カーボンフットプリント計算を宿泊施設で実践する方法とは?HCMIで簡単に可視化

気候変動対策が求められる今、宿泊施設にもカーボンフットプリントの計算が重要視されています。カーボンフットプリント(CFP)とは、施設運営に伴う温室効果ガス排出量を数値化する指標です。
ESG開示や環境対策の第一歩は、データの可視化です。特に定量的なデータへの可視化を行い、サプライチェーン全体における環境負荷を把握する必要があります。
しかし、どのようなデータが必要で、どのようにCFPを算定すべきか迷うケースも多くあります。
本記事では、CFPの基本的な計算方法や、宿泊業に特化したカーボンフットプリント算定ツール「HCMI」の導入方法、メリット、事例までを解説します。
サステナブルな施設運営の基盤として、CFPの計算を正しく理解しましょう。
宿泊施設におけるカーボンフットプリント計算の重要性
地球環境への配慮が企業経営に不可欠となるなか、宿泊施設にも脱炭素への取り組みが求められています。特にカーボンフットプリント(CFP)の「数値化と可視化」は、サステナブル経営の起点として注目されています。
宿泊施設におけるCFP算定の意義や、その標準化に向けた動きを紹介します。
サステナブルな宿泊体験への需要が拡大
近年、旅行者の間で「環境に配慮した宿泊体験」への関心が高まっています。特にZ世代やミレニアル世代は、快適さや価格だけでなく、宿泊施設のサステナブルな姿勢にも注目しています。
こうした背景から、環境への取り組みは社会的責任(CSR)の一環に留まらず、ブランド価値の核となりつつあります。
特にCFPの可視化と開示は、環境配慮型の経営を示す明確な手段の一つとなっており、国内外の多くのホテルチェーンがその対応を急いでいます。
なぜ「カーボンフットプリント」が必要なのか
CFPとは、製品やサービスのライフサイクル全体を通じて排出される温室効果ガスの量をCO2換算で数値化したものです。[1]
宿泊施設においては、電力・水道・ガスの使用、リネン類の洗濯、廃棄物処理、さらには宿泊客の移動など、さまざまな活動がCFPに影響を与えます。
こうしたGHG排出量を正確に把握し、継続的にモニタリングすることで、以下のような利点が得られます。
- 脱炭素経営の推進
- 具体的なGHG排出量削減数値目標の設定
- エネルギー効率の改善によるコスト削減
- 持続可能な観光推進に貢献
加えて、GHG排出量の数値を具体的に提示することは、ステークホルダーや顧客に対する透明性のあるコミュニケーション手段としても非常に有効です。
そのため、CFPの「算定」が単なる業務報告ではなく、戦略的なマーケティング・経営施策に位置づけられつつあるのです。
宿泊施設に適したカーボンフットプリント算定方法の標準化がカギ
宿泊業におけるCFPの算定方法は、施設ごとに設備や提供サービスが異なるため非常に複雑です。手法に統一性がなければ、他社との比較や第三者への情報開示が困難となります。
そこで注目されているのが、宿泊施設向けに設計されたカーボンフットプリント算定ツールや国際的なガイドラインの活用です。
特に、国際ホテル業界団体(WSHA)などが開発した「HCMI(Hotel Carbon Measurement Initiative)」は客室1泊あたり、会議室利用1回あたりといった業界特有の単位で排出量を算出できるのが特長です。
これにより、他の宿泊施設のGHG排出量比較や、宿泊客への情報提供に役立ちます。こうした標準化の取り組みにより、宿泊業全体の脱炭素化が加速していくことが期待されます。
カーボンフットプリント(CFP)の算定方法の基本
カーボンフットプリント(CFP)の算定は、科学的根拠に基づいてGHG排出量を定量化するプロセスです。
宿泊施設が温暖化に対する影響を可視化し、脱炭素経営に取り組むためには、一貫性のあるCFPの算定方法の理解が欠かせません。
ここでは、CFP算定における基本的な考え方と、国際的に広く採用されている手法や枠組みについて解説します。
「活動量 × 排出係数」
CFP計算のもっとも基本的な構造は、非常にシンプルです。
カーボンフットプリント = 活動量 × 排出係数 [3] |
ここでいう「活動量」とは、電気使用量、燃料消費量、水使用量など、GHG排出に関わる具体的な数値です。
一方、「排出係数」は、その活動からどれだけのGHGが排出されるかを示す係数で、政府や国際・公的機関が公表しています。
