海外のオーバーツーリズム対策事例から学ぶ持続可能な観光戦略

「オーバーツーリズム対策」に悩む観光事業者の方へ。世界各地で観光客の過剰集中が深刻化する中、どのような対策が効果的なのか迷っていませんか?
本記事では、ヴェネチアの日帰り観光税からバルセロナの短期賃貸全面禁止、アムステルダムの75項目対策まで、世界6カ国の対策事例を詳しく解説します。
価格調整、人数制限、時間分散など6つの基本アプローチの具体的な実施方法と効果を知ることで、持続可能な観光への転換を進めるためのヒントを見つけましょう。
海外で深刻化するオーバーツーリズムの現状

特にヨーロッパでは問題が顕著で、バルセロナやヴェネチア、アムステルダムなどの主要観光都市で住民による大規模な抗議活動が発生しています。
現在、各地で見られる混雑や生活への支障は、この定義にまさに当てはまる事例といえるでしょう。こうした現状は、観光の恩恵と地域社会の持続可能性をどう両立させるかという、世界共通の大きな課題となっています。
海外で深刻化するオーバーツーリズムの原因

海外でオーバーツーリズムが急激に深刻化している背景には、以下の5つの主要な要因が関係しています。
- グローバル中間層が急増している
- 低コストで旅行ができるようになった
- 短期賃貸プラットフォームが拡大している
- インフラ整備が追いついていない
- SNSによる情報拡散によって一部の地域へ観光客が集中している
これらの要因を理解することで、観光事業者は持続可能な観光への転換策を検討できるでしょう。
1. グローバル中間層が急増している
近年の経済発展により、旅行に使えるお金(可処分所得)を持つ中間層が世界中で増えました。かつて旅行が贅沢品とされた層も、ライフスタイルの一環として定期的に海外へ足を運ぶようになっています。
その結果、これまで観光客が少なかった地方や二次的な観光地にも注目が集まり、受け入れ能力を超えた観光流入が発生。観光客の増加は地域経済の活性化に貢献する一方で、自然環境や文化資源への負荷を高めるリスクも抱えています。
2. 低コストで旅行ができるようになった
格安航空会社や各種プロモーションの普及で、航空券やホテル料金が以前に比べ格段に下がりました。このコストダウンにより、短期間の週末旅や日帰り旅行が身近なものとなったため、観光客が年間に訪れる回数が増加。
気軽な旅行スタイルの普及は旅行産業の裾野拡大につながりますが、人気都市や名所への集中をさらに加速させ、混雑や住民生活への影響を深刻化させています。
3. 短期賃貸プラットフォームが拡大している
Airbnbなどの短期賃貸サービスによって、宿泊先の多様化が進みました。観光客にとっては柔軟な日程調整や現地体験のしやすさが魅力ですが、地域の長期賃貸市場を圧迫し、住民の住宅確保を難しくする側面もあります。
結果として、観光需要と住民ニーズの間で摩擦が生じ、地域コミュニティの均衡を崩す要因となっています。短期賃貸の収益性が高いほど、そのエリアでは長期滞在者向けの住宅供給が減少しやすくなります。
4. インフラ整備が追いついていない
急速に増える観光客数に対し、交通網や上下水道、廃棄物処理などの公共インフラ整備が追いついていないことが多くの観光地で問題になっています。
需要の急激な変化を見越した長期的計画が立てにくいため、渋滞の激化やごみの過剰発生、トイレ不足といった日常的トラブルが日常化し、住民サービス低下や観光地としての魅力低下を招いています。その結果、持続可能な観光地運営が一層困難になっています。
5. SNSによる情報拡散によって一部の地域へ観光客が集中している
InstagramやTikTokといったソーシャルメディアは、瞬時に情報を拡散する力を持ち、多くの人が「映える」スポットへ集中する要因となっています。人気投稿がバズると、これまで知られていなかった観光地が一夜にして注目を集め、大量の来訪者を迎え入れることになります。
その一方で、SNSで取り上げられない場所は観光機会を逃し続け、地域間の観光需要格差が拡大。この偏りがオーバーツーリズムを一層深刻化させています。
海外のオーバーツーリズム対策|6つの基本アプローチ
海外では、観光客の過剰集中を抑えるために、国連世界観光機関(UNWTO)が体系的な対策を進めています。UNWTOが提唱する「観光収容力」とは、自然や地域文化に悪影響を与えず、かつ観光客の満足度を損なわない範囲で受け入れられる人数の上限を示す考え方です。
各国では、この理念をもとに持続可能な観光を目指す取り組みが広がっています。
主要な対策は、以下の6つの基本アプローチに分類されます。
- 価格メカニズムによる需要調整
- 物理的な人数制限
- 時間軸での分散化(予約制など)
- 地理的な観光地分散(場所の誘導)
- 宿泊環境の適正化(短期賃貸規制など)
- 情報提供による行動変容(マナーの啓発など)
