東京の離島で始まる「再生型観光」の新たな挑戦

東京都には太平洋に浮かぶ11の島々が存在します。伊豆諸島9島と小笠原諸島2島で構成されるこれらの離島では、近年「リジェネラティブツーリズム(再生型観光)」という新しい観光の形が注目を集めています。
リジェネラティブツーリズムとは、従来の「サステナブル(持続可能)」な観光から一歩進んだ考え方です。環境や地域文化を「維持する」だけでなく、旅行者の参加によって「より良い状態に再生する」ことを目指します。
本記事では、神津島の星空保護、小笠原諸島のウミガメ保護、三宅島の固有種保護という3つの成功事例を通じて、東京離島で実践されているリジェネラティブツーリズムの実態と、その他地域への応用可能性を詳しく解説します。[1]
なぜ東京の離島がリジェネラティブツーリズムの最適地なのか?

東京の離島は、世界最大級の都市圏からわずか数時間でアクセスできる場所に、貴重な自然環境が残された世界でも稀有な地域です。
これらの島々では、観光圧が比較的低い環境の中で、環境保護と観光振興を両立させる先進的な取り組みが進められており、まさにリジェネラティブツーリズム(再生型観光)の理想的な実験場といえるでしょう。
大都市圏からアクセス可能な場所に貴重な自然がある
東京の離島の最大の魅力は、世界有数の大都市圏から短時間で訪れることができる点にあります。伊豆諸島へは竹芝客船ターミナルから大島までジェット船で約1時間45分、神津島までも高速船で約3時間。小笠原諸島も定期船で約24時間と、都心から自然への航路が比較的明確に確立されています。こうしたアクセス性により、都市住民にとって手軽に非日常の自然体験ができる場となっています。[3]
一方で、これらの島々は海洋島として独自の進化を遂げてきました。小笠原諸島では維管束植物の36%、陸産貝類の94%が固有種という驚異的な生物多様性を誇ります。約4800万年前、フィリピン海プレートの沈み込みによって誕生し、一度も大陸とつながったことがないため、まさに「進化の実験場」と呼ばれる場所です。[4] [5]
このように、世界的にも稀な自然環境が都市近郊で体験できるという地理的特性は、リジェネラティブツーリズムの実践地として極めて有利な条件といえるでしょう。
豊かな海洋生態系と陸上生態系が共存している
東京の離島には、海と陸の両方に多様で貴重な生態系が広がり、環境教育や自然体験プログラムに最適な環境が整っています。
小笠原諸島は日本最大のアオウミガメ繁殖地として知られ、毎年5月から8月にかけて多くの母ガメが上陸・産卵します。さらに、一年を通じてイルカやクジラの観察も可能。島全体が「海の教室」と呼ぶにふさわしい豊かな自然が息づいています。
陸上では、三宅島のアカコッコ(伊豆鳥)や小笠原固有の鳥類、そして神津島の満天の星空など、島ごとに異なる自然資源が存在しています。小笠原の植生は乾性低木林から湿性高木林まで変化に富み、標高や湿度に応じて多様な森林タイプを形成しているため、訪問者は限られた滞在時間でも多彩な自然環境を体感できます。
こうした海と陸の連続した生態系は、観光客の環境意識を高め、保全活動への参加を促す理想的な学びのフィールドといえるでしょう。
観光圧が比較的低い環境で先進的な取り組みができる
東京の離島は、京都や沖縄のような大規模観光地に比べて観光圧が適度に抑えられており、オーバーツーリズムによる弊害を避けながら、質の高い観光モデルを構築できる貴重な地域です。
現在の年間観光客数は2024年の調査でおおむね40万人にとどまり、1973年のピーク時137万人超の約3割に相当します。この適度な規模感が、住民と観光客の距離を縮め、地域主導による多彩な観光プログラム展開を可能にしています。[6] [7]
たとえば、神津島の星空ガイド養成講座や小笠原海洋センターによるウミガメ保護体験など、住民が主体的に関わる小規模かつ高品質なプログラムが実現。
こうした“顔の見える観光”が、地域と旅行者の信頼関係を育んでいます。
東京の離島におけるリジェネラティブツーリズムの取り組み
東京の離島では、環境保護と観光振興を両立させる革新的な取り組みが各島で進められています。単なる自然保護にとどまらず、観光客が保全活動に主体的に参加し、地域の自然環境をより良い状態へと導くことが特徴です。
以下の異なるアプローチで、リジェネラティブツーリズムの理念が体現されています。
- 神津島の星空保護区認定
- 小笠原諸島のウミガメ保護教育プログラム
- 三宅島の固有種保護
- 伊豆諸島全体で進む住民参加型エコツーリズム
これらの事例は観光事業者にとって、具体的な実践モデルとなる重要な示唆を提供しているといえるでしょう。
神津島|星空保護による持続可能な観光モデル

