Jリーグが描く「未来の地球に、いいパスを」— スポーツ界から読み解く持続可能な観光へのヒント

公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)が発行した『Jリーグ 気候アクション ハンドブック ― 未来の地球に、いいパスを』は、地域に根ざしたクラブが「サッカーの未来」と「地域社会の未来」をどう守るかを示したハンドブックです。
この記事では、観光産業の視点から、ハンドブックの内容とその含意を読み解きます。Jクラブが直面する危機にどう向き合い、どのように行動し、仕組みをつくり、地域社会で新たな価値を生み出しているのか。その全体像を見ていきましょう。
サッカーの危機は観光の危機 — 気候変動がもたらす地域経済への影響
地球の平均気温は、産業革命前と比べてすでに約1.1℃上昇しています。私たちは、まさに「気候の危機」の時代に生きています。
この変化は、サッカーの運営にも具体的な影響を及ぼしています。台風や線状降水帯の影響による試合の中止は、2018年以降の平均がそれ以前の約5倍に増えました。夏のスタジアムでは、選手やサポーターが危険を感じるほどの暑さに見舞われることもあります。Jリーグが気候アクションに取り組むのは、「クラブの存続」と「サッカーの継続」に欠かせないからです。
この危機感は、観光産業にも共通しています。自然災害の激甚化や、季節外れの気温上昇によるシーズン変動など、観光地が直面するリスクは年々大きくなっています。Jクラブの取り組みは、地域経済の基盤を守るための先行事例として大きな示唆を与えてくれます。
避けられない危機に対応するため、Jクラブは意識改革にとどまらず、具体的な「仕組み」を通じて行動を加速させています。
スポーツと観光の繋がりについてはこちらの記事も合わせて御覧ください

地域公共財としてのJクラブ:観光事業者が連携すべき「地域のハブ」としての可能性
この仕組みづくりには、地域社会や多様なステークホルダーとの協働が欠かせません。
Jクラブは、ホームタウンの行政、企業、ファン・サポーターに支えられて存在しており、いまや各地域の「公共財」となっています。地域資源を生かしながら、再生可能エネルギーの普及や自然環境の保全・再生を進める地域のハブとしてのポテンシャルがあり、その役割が期待されています。
この方向性は、現在の地域社会の優先課題とも一致しています。
- 企業にとっての優先課題: 企業には、事業活動で直接出す排出(Scope1・2)だけでなく、取引先や仕入れ先など、サプライチェーン全体で生じる排出(Scope3)を減らすことが求められています。
つまり、大企業だけでなく、地域にある中小企業の排出削減も含めて進めなければなりません。Jクラブとつながりのある企業が、クラブといっしょに環境の取り組みを進めることは、このScope3削減に直結します。 - 自治体にとっての最優先課題: 日本の全市町村の約67%にあたる1,161自治体(46都道府県)が、カーボンニュートラルの目標を掲げています。しかし、市民や企業への情報発信や浸透には課題が残っています。Jクラブの持つネットワークと発信力は、自治体の脱炭素目標を前進させる「発信役」として大きな力を発揮できます。
例えば、FC大阪は、行政や企業と共に「OSAKAゼロカーボン・スマートシティ・ファウンデーション(OZCaF)」を設立。スポンサー企業が横のつながりを持てるプラットフォームを提供しています。このようなJクラブは自らの経営安定のためだけでなく、企業と自治体の共通課題の解決を支援することで、地域社会に具体的な価値を提供し、信頼できるパートナーになっています。
地域に根差す観光事業者は、Jクラブを「地域の脱炭素化と活性化をリードするハブ」として捉えることで、行政や他の企業との共創関係を築き、持続可能な観光地づくりに参画するチャンスを得ることができるのではないでしょうか。
アクションを形にする12の切り口
Jクラブが気候アクションの行動指針として参考にしているのが国際的な枠組み「Sport Positive Leagues(SPL)」の評価項目に基づく「12の切り口」です。

