“負”を“価値”に転換する力とは。APU学生が学ぶ「北九州の産業遺産を活用した地域づくり」

多くの企業や地域にとって、「サステナビリティ」の実現は喫緊の課題です。その先進事例として注目されるのが、深刻な公害という“負の遺産”を乗り越え、世界的な環境先進都市へと変貌を遂げた福岡県北九州市。
今回お話を伺ったのは、立命館アジア太平洋大学(APU)4回生の吉永拓海さんです。吉永さんは「北九州市の環境問題の取り組みと産業遺産を活用した地域づくりを学ぶ」をテーマにした、APUのフィールドスタディに参加しました。
環境と開発を専攻し、サステナブルツーリズムも学んできた吉永さんの視点から、何が見えたのでしょうか。
北九州市の負の歴史を、未来への教訓へと転換した事例、サステナビリティの本質、そして地域を再生(リジェネラティブ)させる力についてお届けします。
─── 今回参加されたフィールドスタディの概要について教えていただけますか?
私たちが参加したのは、「産業遺産を活用した地域づくり」をテーマに、北九州市で学ぶ3泊4日のプログラムです。
このフィールドスタディの大きな目的は、北九州市が経験した深刻な公害の歴史、いわば“負の遺産”を、現代の環境問題解決にどう活かしているのか、その知恵と実践を肌で感じることでした。
調査方法として、特定の施設を見て回るだけではなく、行政や産業の最前線で活躍されている方々との対話が中心でした。
たとえば、北九州市役所の環境局の方や、環境ビジネスの第一線で活躍されている民間企業の方など、様々な立場の方に直接お話を伺い、北九州市がどのようなアプローチで環境政策を進めているのかを、対話を通じて深く理解していくという形で進められました。
北九州フィールドスタディ行程
2/18(火)
- 13:30–15:00 市役所環境講座
- 17:00–20:00 グループワーク
2/19(水)
- 10:00–11:45 環境テクノス㈱見学
- 12:00–13:15 昼食
- 13:30–14:00 北九州市エコタウンセンターへ移動
- 14:30–16:00 北九州市エコタウンセンター内のリサイクル施設見学
- 17:00–20:00 グループワーク
2/20(木)
- 10:00–11:30 門司港レトロエリア見学
- 13:00–15:00 下関エリア見学 関門トンネル徒歩移動
- 17:00–20:00 グループワーク 事後授業発表準備
─── なぜ、北九州市でのフィールドスタディを選ばれたのでしょうか?
専攻が環境と開発分野なので、もともと強い関心がありました。それに加えて、「産業遺産を活用した地域づくり」というテーマが、具体的にどういうことなのかすぐにはピンとこなかったんです。
普通、「遺産」というとプラスのイメージが先行しますが、北九州市はかつて公害に苦しんだ歴史があります。このネガティブな過去を、一体どうやって「活用」するのか。その点に強く興味を引かれました。
もう一つの個人的な背景として、私の出身が熊本県だということも関係しています。熊本には、四大公害病の一つである水俣病という痛ましい歴史があります。小学生の時、社会科の授業で水俣を訪れ、語り部の方から直接お話を聞く機会がありました。
教科書で学ぶ事実とは全く違う、被害に遭われた方の生の声や表情に触れ、子どもながらに大きな衝撃を受けたんです。そういった原体験があったので、公害というテーマに対して他人事ではないという意識が元々ありました。
北九州市がどのようにして公害を乗り越えたのかを知ることは、自分の故郷が抱える歴史を考える上でも重要だと感じ、参加を決めました。
─── 実際に北九州市を訪れてみて、最も印象に残ったことは何でしたか?
かなり充実したフィールドスタディだったので、印象に残っていることはたくさんあります。その中でも特に衝撃的だったのは、北九州市役所で環境担当の方から伺ったお話です。
北九州市の環境問題への取り組みについてお話を聞いた際、経済成長を示すグラフと温室効果ガスの排出量を示すグラフ、それぞれ比較して見せていただきました。
一般的に、経済が成長すれば、温室効果ガスの排出量も増えるものだと思われがちです。しかし、北九州市のグラフは全く違っていました。
経済が着々と成長を続ける一方で、温室効果ガスの排出量は劇的に減少していたのです。特に驚いたのは、2013年からのおよそ10年間で、排出量が半分近くまで削減されていたことです。
北九州市が環境問題に力を入れている「先進的な都市」だとは知っていましたが、ここまで明確な形でグリーン成長を実現しているとは想像していなかったので、それが最も印象に残っています。
─── 環境開発を専攻されていたとのことですが、その当時から北九州市に注目されていたのでしょうか?
