強制労働とは何か?観光産業が無自覚に加担しないために

強制労働とは、本人の自由な意思に基づかず、身体的・精神的な強制や威圧のもとで行われる労働を指します。かつては奴隷制度と密接に結びついていましたが、現代でも形を変えて存在し続けており、観光産業も例外ではありません。
国際社会ではこの問題を重大な人権課題として捉えており、観光産業に携わる事業者や旅行者にも、その実態を知り、関与しない行動が求められています。
持続可能な観光を実現するためには、強制労働の排除は避けて通れないテーマです。
強制労働の多様な形態

強制労働というと、昔の奴隷貿易や捕虜の労働を思い浮かべるかもしれません。しかし現代の観光産業でも、さまざまな形で存在しています。
たとえばホテル建設や清掃、観光施設の管理、土産物や食品の製造などの裏側では、低賃金や過酷な環境で、本人の意思に反して働かされている場合があります。
観光産業がつながる世界的なサプライチェーンの中で、強制労働は見えにくい形で潜んでおり、事業者や旅行者も知らないうちに関わってしまう危険があります。
人身売買
暴力や脅し、だましなどによって人を連れ去り、強制的に働かせることです。観光産業でも例外ではなく、性産業や農業、ホテル建設や清掃、さらには家庭内での労働など、さまざまな場面で起きています。
旅行者が利用する宿泊施設や観光地の裏側でも、人身売買による労働が関わっている可能性があります。
児童労働
観光産業の現場でも、子どもが学校に通えず、危険で不当な条件のもとで働かされることがあります。
例えば、観光客向けの土産物を作る工場や農園、観光地での物売りなどに子どもが関わっているケースです。
貧困や家族の借金のために、子ども自身がその返済を背負わされることもあり、教育を受ける機会を奪われてしまいます。
国家による強制労働
一部の国では、政治犯や少数民族などが「刑罰」や「再教育」の名目で強制的に働かされることがあります。観光産業とも無関係ではなく、こうした労働力が観光施設の建設やインフラ整備、輸出される土産物や衣料品の生産に使われる場合があります。
旅行者が訪れる場所や手に取る商品にも、国家による強制労働が関わっている可能性があるのです。
借金漬けによる搾取
観光産業では、多くの移民労働者がホテル建設や清掃、レストラン、農園などで働いています。しかしその裏側では、渡航費や斡旋料を理由に多額の借金を背負わされ、返済を口実に低賃金や劣悪な環境で働かされるケースがあります。
パスポートを取り上げられて移動の自由を奪われることもあり、これは典型的な強制労働の形態とされています。
旅行と強制労働の関係性|観光産業に求められる人権配慮と持続可能性


観光産業における強制労働問題は、外国人労働者やサプライチェーンに深く関わっています。
名目上は「実習」や「学業補助」とされていますが、実態は労働力不足を補う単純労働であり、強制労働に近い状況と国際機関や人権団体から指摘されています。
また、パスポートや在留カードを預かり返さない行為は「移動の自由を制限するもの」とされ、強制労働の典型例とみなされます。
さらに、観光土産や地域特産品の生産過程においても、海外の衣料や食品加工で強制労働が関与しているリスクがあります。
旅行者や事業者は、このリスクを理解し、持続可能で人権を尊重する観光の仕組みを支えることが不可欠です。
強制労働がもたらす影響

強制労働は、個人の自由や尊厳を著しく侵害する重大な人権問題です。自らの意思に反して働かされることで、身体的・精神的な健康を損ない、教育や成長の機会も奪われます。
しかしその影響は個人にとどまらず、社会全体にも深刻な問題を引き起こします。
例えば、劣悪な労働環境を放置することで公正な雇用機会が失われ、地域経済の健全な発展が妨げられます。
また、観光産業においては、強制労働に依存した商品やサービスが提供されることで、産業全体の信頼性が損なわれ、持続可能な観光の実現を遠ざける要因にもなりかねません。
自由を奪い、尊厳を踏みにじる行為であり、基本的人権の最も重大な侵害の一つです。
強制労働の被害者は、多くの場合、教育や技能習得の機会を奪われ、貧困から抜け出すことが困難になります。
強制労働は、公正な競争を阻害し、労働市場を歪めます。また、国際的なサプライチェーン全体に影響を与えます。
不法な労働慣行は、規範を壊し、犯罪組織の温床となる恐れもあります。
国際社会の取り組み
また、OECD、UNICEF、IOMと連携した「アライアンス8・7」などの枠組みにより、観光を含むグローバルサプライチェーン上の児童・強制労働を可視化して対策を促進しています。特に旅客輸送・ホテル・レストランなどが含まれる産業は調査対象とされ、産業全体で改善取り組みが求められています。

業界として性的搾取を含む最悪の形態の児童搾取を防止する枠組みを運用しています。
「観光産業における児童性的搾取防止行動基準(The Code)」は、18歳未満の子どもを性的搾取から守るため、観光業界(旅行会社、ホテル等)が具体的行動を定め、世界的に調印を進める6項目からなる規範です。
規範は、
- 倫理方針の確立
- 従業員教育
- 供給業者との契約条項導入
- 旅行者への情報提供
- 現地関係者への情報提供
- 年次報告実施
を求めています。
日本では、日本旅行業協会(JATA)やJTB、ECPAT/ストップ子ども買春の会、日本ユニセフ協会などが連携して「コード・プロジェクト」を形成し、業務の中での実践、研修、啓発ツール作成、ロゴの共有、調印企業の年次報告など、規範の具体的実施が進められています。
国連人権機関も、観光が子どもを危険にさらす構造を正し、「測り直された観光」を提唱し、観光地における児童保護意識の向上を求めています。
日本社会の取り組み
日本では、政府がILO条約の締結や、違法就労・人身取引防止を目的とする「対人身取引行動計画(Action Plan)」を策定し、犯罪化や被害者支援体制、国境管理の強化を進めています。
また、経済産業省が発出する「日本企業のためのビジネスと人権指針(通称ジャパンガイドライン)」では、児童労働や強制労働に対する尊重義務を明示し、人的サプライチェーンの透明性を求めています。
これら国際・日本の取り組みを踏まえ、観光産業においては以下のような具体策が推奨されます:
- ECPATの「The Code」に署名し、従業員研修や警戒サインの共有などを実施
- サプライチェーン調査によって児童・強制労働のリスクがある業者や地域の調達を排除
- ホテルや旅行業が、購買・土産物・サービスの提供先を透明化し、人権尊重方針を採用
- NGOや国際機関と協力し、現地コミュニティ支援や観光客向け啓発活動を展開
こうした連携と対策を通じ、観光産業が児童・強制労働と無縁な持続可能な産業へと転換することが求められています。
国際社会は、国際労働機関(ILO)を中心に強制労働の撲滅に向けて取り組んでいます。
日本もこれらの国際条約を批准しており、国内法でも労働基準法などにより強制労働は禁止されています。しかし観光産業においては、ホテルで使用されるリネンやアメニティ、土産品、レストランの食材など、
グローバルなサプライチェーンを通じて調達される多くの製品において、海外での強制労働が関与している可能性が指摘されています。そのため、観光事業者は、人権リスクを的確に理解・特定した上で、人権デューデリジェンスの実施や調達先の透明性確保といった対応が強く求められています。
参考
(3)EU人権・環境デューディリジェンス法制化の最新概要(2025年5月) | 調査レポート – 国・地域別に見る – ジェトロ