これらの切り口は、地域資源やインフラを利用し、多数の観光客を抱える事業者にとっても、地域資源を生かしながら経営と環境の両立をはかるうえで、大きな参考になるでしょう。
この記事では、その中から観光事業者と、特に親和性が高い4つのアクションを紹介します。
1. 再生可能エネルギーと省エネ ― CO2を減らし、地域にも還元する
観光事業の土台となるのは、宿泊施設や観光施設といった「インフラ」です。これらの施設から排出されるCO2を削減することは、経営の安定と地域貢献を両立させる戦略的な投資となります。
1-1. 再生可能エネルギー
電力を再生可能エネルギー(再エネ)に切り替えることは、排出削減にもっとも効果的な一歩です。なぜなら、日本の電力の約7割は化石燃料からつくられ、発電時のCO2排出が国内全体の約4割を占めているからです。
ジュビロ磐田は、ホームスタジアムで地元発電の「いわたゼロエミでんき」を使用。エネルギーの地産地消を実現し、地域でお金を循環させることにも貢献しています。観光事業者も、地域新電力など地元の再エネを選ぶことで、コストの安定化と地域内循環の強化を同時に進められます。
また、ガイナーレ鳥取や水戸ホーリーホックのように、農地と太陽光発電を組み合わせた「ソーラーシェアリング」への参加は、遊休地の活用と再エネ創出を両立する新しい地域貢献の形として注目されています。

