京都で深刻化するオーバーツーリズムの現状 | 持続可能な観光に欠かせないこと

近年、京都で「オーバーツーリズム」が深刻化していることをご存知でしょうか?
オーバーツーリズムは、観光地の受け入れ能力を超える観光客の集中により、地域住民の生活環境や文化遺産、自然環境に悪影響を与える現象です。
京都では、清水寺や嵐山といった人気観光地での混雑が慢性化し、さまざまな問題を引き起こしています。
本記事では、京都が直面するオーバーツーリズムの現状や課題を詳しく分析し、持続可能な観光の実現に向けた具体的な取り組みについて解説します。
京都で深刻化するオーバーツーリズムの現状
京都市では観光客の急激な増加により、オーバーツーリズム問題が深刻化しています。
その結果、多様な観光客が訪れるようになり、マナーや常識の違いが目立つようになりました。それに伴い、ゴミのポイ捨てや舞妓・芸妓への無断撮影や追跡行為などの迷惑行為が多発しています。[2]
また、京都大学が行った調査では地域住民の80%以上が、公共交通機関の混雑で混乱していると回答するなど、京都市内のさまざまな場所でオーバーツーリズムによる影響が発生しています。[3]
京都でオーバーツーリズムが発生した原因
京都のオーバーツーリズムは複数の要因が重なり合って発生した問題です。以下のような、さまざまな背景が絡み合って現在の状況を引き起こしています。
- 為替の影響によるインバウンドの増加
- SNS拡散による観光客の集中
- 京都の地理的特徴による混雑の発生
- 交通インフラの不足
ここでは、京都でオーバーツーリズムが発生した主な原因について解説します。
為替の影響によるインバウンドの増加
円安の進行は、京都をはじめとする日本各地のオーバーツーリズムを加速させる要因となっています。[4]
2022年以降の円安進行により、外国人観光客にとって日本での旅行費用が実質的に大幅に安くなり、これまで以上に日本が魅力的な旅行先として認識されるようになりました。
これにより、近年は日本の伝統的な街並みや文化を目的に、京都を訪れる外国人観光客が急増。外国人観光客の増加に伴い、ホテルや旅館などの宿泊施設で宿泊料金が値上がりし、国内旅行客の負担が増大しています。
また、迷惑行為が蔓延するなど、地域住民の負担も増大しています。
SNS拡散による観光客の集中
SNSの影響で特定の観光地に人が集中することにより、京都では、オーバーツーリズムの問題が深刻化しています。
InstagramやTikTok、YouTube といったSNSプラットフォームの拡散力は、写真や動画映えする観光地に世界中から注目を集める状況を生み出しました。
とくに、美しい舞妓の姿や京都の風景、歴史ある街並みは言語の壁を超えて魅力が伝わるため、外国人観光客にも強い印象を与えています。
SNSの影響力は従来の観光ガイドブックや旅行会社のプロモーションを大きく上回っており、オーバーツーリズムを発生させる要因として新たな課題となっています。
京都の地理的特徴による混雑の発生
京都市の地理的特徴も、オーバーツーリズム問題を加速させる要因となっています。
京都市は三方を山に囲まれた盆地地形であり、市街地は限られた範囲に集中している構造です。
加えて、清水寺や祇園、先斗町などの主要観光地が商業地域や住宅地域と隣接しているため、観光客と地域住民の生活動線が重なり、混雑が発生しやすい状況を作り出しています。[5]
東京や大阪のような大都市圏と異なり、観光地を分散させる物理的な余地が限られているため、京都では都市構造そのものがオーバーツーリズムを引き起こしやすくなっています。
交通インフラの不足
京都市の交通インフラ不足は市バスへの過度な依存を生み出し、オーバーツーリズムによる混雑を深刻化させています。
京都市内は地下鉄が2路線のみで、JR線や私鉄を含めても電車路線が他の大都市に比べて圧倒的に不足しています。
そのため、市民も観光客も移動手段として市バスを利用することが多く、主要観光地を結ぶバス路線では慢性的な混雑が発生。[6] さらに、京都市バスは距離に関係なく一律230円と格安なため、コストを重視する観光客の利用が集中しています。
オーバーツーリズムによって京都観光が直面する問題点
京都のオーバーツーリズムは、地域住民の生活環境悪化から伝統文化の衰退まで、以下のようなさまざまな問題を引き起こしています。
- 公共交通機関の過度な混雑
- 日本人観光客の京都離れ
- 文化や体験の「コモディティ化」
さまざまな問題が相互に関連し合いながら京都観光の持続可能性を脅かしている状況です。オーバーツーリズムによって、京都観光が直面している具体的な問題について詳しく解説します。
公共交通機関の過度な混雑
京都市バスでは観光客の集中により、地域住民の日常生活に支障をきたすほどの深刻な混雑が発生しています。
観光客の大量乗車や大きな荷物を持つ乗客により、定員を大幅に超過し、通勤・通学・買い物などで日常的に市バスを利用している住民が乗車できない事態が多発。
市バス路線の中でも観光地を結ぶルートでは、平日・休日を問わず慢性的な混雑状態が続き、住民の生活交通としての機能が大きく低下しています。
日本人観光客の京都離れ
インバウンド急増による混雑や宿泊料金の高騰により、日本人の京都離れが進んでいます。
宿泊客数の構成比も大きく変化し、2024年の京都市の調査によると日本人宿泊客が809万人だったのに対し、外国人宿泊客は821万人と全体の過半数を占める状況です。
混雑回避や宿泊費高騰などの理由から、日本人観光客が他の観光地に流れる傾向が強まっており、国内観光における京都への認識が変化しています。
文化や体験の「コモディティ化」
インバウンド観光の拡大により、京都の伝統的な文化や地域特有の店舗が失われる「コモディティ化」が深刻化しています。
400年以上の歴史を持つ「京の台所」錦市場では、15年間でインバウンド向けの居酒屋などの飲食店が倍以上に増加しました。その一方で、120年以上続いた老舗を含む昔ながらの生鮮食品店が減り続けています。[8]
歴史的な文化や伝統は京都観光の根幹であり、コモディティ化は京都観光の持続可能性を脅かす重大な問題です。
今、京都で求められる「サステナブルツーリズム」への取り組み

