Google・Booking.com参画のTravalyst「Data Hub」徹底解説

サステナブルツーリズムを推進する非営利団体トラバリスト(Travalyst)は2025年9月23日、観光産業全体のサステナビリティデータを集約・比較可能化する新プラットフォーム「Data Hub」のローンチを発表しました。
Google、Booking.com、Expedia Group などの世界的企業が参画する本取り組みは、乱立してきたサステナビリティ評価を見直すべく、データ収集と分析を主眼に据えています。あわせて、事業者間の比較可能性の向上も目的としています。
当編集部では、Data Hubは標準化したデータを予約プラットフォーム(OTA)や企業の出張管理ツールなどのパートナーへ配信し、その結果として企業・消費者の意思決定にサステナビリティ情報を反映させ、意識と選択の変化を促すことを目指していると考えています。
背景として、世界の観光産業に携わる事業者の約80%は中小企業であり、サステナビリティ対応や評価対応に十分な人員・資金を割けず、取り組みが遅れがちです。
さらに観光産業はローカル性が強く、国・地域課題も場所ごとに異なるため、単一基準での評価は本質的に難しいです。この特性を踏まえ、あえて評価・格付けを行わない設計にしたと分析します。
まず宿泊施設から運用が始まる「Data Hub」は、デジタル技術を活用したデータ指向のアプローチにより、課題の可視化を図ります。
業界横断で「データの分断」に終止符を
Travalystは、サセックス公爵ヘンリー王子によって2019年に設立された独立非営利団体です。Google、Mastercard、Booking.com、Expedia Group、Visaといった旅行・テクノロジー・決済分野の垣根を越えた世界的企業が参画しており、連合体として観光産業の変革を目指しています。
そのTravalystが今回発表した「Data Hub」は、長年の課題であったサステナビリティ情報の「分断」を解決するために設計されました。
現在、環境認証や各予約サイトの評価基準は多岐にわたり、旅行者が情報を比較検討することが難しいだけでなく、事業者側にとっても「取り組みをどうアピールすべきか」分かりにくい状況にあります。
「Data Hub」は、分断されたデータを集約し、比較可能な形に整えることで、信頼性と透明性を高めることを目指しています。
データ収集から配信までを担う「中立的な交換所」
「Data Hub」の仕組みは、大きく3つのステップで構成されます。
<データ収集>
個々の宿泊施設や大規模データプロバイダーから、環境フットプリントに関するKPI(重要業績評価指標)や第三者機関による認証情報を収集する。
<データ処理・標準化>
収集したデータを、GHG(温室効果ガス)プロトコルなどに準拠した世界基準の統一フォーマットに処理する。
<データ配信>
標準化されたデータを、パートナーである予約プラットフォーム(OTA)や企業の出張管理ツールなどに配信する。
特筆すべきは、「Data Hub」が分析や格付けを一切行わず、あくまで「中立的なデータ交換所」として機能する点です。
また、事業者によるデータ提供は無料であり、自社の取り組みを世界中の多様なチャネルで表示させる機会を公平に得られます。
宿泊施設から鉄道、旅行全体へ
「Data Hub」による画期的な取り組みは、まず「宿泊施設」セクターから開始されます。
初期バージョンでは、施設のエネルギー消費や水の使用量といった環境フットプリントに関するデータ、および既存の認証情報が対象となります。
Travalyst は今後のロードマップとして、生物多様性や社会的持続可能性といった、よりリジェネラティブな観点を含むデータを組み込む方針を示しています。
さらに、将来的には対象を「鉄道」やフライト、地上交通を含めた「旅行全体の行程(end-to-end journeys)」にまで拡大する計画です。
この動きは、旅行体験のあらゆる側面で、サステナビリティが重要な選択基準となる未来を示唆しています。
業界の変革への期待
この発表に際し、業界の主要関係者からも期待の声が上がっています。
Travalyst の CEOであるサリー・デイビー氏は、「これは他に類を見ない業界ソリューションです。このマイルストーンは、業界が目標だけでなく、その実現に向けて一致団結することで何が可能になるかを示しています」と述べ、取り組みの独自性と業界協調の成果を強調しました。
また、連合パートナーであるGoogle で EMEA地域の旅行・地域パートナーシップを統括するヤニス・シマイアキス氏は、「宿泊分野は、業界が変革を推進する次の大きな領域です。Travalyst がこの分野に注力していることを大変嬉しく思います」とコメントしている。
日本の観光事業者が注視すべき理由
今回の Travalyst による「Data Hub」の発表は、日本の観光事業者にとっても決して他人事ではありません。
今後、世界的な予約プラットフォームがこのデータ基準を本格的に採用すれば、サステナビリティ情報の開示が、予約を受ける上での実質的な前提条件となる可能性があるためです。
今回の発表は、サステナビリティが「客観的データ」で評価される時代の本格到来を示しています。観光事業者にとっては、自社のサステナビリティ情報の積極的な開示や認証への取り組みのメリットが一段と大きくなります。
「感覚的なイメージ戦略」から、「客観的なデータに基づく評価」へ。時代の転換点である今、自社の活動をデータとして整理しておくことが、未来を生き抜くための必須条件と言えるでしょう。
格付けや評価からの脱却は何を意味するのか。
Travalystの挑戦は、単一の標準や基準を唯一解とみなし競争・対立を生む構図から離れ、デジタルテクノロジーで複数の標準・基準を包摂しつつ、旅行者の意思決定に働きかけて意識・行動の変化を促すことで、地球環境の持続可能性への取り組みをより一層加速させる試みなのかもしれません。