オーバーツーリズムの事例から学ぶ課題と対策|国内外の事例を9つ紹介

近年、世界各地でオーバーツーリズムが発生し、観光客による混雑やインフラの圧迫などが問題となっています。
オーバーツーリズムへの効果的な対策を学ぶためには、実際の事例から手法や成功の要因を理解することが重要です。
本記事では、国内外で実際に起きているオーバーツーリズムの具体的な事例を9つ紹介します。
各地域が直面している課題と実践している対策を合わせて詳しく解説するため、参考にしてください。
オーバーツーリズムとは?
オーバーツーリズムとは、観光地に許容範囲を超える観光客が集中し、地域住民の生活や自然環境に悪影響を与える現象です。
世界各国でオーバーツーリズムが発生していることから、近年は国際的に持続可能な観光がとくに重要視されています。また、観光は地域社会と環境に配慮した形で発展すべきだという考えが広まっています。[1]
観光産業の成長と地域保護のバランスが、最も重要な課題の一つといえるでしょう。

日本国内のオーバーツーリズム事例6選 | 課題と対策
日本国内でも多くの観光地がオーバーツーリズム問題に直面しており、地域住民の生活への影響や環境破壊が深刻化しています。
これを受けて、各地域では入場制限やデジタルシステムの導入などさまざまな対策を実施。以降では、各地域の課題とそれぞれの対策について解説します。
北海道 倶知安町

倶知安町(くっちゃんちょう)は、北海道西部に位置する町です。日本最北の秀峰と呼ばれる羊蹄山(ようていざん)と、ニセコ連山の主峰アンヌプリなど豊かな自然が人気の観光地。
また、冬には極上のパウダースノーが降り積もり、多くのスキーヤーが集まります。
課題 | 冬季のタクシー不足と交通渋滞
倶知安町では、冬季に観光客が集中することでバスやタクシーの供給が不足し、観光客の満足度だけでなく住民の日常利用にも影響を与えています。[2]

さらに、公共の交通機関が不足することでマイカーやレンタカーの利用が増加し、深刻な交通渋滞も発生しています。
対策 | タクシー需給の調整と無料バスの運行
倶知安町では、タクシー不足解消のために札幌などの事業者から車両とドライバーをニセコエリアに派遣する応援体制を構築しました。

取り組みの結果、迎車から乗車までの平均時間短縮と乗車数の増加を実現。大晦日には過去最高の758件の乗車記録を達成しました。
さらに、交通渋滞対策では無料循環バスの運行により、バス利用者が76,528人から87,770人に増加し、来訪者満足度93%を達成しています。
山形県山形市

山形市は山形県の県庁所在地で「蔵王温泉」や冬の風物詩「樹氷」で知られる、東北有数の観光地です。
とくに蔵王温泉スキー場は、世界的にも珍しい樹氷群を間近で見られることから「スノーモンスター」として海外からも注目を集め、多くの外国人観光客が訪れています。
課題 | 特定の地域に観光客が集中し過度な混雑が発生
山形市では冬季期間に樹氷鑑賞を目的とする観光客とスキーヤー・スノーボーダーが蔵王ロープウェイに集中し、深刻な混雑問題が発生しています。[3] ピーク時には最大2時間以上のロープウェイ待ち時間が発生し、観光客の満足度低下が懸念される状況です。

また、ロープウェイに観光客が一極集中することで、周辺観光スポットに人が集まらず、地域全体の観光消費額が増加しない課題も生じています。
対策 | デジタルシステムによる需給調整と情報発信
山形市では購入手段による価格変動制と予約システムを導入することで、ロープウェイの本数と利用者数の調整に成功しました。

さらに蔵王温泉スキー場全山でのWi-Fi環境や飲食店、温浴施設の受け入れ環境の整備により、ロープウェイの待ち時間を有効活用できるようになりました。
取り組みの結果、ロープウェイの待ち時間が前年度の約2.5時間から約1.5時間に短縮され、観光客の満足度が上がり、地域全体への経済効果も拡大しています。
神奈川県鎌倉市