オーバーツーリズムによる混雑や文化・伝統の喪失といった問題解決には、サステナブルツーリズムへの転換が不可欠です。
サステナブルツーリズムとは、環境保護・地域社会・経済発展の3つの要素をバランス良く両立させながら、将来世代まで観光資源を守り続ける持続可能な観光の仕組みです。
観光客数の量的な拡大よりも質の向上を重視することで、地域住民と観光客が共に快適に過ごせる環境づくりを目指します。その結果、混雑の緩和や地域文化の保護にもつながるでしょう。
京都のような歴史都市では、とくに文化継承と観光発展の調和が求められており、サステナブルツーリズムへの転換が重要視されています。

京都で実施されているサステナブルツーリズムの取り組み事例
京都市では持続可能な観光の実現に向けて、観光客の分散や地域文化の保護を目的とした以下のようなサステナブルな取り組みを展開しています。
- 観光客の分散・誘導
- リアルタイム混雑情報システムの導入
- 法規制や自主ルールによる観光客の抑制と管理
具体的な施策の内容や効果について詳しく解説します。
観光客の分散・誘導
京都市では観光客の集中による混雑緩和を目的として、デジタル技術を活用した分散誘導施策に積極的に取り組んでいます。
混雑を避けた地域を巡るデジタルスタンプラリーの実施や、人気観光地周辺の隠れた名所の紹介などを通じて、観光客の分散を図る取り組みが進められています。
こうした取り組みの結果、人気観光地の嵐山からほど近い嵯峨エリアへの観光客が約30%増加しました。嵐山に集中していた観光客を周辺地域に誘導することで、観光地全体の混雑緩和と地域経済の活性化の両立が図られています。
これらの取り組みは、持続可能な観光地経営のモデルケースとして注目を集めています。
リアルタイム混雑情報システムの導入
京都では観光客の自主的な混雑回避を促すため、混雑状況を可視化するデジタルシステムの導入を進めています。[9]