神津島は2020年12月、国内2番目の星空保護区として国際ダークスカイ協会から「ダークスカイ・パーク」の認定を取得しています。
工事は2020年4〜7月に実施し、岩崎電気と協働して特注器具を開発・設置されています。[8]
最大の特徴は、住民主体で推進したことです。2016年開始の「神津島星空ガイド養成講座」では、島民が星座や天文学を学び、星空案内のスキルを習得することができています。[9]
住民説明会では屋外看板の夜間点灯禁止など生活面の制約も含まれていましたが、多くが歓迎し、「当たり前だった美しい星空を再発見した」という声が広がりました。
現在、星空ガイドツアーは神津島観光の重要な柱となり、持続可能な観光収入を創出しています。[10] [11]
小笠原諸島|ウミガメ保護と教育ツーリズムの融合

日本最大のアオウミガメ繁殖地として知られる小笠原諸島では、認定NPO法人エバーラスティング・ネイチャーが運営する小笠原海洋センターが、保護と観光体験を融合した先進プログラムを展開。
観光客向けには「ウミガメ教室」「甲羅磨き体験」「放流体験」などを用意。特に人気の「子ガメde Night!」は、7〜8月に孵化した子ガメとの触れ合いと放流を体験できる内容です。参加者は生態学習の後、甲羅磨きや給餌を体験し、最後に放流へ立ち会います。
参加費は保全資金に充てられ、継続寄付者も生まれています。スタッフは「特別な記憶の共有こそ最も効果的な保全教育」と強調し、体験を通じた感情的なつながりが長期的な環境意識の向上へ結び付くことを実感しています。[12][13]
三宅島|固有種保護と森づくり体験

三宅島では、日本固有の鳥類で絶滅危惧ⅠB類に指定されるアカコッコ(伊豆鳥)の保護を、日本野鳥の会が継続的に主導しています。
活動の中心は、アカコッコがミミズや昆虫を捕食しやすい環境を作るために、照葉樹林の下草を除去することです。参加者は作業を通じ、火山島ならではの植生回復プロセスを体感し、自然回復力と人手による適切な管理の重要性を学びます。三宅島自然ふれあいセンター・アカコッコ館では展示・教育と実地体験を組み合わせたプログラムを提供しています。
レンジャーガイドによる「マイゴジイ(樹齢600年以上)」やタイロ池周辺のハイキングも人気です。継続的な保護により、アカコッコの個体数は着実な回復傾向を示しています。[17][18]
伊豆諸島全体|住民参加型エコツーリズムの展開