いえ、それがまったくで。所属していた学部が「アジア太平洋学部」という名前だったので、カンボジアやタイといった新興国が主な研究対象でした。フィールドワークも東南アジアが対象で、かなり広い範囲を扱っていました。
そのため、北九州市のようなミクロな地域に焦点を当てる機会は、ほとんどありませんでした。まさに「灯台下暗し」な状態で、身近な場所にこれだけ多くの気づきがあるのだと驚きました。
───フィールドスタディでは、北九州市が公害を克服した歴史から、「地域の力」について深く学ばれたそうですね。
そうですね。私自身、環境問題というと、気候変動のように規模が大きすぎて、どこか他人事のように感じてしまいがちでした。
しかし、北九州市の歴史を学ぶうちに、その意識が変わっていきました。たとえば、北九州市のエコタウンセンターに足を運んだ際には、市民ボランティアによる「北九州市環境学習サポーター」と呼ばれる語り部の方々が、公害克服の歴史や現在の取り組みについて、私たち一般市民の目線で解説してくださいました。
かつて、北九州市の沿岸部の海は「大腸菌」すら住めないほど、汚染されていた時代があったんです。その状況に対し「戸畑婦人会」に所属する女性たちが、「もう一度きれいな北九州市を取り戻したい」と立ち上がり、声を上げたことが公害克服の大きな原動力となったそうです。
この話を聞いて、「地域の力」というより、もっと身近な「個人の力」が素晴らしいと感じました。たった一人の市民の声が、やがて大きなうねりとなり、地域全体を動かす力になる。北九州市民の方々の話を聞く中で、そのことを強く実感しました。
─── ご自身の原体験にも、「水俣の語り部さん」の影響がありましたね。地域住民の「生の声」を聞くことの重要性をどのように考えますか?
そうですね…。環境問題や公害問題は、規模が大きすぎて「自分事」として捉えにくい部分があります。
たとえば、水俣病の場合、その原因は大きな化学工場から海に排出された有機水銀化合物「メチル水銀」でした。このメチル水銀が魚や貝などの海産物に蓄積し、それを食べた人々が中枢神経に障害を受け、手足のしびれや視野狭窄、言語障害などの症状を発症しました。
一見すると、こうした公害は、直接被害を受けていない一般市民には無関係のように思われがちです。
しかし、実際に被害に遭われた方──自分と全く同じ立場の市民から、直接話を聞くことで問題の本質や自分とのつながりについて、より深く、具体的に理解できました。
─── フィールドスタディを通して、サステナビリティの重要性をどのように学びましたか?
サステナビリティという言葉はとても抽象的で、私自身も理解に苦労していたんです。ですが、実際に北九州市のフィールドに足を運んでみて、その意味を深く実感しました。
かつて大腸菌すら住めなかった海が、今ではとてもきれいに保たれています。この「きれいな状態」を次の世代に受け継いでいこうという想いから、北九州市が環境教育にも力を入れていることを知りました。
「次世代に地球環境を継承していく」という意味で、サステナビリティ(持続可能性)は非常に重要なことだと学びました。
また、SDGsについても大きな気づきがありました。以前は、SDGsといえば「気候変動対策」や「貧困をなくす」といった、政府や大企業が解決すべき大きな目標だと考えていました。
しかし、北九州市の取り組みを実際に見て、考えが変わりました。たとえば、ペットボトルのリサイクル施設を訪れた際のことです。私たちが普段、何気なく行っている「ペットボトルのラベルを剥がす」という行為だけでも、リサイクルの効率が格段に上がることを知りました。
そして、リサイクルされたペットボトルが、卵パックや制服、ランドセルの一部といった身近な製品に生まれ変わる様子を目の当たりにしました。

SDGsへの貢献は、政府や大きな組織だけが担うものではなく、私たち一人ひとりの行動が重要だと気づかされました。
ゴミの分別を徹底したり、ペットボトルのラベルを剥がしたりといった些細な行動でも、持続可能な社会の実現に貢献できる。このことは、実際に現地を訪れなければ分からなかった、大きな学びだと思います。
─── 最近では、「リジェネラティブ」という考え方も注目されています。今回の訪問で、そうした側面を発見することはありましたか?