鎌倉市は神奈川県南部に位置し、歴史的建造物と湘南の海が融合した古都として人気の観光地です。東京都心からのアクセスが良好で、日帰り観光地として多くの観光客が訪れ、とくに紫陽花の季節や紅葉シーズンには大勢の人々でにぎわいます。
課題 | 慢性的な交通渋滞と過度な混雑
鎌倉市では慢性的な交通渋滞と過度な混雑が発生し、市民の日常移動に影響が生じています。[4]

鎌倉時代からの古い地形が保たれているため幅の狭い道路が多く、渋滞の根本的な解消には道路整備が必須です。しかし、歴史的遺産や自然環境の保全に配慮する必要があり、根本的な改善は難しいのが現状です。
とくに大型連休や桜・紫陽花シーズンには、人気の観光地に観光客が集中し、市民生活への支障や災害時の不安が懸念されています。
対策 | ホームページやマップの改修による観光客の分散
鎌倉市では公式ホームページや多言語サイトの改修を行い、定番スポット以外の魅力を周知することで観光客の時間と場所での分散を図っています。

さらに混雑マップの機能も改善し、今後の混雑予測や天気別の混雑予測機能を追加して利便性を向上。
取り組みの結果、外国人観光客向けのホームページは、1日平均132PV(令和5年度)から1日平均約272PV(令和7年2月15日~3月14日)まで上昇し、効果的な情報発信につながっています。
京都府京都市

京都市は世界遺産や歴史的建造物が数多く残る国内外屈指の観光地です。
伝統的な街並みや文化体験、季節ごとの美しい景観が楽しめることから、一年を通して国内外から多くの観光客が訪れています。
課題 | 混雑やマナー問題による地域住民への影響
京都市では観光客の急増により市バスの車内混雑や交通渋滞が発生し、観光客の体験価値と市民生活の両方に影響を与えています。[5]

とくに地域住民への影響は大きく、市バスでは観光客の大型荷物や乗車マナーの問題により、通勤・通学で利用する市民が乗車できない事態も発生しています。
対策 | 周辺地域への観光客分散と観光バスの新設
京都市では混雑していない地域を回るデジタルスタンプラリーの実施や周辺観光スポットの紹介により、観光客の場所的分散を図っています。取り組みの結果、人気観光地の嵐山からほど近い嵯峨エリアへの観光客が約30%増加。

また、市バスの混雑対策では、京都駅と観光利用の多い東山エリアを結ぶ観光特急バスを令和6年6月に新設しました。
運行開始前のウェブ調査では生活路線が「混んでいた」との回答が68.2%だったのに対し、その後の調査では57.8%に減少。交通機関の混雑緩和に一定の効果があったと考えられています。
和歌山県高野町

高野町は和歌山県北東部に位置し、真言密教の聖地「高野山」で知られる観光地です。
金剛峯寺や壇上伽藍などの歴史的建造物と、奥之院の神秘的な杉木立が織りなす景観が人気を集め、多くの参拝者や観光客が訪れています。
課題 | 交通渋滞とインフラの圧迫
高野町ではマイカー利用による日帰り旅行が増加し、駐車場不足や交通渋滞、路線バスの遅延などが深刻な問題となっています。[6]

また、急増する観光客に対応するインフラ整備の人員と資金が不足し、継続的な観光客受け入れへの懸念も生じています。
しかし、高野町には観光目的ではなく信仰や参拝を目的とした信者も多く訪れるため、駐車場代金の徴収や観光税導入に対する反発の声も大きく、財源確保が困難な状況です。
そのため宗教的な聖地としての特性を考慮した慎重な対策の検討が求められています。
対策 | 公共交通機関の利用誘導・駐車場の有料化
高野町ではホームページで混雑状況を発信し、公共交通機関の利用誘導や最適なルートを案内することで、観光客のマイカー利用の減少を図っています。