これらの手法は単独実施ではなく、各地域の特性や課題に応じて複数を組み合わせた包括的戦略として展開されています。重要なのは、観光事業者や地域住民、行政が連携し、持続可能な観光発展という共通目標のもとで段階的に実施することです。
1. 価格を調整|観光税や入場料
観光税や入場料の導入は、経済的な手法で観光客の需要をコントロールする方法です。
質の高い体験を求める観光客を誘致する一方で、安価で短期的な旅行を抑制する効果があります。
観光税の形態は多様で、宿泊税、日帰り観光客への入域税、特定施設への入場料など、地域の特性に合わせて設定されます。ただし価格設定は慎重さが必要で、低すぎれば効果が限定的となり、高すぎれば観光産業全体に悪影響を及ぼしかねません。
2. 人数を制限|入場・入域の上限
観光収容力の考え方に基づき、観光地への入場者数や入域者数に上限を設ける手法です。自然や文化遺産を守りながら、観光客の満足度を高めることを目的としています。制限人数は、環境への影響、インフラ負荷、地域住民への影響といった科学的データをもとに設定されます。
特に自然遺産や文化遺産の保護に効果的で、土壌浸食や生態系の破壊を防ぎつつ、混雑の緩和によって観光体験の質を向上させられます。
一方で観光収入の減少という課題もあるため、地域経済を支える代替収入源の確保が重要です。制度を成功させるには、科学的な根拠の提示や地域関係者との合意形成、予約や入場制限を管理するシステムの整備が不可欠です。
3. 時間を分散|予約制や時間指定
観光需要を時間ごとに分けることで、ピーク時の混雑を和らげ、施設の利用効率を高める手法です。デジタル予約システムを活用することで、リアルタイムの空席管理や自動リマインダー、決済処理まで一体化して行えます。
時間分散のメリットは、一度に集中する人数を抑えつつ、同じ施設でより多くの観光客を受け入れられる点にあります。その結果、朝夕や平日の利用を促進でき、観光地の収益向上にもつながります。
UNWTOも持続可能な観光管理の重要戦略としてこの方法を推奨しており、環境負荷の軽減と経済効果の両立が期待されています。成功のためには、利用者にわかりやすい予約システムの提供、予約なしで来訪した人への代替案の提示、システム障害時の対応策が欠かせません。
4. 場所を分散・誘導|観光地の分散化
人気観光地への過度な集中を緩和するために、観光客を周辺地域や知名度の低いスポットに誘導する手法です。UNWTOの都市観光管理指針でも、地域全体での需要分散が持続可能な観光発展の鍵とされています。
実際の施策には、以下のような施策が効果的です。
- リアルタイムで混雑状況を知らせる情報提供
- 共通パスによる周遊促進
- 地域アンバサダーによる魅力発信
分散の成功には、受け入れ側の観光地が十分な体制を整え、メイン観光地に劣らない魅力を提供できることが不可欠です。
また、マーケティングの観点では、ターゲットごとに差別化した訴求が有効です。エコツーリズムやアドベンチャーツーリズムの活用、地元住民との交流体験の組み込みなどにより、新しい魅力を発見してもらうことができます。最終的には、地域全体の観光開発バランスを考えた長期的な戦略立案が求められます。
5. 短期賃貸規制|宿泊施設制限
短期賃貸プラットフォームの急拡大は住宅市場に影響を及ぼし、地域住民の生活環境を圧迫する要因となっています。これを防ぐため、多くの都市では規制的手法を導入しています。
主な規制内容には以下の取り組みが挙げられます。
- 事業ライセンスの取得義務
- 年間営業日数の制限
- 主たる住居でのみ営業を認める条件
- 宿泊人数の制限
- 観光税の徴収
これによりすぐに利益を生み出すための短期賃貸投資を抑え、長期賃貸住宅の供給を守ることが可能になります。
6. 情報提供・マナー|混雑の見える化・啓発
観光客に自発的な行動変化を促すための手法で、リアルタイム情報とマナー啓発を組み合わせて持続可能な観光を実現します。UNWTOが推進する「責任ある観光」の理念に基づき、教育的アプローチが重視されています。
具体的には、アプリやウェブサイトで混雑状況を表示し、空いている時間帯や代替スポットを案内することで自然な需要分散を促進します。
また、SNSや機内映像を使って環境保護の大切さを伝えたり、ゴミ箱の配置やわかりやすいサイン表示で観光客が自然に正しい行動を選びやすくする工夫も効果的です。
成功のためには、わかりやすい情報伝達、行動を変えやすい環境づくり、継続的な啓発活動が欠かせません。
海外のオーバーツーリズムの対策事例
海外の主要観光地では、それぞれの地域に合わせたオーバーツーリズム対策を行っています。以下の6つの基本的なアプローチを組み合わせることで、持続可能な観光発展を目指しています。
- 価格調整
- 人数制限
- 時間分散
- 場所分散
- 短期賃貸規制
- 情報提供
これらの事例から学ぶべきは、一つの方法だけでなく、総合的な戦略が重要だということです。そして地域の特性や文化を活かした持続可能な観光開発が可能であることも示しています。
イタリア・ベネチア