たとえば、1kWhの電力使用に対して、地域や電源構成に応じたCO2排出係数を掛けることで、電気使用に起因する排出量が算定できます。
こうした積み上げ方式によって、施設全体のカーボンフットプリントを算出していきます。
ライフサイクルアセスメントの視点
より包括的なCFP算定をするには、「ライフサイクルアセスメント(LCA)」の視点が欠かせません。
LCAとは、製品やサービスが「原材料の採取」から「廃棄・リサイクル」に至るまでの全過程で発生する環境負荷を評価する手法です。
宿泊業においても、施設運営中の直接的な排出だけでなく、建設時の資材製造、リネンやアメニティの調達、食品のサプライチェーンなど、間接的に関わる排出源を把握することが求められます。
こうした視点を取り入れることで、より正確で信頼性の高いCFP評価が可能になります。
国際標準に基づくISO14067
CFPの算定にあたっては、国際的な標準であるISO 14067が広く用いられています。
この規格は、製品のGHG排出量を定量的に評価する方法を定めており、算定の範囲や使用する排出係数、結果の表示方法までが詳細にガイドライン化されています。
ISO14067に準拠することで、宿泊施設の環境情報がグローバルに比較可能なかたちで開示され、信頼性の高いデータとしてESG報告や認証取得にも活用できます。
また、ISOの規定は、第三者検証を受けやすい形になっているため、企業の透明性や社会的信用力の向上にもつながります。
排出源の分類を理解するScope1・2・3
CFPの計算において、排出源の分類であるScope 1・2・3の理解は必須です。この枠組みは、温室効果ガスの排出を以下の3つに分類することで、算定範囲を明確化するものです。
- Scope1(直接排出)
施設内のボイラーや自家用車両など、宿泊施設が直接燃料を使用して排出される温室効果ガス。 - Scope2(間接排出)
電力や蒸気など、外部から購入したエネルギーの使用に伴う間接的な排出。宿泊施設では主に電力消費が該当し、最も大きな割合を占めることが多いです。 - Scope3(その他の間接排出)
サプライチェーンを含むその他すべての間接排出。たとえば、仕入れた食材や洗濯サービスの外注、スタッフの通勤、宿泊客の移動などが該当します。
Scope1・2・3を区別して排出量を整理することで、削減の優先順位が見えやすくなり、具体的なGHG排出量目標設定や対策の立案が可能になります。
HCMI(Hotel Carbon Measurement Initiative)とは
宿泊業におけるCFP算定方法の標準化を目指し、国際的に普及が進んでいるのが、「HCMI(Hotel Carbon Measurement Initiative)」です。
HCMIは、国連世界観光機関(UNWTO)、世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)、および大手ホテルグループの協力のもとに開発された、宿泊施設専用のカーボンフットプリント(CFP)算定ツールです。
持続可能な施設運営を支援するために設計されており、業界の多様なニーズを踏まえた実践的な仕組みが整っています。ここでは、HCMIの特徴やその背景について解説します。
一般的なCFP算定ツールとの違い
従来のCFP算定ツールは、製造業や物流業を前提とした設計が多く、宿泊業複雑な運営やユニークな排出源に対応しにくいことが課題でした。レストランや客室、会議室などが一体となる施設では、算定範囲の判断も難しくなります。
HCMIは宿泊業に特化しており、現場でのデータ収集のしやすさや、他の宿泊施設との比較可能性を重視した設計がなされています。
特に、客室利用やイベント利用といった宿泊施設特有の単位で排出量を算出できる点が、一般的なツールとの大きな違いです。
HCMIの構成要素と算出単位
HCMIでは、主に以下のような排出源をカバーしており、ホテルの日常運営から生じる温室効果ガス排出量を包括的に捉えられます。
- 電力使用量(照明、空調、エレベーター等)
- ガス・燃料の使用(厨房・給湯・暖房等)
- 水使用や下水処理に伴うエネルギー消費
- その他の直接・間接排出(冷媒ガスの漏洩など)
これらの排出データをもとに、HCMIでは以下の算出単位でCFPを表示します。
- 客室1泊あたりのCO2排出量
- 会議・イベントスペースの使用1㎡あたりのCO2排出量
このように「利用者の活動単位」に合わせた結果表示ができるため、宿泊客や法人顧客への説明もしやすいです。
なぜHCMIが注目されているのか?
