「癒し」から「挑戦」へ。極限の耐久スポーツが広げる新たな観光の可能性

人間の極限に挑戦するかのように過酷な耐久スポーツが、世界的に人気を高めています。ウルトラマラソンやトライアスロンなどの競技の範疇にとどまらず、もはや「冒険」と呼ぶべきイベントに拡大し、新たな観光のスタイルを生み出しつつあります。この動向について、英国メディア「BBC」オンライン版が2025年7月28日付で掲載しました。[1]
記事はクロアチアのフヴァル島で行われている「UltraSwim 33.3」をひとつの例として紹介しています。その名の通り、33.3キロの距離を4日間で泳ぎ切る旅です。他にも、モロッコのサハラ砂漠を走り抜ける「Marathon des Sables」、アルプス山脈を駆け巡る「UTMB(Ultra-Trail du Mont-Blanc)」、イギリス海峡を泳いで横断する「Channel Swim」など、およそ常識では考えられないほどの過酷なイベントが世界には存在します。
注目すべきことに、こうした過激なスポーツを支えているのは若いアスリートだけではありません。むしろ40代以上の中高年が参加者の大半を占め、男女比もほぼ同じです。競技以外に発生する移動、宿泊、食事などの費用を捻出しやすい層でもあります。
かつて、旅は日常の疲れを癒す「休息」の場でした。温泉に浸かったり、ビーチに寝転んだり、あるいはショッピングやグルメで心を癒すことを旅の目的にする人がほとんどでした。ところが今、極限まで体を酷使することによって得られるカタルシスと「日常からの逃避」を旅に求める人が増えています。こうしたスタイルが主流になるかどうか明らかではありませんが、観光産業にとっても見逃せないトレンドではないでしょうか。
このトレンドは、観光産業にとっても大きなビジネスチャンスになり得ます。なぜなら、特別なインフラを整備しなくても、すでに地域が持っている自然環境がそのまま観光資源になるからです。
- 海岸線=長距離水泳やサーフィンの場
- 山道や林道=トレイルラン、グラベルバイクツアー
- 湖や川=パドルスポーツやオープンウォータースイム
- 砂漠や高地=過酷なウルトラマラソンや瞑想リトリート
ホノルルマラソンなどのように、オフシーズンのリゾート地を活用すれば、宿泊施設や飲食店に新たな需要を生み出すことも可能です。
旅のスタイルはこれからも多様化していくでしょう。そのなかで、「耐久スポーツ×観光」という切り口は、これまで観光業界が見落としていた市場の可能性を開くのではないでしょうか。
限界に挑む人に寄り添い、彼らのストーリーを支える場所をつくること。それは、単なる観光サービスではなく、「人生の転機」を提供することに繋がるかもしれません。自分自身を極限状態まで酷使するような体験をすると、自らの存在を新たな視点で捉えるほどの深い変化を内面にもたらすことがあるからです。
過酷な旅は人をただ回復させるだけではなく、その人を再構築する。多くの人にとって、そのことはビーチサイドでカクテルを嗜む楽しみよりはるかに価値がある。BBCの記事はそう結んでいます。
参考文献