イタリア・ベネチアは運河と歴史建造物が織りなす世界唯一の水上都市として、年間約3,000万人の観光客が旧市街に集中します。
その結果、路地や橋で慢性的な渋滞が発生し、住民の日常生活やインフラに大きな負担がかかっていました。
これにより利益目的だけの賃貸増加が抑えられ、住環境の回復と観光収益の地域還元を両立する先進的モデルを確立しました。[4][5]

スペイン・バルセロナ

バルセロナは、ガウディ建築や地中海の温暖な気候、豊かな文化遺産により、短期間で多様な体験ができる魅力的な街です。
住民による抗議デモや観光客への水鉄砲事件など社会的な緊張が高まる中でも、住環境保護を最優先にする姿勢を貫いています。
市は「Barcelona, our home. And yours.」キャンペーンを通じて、観光客にマナー向上を促しています。[8]
さらに「Check Barcelona」アプリを導入し、サグラダ・ファミリアなどの混雑状況をリアルタイムで確認できる仕組みを整備。
これにより混雑がピークの際は、観光客を別のスポットへスムーズに誘導できるようになっています。[9]

オランダ・アムステルダム

アムステルダムは運河沿いや美術館、ナイトライフが楽しめるレッドライト地区といった歴史と文化が徒歩圏内に集まるコンパクトな街並みで、年間約2,000万人の観光客を惹きつけています。しかし、パーティー客の騒音やゴミ、公営住宅の短期賃貸転用による住宅不足が深刻化し、住民の生活品質が低下していました。[10][11]
そこで市議会は2023年に「Beleidskader Turisme 2024–2027」を策定し、75項目の包括的対策を導入しました。[12]
具体的な施策として以下の取り組みを段階的に実施しています。
- 新規ホテル建設の全面禁止
- クルーズ船寄港制限
- 赤線地区での大麻・アルコール消費禁止
- 週末営業時間短縮
- リアルタイム混雑情報アプリ導入
その結果、騒音クレーム30%減、文化観光客の平均滞在時間20%延長といった成果を上げています。
アメリカ・ハワイ州