また、中心部の駐車場を有料化し、山外の無料駐車場への誘導も実施しました。有料化に対して来訪者からは概ね理解の声が多く、地域内での新たな収入源の確保にもつながっています。
沖縄県竹富町

竹富町は沖縄県八重山諸島に位置し、石垣島から船でアクセスできる離島観光地として人気を集めています。伝統的な沖縄建築や原風景を体験できることから、多くの観光客が訪れる人気観光地です。
課題 | 自然環境への悪影響と地域住民からの不満
竹富町では、自然体験活動に十分な知識を持たない観光客や、ルールを守らない事業者・観光客が増加し、自然環境の劣化が急速に進んでいます。[7] 特定のフィールドに観光客が集中することで、自然体験で使われる一部の場所の損傷が激しくなっている状況です。

また、マナー・モラル意識の低い観光客に対する地域住民からの不満の声も増加しています。
対策 | 入場者数・エリア管理のシステム導入
竹富町では「入域管理システム」を導入し、入域エリアの入場者数を管理できるようにしました。

また、観光客のマナーとモラル向上のために講習プログラムを作成し、特定自然観光資源区域に個人で入域する場合には講習の受講を義務化しています。
海外のオーバーツーリズム事例3選 | 課題と対策
海外でも多くの観光地がオーバーツーリズムの影響を受けています。とくにヨーロッパでは地域住民向けの住宅不足や、それにともなう住宅価格と賃料の高騰が深刻です。
各国は入場制限や観光税の導入、法的規制などを活用して持続可能な観光地運営を目指しています。
イタリア・ベネチア

ベネチアは北イタリアのベネト州に位置する水上都市として有名な観光地です。歴史的建造物と、ゴンドラクルーズが魅力で「アドリア海の女王」と呼ばれる美しい景観を求めて世界中から観光客が訪れています。
課題 | 地域住民の住環境が圧迫
ベネチアは歴史ある古い街のため道が狭く、観光客が増加することで普段使っている道が歩きにくくなるなど、住民の生活に影響を与えています。水上バスも常に混雑し、住民の日常的な移動手段が制限されている状況です。[8]
また、アパートやマンションが民泊に転用され、地域住民向けの住宅が減少したことで賃料も高騰。他にも日用品や食料品を購入するスーパーが減少するなど、日常生活に必要なインフラが失われ、ベネチアから近隣の町へ移住する住民も増えています。
対策 | 入域料の徴収
ベネチアでは2024年4月から土日の日帰り旅行者に対し、1日5ユーロ(2024年10月時点の為替レートで約800円)の入域料徴収を開始しています。[9] 2024年はおよそ48万5,000人がベネチアを訪れ、合わせて225万ユーロ(日本円で約3億7,000万円)を入場料として徴収しました。
しかし金額が低いことや日帰り旅行者の多くがイタリア人であることなどから、一部の専門家は観光客を減らす効果はあまりないと指摘しています。
オーバーツーリズム対策としての効果を上げるには入域料の増額や事前予約制との併用などが考えられ、より実効性の高い施策の実現が求められています。

スペイン・バルセロナ

バルセロナはスペイン北東部のカタルーニャ州に位置し、サグラダ・ファミリアなどのモダニズム建築で有名な観光都市です。地中海に面した温暖な気候と豊かな文化、美食などを楽しめることから一年を通して多くの観光客が訪れています。
課題 | 民泊増加による地域住民の生活の質低下
バルセロナでは2015年にホテルの新規建設が凍結されたことから民泊が急激に増加し、騒音問題やマンション共用部の破損など、民泊特有の問題が多発しています。[10][11]
また宿泊用マンションが増える一方で一般市民向けのマンションが減少。これにより賃料が上昇し、地域住民の生活に影響を与えています。
対策 | 法的規制による市民生活の保護
バルセロナでは2017年1月に「観光宿泊施設特別都市計画(PEUAT)」が可決され、宿泊施設の新規建設を規制する取り組みを開始しました。[12]
さらに2024年には民泊ライセンスの新規発行を停止し、既存ライセンスの更新も行わないことを発表。
民泊のライセンスは2028年11月に全て失効する予定で、バルセロナでは住民生活の保護を最優先とした抜本的な改革が進んでいます。