はい、まさに北九州市の取り組みそのものが、非常にリジェネラティブだと感じました。公害という、できれば「隠したい、忘れたい」と思ってしまうような負の歴史を、決して風化させることがない。
それどころか、公害の歴史を「未来への重要な教訓」として積極的に活用し、新たな価値を創造しているからです。
たとえば、私たちが訪れた北九州市エコタウンセンターには、公害の歴史やSDGsについて、子どもたちが楽しみながら体験的に学べる施設がありました。

私たちが訪れた日も、多くの小学生が郊外学習で来ていて、熱心に説明を聞いたり、展示に触れたりしていました。
過去の失敗をただ反省するだけでなく、それを未来を担う世代への「生きた教材」として昇華させている。この、負の側面をバネにして「未来をより良くしていこう」という姿勢こそ、リジェネラティブの本質だと感じました。
自身の体験を積極的に語り継ぐ「語り部」の市民をはじめ、市役所の職員の方、企業の方々、皆さんにお会いして共通して感じたのは、「あの過ちを二度と繰り返させない」「この経験を未来への教訓として伝えていかなければならない」という、非常に強い使命感でした。
その強い想いが、単なる原状回復(サステナブル)にとどまらず、地球環境再生を目指す環境教育や新たな産業創出といった、未来に向けた価値創造(リジェネラティブ)へと繋がっているのだと思います。
─── 今回のフィールドスタディは、吉永さんご自身の「地域を見る目」や、今後の進路にどのような影響を与えましたか?
大学で環境問題やサステナビリティを学んでいた頃は、そのテーマがあまりにも壮大で、「私一人の力では何もできないのではないか」と感じていました。
しかし、北九州市に実際に訪れて、その考えは大きく変わりました。私たち一人ひとりが、環境問題に対して少し意識を向け、ペットボトルのラベルを剥がすといった小さな行動をするだけでも、それがやがて地域の再生につながっていく。
この「個人の行動がリジェネラティブ(再生)の原動力になる」という発見は、非常に大きな学びでした。
実は、この経験がきっかけというわけではありませんが、現在は災害に関する研究をしており、まさにレジリエンス(回復力)や都市システムのサステナビリティについて深掘りしています。
北九州市で得た、「個人の力が地域全体の成長や回復につながる」という考えは、今の私の研究にも大きく活かされています。
─── 最後に、今回の経験を踏まえ、サステナビリティに関して、これからどのように社会を変えていきたいかをお聞かせください。
今回のフィールドスタディでは、通常は接する機会のない民間企業や市役所の方々と直接的な対話を通じて現場を深く理解できたことは、私自身の研究や将来の進路についての考えに大きな影響を与えました。
この経験がきっかけの一つとなり、現在は、環境問題の解決や持続可能な社会の実現を目的とした専門教育・研究を行う大学院への進学を目指しています。机上の空論で終わらせず、理論を実践に移すこと。つまり、座学でインプットするだけでなく、実際にフィールドに出て現場の声を直接聞き、自分で考えることの重要性を痛感しました。
環境ビジネスが盛り上がる中で、どうしても企業や政府といった大きなアクターに焦点が当たりがちですが、本当に環境問題を解決するのは、私たち一人ひとりの当事者意識だと考えています。
たとえば、「今すぐ始められる環境問題への取り組み」といった、より身近な活動に光が当たり、一人ひとりが行動を変える様になれば、社会全体の持続可能性はさらに高まるのではないでしょうか。
これから先、私たち一人ひとりが重要な役割を果たす市民として主体的に関われる活動を、もっと増やせるよう行動していきます。