にどう寄与できるかが議論の対象となっています。
例えば、
- 観光インフラとしての「レジリエント(回復力のある)都市・地域づくり」や、「気候変動適応(adaptation)」が重要なテーマに。
- 脱炭素化・再生可能エネルギー導入・循環型経済(circular economy)など、観光産業でも取り組みが求められる。
このため、観光事業者は「移動・宿泊・体験・地域連携」それぞれのプロセスで、脱炭素・適応・レジリエンスというキーワードを設計段階から取り入れる必要があります。
2. 地域・自然・文化の再生(リジェネレーション観点)
COP30がアマゾン地域で開催されるという位置づけ自体が、自然・生物多様性・地域先住民・文化の観点を強く打ち出しています。観光事業者にとって、リジェネ旅(旅を通じて地域・環境を再生する仕組み)の観点から重要な検討項目です。
具体的には、
- 地域の自然資源(森林、湿地、海岸、里山・里海など)を「持続可能な資産」として捉え直し、観光体験を通じてその保全・再生につなげる。
- 文化・ライフスタイル・地域の暮らしが観光資源となりうるが、同時にそれらを破壊せず、むしろ活性化させる方向設計が不可欠。
- 事業者として、地域(自治体・住民・先住民族・NPO)と協働し、観光収益・体験流通・地域還元モデルを構築することが、気候・地域・観光の3軸での整合性を保ちます。
3. ビジネスモデル再構築と観光産業のサステナビリティ
COP30では、「観光」という言葉が出るにあたっても、単なる“観光客を呼ぶ”モデルから“観光を通じて地域変革・環境変革を起こす”モデルへの変化が求められています。観光事業者は次のような視点が必要です。
- “単純な送客+宿泊+体験”だけでなく、地域参画・地域価値創造・循環価値モデル(収益・地域還元・環境保全)を設計に組み込む。
- ESG・SDGs・気候関連開示など外部ステークホルダーからの要求が高まっており、特に再生可能エネルギーの使用、廃棄物削減、地場雇用・包括性(DEI)などが“当たり前”になりつつあります。
- 「旅そのものが変化を生む機会(トランスフォーマティブ・モーメント)」として捉えるとともに、観光事業者自身が変化の担い手(change‐agent)として役割を果たすための仕組み構築が求められます。このような変化を先取り・戦略化できるかどうかが、次世代観光ビジネスにおいて競争力になるでしょう。
4. ステークホルダー連携とスケールの視点
観光だけで完結する時代は終わりつつあり、地域政府、環境団体、金融機関、企業、地域住民、先住民族、テクノロジー・ベンダーなどさまざまなステークホルダーとの連携が鍵となります。観光事業者として以下の観点が重要です。
- 地方自治体・DMO・地域住民と「パートナーシップ」を設計し、地域課題(人口減少、高齢化、地域経済停滞、生物多様性劣化など)を観光というビジネスモデル通じてどう解決するかを練る。
- 気候ファイナンス/グリーン投資/公的補助金/地域イノベーション支援など、変化を起こすための資金・仕組みを知ること。COP30では気候資金(climate finance)・自然資本(nature-based solutions)などが議題になります。
- 規模(スケーラビリティ)や制度との整合性(例えば国内外の補助・助成、認証制度、ランド・シー・マリンガバナンス)を考慮した上で、観光プロジェクトを“点”から“面”/“ネットワーク”として展開する視点が必要です。
こうした観点から、観光事業者は「観光を通じた地域活性化・環境保全」の枠組みを自らのビジネスモデルとして捉え直すべきです。
5. 情報発信とブランド価値の革新
COP30開催にあたり、観光事業者には「気候・環境・地域再生の旗振り役」としてのブランド価値向上の機会もあります。具体的には:
- 気候変動・地域再生という文脈を自社サービス・体験ストーリーに取り入れることで、単なる「観光地」ではなく「変化をもたらす旅(Transformative Travel)」を提供できる。
- 国内外の旅行者・企業・自治体が“サステナブル旅”“リジェネ旅”を探しており、そうしたニーズを取り込むことが市場拡大に直結する。
- ただし、発信には“グリーンウォッシング”を避けるため、実際の取り組みデータ・第三者評価(例えば Global Sustainable Tourism Council/GSTC 認証)や地域住民参加・成果指標を明示することが信頼につながります。このような発信の強化は、観光事業者が“未来志向の旅”を提供するブランドとして差別化を図るうえで不可欠です。
リジェネ旅の観点からの「観光×COP30」ヒント

リジェネ旅の視点から、観光事業者が活かせるヒントを挙げます。
- 地方の中山間地域や離島・里海・里山で、「人口減少」「高齢化」「孤立高齢者」「地域包括ケア」など地域共生・社会インパクトがテーマとなっている場所では、旅を通じて「地域の課題解決」+「環境再生」+「人と人の交流」を掛け合わせた体験モデルが非常に有望です。COP30が示す「気候変動対応 × 地域再生」のメッセージと合致します。
- 観光事業者が地域住民・高齢者・子ども・NPO・自治体と連携し、旅の中に「互助(共助)」「地域包括ケア」「世代間交流」「地域の語り部・居場所化」などを組み込むことで、単なる観光消費から「地域変化を起こす旅」へと転換できます。
- 旅の設計において、自然(森林・草原・海・湿地)や文化(伝統・暮らし・食・祭り)を復元・活性化する視点、つまり「再生(リジェネ)」を明確に打ち出すことが、COP30の文脈と整合します。たとえば、旅の出発前に地域の気候リスク(豪雨・土砂・海水上昇)を学び、体験中に地域の環境再生活動に参加し、帰着後にその活動の継続コミュニティに参加できるように設計するなど。
- 情報発信面では、「この旅を通じて、どんな気候・環境・地域の岐路を共に考え、変化を起こせるのか」を明確にすることが重要です。旅行者・自治体・企業が「旅を通じてアクションできた」という実感を持てるストーリーを構築しましょう。
- さらに、COP30会場であるベレンのように「アマゾン」「熱帯森林」「生物多様性」といった強力なテーマを背景に持つ開催地の文脈から学び、自社の地域でも「その地域ならではの生態系・気候・文化資本」を観光資源として捉え直すことが鍵です。
終わりに:観光事業者にとっての「今」
COP30は、観光事業者にとって単なる“気候交渉の場”ではなく、むしろ次の5~10年を見据えた事業変革・地域変革の「起点」として捉えるべき機会です。
旅は、今や「体験を通じて旅人も地域も環境も変化する」ものへと変わっています。特に、ユーザー様が関心を持たれている「地域再生」「里山・里海」「共助/地域包括ケア」といったテーマは、観光×気候変動の文脈で極めて重要な“差別化軸”です。
観光事業者が「旅を通じて、地域と地球を再生し、未来を育む」使命を持つなら、COP30の議論・流れを外さず自らのビジネスモデル・ブランド・地域連携に反映させることが、これからの成長ドライバーになります。
ぜひ、この機会を「変化の転換点」と捉え、地域・企業・旅人・環境が共に価値を創る観光の未来へと歩を進めてください。