HCMIが国際的に注目される背景は、次の3つのポイントに集約されます。
1. 国際標準との整合性
ISO14064やGHGプロトコルなど、温室効果ガスの国際基準に準拠
2. グローバルホテルチェーンでの導入実績
- 世界有数のホテルチェーンが採用
- 業界の「事実上の標準」として定着しつつある
3. オープンアクセスで誰でも使える
- 無料で利用可能、初期コストなし
- エクセル形式テンプレートや利用ガイドが整備され、導入が容易
HCMIは、環境対応と経営戦略を同時に実現できる 実践的かつグローバルなツール として、世界中の宿泊業で急速に普及しています。
HCMIによるCFP計算方法と導入ステップ
特定のフォーマットとステップに沿って進めることで、誰でも再現性の高いGHG排出量の算出が可能です。
ここでは、HCMIを活用したCFPの計算の流れと、導入の際に踏むべき具体的なステップを詳しく解説します。
導入ステップ
HCMIを活用したCFP算定の基本的な流れは、以下の4つのフェーズで構成されます。
フェーズ | 内容 |
---|---|
1.データ収集 | エネルギー・水・冷媒・廃棄物など、宿泊施設運営に関連するデータを集める |
2.排出源ごとの排出量算出 | HCMIが提供する排出係数を用いて、各リソースのCO2排出量を計算 |
3.単位変換 | 「客室1泊あたり」「イベント1平方メートルあたり」など宿泊業向け単位に換算 |
4.レポートの作成と情報開示 | 算出結果をレポート化し、ウェブサイトでの開示や顧客への情報提供に活用 |
この一連のプロセスでは、HCMIが提供するテンプレート(エクセルフォーマット)やガイドラインを活用し、宿泊施設ごとの運営データに基づいて排出量を定量化します。
特別なソフトウェアを必要とせず、既存の運営管理資料をもとに進められます。
カーボンフットプリント算定のステップ
ステップ1:活動データの収集 |
過去12カ月間におけるエネルギー・水使用量、廃棄物、冷媒漏洩などエネルギーに関連するデータを収集します。主に以下の項目が対象となります。
- 電気、ガス、蒸気などのエネルギー使用量
- 上下水道の使用量
- 使用した燃料(ディーゼル、ガソリン、LPGなど)
- 冷媒の使用と漏洩量
- ごみの処理方法と重量
- ゲストの延べ宿泊数、イベントスペースの使用実績
これらのデータは、通常の運営記録や請求書などから収集可能です。
ステップ2:排出係数の適用 |
次に、集めた活動データに対して、HCMIが推奨する排出係数を適用してCO2換算の排出量を算出します。
HCMIでは、国や地域、エネルギー源ごとに推奨係数が用意されており、これを使うことで算定結果の信頼性と一貫性が担保されます。
ステップ3:算出単位への変換 |
HCMIでは、算出されたCO2排出量を以下の単位に変換して表示します。
- 1泊あたりのCO2排出量(kg CO2e/room night)
- 1㎡あたりのCO2排出量(kg CO2e/㎡)※イベントや会議利用向け
これにより、異なる施設間でも排出量の比較が可能となり、宿泊客への透明性ある情報提供や、社内KPIとしての活用がしやすくなります。
ステップ4:レポート化と継続的な管理 |
最後に、算定結果をまとめ、必要に応じて社内での環境報告やウェブサイトで開示します。
さらに、毎年継続的にデータを蓄積・分析することで、改善の効果を可視化し、脱炭素戦略のPDCAサイクルを確立することが可能になります。
宿泊施設におけるHCMI活用事例
世界のホテルチェーンでは、環境経営の一環としてCFP算定ツール「HCMI(Hotel Carbon Measurement Initiative)」を積極的に導入しています。
これにより、GHG排出量を可視化し、サステナビリティ経営の推進や脱炭素化戦略に結びつけています。
以下では、Marriott International、InterContinental Hotels Group(IHG)、Accor Hotelsという3つの代表的なホテルブランドにおけるHCMIの活用事例をご紹介します。
Marriott International
世界最大規模のホテルチェーンであるMarriott Internationalは、2011年のHCMI初期開発段階から本取り組みに参画してきた企業の一つです。
全世界のホテルにおいてHCMIをベースとしたCFPの算定を実施しており、「1泊あたりのCO2排出量」を毎年開示しています。
このデータは、自社のサステナビリティプラットフォーム「Serve 360」でも開示されており、企業顧客や旅行会社が環境配慮型の宿泊先を選ぶための参考資料にもなっています。[4]