具体的には、以下のような取り組みが挙げられます。
- 時間や時期ごとの混雑状況を表示するヒートマップ
- 場所ごとの混雑状況を表示するヒートマップ
- 混雑状況を発信するライブカメラ
観光地側が一方的に観光客を誘導するのではなく、観光客の選択に委ねることで、観光体験の質向上とオーバーツーリズム対策を両立させています。
法規制や自主ルールによる観光客の抑制と管理
京都では観光客数の適正化を図るため、法規制や自主ルールの設定を行っています。
代表的な取り組みとして、宿泊施設利用者に対する宿泊税の設定が挙げられます。[10]
これにより、観光客数の抑制とともに観光客増加で生じた費用のための財源確保を実現しました。
また2022年11月には、観光に関わる全ての人が守るべき行動基準「京都観光モラル」を策定。[11] 観光事業者や観光客が守るべき具体的な基準を明文化することで、観光に関わる全ての人のモラル向上に貢献しています。

京都観光を考え直すために必要な3つの視点
京都のオーバーツーリズム問題を根本的に解決するには、従来の観光のあり方を見直す必要があります。
以下の3つの視点から、京都観光の課題と解決策を詳しく見ていきましょう。
- 中長期的な観光戦略
- 地域文化の継承
- 「儲け」だけではない観光の価値
中長期的な観光戦略
京都観光の持続的な発展には、短期的な利益追求ではなく、中長期的な視点に基づく観光戦略が欠かせません。
オーバーツーリズムは短期的には経済効果をもたらしますが、長期的には文化財の損傷や地域住民の生活への深刻な影響を引き起こしてしまいます。
たとえば、観光客の急激な増加により、地域コミュニティの結束が弱まり、住民の転出が進むことで地域経済全体が衰退する可能性があります。
1,200年以上の歴史を誇る古都京都の魅力を次世代に継承するためには、目先の収益にとらわれず、文化的価値と地域の暮らしを守る中長期的な観光戦略が欠かせません。
地域文化の継承
地域文化の継承は、京都観光の本質的価値を守るために不可欠な視点です。
京都は日本の中でもとくに歴史的建造物や伝統、文化が重んじられている町として知られており、多くの観光客が昔ながらの伝統や文化を目当てに訪れています。
しかし、オーバーツーリズムの進行によってインバウンド向けの店舗やサービスが急速に増加し、地域に根ざした伝統的な商店が店をたたむケースが目立ってきました。
京都の魅力の源泉である地域文化を次世代に継承するためには、観光産業と地域文化のバランスを慎重に保つ取り組みが求められます。
「儲け」だけではない観光の価値
観光の真の価値とは、単に収益を生み出すことだけではなく、多様な訪問者に豊かな体験を提供することです。
現在の京都は「儲け」を重視した外国人観光客向けの経済構造へとシフト。その結果、インバウンド向けの店舗やサービスが増え、修学旅行生や日本人観光客が楽しみにくい街へと変わりつつあります。
実際に、京都市の統計データでも、外国人観光客数に対する日本人観光客の割合が年々減ってきていることがわかります。
持続可能な観光地として発展するためには、経済効果だけでなく、教育的価値や文化的意義といった多面的な観光の価値を見つめ直し、バランスの取れた観光戦略を構築することが重要です。

まとめ|京都のオーバーツーリズムから考える観光の持続性
近年の京都では、オーバーツーリズムをきっかけに、短期的な観光収益だけを追求するのではなく、地域文化の保護と観光客の満足度を両立させる「質の高い観光」への転換が求められています。
観光客数の制限や分散は、環境保護や文化継承だけでなく、京都ブランドの価値向上と観光産業の長期的な発展にもつながる重要な取り組みです。
今こそ観光産業に関わる全ての関係者が連携し、次世代に誇れる持続可能な京都観光の実現に向けた具体的な行動を起こしていきましょう。


参考文献
[2] 京都市民が嘆く「舞妓パパラッチ」の悪行三昧 観光客は舞妓にとって「危険な存在」でもある | レジャー・観光・ホテル | 東洋経済オンライン
[3] 京都のオーバーツーリズムの現状と観光地のデ・マーケティング
[4] オーバーツーリズムとは? 原因や影響、問題点や対策を具体例付きで解説:朝日新聞SDGs ACTION!
[5] 京都のオーバーツーリズム問題 ―住民が感じる実質的な不便と今後の改善策について― | 同志社大学 グローバル・コミュニケーション学部
[6] 京都府京都市 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[7] 日本人の「京都離れ」は本当に起きてる? 地元と大学などが研究始動 [京都府]:朝日新聞
[8] 市場の役割薄れゆく、京の台所 訪日客向け飲食店増、生鮮食品店減 | 毎日新聞