1-2. エネルギー効率
省エネは「我慢」ではなく、「快適さの向上」と両立できる施策です。
照明をLEDに切り替えるだけでも使用電力を大幅に削減でき、最新の空調制御システムを導入すれば、温度のムラを減らしながらエネルギー消費を抑えることができます。
宿泊施設での節水設備や断熱の改善も、顧客満足とコスト削減を同時に実現する有効な投資です。
2. 環境負荷の低い移動手段:観光客の「気持ちよい移動」をデザインする
観光におけるCO2排出の多くは「移動」から生まれます。日本の排出量のうち運輸部門が約16%を占め、その半分近くが自家用車によるものです。
モンテディオ山形では、電車の乗車証明を提示した来場者にドリンク券を配布し、公共交通利用を促進。カターレ富山は、鉄道の乗車券とスタジアムグルメのクーポンをセット販売しています。
観光産業でも、こうした仕組みを応用できます。鉄道・バスなど地域交通と連携した「環境配慮型トラベルパッケージ」を企画したり、乗合やシャトルバスを活用した移動の仕組みを整えることで、来訪者の移動を心地よく、低炭素にデザインできます。
3. ごみの削減と循環 ― スタジアムから地域へ広がる「循環の輪」
観光客が集まる場所では、ごみ処理の課題がつきものです。ごみは、燃やせばCO2が、埋めればCO2の25倍もの温室効果を持つメタンガスが発生します。日本の温室効果ガス排出量の約3%は「捨てたはず」のごみから発生しているため、ごみの削減・管理は重要です。
ヴァンフォーレ甲府は2004年からリユースカップを導入し、回収率95%を維持。ファンや地域企業と信頼関係を築きながら、環境負荷を減らしています。今では他のクラブやイベントでもリユースカップが普及しています。
湘南ベルマーレでは、クラブの食堂で出る野菜くずをコンポスト化し、地域の人々に有機堆肥と苗を配布。「ごみを出さない」取り組みが、地域のつながりを深める活動にもなっています。
サッカー業界だけでなく、スキー業界でもコンポストの取り組みは広がっています。かたしな高原スキー場では、調理で出る野菜くずや残り物などの生ごみをコンポストで堆肥化し、麓の農園へ還元する取り組みを進めています。寄付付きリフト券「POWチケット」による支援を活用し、集まった寄付金と同額をスキー場側が拠出。地域の子どもたちや来訪者も参加できる「コンポスト作りイベント」を計画しています。
観光産業でも、宿泊施設や飲食部門から出る食品廃棄物を堆肥化し、地域の農業や緑化活動に還元することで、排出削減と地域循環だけでなく、地域の方や観光客を巻き込んだ取り組みができるのではないでしょうか。
4. 「おいしい」でつながる気候アクション ― プラントベース食品の可能性
食は観光体験の中心であり、同時に気候変動の大きな要因でもあります。世界の温室効果ガス排出量の約3分の1は食に関わるもので、その多くが畜産由来です。だからこそ、プラントベース(植物由来)の食事を取り入れることは、身近で効果的な気候アクションの一つになります。
イングランドのプレミアリーグでは、すべてのクラブがスタジアムで植物由来のメニューを提供しています。トッテナム・ホットスパーでは「豆腐カツカレー」が人気を集めています。日本の食文化には、豆腐や野菜料理、発酵食品など、もともとプラントベースの食材が豊富にあります。こうした伝統を生かし、「プラントベース」という視点で既存メニューを見直すことで、無理なく環境にやさしい選択肢を広げることができます。
観光地のレストランやホテルも、こうした取り組みを通じて「おいしい」が「地球にやさしい」につながる体験を届けられます。
インフルエンサーとしてファン・コミュニティの行動変容を促す
気候変動は深刻な問題であるがゆえに、日本では「我慢」や「制限」といったイメージを伴うことが少なくありません。また、環境問題への“罪悪感”が、かえって人々の関心を遠ざけてしまうことも指摘されています。
この心理的な壁を越えるために、Jリーグではサッカーの持つポジティブな発信力を活かしています。
Jリーグ公式YouTubeで公開された動画「サッカーができなくなる日!?全員に見てほしい、地球温暖化による異常気象と気候変動の現状、その対策の必要性。」では、元Jリーガーの小野伸二氏、中村憲剛氏、内田篤人氏が気候変動をテーマに語りました。再生回数は8.4万回を超え、今まで環境問題に関心がなかった層にも、サッカーを通して自然とメッセージが届いているのではないでしょうか。
観光産業もその発信力を活かし、地域にゆかりのあるアスリートや観光大使、アンバサダーが、環境配慮を「我慢」ではなく「心地よく、かっこいい選択」として伝える。あるいは、観光地そのものが環境配慮の取り組みを発信し、訪れる人の意識を変えるきっかけになることもあるでしょう。
例えば、公共交通での来訪や長期滞在を楽しめるような仕掛けをつくることで、旅行者が“楽しみながら”サステナブルな行動に参加できる環境を整えることができます。
教育の力 ― 学びを通じて地域と深くつながる
意識が変わり、行動が変わり、社会の仕組みが変わる――。その流れを生み出す大きな原動力のひとつが「教育」です。
湘南ベルマーレが自治体や企業と連携して行う「サステナトレセン(サストレ)」は、その好例です。これは、サッカーの人材育成制度「トレセン」をモデルにしたサステナビリティ教育プログラムで、地域の小学生がサステナビリティのアイデアを考え、地元企業の大人と一緒に形にしていきます。クラブは年間を通じて学校を訪問し、子どもたちや保護者と継続的に関わることで、地域との深い信頼関係を築いています。関わる人数は多くなくても、一人ひとりとの関係は濃く、サッカーで得たものをサッカー以外の形で社会に還元しています。
観光産業でも、こうした「学びの場づくり」は大きな鍵になります。地域の自然や文化をテーマに、観光客や子どもたちが地元の人と協働できるプログラムを企画する。見学にとどまらず、地域の課題解決に一緒に取り組めるように設計することで、滞在そのものが学びと貢献を兼ね備えた体験になります。
こうした仕組みは、近年注目される「ラーケーション(Learning + Vacation)」学びと休暇を組み合わせた新しい旅の形にもつながります。
ラーケーションの詳細はこちらの記事で紹介しています。

おわりに
Jリーグの『気候アクションハンドブック』が教えてくれるのは、気候変動対策を我慢やコストではなく、地域の未来をひらくための次の一手として考える視点です。
甚大な台風による試合中止や、夏のスタジアムの危険な暑さ。
こうした危機感を出発点に、JリーグはSport Positive Leagues(SPL)という透明性の高い仕組みを通じて、Jクラブの気候アクションを加速させ、それぞれの地域社会の脱炭素化をリードしようとしています。
この一連の流れは、持続可能な観光を目指す私たちにとっても、大きな示唆を与えてくれます。Jクラブの取り組みを手がかりに、「意識が変わる」「行動が変わる」「社会が変わる」というロードマップを自らの現場に重ね合わせることで、観光が地域の未来を支える力になっていくはずです。
