CO2排出量削減に挑戦する旅行会社、Intrepid Travelの先進事例に学ぶ

気候変動への対応が急務となる今、観光産業も例外ではありません。航空機による移動や大きな宿泊施設・アクティビティなど、旅行業は温室効果ガス排出量が多いと指摘されています。
そうした中、オーストラリアの旅行会社 Intrepid Travel(イントレピッド・トラベル) は、先進的な気候変動対策で注目を集めています。
本記事ではIntrepid Travelの事例を通じて、旅行会社が持続可能な観光と脱炭素を両立させるためのヒントを探ります。
観光産業が抱えるカーボン課題と持続可能性は?
観光産業が排出するCO2の多くは、以下の要因に起因します。
- 交通手段(特に航空機):長距離フライトは1人あたりのCO2排出量が高く、全体の排出量の大部分を占める。
- 宿泊:大型ホテルやリゾート施設では、冷暖房、照明、給湯などで大量のエネルギーを消費し、CO2排出量が高くなる傾向がある。
- アクティビティ(体験):モータースポーツや大型アミューズメント施設など、一部の観光アクティビティは高い環境負荷を伴う。
これらの課題を軽視すれば、観光産業の持続可能性そのものが揺らぎかねません。では、具体的にどのような解決策があるのでしょうか。
Intrepid Travelの取り組み事例