年間を通じた温暖な気候、美しいビーチ、独特のアロハ文化により、「一度は訪れたい憧れの地」としてのブランド価値を確立しています。
年間約1,000万人の観光客により、自然環境への負荷、ハワイ先住民文化の商品化、住宅価格高騰などの問題が生じていました。
観光客の環境・文化への貢献を重視した新たな観光モデルを確立しています。[14]ハワイ観光局の戦略では以下の4つの柱を軸とし住民の幸福度を最優先に位置付けています。
- 自然資源
- ハワイ文化
- 地域コミュニティ
- ブランドマーケティング
マラマ・ハワイプログラムで観光客に環境保護活動への参加を促し、地産地消やアグリツーリズムを推進。各島の観光管理行動計画でオフピーク利用を増加させ、観光収益を地域コミュニティや環境保全に還元する仕組みを構築しました。これにより、観光と自然保護の両立を図る先進的モデルを確立しています。
ペルー・マチュピチュ

「失われたインカの都市」として世界的な知名度を持つユネスコ世界遺産で、アンデス山脈の壮大な自然景観と500年以上前のインカ文明の石造建築技術が融合した唯一無二の観光資源です。
標高2,400メートルの山岳地帯という脆弱な環境に年間約150万人の観光客が押し寄せ、石造建築物の劣化や生態系への悪影響が深刻化していました。マチュピチュは厳格な人数制限により、ユネスコ世界遺産の保護と観光の両立を図っています。
2025年の政府監査でシステム不具合による超過が発覚しましたが、現在はチケット販売の透明性向上と汚職撲滅に取り組んでいます。[16]
かつてインカ帝国の首都であった、クスコ地域での観光需要分散も併せて推進。厳格な人数制限の有効性と適切な管理システム構築の重要性を実証する事例となっています。
ブータン

ブータンは高付加価値・低負荷型観光により、世界で最も成功した持続可能観光モデルを確立しています。「最後の桃源郷」として知られ、手付かずの自然環境と独特の仏教文化により、質の高い体験を求める富裕層観光客を惹きつけています。
人口約80万人の小国として、無秩序な観光開発による環境破壊や文化変化を事前に防ぐことが重要課題でした。
全観光客に現地ガイド同行を義務付け、個人旅行を禁止することで観光体験の質向上と文化的配慮の徹底を図っています。
「国民総幸福量(GNH)」の理念に基づき、経済開発よりも環境保護や文化保護、持続可能な社会経済の発展を優先しています。そのため観光客数を厳格に制限し、代わりに1人あたりの経済効果を最大化することで、観光収入と環境・文化保護の両立を目指しています。
まとめ|海外のオーバーツーリズム対策から学ぶ
海外の成功事例から見えてくるのは、単一の対策ではなく、複数のアプローチを組み合わせた総合的な戦略の重要性です。
今回紹介した世界各地の事例は全て、地域の特性を活かしながら持続可能な観光を実現している点で共通しています。
観光事業者にとって重要なのは、目先の利益だけでなく長期的な持続可能性を見据えることです。地域住民との対話を重視し、環境や文化への配慮を怠らず、観光客の質向上に取り組む姿勢が求められています。
これらの海外事例を参考に、あなたの地域や事業でも持続可能な観光への転換を検討していきましょう。今こそ、未来に責任を持つ観光のあり方を真剣に考える時です。
参考文献
[1]World Tourism Barometer : January 2025
[2]UN Tourism |World Tourism Barometer: January 2025 (Excerpt)
[3]国連世界観光機関(UNWTO)|「オーバーツーリズム(観光過剰)」?
[4]Venice’s daytripper fee returns this week, rising to €10 for last-minute bookings | Euronews
[5]Affitti brevi a Venezia, fuori regola il 20 per cento delle strutture
[6]Amendment to the PGM to regulate temporary rentals | Info Barcelona
[7]New measures to tackle the housing crisis and increase housing supply | Info Barcelona
[8]Responsible tourism | Meet Barcelona | Barcelona City Council
[10]Amsterdam introduces new measures to further limit nuisance of mass tourism
[11]skift|Amsterdam vs. Overtourism: ‘It’s About Bringing a Balance Back in Our City’
[12]Policy: Tourism – City of Amsterdam
[14]HAWAIʻI TOURISM AUTHORITY|STRATEGIC PLAN 2020-2025
[15]New Machu Picchu Visitation Rules in 2025: Essential Guide for Travelers