オランダ・アムステルダム

アムステルダムはオランダの首都で、運河沿いに並ぶ歴史的建造物群や自転車文化などで知られる観光都市です。ヨーロッパ各国からアクセスしやすい立地もあり、常に多くの観光客でにぎわっています。
課題 | 民泊の増加に伴う住宅不足・賃料高騰
アムステルダムでは、運河400周年イベントの開催やアムステルダム国立美術館のリニューアルオープンに伴って宿泊客数が2008年から2014年の間に急激に増加し、深刻な宿泊施設不足が発生しています。[13] これにより民泊が拡大し、地域住民向けの住宅不足と賃料の高騰が問題となりました。
また、観光客の増加に伴い市内の混雑や迷惑行為も増加し、地域住民の生活環境が悪化しています。
対策 | 規制や観光税による観光客数の抑制
アムステルダムでは2017年から市内の大部分で新規ホテルの建設が禁止され、宿泊施設の供給量を制限しています。[14] 住宅を観光客に提供する場合は市への登録が義務づけられ、民泊への規制も強化されました。
また、観光税の増税も段階的に実施され、2013年から数年おきに税率が引き上げられており、2024年時点では欧州で最も高い12.5%の税率を設定。
法的規制と経済的負担の組み合わせにより、観光客数の適正化と住民生活の保護を図っています。

オーバーツーリズム事例に学ぶサステナブルな観光のポイント
オーバーツーリズム対策の成功事例に共通するのは「観光客の分散化」「デジタル技術の活用」「観光関係者の相互協力」の3つの要素です。
蔵王温泉の価格変動制や京都の観光特急バス導入のように、需要コントロールと代わりになる手段の提供は、観光客数の抑制と分散に効果的です。
また、デジタルマップやウェブサイトでの情報発信は、観光客の自主的な行動を促すのに役立ちます。
そして、こうした施策は行政や観光事業者が一方的に行うのではなく、地域住民や旅行者の理解と協力を得ながら行うことが重要です。観光に携わるすべての人がお互いに協力し合いながら取り組まなければ、サステナブルな観光は実現できません。
サステナブルな観光で重要なのは文化・環境・経済のバランスを守ることであり、どれか一つでも欠ければ長期的な発展は難しいでしょう。
まとめ | オーバーツーリズム事例から考える責任ある観光のあり方
オーバーツーリズムは地域全体の持続可能性を脅かす深刻な問題です。
各地域の事例からは、観光の恩恵を受けながら地域住民や環境とのバランスを保つことの重要性が見えてきます。
サステナブルな観光の実現に向けて、観光産業に関わる全ての人がオーバーツーリズムの現状を正しく理解し、地域に配慮した観光のあり方を考えていきましょう。

参考文献
[1] 持続可能な観光の定義 | 世界観光機関アジア太平洋地域事務所
[2] 北海道 倶知安町 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[3] 山形県山形市 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[4] 神奈川県鎌倉市 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[5] 京都府京都市 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[6] 和歌山県高野町 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[7] 沖縄県竹富町 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[9] イタリア ベネチア 観光客抑制で入場料徴収 来年も実施へ | NHK | イタリア
[10] バルセロナ市、2028年11月までに民泊廃止の方針(スペイン) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース – ジェトロ
[11] バルセロナが「観光客削減」に踏み切る事情 世界屈指の観光都市が抱える悩み | ヨーロッパ | 東洋経済オンライン
[12] 特集3 「観光都市」から「観光とともに生きる都市」へ 阿部 大輔 – 観光文化