また、Marriottでは、計算結果を基に各施設の省エネルギー改善計画やGHG排出量削減目標の策定にも活用しています。[5]
InterContinental Hotels Group(IHG)
IHG(InterContinental Hotels Group)もまた、HCMIの早期導入企業の一つであり、同グループが展開するHoliday Inn、Crowne Plaza、InterContinentalなどのブランドで幅広く運用されています。
IHGでは、「Green Engage」という独自のサステナビリティ管理プラットフォームを通じて、各ホテルのエネルギー、水、廃棄物、GHG排出量などを包括的にトラッキングしています。[6]
このプラットフォームの中心にHCMIベースの排出量算定式が組み込まれており、CFPの見える化とベンチマーキングが可能です。
Accor Hotels
Accor Hotelsは、フランスに本拠を置く世界的なホテルグループであり、環境戦略「Planet 21 – Acting Here」を推進しています。
同社は、Sustainable Hospitality Alliance(SHA)に加盟し、HCMI手法の見直し(特にScope3の測定強化)にも参画しています。これにより、CFP算定の標準化・高度化を進め、グループ全体でのGHG排出量削減に活用しています。
また、Planet 21の枠組みのもと、建築・食材調達・エネルギー効率改善といったサステナビリティ施策を強化し、ESG指標や排出量管理を包括的に行っています。[7]
これらの事例は、HCMIが単なるCFP算定ツールにとどまらず、環境経営全体の基盤となる仕組みとして機能していることを示しています。
「完璧」を求めすぎないことが成功のポイント
多くの施設が「完璧なデータが揃ってから」と考えがちですが、それでは算定が始まりません。
HCMIでは推定値や利用可能なデータの使用が容認されており、不完全でもまず始めることが重要です。算定を重ねながらデータ精度を高めていくことで、実態に近づけていくという考え方です。
この柔軟な姿勢が、継続的な改善サイクル(PDCA)のカギとなります。
HCMIはCFP算定を、実行可能なステップに分解し、現場に寄り添って支援してくれるツールです。最初の一歩を踏み出すことで、多くの課題が「見える化」されます。
「測って終わりにしない」脱炭素経営への展開
HCMIで得られるCFPデータは、「客室1泊あたりのCO2排出量」や「会議利用1平方メートルあたりの排出量」など、業務と密接に連動した数値で表現されます。これにより、以下のようなPDCAサイクルを実践できます。
フェーズ | 内容 | HCMIデータの活用例 |
---|---|---|
Plan(計画) | 排出量の現状を把握し、改善点を特定 | ・客室1泊あたりのCO2排出量・季節変動・部門別の排出傾向を分析 ・空調や厨房の稼働パターンを見直す |
Do(実行) | 省エネ・排出削減施策を実施 | ・LED照明や節水設備の導入 ・再エネ電力の購入・設置 ・従業員・ゲストへの啓発活動 |
Check(評価) | 翌年のHCMI計測結果と比較し効果を確認 | ・改善前後の排出量を定量的に比較 ・実施施策の効果を明確に検証 |
Act(改善) | 評価に基づき施策を最適化・再設計 | ・効果が高かった施策の拡大 ・未達項目への新たな取り組み導入 ・長期計画への反映 |
まとめ
宿泊施設におけるCFP算定は、環境配慮だけでなく、事業の競争力や信頼性を高める経営戦略の一部となりつつあります。特にHCMIのような標準化された手法を取り入れることで、施設ごとの取り組みを可視化し、顧客や社会に対して透明性ある情報発信が可能になります。
これからの宿泊業では、CFP算定の実践が「持続可能なブランド価値」を形成する重要な要素となるでしょう。
参考文献
[1]「カーボンフットプリント表示ガイド」の公表について | 報道発表資料 | 環境省
[2]Hotel Carbon Measurement Initiative (HCMI) – World Sustainable Hospitality Alliance
[3]排出量算定に関するガイドライン | グリーン・バリューチェーンプラットフォーム | 環境省
[4]2025 Sustainability & Social Impact Goals
[5]2024 Serve 360 Report: Environmental, Social & Governance Progress.