東京都は2003年から「島しょにおけるエコツーリズムのしくみ」を策定し、小笠原村・御蔵島村と連携して独自のエコツーリズムを推進しています。[19]
現在、伊豆諸島全域で多様な住民参加型プログラムが実施されています。「東京島エコツーリズム」として大島・神津島・八丈島などで、「学ぶ」「ふれあう」「楽しむ」「守る」をテーマにしたツアーを定期開催。地場産業見学、トレッキング、星空観察、保全活動を組み合わせた体験を提供しています。
ガイドは単なる案内役にとどまらず、環境教育者として適切な利用マナーや保全の意義を伝え、現地の最前線で地域資源の保護に寄与しています。
東京の離島におけるリジェネラティブツーリズムがもたらす3つの効果
東京の離島におけるリジェネラティブツーリズムは、以下の3つの側面で具体的な成果を上げています。
- 環境再生
- 地域経済の活性化
- 学習・教育効果
これらの効果は相互に関連し合い、地域全体の持続可能な発展を支える循環的な仕組みを形成しています。
神津島の星空保護区認定、小笠原諸島のウミガメ保護プログラム、三宅島の固有種保護など、各島での取り組みは数値で示せる成果を生み出しており、観光事業者にとって実践的なモデルといえるでしょう。
1. 環境を再生させる
東京の離島では、観光客が保全活動に参加することで実際の環境改善が実現しています。
星空保護区の認定により、生活に必要な明るさを確保しながら、自然環境と夜空を守る光環境を実現しました。[21]
小笠原諸島では、海洋センターによる保護プログラムを通じ、年間約250〜300頭の子ガメが放流されています。自然下での生存率0.3%に対し、管理下では大きく向上。参加者の体験費用が直接保護資金に充てられる仕組みが確立し、持続的な環境再生を支えています。
観光客の参加が生態系の回復に寄与することを示す実例となっています。
2. 地域経済を活性化させる
リジェネラティブツーリズムは、地域経済にも明確な波及効果をもたらしています。
冬季の澄んだ空気が星空観測に最適であることから、通年型の観光収入源として機能しています。[22]
参加者の中には寄付を継続する人々もおり、単発の旅行消費を超えて地域経済との長期的なつながりを築いています。
三宅島では、森づくり活動に参加するボランティアの来島が宿泊・飲食需要を生み、地域雇用の創出にも寄与。エコツーリズムの推進によって滞在時間の増加、季節変動の緩和、ガイド収入の拡大などが進み、地域経済全体への波及効果が期待されています。[23]
3. 学びを広げる
東京の離島でのリジェネラティブツーリズムは、参加者に深い学習体験と環境意識の変化をもたらしています。
また、地元小学校でも星空保護を題材にした授業が行われ、地域ぐるみで環境教育が広がっています。
小笠原諸島では、学校と連携して週1回の総合学習でウミガメの生態教育を実施。
こうした学びは一過性ではなく、参加者が地域の“ファン”として関わり続ける関係人口の形成にもつながり、持続可能な地域づくりの基盤を支えているといえるでしょう。
まとめ
東京の離島におけるリジェネラティブツーリズムは、都市から近い立地を生かしながら、豊かな自然環境の再生を実現しています。
ウミガメ保護や星空保護などの具体的な体験を通じて訪問者の意識が変化し、地域経済の活性化や新たな雇用創出にもつながっています。子どもから大人までが学びを深められる教育的効果も大きな魅力です。
住民と観光客が協働し、地域の価値を再生・創出するこの仕組みは、他地域への応用モデルとしても大いに参考になります。まずは自社や地域の資源を見直し、小規模なプログラムから試してみてください。

参考文献
[1] Regenerative Travel in Tokyo’s islands | SUSTAINABILITY | Tokyo Tokyo Official Website
[2] 伊豆諸島・小笠原諸島観光客入込実態調査|東京都観光データカタログ
[3] 東海汽船|航路・所要時間|伊豆諸島へ行く船旅・ツアー
[6] 東京都|2024年(令和6年)東京都観光客数等実態調査
[7] 東京都観光データカタログ|伊豆諸島・小笠原諸島観光客入込実態調査
[8] 岩崎電気|神津島村 道路灯・防犯灯 | 道路照明 道路 | 納入事例
[9] 星空保護区|星空保護区に認定された神津島。美しい夜空を保護する取り組みを紹介 | 神津島まるごとプラネタリウム
[11] 東海汽船株式会社のプレスリリース|新ツアーブランド「プラネタリウムアイランド@伊豆諸島」誕生!
[12] 認定NPO法人エバーラステイング・ネイチャー|小笠原海洋センターでの活動 – 認定NPO法人エバーラステイング・ネイチャー
[13] 2020 年度 モニタリングサイト 1000 ウミガメ類調査報告書
[16] 公益財団法人日本野鳥の会|アカコッコの個体数増加につながる「アカコッコの森づくり」参加者募集!
[19] 東京都環境局 東京の自然公園|島しょにおけるエコツーリズムのしくみ
[20] 神津島イベントレポート|学び、ふれあい、楽しみ、守る。島しょ地域の魅力に触れるエコツアー
[22] 東海汽船株式会社のプレスリリース|星の文筆家、宇宙・天文ガイド景山えりかと行く!神津島星空観察&天上山トレッキング