Intrepid Travel[1]は、持続可能な旅行の分野で先駆的な取り組みをしている旅行会社です。
同社の具体的な取り組みを通じて、カーボンニュートラルの達成方法や排出量削減の実践例、地域社会との共創による持続可能な観光のモデルを紹介します。
1.科学的根拠に基づく排出量の測定と削減
Intrepid Travelは、すべての旅程におけるCO2をはじめとする温室効果ガス排出量を詳細に測定し、排出削減に向けた取り組みを積極的に進めています。
この目標は、SBTi(Science Based Targets initiative)[2]の認証を受けており、パリ協定で掲げられた気温上昇抑制目標に沿った形で実施されています。エネルギー使用の抑制、廃棄物の削減、紙資源の使用量の見直しなど、多様な手段を講じることで、環境負荷の低減を目指しています。
2022年には145,795人の旅行者がIntrepid Travelのサービスを利用し、年間で発生したCO2排出量は27,898トンに達しました[3]。この数値は、アメリカの一般家庭3,500軒以上が1年間に消費するエネルギー量に相当します。
こうした実績を受けて、2030年までにCO2排出量を半減させるという明確な目標を掲げ、具体的な対策を進めています。
CO2排出量の測定手法の継続的な改善が行われており、2010年から収集を続けている排出データは、2022年に大きく精度が向上しました。気候科学の最新の知見に基づく報告基準を採用するため、測定手法の改良が行われました。
この新たな体制は、SBTiの署名企業としての責任を果たすために導入されたものです。
2022年に人気を集めた3つの旅行プランを対象にした分析では、それぞれの旅程におけるCO2排出量の違いを数値として明確に示すことに成功しました。
分析の結果、移動手段や宿泊施設の規模や形式が排出量に大きな影響を与えることが確認されています。
2.公共交通機関や徒歩・自転車の活用
ツアー中の移動手段には、可能な限り公共交通機関や徒歩、自転車を採用しています。
CO2排出量の削減を目指すと同時に、旅行者が訪問先の文化や暮らしにより深く触れられるよう配慮されています。
3.地元経済への還元とローカル事業者とのパートナーシップ
Intrepid Travelは、地域社会が観光体験の所有権と管理を担う「コミュニティベースの観光(Community-Based Tourism, CBT)」を推進しています[4]。
この観光手法では経済的な利益が地域内にとどまり、雇用の創出や収入の向上、地元産品やサービスの利用拡大へとつながります。また、農業以外の経済活動が広がることで、気候変動による収穫不良などのリスクも軽減されます。
さらに、地域の人々や土地に根ざした体験へ投資することで、旅行者は訪問先の暮らしにより深く触れられます。観光を通じて地域経済の活性化が促進され、各地に息づく物語が世界中の旅行者に伝わっていくのです。
こうした取り組みは、地域社会の経済的な自立を支えるとともに、持続可能な観光の実現にも大きく寄与しています。
4.カーボンオフセットの取り組み
Intrepid Travelは、自社で削減が難しい部分のCO2排出量をオフセットして、ツアー全体で実質CO2排出ゼロの実現に取り組んでいます。
国際認証を取得しているCO2排出量削減プロジェクトから創出されるカーボンクレジット(CO2などの温室効果ガスの排出量を数値化し、取引可能な形にすること)を購入することで、ツアーの残余CO2排出量と相殺しています。
具体的には、インドやメキシコの風力発電プロジェクト、モーリシャスの太陽光発電所プロジェクトなどを支援しています[6]。
旅行会社が脱炭素に取り組む4つの理由
旅行会社が脱炭素経営に取り組むべき理由は、環境保護だけでなく、事業の持続性・顧客ニーズへの対応・投資家との信頼構築・競争力の強化など、多岐にわたります。
観光地の保全やエコツーリズムの潮流、ESG要請への対応、サステナビリティを軸とした差別化戦略といった観点から、観光産業における脱炭素化の重要性を解説します。
1. 観光地の保全=事業の持続可能性
旅行業の基盤となる自然環境や文化資源は、気候変動の影響を強く受けています。海面上昇によるビーチの浸食や、高温化による雪不足、自然災害の頻発は、観光地そのものの存続を脅かしかねません。
旅行会社が脱炭素化に取り組むことは、こうした観光地の保全につながり、自社のビジネスの長期的な持続性を確保するうえでも不可欠です。
2. エコツーリズム志向の旅行者が増加
近年、「環境に配慮した旅」を求める旅行者が急増しています。Booking.comの2023年の調査では、世界の旅行者の76%が「持続可能な旅行」を要望しており、特に若年層や高所得層においては環境意識がより高い傾向にあります[7]。
このようなトレンドを背景に、脱炭素の取り組みは新たなマーケット獲得のカギとも言えるでしょう。
3. サステナビリティと投資家対応の強化
企業の社会的責任(CSR)や環境・社会・ガバナンス(ESG)への対応は、観光産業にも強く求められるようになっています。
特に大手の旅行会社やツアーオペレーターは、投資家や自治体との連携において「気候変動への対応」を明示的に問われるケースが増えています。
脱炭素に関する具体的な目標と進捗を示すことは、資金調達や地域との連携をスムーズに進めるうえで、重要な信頼要素となります。
4. ブランド価値と差別化の源泉
サステナビリティは単なる「社会貢献」ではなく、現時点では差別化戦略の1つの柱になり得ます。
たとえば、ツアー内容において「カーボンオフセット済み」「地元密着型」「自然保護活動への寄付を含む」などの付加価値を訴求することで、価格競争に陥らずにファンを獲得することが可能です。
先進的な取り組みをする企業ほど、旅行者やビジネスパートナーからの信頼を獲得しやすくなっています。
中小旅行会社でもできる5つの実践策
観光産業における脱炭素の推進は、大手企業だけの責務ではありません。中小規模の旅行会社でも、すぐに始められる持続可能な観光へのアクションがあります。
CO2排出量の見える化、カーボンオフセットの実施、サステナブルな宿泊・移動手段の選定、顧客やスタッフへの環境教育といった、実践的で効果的な5つの取り組みを紹介します。
旅行会社にとって現実的かつ効果的な脱炭素戦略を考えるヒントとして、ぜひ参考にしてください。
1. 排出量の「見える化」
まず取り組むべきは、自社のツアー運営におけるCO2排出量の「見える化」です。
移動手段、宿泊施設、食事、アクティビティなど、各要素におけるCO2排出量を推計し、商品ごとに開示することで、顧客の選択意識を高めるとともに企業としての責任ある姿勢を示せます。
2. カーボンオフセットの導入
ツアー料金にカーボンオフセット費用を組み込み、その資金を植林や再生可能エネルギー事業などの環境保全活動に充てるモデルも注目されています。
Intrepid Travelのように「全商品カーボンニュートラル」を掲げる事例もありますが、小規模事業者でもオフセットサービス提供団体と提携することで、自社に適したスケールでの実施が可能です。
顧客に選択式で寄付やオフセットを提案する「オプション方式」も導入しやすい手法です。
3. サステナブルな提携先の選定
提携先の選定にもひと工夫を加えることで、脱炭素に寄与できます。エネルギー効率に配慮した宿泊施設や、鉄道・電気バスなどCO2排出の少ない移動手段を積極的に活用しましょう。
ヨーロッパでは「フライトから鉄道へ」[8]という動きもあり、低炭素な交通の選択は国際的にも評価されています。
4. 顧客への情報発信啓発
「持続可能な旅」を旅行者自身が意識できるよう、ガイドブックやパンフレット、ウェブサイトを通じた情報発信がおすすめです。
グリーントラベルガイドや、滞在中にできる環境配慮アクション(例:連泊時のエコ清掃、プラスチック削減など)を紹介することで、旅行体験そのものをサステナブルにするきっかけを提供できます。
5. 社員教育
社員の理解と共感がなければ、いかなる環境施策もうまく機能しません。
気候変動に関する基礎知識や、顧客対応における環境意識の高め方などを含む研修を定期的に行い、全社的に「サステナブルな旅の提供者」という自覚を持つことが重要です。
社内でサステナビリティ担当者を設置することも有効です。
まとめ
観光産業における温室効果ガスの削減は、もはや選択肢ではなく、持続可能な事業運営のための必須課題です。とくに交通手段や宿泊・アクティビティによる環境負荷は大きく、観光地そのものの将来にも関わってきます。
Intrepid Travelのように、科学的根拠に基づいた削減排出量の目標設定、地元との連携、公共交通の活用などを組み合わせることで、環境負荷を最小限に抑えながら質の高い旅行体験を提供することは可能です。
また、エコ志向の顧客やESGを重視する投資家の存在は、サステナブルな取り組みを企業価値に変えるチャンスでもあります。小さなアクションの積み重ねが、やがて産業全体の変化を生み出します。
本記事をきっかけに、まずは自分たちにできることから始めて、環境にやさしい観光(脱炭素ツーリズム)に取り組んでみませんか?

参考文献
[2]Science Based Targets Initiative
[3]Intrepid emitted 27,898 tonnes of CO2-e in 2022. Here’s what that means and why it matters.
[4]Community-based tourism | Intrepid Travel US
[5]People and communities | Intrepid Travel US
[6]8 years of carbon neutral: this is how Intrepid offsets your trip
[7]ブッキング・ドットコム、 2023年版「サステナブル・トラベル」に関する調査の結果を発表
[8]Why Europeans suffer flight shame—and are swapping the plane for the train | Fortune Europe